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第32話

Autor: 風待 栞
その気まずい空気を察し、灼也の方が先に口を開いた。「あいつは昔からお転婆でね。静沢さんに迷惑をかけていないといいんだが」

水琴が何か答えるより早く、赤いベルベットの小さな箱が、すっと目の前に差し出された。

そこに光るカルティエの金色のロゴに、水琴は一瞬息を呑む。「高遠さん、これは……?」

灼也はゆったりとした仕草で箱を開ける。中には、ピンクゴールドにダイヤモンドがあしらわれたブレスレットが静かに横たわり、室内の照明を反射して虹色のきらめきを放っていた。

「紗音があんなに人に懐くのは、本当に珍しいんだ。あの子が心を開いた相手だから、これからは静沢さんも、俺の友人だ」灼也は一度伏せた目を、ゆっくりと水琴へと戻す。その瞳には、彼女の美しい姿だけが鮮明に映り込んでいた。「もし良ければ……これからは君を、みーちゃんと呼んでも?」

みーちゃん……

その響きが、まるで羽のように心の水面にふわりと落ち、静かな波紋を広げていく。ずっと昔、誰かにそう呼ばれていたような気がするのに、それが誰だったのか、どうしても思い出せない。

「私も紗音ちゃんが大好きで、妹のように思っていますわ。でも……」

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    一部だけ消えた……?水琴は険しい表情で金庫を見つめた。昨夜ここを離れる時には、間違いなくしっかりと鍵が掛かっていた。それに、この金庫の鍵は水琴が持っている一本しかないはずなのだ。「先生、どうすればいいですか……!」学生は今にも泣き出しそうな声を上げた。学長の挨拶が終われば、次は審査員のスピーチが始まる。水琴は迷うことなく断を下した。「いいわ。今ある試験問題は、すべて破棄して」「破棄!?でも、問題はすでに審査員の皆さんの手元にありますし、今から代わりの問題なんてどこで用意するんですか?」水琴はバッグから一本のUSBメモリを取り出した。「この中に、予備の新しい問題が入っているわ。難易度が高すぎて一度は見送ったものだけど、今はこれを使うしかない。これを持って、信頼できる人を二人連れてすぐにコピーしてきて。五百部用意して、そのまま会場に持ち込むの」参加者は全員すでに着席し、スマートフォンも回収済みだ。今から刷りたての問題を配れば、漏洩の心配はない。「わかりました!」企画部の学生もスタッフも、他に手立てがないことを悟り、水琴の指示に従って走り出した。水琴が講堂に戻り、審査員席に滑り込むと、ちょうど学長の話が終わるところだった。続いて菫がマイクの前に立つと、会場は水を打ったように静まり返った。「小林菫です。正直に言えば、これまで私はこうしたコンテストの審査員を引き受けるつもりは毛頭ありませんでした。ご存知の通り、私は無駄なことに時間を費やすのが嫌いな性分ですから。今回、私がここへ足を運んだのは、静沢水琴先生の熱意に押されたからです。何度もお誘いを断り続けましたが、彼女が見せてくれた学生たちの論文を読み、考えが変わりました。A大学には、これほど素晴らしい才能が眠っていたのですね……」菫は、特に優秀だと感じた論文の執筆者たちを一人ずつ称賛した。名前を呼ばれた学生たちは、一様に水琴への感謝を深めていた。彼女が繋いでくれなければ、世界的な権威に自分の論文を読んでもらえる機会など、一生なかったはずだからだ。一通りの挨拶が終わり、司会者が灼也の座る席へと視線を向けた。「さて、本日は参加者の皆さんと審査員の方々だけでなく、非常に重要なゲストにもお越しいただいております。本コンテストのメインスポンサー、高遠灼也様です。皆様、盛大な拍手でお迎え

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