Share

第653話

Author: 桜夏
新井のお爺さんは無表情で言った。「それがどうした。朝比奈はもともと橘家の令嬢だ。遅かれ早かれ、本家に戻る運命だったのだ。

もし雅人がもっと早く彼女と再会していなければ、彼女はこの事件の後で、刑務所に入っていただろう。その後、橘家が彼女を見つけ出したとしたら、橘家は新井家を深く恨むことになったかもしれんな。

これも運命というものだ。早く見つかったのは良かったと言える。朝比奈が悪事を重ねてきたことには変わりはないがな。

ただ、透子にだけは申し訳が立たん。彼女はあまりにも多くの苦難を味わった」

おまけに、金銭的な賠償しか受けられず、犯人が然るべき報いを受けるのを見届けることもできないのだ。

新井のお爺さんはため息をついた。人の世のしがらみには、彼とてどうすることもできない。

それに、透子の苦難は、彼自身が招いたものでもあった。

もし二年前、透子を蓮司に嫁がせていなければ、美月が彼女を憎み、復讐しようなどとしただろうか。あのような凶悪な手段で、破滅させようとしただろうか。

新井のお爺さんは言った。「透子が退院したら、警護の人数を増やして密かに守らせろ。今回はボディーガードがついててくれたおかげで助かったが、そうでなければ、考えるだけでも恐ろしい」

執事は応じた。「かしこまりました」

新井のお爺さんは杖をついて外へ出た。執事が彼を支え、同じ階にある透子の病室へと案内する。

ドアを出て、ふと横を向くと、遠くのドアに誰かが身を寄せているのが見えた。

つま先立ちで中を覗き込む、その卑しい様子は、蓮司をおいて他にいないだろう。

新井のお爺さんは心底呆れ果てた。紳士の風格など微塵もない。まるで泥棒のようではないか。

後ろから足音が聞こえ、蓮司が振り返ると、お爺さんがこちらへやって来るのが見えた。

執事は尋ねた。「若旦那様、どうして中へお入りにならないのですか?ここで何をなさっているのですか?」

蓮司の顔色は優れなかった。入りたくないわけではない。

透子が自分に会いたがらないのだ。仕方なく、ドアの外から見るしかなかった。

それなのに、憎き桐生駿と柚木聡が、わざと彼の視界を遮るのだ。腹立たしくて歯ぎしりしたくなる。

蓮司は低い声で言った。「俺は……外でいい。透子の邪魔はしたくない」

新井のお爺さんはそれを聞くと、ふんと鼻を鳴らし、冷たく言い放った。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (4)
goodnovel comment avatar
にくきゅう
あぁぁー、めっちゃイライラする なんで、みんな美月に騙されてるんやろ 雅人、何の罪もない透子を2度も殺そうとしたのに、それでも実の妹やから庇うのは DNA鑑定、誰か怪しいことに気付いて
goodnovel comment avatar
kotakeimama
早く、雅人と透子の兄妹の対面をさせてもらいたい。透子の心身共に心の支えと家族を与えて欲しい。
goodnovel comment avatar
タチコマ
オークションに出されたネックレスが何とか透子の物だと判りそこから再度DNA鑑定で明らかになるといいね。
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第653話

    新井のお爺さんは無表情で言った。「それがどうした。朝比奈はもともと橘家の令嬢だ。遅かれ早かれ、本家に戻る運命だったのだ。もし雅人がもっと早く彼女と再会していなければ、彼女はこの事件の後で、刑務所に入っていただろう。その後、橘家が彼女を見つけ出したとしたら、橘家は新井家を深く恨むことになったかもしれんな。これも運命というものだ。早く見つかったのは良かったと言える。朝比奈が悪事を重ねてきたことには変わりはないがな。ただ、透子にだけは申し訳が立たん。彼女はあまりにも多くの苦難を味わった」おまけに、金銭的な賠償しか受けられず、犯人が然るべき報いを受けるのを見届けることもできないのだ。新井のお爺さんはため息をついた。人の世のしがらみには、彼とてどうすることもできない。それに、透子の苦難は、彼自身が招いたものでもあった。もし二年前、透子を蓮司に嫁がせていなければ、美月が彼女を憎み、復讐しようなどとしただろうか。あのような凶悪な手段で、破滅させようとしただろうか。新井のお爺さんは言った。「透子が退院したら、警護の人数を増やして密かに守らせろ。今回はボディーガードがついててくれたおかげで助かったが、そうでなければ、考えるだけでも恐ろしい」執事は応じた。「かしこまりました」新井のお爺さんは杖をついて外へ出た。執事が彼を支え、同じ階にある透子の病室へと案内する。ドアを出て、ふと横を向くと、遠くのドアに誰かが身を寄せているのが見えた。つま先立ちで中を覗き込む、その卑しい様子は、蓮司をおいて他にいないだろう。新井のお爺さんは心底呆れ果てた。紳士の風格など微塵もない。まるで泥棒のようではないか。後ろから足音が聞こえ、蓮司が振り返ると、お爺さんがこちらへやって来るのが見えた。執事は尋ねた。「若旦那様、どうして中へお入りにならないのですか?ここで何をなさっているのですか?」蓮司の顔色は優れなかった。入りたくないわけではない。透子が自分に会いたがらないのだ。仕方なく、ドアの外から見るしかなかった。それなのに、憎き桐生駿と柚木聡が、わざと彼の視界を遮るのだ。腹立たしくて歯ぎしりしたくなる。蓮司は低い声で言った。「俺は……外でいい。透子の邪魔はしたくない」新井のお爺さんはそれを聞くと、ふんと鼻を鳴らし、冷たく言い放った。

