第288話

悠良は反射的に、箸を止めた人物に目を向けた。

伶だった。

最初はただの偶然だと思った。

もしかしたら彼も牛肉が食べたかっただけかもしれない。

どうせ一皿分あるのだから、取られたところで困ることはない。

そう思い、悠良は箸を離し、気前よく伶に譲った。

伶はその肉をさっと取っていく。

じゃあ、次こそは自分の番だよね？

そう心の中でつぶやきながら、悠良が再び箸を伸ばした――

が、またしても伶の箸が彼女の箸を押さえた。

これはもう偶然じゃない。

悠良は訝しげな視線を伶に送る。

だが、自分が牛肉アレルギーであることを知られたくなくて、「私に嫌がらせしてる？」なんて堂々と訊けるわけもない。

結局、彼女はしぶしぶ箸を引っ込めた。

まあ、皿いっぱいあるんだから。

いくらなんでも全部は食べないでしょう。

そう言い聞かせながら、別の料理で気持ちを落ち着ける。

一方、雪江は莉子に目配せを送る。

「莉子、寒河江社長におかずを取ってあげて、ついでにお酒も」

促され、莉子は慌てて自分のグラスを取り、伶に注ごうとした。

だが、その手は彼に軽く制された。

空中で止まった手が、気まずさを隠しきれない。

伶の声音は礼儀正しいが、やはりどこか距離がある。

「結構です。これから車を運転しなければならないので」

「それなら簡単ですよ。今夜はうちに泊まればいいじゃありませんか。客間も空いてるし。もし小林家だと落ち着かないなら、運転手に送らせましょう」

雪江は焦って畳み掛ける。

莉子に拒まれたら困る。

男さえ酒を飲めば、今夜のことは間違いない。

自分だって、昔そうやって孝之を酔わせ、嫁ぎ先を勝ち取ったのだから。

しかし伶は淡々と断る。

「いえ。仕事の付き合い以外では、普段は飲まない主義ですので」

きっぱりとした態度に、雪江と莉子は視線を交わす。

これ以上は強引に勧められない。

莉子は仕方なく酒杯を置いた。

その隙を突いて、悠良は再び箸を伸ばす。

もう少しで肉に触れる、その瞬間――

「莉子さん、悪いが、あの牛肉、取ってもらえるかな」

横から響いた伶の声に、悠良の動きが止まった。

さっきまでしょんぼりしていた莉子は、その一言でぱっと顔を輝かせる。

「はいっ！寒河江社長、牛肉お好きなんですね。早く言ってくれればよかったのに。うちの料理人の牛