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第758話

Author: ちょうもも
「はい」

「では今からお二人に署まで同行していただき、事情聴取を行います」

悠良は一瞬ぽかんとし、すぐには理解が追いつかなかった。

「どうして私たちが?あの時の状況はそちらが把握しているはずです。あの三人が私と友人を騒ぎ立てて、さらに暴行しようとしたんです」

言葉にするだけでも誰にとってもデリケートな内容だ。

それは悠良にとっても同じ。

だが感情に流されるよりも理性を選んだ。

あの三人の性格からして、こちらがはっきり言わなければ、逆にでっちあげられる可能性がある。

警察側は、相手三人の主張をそのまま伝えた。

「ですが相手側はお二人が彼らを誘ったと」

聞いた途端、若菜の感情は爆発した。

「そんなの全くの出鱈目です!私が一人で海辺を歩いていたら、あの連中が近づいてきてしつこく絡んできたんです。拒否したら暴力を振るわれて、彼女が助けに来たら今度は彼女にまで乱暴しようとした!その場には証人もいます!」

「しかし、そちらが提出した商売人たちにも事情を聞きましたが、皆『夜で暗かったから気づかなかった』と言っています。それに今は観光シーズンで人も多いですし......」

若菜は一気に逆上し、声も鋭くなった。

「あれは絶対嘘です!何人かはこちらを見てたのをこの目で見ました!脅されて口をつぐんでるに決まってます!」

警察官たちは互いに目配せをした。

「そう言われても困ります。もし三人が商人を脅したというなら、証拠を出さないと.......証拠がなければ罪にはできません」

「証拠ならあります!私が証人です!あの『松倉さん』ってやつがはっきり言っていましたよ、警察に知り合いがいるって!」

「確かに鳥井さんは被害者ですし、供述は取り入れます。ただそれは直接的な証拠にはなりません。トラブルがあったことで感情的になって、嘘を言っている可能性もありますから」

若菜は怒りで声が震え、今にも胸が裂けそうだった。

「嘘なんて......!保証します、全部あの男たちが言ったことだって!」

「では証拠は?物的証拠でも、署内に誰が親戚だとか名前でも聞いているなら別ですが」

若菜はもう冷静さを保てなかった。

「そこまで知りません!私は聞いたままを話してるだけで......!」

警察官二人の顔にはあからさまな苛立ちが浮かび始めていた。

それを見た悠良は、慌てて若
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