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第652話

    あの結婚は、透子が自ら望んで手に入れたものではなく、蓮司は結婚生活の中で一度も彼女に触れていない。それどころか、彼女は多くの傷を負い、離婚の意志も固まっていた。彼女は確かに、美月に対して何も申し訳ないことなどしておらず、むしろ哀れな存在とさえ言えるだろう。雅人の脳裏に、透子が受けた様々な傷が浮かび、最終的にその光景は、傷だらけの細い腕に焼き付いた。雅人は一瞬黙り込んだ後、アシスタントにメッセージを送信した。【如月さんが目を覚ましたら会いに行け。金銭での賠償は、彼女の言い値で構わない】アシスタントはそのメッセージを見て、思わず考え込んだ。わずか十五分の間に、社長は「交渉」から「相手の言い値で」へと態度を変えた。この間に、一体何があったのだろう?しかし、彼が深く詮索する必要はない。どうせ金を出すのは自分ではないのだから。自分はただ、伝言を伝えるだけでいい。彼は新井家の執事に電話をかけ、透子が目を覚ましたか尋ねた。返ってきた答えはこうだった。「透子様は、たった今お目覚めになりました」アシスタントはそれを聞いて言った。「では、今からそちらへ伺います。お話ししたいことがありますので」執事は、丁寧に断った。「それでしたら、少々お待ちいただけますでしょうか。まだ大変お疲れのご様子ですし、ご友人もいらっしゃいますので、お話の時間を取るのは難しいかと存じます」それを聞き、アシスタントは言った。「承知いたしました。では、明日の午後に改めて伺います。お手数ですが、事前にお伝えいただけますでしょうか。美月様が彼女に与えた損害について、弊社の社長が代わって賠償させていただきたい、という件です」執事は承知し、伝えておくと答えた。電話が切れると、病床のそばで、新井のお爺さんが立ち上がって尋ねた。「誰が透子に会いに来るというのだ?」執事は答えた。「橘家の若様のアシスタントの方です。朝比奈さんが透子様に与えた様々な損害について、賠償の話をしたいとのことです」新井のお爺さんは頷いた。「彼にその気があり、自ら申し出てくれたのなら、透子と朝比奈美月の間の諍いも、これで一件落着だな」執事は言った。「では旦那様、今回透子様が被害に遭われた事件、もし本当に朝比奈さんの仕業だと分かった場合は……」新井のお爺さんは無表情に言った

