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第995話

Author: 似水
「どうしたの?」

月宮はその声に反応し、慌てて電話を切ると、駆け寄ってきた。

かおるは自分の腕を持ち上げ、肘に近いあたりを見せた。そこには明らかな擦り傷があり、うっすらと血が滲んでいる。それはさきほど流歌に引っ掻かれた痕だった。

かおるの表情は氷のように冷たかった。

「どうやら、あなたの妹さんは私のことが気に入らないみたいね。会ったばかりだっていうのに、私の贈り物をけなして、生い立ちを貶して、今度は手まで出してきた。もう、付き合いきれないわ!」

吐き捨てるようにそう言うと、かおるはくるりと背を向け、その場を後にした。

月宮の顔色がさっと曇り、流歌のほうを振り返って言った。

「一体、どういうつもりだ?」

流歌は怯えたように目を潤ませ、首を振って訴えた。

「違います!私はお義姉様を傷つけてなんかいません。彼女の勘違いなんです。お兄様、信じてください!」

しかし、月宮はその言葉に耳を貸すこともなく、かおるを追って外へ出て行った。

「お兄様!」

呼び止めようとする流歌の声もむなしく、月宮は一度も彼女のほうを振り返らなかった。

使用人がそっと近づいて慰めるように言った。

「流歌様、どうかお泣きにならないでくださいませ。お身体に障ります」

流歌には先天性の心臓疾患があり、長年を海外での治療に費やし、ようやく病状が落ち着いてきたところだった。

唇をきつく噛みしめた流歌の瞳には、静かに憎しみが浮かんでいた。

あの女が、ずっと私を大切にしてくれたお兄様を奪った。絶対に許さない。

かおるは部屋を出て、ゆっくりと玄関に向かって歩き出した。まもなく、月宮が後ろから追いついてきた。

「……傷、見せて」

そう言って、彼はかおるの腕をそっと掴んだ。

かおるは小さく肩をすくめると、「大丈夫よ。犬に噛まれたと思えばいいだけ」と淡々と言った。

「それは違うだろう?犬に噛まれたら、狂犬病のワクチンを打たなきゃいけないんだ」

月宮の皮肉混じりの返しに、かおるはくすっと笑いながら彼の胸を軽く叩いた。

そして彼の整った眉を見つめたまま、ふいに口を開いた。

「あの子、あなたのことが好きなのね」

その言葉を聞いた月宮は眉をひそめた。

「俺も……気づいてた。正直、気持ち悪いよ」

その一言に、かおるは堪えきれず吹き出した。

「どうしよう……私、面倒なことに巻き
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