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第795話

Author: 桜夏
人々の群れの前方。

雅人が理恵をダンスに誘うのを見て、美月は奥歯を噛み締めた。本来、自分が雅人と踊るはずだったからだ。

それに、雅人は理恵に興味がないと言っていなかったか?それなのに、なぜ自ら彼女を誘うのか?

美月は唇を噛み、橘の母に顔を向けて、まずはその反応を探ろうとした。

美月は小声で尋ねた。

「お母さん、お兄さんが自ら理恵さんをオープニングダンスにお誘いになりましたけれど、もしかして……お兄さんは理恵さんのことがお好きなのでしょうか?」

その時の橘の母は、目は会場内に向けられていたが、焦点は合っておらず、何か物思いに耽っているようだった。

美月は返事がないのを見て、もう一度呼びかけた。

「お母さん?」

橘の母はそれで我に返り、視線を息子と理恵に定めると、上の空で言った。

「ええ、理恵さんはとても素敵なお嬢さんですものね……」

母がそう言うのを聞き、美月は唇を固く噛み締め、爪が手のひらに食い込んだ。

母のその言い方は、すでに理恵を嫁として認めているということではないの?

いや、理恵を橘家に嫁がせるわけにはいかない。この縁談は、絶対に壊してやる!

少し離れた場所。

聡はダンスフロアの中央で踊る二人を見つめていた。雅人が現れたことには、彼もかなり驚いていた。

それに、あの美月を抜きにして考えれば、二人が並んで立つ姿は……うん、なかなか絵になる。

最初は相手が雅人だとは知らず、妹より八歳年上と聞いて、てっきり年配の男性だと思っていた。

しかし、雅人は別だ。自分より年上であるにもかかわらず、見た目は若々しい。

さらに重要なのは、もし二人が本当に結婚すれば、自分は雅人の義兄になるということだ。

そう考えると……なかなか気分がいい。

聡はわずかに眉を上げ、この縁談には口出ししないと決めた。もし妹が本当に相手を好きになり、雅人も妹を好きなら、自分は賛成だ。

あの厄介者の美月については……ふん、結婚後に理恵をいじめるものならいじめてみろ。柚木家とて、そう甘くはない。

そう考えていると、傍らで翼が尋ねるのが聞こえた。

「おい、理恵ちゃんは彼のことが好きじゃないって言ってなかったか?なら、どうして彼の誘いを受けて踊るんだ?しかもオープニングダンスを、だぞ」

聡は穏やかに答えた。

「好きじゃなくても、相手の面子を潰すわけにはいかない
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