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第651話

    美月はそれを聞き、感動に顔を輝かせた。最初にかすかに抱いた疑念も、すっかり消え去っていた。雅人は自分を疑っていたわけではなかった。新井家へ行って、自分のために話をつけてようとしていたのだ。美月は感激して言った。「お兄さん、ありがとうございます。お兄さんは、私に本当に良くしてくださっています」雅人は尋ねた。「では、今も君は新井蓮司を愛しているの?彼と結婚したいと思うの?君が頷けば、僕は奴に君を娶らせる。これは結論だ、仮定ではない」美月は、真剣な表情の雅人を見つめた。その言葉を口にする時の彼は、圧倒的な存在感を放ち、実に堂々としていて、思わず深い尊敬の念を抱いた。彼女は、雅人にはそれを実行する力があると知っていた。今の自分なら、新井蓮司を選ぶのはむしろ自分が損をしているレベルだ。では……果たして、まだ彼と結婚したいのだろうか?愛情?最初から、そんなものはなかった。彼女が惹かれたのは、蓮司の容姿と財産だけだった。それに、どうしてあんな男を透子みたいな子に取られてたまるものか。その後、蓮司は彼女にとって最も条件の良い男だった。何しろ、他の御曹司たちも愚か者ではないし、京田市で新井蓮司に匹敵する男など、そう多くはいなかったからだ。そして今、選択権は彼女の手にある。彼女は確かに、蓮司をそれほど愛してはいない。彼は以前、自分にひどい仕打ちをしてきた。そのせいで、心の底から彼を憎んでいた。今の彼女には家柄も後ろ盾もある。世界中のエリートを自由に選べるし、蓮司より裕福な男を見つけることなど、簡単なことだ。美月は数秒考え込んだ後、ようやく顔を上げ、言った。「……お兄さん、私、やっぱり彼のことが好きみたいです」彼女にはもっと良い選択肢がある。だが、それが蓮司への復讐の妨げになるわけではない。蓮司に無理やり自分と結婚させ、それから離婚し、彼を捨てればいい。とにかく、透子を排除する前に、蓮司と透子が一緒になる可能性を、完全に断ち切らなければならない。「私たちは高校の頃から愛し合って、大学で付き合っていました……彼は私の初恋の人なんです。この気持ちは、骨の髄まで刻まれているんです」美月は唇を噛みしめ、一途な愛情に満ちた表情で続けた。「彼を忘れられなかったからこそ、前に二度も彼に騙されてしまったんです。でも、

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第650話

    自分自身のこと……美月が真っ先に思い浮かべたのは、自分の「身分」のことだった。しかし、もし雅人が疑っているのなら、自分に尋ねるはずがない。直接調べるはずだ。だから、偽造した身分のことではなく、別のことに違いない。「私……実は、事務所の違約金だけじゃなくて、蓮司から一億円を返せって言われていて。そのことは、お兄さんには言ってませんでした」美月は唇を噛み、か細い声で言った。まずはこれで誤魔化し、相手が自ら本題を切り出すのを待つつもりだった。雅人は、彼女の答えが自分の聞きたいことと全く違うと感じ、言った。「違約金も一億円も、君は気にしなくていい。僕が何とかする」雅人はそこで言葉を切った。「僕が言いたいのは」美月は彼を見上げ、両手を体の前で組んだ。その表情には不安と疑問の色が浮かんでいた。雅人は彼女のその表情と仕草を見て、結局、直接的な問いかけは口にせず、遠回しに尋ねた。「君と新井の元奥さんは、親友同士だったな。そう、僕に言ったよな」雅人が透子の名前を出したのを聞き、美月の背筋は瞬時にこわばり、指を強く絡ませた。なぜ突然、透子のことを?雅人は本当に調べているの?それとも、もう透子に会ったの?でも、そんなはずはない。午前中は柚木家に行って、午後はどこにも出かけていないはず……美月は言葉を選びながら答え、雅人の表情を注意深く窺った。「昔は親友でしたけど、今は、ただの友達という感じです……」雅人はさらに尋ねた。「彼女とは、いつからの知り合いだ」美月は内心で唇を噛んだ。いつからかなんて……正直に言えるわけがない。言えば、雅人は絶対に透子の経歴を調べるだろう。美月は口ごもりながら言った。「高校の頃は、結構仲良くしていました……」彼女はいつ知り合ったかには触れず、高校時代のことだけを話して、論点をずらした。そして、すぐにこう付け加えた。「その頃、私はもう蓮司さんと想い合っていて、透子もそれを知ってました。大学に入ってから、私と蓮司さんが付き合い始めたことも、彼女は知ってたんです」雅人はそれを聞き、わずかに唇を引き結んで、まとめた。「つまり、君と彼女は以前、仲が良かったということだな」美月はゆっくりと頷いた。雅人は尋ねた。「では、なぜ彼女は新井に嫁いだんだ?それに、どうやって嫁ぐことが

