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第426話

Auteur: 風待 栞
「行けよ、みーちゃん」

灼也は力なく、自嘲するような笑みを浮かべた。

「俺のことなんか構わなくていい。ただ……無事に街に戻れたら、琉里には近づくな。

今回の件も、おそらくあの女が糸を引いているはずだ。あいつは……君が想像している以上に、恐ろしい人間なんだ」

それが、自分にできる最後の忠告だった。

そう言い聞かせても、水琴はやはり無言のまま立ち尽くしている。

ああ……見捨てられたんだな。

その事実が、鋭い刃となって灼也の胸を深く、残酷にえぐった。夜空に浮かぶ青白い月は、西の山際へとゆっくりと傾きかけている。

だが、暗闇の中でふいに水琴が顔を上げた。

彼女の大きな瞳には、いつの間にかいっぱいの涙が溜まっており、それが今、堰を切ったようにポロポロと頬を伝い落ちていた。

「……灼也。二度と、そんなこと言わないで」

「……え?」

水琴は涙ぐみながらも、ふふっ、と小さく吹き出した。

「俺のことなんか構うな、なんて……そんなの、放っておけるわけないじゃない!」

彼女は踵を返すと、自分の車のトランクから車載工具の頑丈なバールを引っ張り出してきた。

そしてそれをひしゃげたド
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    「行けよ、みーちゃん」灼也は力なく、自嘲するような笑みを浮かべた。「俺のことなんか構わなくていい。ただ……無事に街に戻れたら、琉里には近づくな。今回の件も、おそらくあの女が糸を引いているはずだ。あいつは……君が想像している以上に、恐ろしい人間なんだ」それが、自分にできる最後の忠告だった。そう言い聞かせても、水琴はやはり無言のまま立ち尽くしている。ああ……見捨てられたんだな。その事実が、鋭い刃となって灼也の胸を深く、残酷にえぐった。夜空に浮かぶ青白い月は、西の山際へとゆっくりと傾きかけている。だが、暗闇の中でふいに水琴が顔を上げた。彼女の大きな瞳には、いつの間にかいっぱいの涙が溜まっており、それが今、堰を切ったようにポロポロと頬を伝い落ちていた。「……灼也。二度と、そんなこと言わないで」「……え?」水琴は涙ぐみながらも、ふふっ、と小さく吹き出した。「俺のことなんか構うな、なんて……そんなの、放っておけるわけないじゃない!」彼女は踵を返すと、自分の車のトランクから車載工具の頑丈なバールを引っ張り出してきた。そしてそれをひしゃげたドアの隙間にねじ込むと、渾身の力を込めて抉じ開けた。ガキンッ!!金属が弾け飛ぶ音がして、ついに固く閉ざされていたドアが開いた。同時に、ダッシュボードの下に挟み込まれていた灼也の右脚が露わになる。ズボンの生地は破れ、痛々しい血の跡が幾筋も滲んでいた。「灼也……!」水琴は思わず息を呑んだ。灼也は苦しげに笑う。「嘘は言ってないだろ?この脚じゃ、誰かに助けを呼んできてもらわないとどうにもならない。……今回は、君だけが頼りなんだ」水琴は夜風に吹かれながら、顔を上げた。もし彼をここに残して助けを呼びに行けば、その間に野生動物に襲われるかもしれない。動けない彼には逃げる術がないのだ。かといって、このまま誰も来なければ、いずれにせよ彼は助からない。なら、やるしかない。「ちょっと、そっちに寄ってて!」水琴は辺りから手頃な大きさの重い石を拾い上げてくると、冷ややかな、けれど決意に満ちた声で言った。「……少し、我慢してて!」彼女は石を振り上げ、灼也の脚を挟み込んでいるプラスチックと金属のパネルに向かって何度も何度も叩きつけた。ガンッ! ガンッ!

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    車体は無残にひしゃげ、窓ガラスは粉々に砕け散り、運転席側のドアはベコッと深く陥没している。その車内で、灼也は展開したエアバッグに押し潰されるようにして、ハンドルに突っ伏していた。彼の額には、びっしりと冷や汗が浮かんでいる。「灼也……っ!」喉が渇き切って、掠れた声しか出ない。「灼也!お願い、目を覚まして!」水琴が割れた窓の隙間から何度も必死に呼びかけると、やがて彼は微かに身じろぎし、重い瞼をゆっくりと開けた。「……みー、ちゃん……」エアバッグに圧迫された狭い車内で、彼はもがくように身を捩った。その瞬間、彼の顔が苦痛に歪む。「灼也!大丈夫!?」「ああ……俺は平気だ。君は、怪我してないか……?」掠れた、ひどく苦しそうな声だった。それでも自分のことより先に水琴を気遣う彼を見て、水琴の瞳からボロボロと涙が溢れ出した。彼が今まで自分に何を隠していたとか、そんな疑念はもうどうでもよかった。「私は無事よ!そんなことより、早く外に出て!」「……救急には、連絡したか?」その言葉に、水琴は慌ててポケットからスマホを取り出した。しかし、画面のアンテナマークは完全に圏外を示している。「駄目、電波がない……」昨夜、連絡橋を走っている時からすでに電波は不安定だった。おそらく、私を追跡していたあの二台の車のどちらかに、強力なジャミング装置が積まれていたのだろう。水琴は震える手でスマホを握りしめ、再び車内の灼也を見つめた。彼の上半身はエアバッグに押し込められ、下半身は完全にダッシュボードの下に隠れて見えない状態だった。「お願いだから、早く出てきて……っ」水琴の声は恐怖で震えていた。「泣かないで……大丈夫、すぐに出るから」灼也は無理して笑顔を作り、水琴を安心させようとした。彼は手でエアバッグを必死に押し退け、少しでも空間を作って体を引き抜こうともがいた。――しかし、抜け出せない。「大丈夫だよ、みーちゃん。すぐ、出るからね」彼は水琴に向かって優しい声で慰めながら、心の中では自嘲気味に苦笑していた。自分の体のことだ、誰よりも自分が一番よく分かっている。彼の右脚は、衝突でひしゃげた車体とペダルの間に、万力で締め上げられたようにガッチリと挟まり、完全に身動きが取れなくなっていたのだ。

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