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第649話

    雅人でさえ、最初は騙されていた。血縁というフィルターがあまりに強力だったからだ。だが、なぜ美月は正直に話してくれなかったのだろう。たとえ彼女が悪事を働いていようと、多くの過ちを犯していようと、彼がすべてを代わりに償い、過去を水に流すこともできたはずだ。しかし、彼女は彼を騙すことを選び、偽りの姿で取り繕い、善良な仮面を被り続けた。美月は結局のところ、何も分かっていなかった。雅人が欲しかったのは結果だけではないし、彼女がどんな人間かを問題にしているわけでもないことを。彼は美月の兄なのだ。たとえ彼女がどれほど悪いことをしていても、彼は受け入れるつもりだった。雅人は、ついに口を開いた。「如月さんへの賠償を、改めて算定し直してくれ。美月が彼女に与えたすべての損害を含めてだ」最初から彼は賠償するつもりだった。だが、あの時は美月が語った、相手が故意に新井蓮司を奪ったという言い分を信じてしまっていた。アシスタントは尋ねた。「社長、万が一、相手の方がお金を望まれなかった場合は?彼女は新井と離婚する際、いかなる財産も要求しませんでした。後の賠償金は裁判を経て認められたもので、同時に新井家側も自ら賠償額の増額を申し出たそうです」雅人は唇を引き結んだ。金は要らない……だが、彼にできるのは金銭での償いか、あるいは美月を連れて直接謝罪に行くことくらいだ。雅人は言った。「まずは相手と話してみてくれ。受け入れないようであれば、また報告してくれ」アシスタントは承知し、指示通りに動くため部屋を出た。その際、ちょうど果物の盛り合わせを持った美月が入ってくるところだった。彼女は微笑んで尋ねた。「こんにちは。お兄さんは今、お忙しいでしょうか?果物をお持ちしたのですが」アシスタントは微笑みながら答えた。「社長はそれほどお忙しくはありません。美月様、どうぞ」彼が身を引いて道を開けると、美月は軽く会釈して礼を言い、それから小股で中へ入っていった。アシスタントは彼女の後ろ姿を一瞥し、その表情と笑顔について考えた。……本当に、誰が見ても「良い子」の模範で、とても口汚く罵るような女性とは思えない。もっとも、化粧の違いもあるだろうと彼は感じた。以前の写真では、一目で気の強そうな印象の化粧をしていたが、今の化粧はとても淡く上品で、それに伴って雰

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第648話

    「その後、新井社長は納得せず、控訴しました。しかし、その間に彼は人を雇って如月さんを監視させたところ、相手に気づかれて通報され、十五日間も留置場に入れられました。新井家は彼を保釈させようとはしませんでした」雅人は思った。――本当に狂気じみている。離婚したというのに、まだ人を雇って相手を監視するとは。蓮司は、反社会性パーソナリティ障害で、しかも変質者としか思えない。「そのため、控訴審の法廷には彼は出席できず、代理人の弁護士が裁判に臨むことになりました。原告側は、第三者が意図的に彼と如月さんの仲を裂き、如月さんを陥れたことを証明するため、さらに多くの証拠を提出しました。今回の決め手となったのは、やはり新井のお爺様が最後に出廷し、原告の欺瞞を暴いたことです。彼は、偽造した健康診断書で法廷を欺こうとしていたのです」雅人は眉をひそめ、尋ねた。「何の健康診断書だ?」「如月さんが、二年間の結婚生活で一度も夫婦の営みがなかったこと、そして二人がずっと寝室を別にしていたことから、感情の破綻を理由に離婚を申し立てたのです。新井社長側は、彼には……その、男性機能に問題があるが、積極的に治療に取り組んでおり、この離婚理由は無効だと主張したのです」雅人は絶句した。――こいつは本当に病んでいる。いや、もはや彼の恥知らずさは、誰にも真似できないレベルに達している。医者を買収して偽の診断データを作らせ、第一審では裁判官まで買収しようとした。すべてが、法のグレーゾーンで綱渡りをするような行為だ。アシスタントは最後にまとめた。「要するに、二度にわたるこの離婚裁判は、財産争いも、子どもの問題も絡まない、純粋な感情のもつれによるものでした如月さんの離婚の意志は非常に固く、新井社長は関係修復を望んでいましたが、新井のお爺様は終始、被告側、つまり離婚を支持する立場を取っておられました」雅人は黙って、手元にある蓮司の離婚の第一審と控訴審に関する証言と証拠に目を通した。不倫、家庭内暴力、モラハラ、契約結婚、夫婦の営みなし、婚姻関係が完全に破綻している。彼は診断書にある尾てい骨の亀裂骨折、そしてガス中毒の数値を見つめた……透子は、蓮司に嫁いで、ただただ苦しみを味わっただけだ。しかも、これは「自業自得」というわけでもない。彼女はそもそも蓮司を愛し

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status