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第8話 安田社長に預けたものがある
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離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1034話 元凶は田中陽大だ
立ち去る前に、彼はもう一度念を押した。「本社には置けなかったが、東南アジア支社には十分な将来性がある。陸、しっかり経験を積んでくれ。俺の想いを無駄にするなよ」その場にいた者たちは散っていった。広い会議室には田中仁と田中陸の二人だけが残り、空気は静まり返った。田中陸はゆっくりと目を閉じ、「兄さんの勝ちだ」と呟いた。田中仁は立ち上がり、ゆっくりと襟を整えた。「兄と呼ばれた以上、持つべき者が持つべき場所に立つだけだ」田中陸は鼻で笑い、ふいに目を見開いた。「兄さんの言う通り。勝敗など一時のものにすぎません」「東南アジアは美味しいポストだ。陸、しっかりチャンスを掴め。前任の品田誠也のように、功を焦って私腹を肥やすような真似はするなよ」それだけ言って、田中仁はふと眉を上げた。「そういえば、言い忘れていたが、品田誠也の裁判が開廷するそうだ」田中陸は内心ぎくりとした。そんなに早いのか？その心の動きを見抜いたように、田中仁は続けた。「品田誠也は口が堅い。今のところ有益な証言は出ていない。ただ……」「ただ、何です？」田中陸は思わず食ってかかった。「兄さん、言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってください」田中仁は歩み寄り、目の前に立って声を低くした。「安野彰人はかなり吐いてる。品田誠也は十中八九、もう戻ってこられん。それから、彼の妻が何か決定的な証拠を握ってるらしい。あなたに関係あるものだって話だが……」田中陸の目にわずかな動揺が走ったが、すぐに平然と装った。「兄さん、面白い話だが、私には何の関係もないですよ」「それならそれでいい」田中仁は深く追及せず、ただ忠告をひとつ。「長年ついてきた部下だ。陸、人の心を冷まさないようにな」取締役会が終わると、田中仁が豊勢グループを引き継いだという噂は瞬く間に広まり、田中葵の耳にも届いた。「そんなはずない、陸が負けたの？」田中葵の感情は崩れ落ち、顔は真っ青になった。「陸社長は東南アジア支社に回され、今後はそこの業務しか担当できません。本社のことには一切関与できないようです……」それはまさに致命的だった。東南アジア支社など、巨大な豊勢グループ本社とは比べものにならない。それは明らかに田中陸を豊勢グループの中心から遠ざけるための処置だった。田中葵がそれで納得するはずもなかった。
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1033話 決断
その場にいた者たちは気を利かせて立ち上がり退室しようとしたが、田中陽大に呼び止められた。「ここにいるのは皆、長年俺に付き従ってくれた仲間たちだ。何も遠慮することはない」その言葉に、取締役たちは次々に席へと戻った。田中陽大は微かにため息を吐き、その全身からはどこか物悲しい気配が滲んでいた。兄弟の争い、それは彼が最も避けたかった事態だった。だが、この結末を招いた張本人は他ならぬ自分だった。「ここまで話が進んだことだし、今日という機会に、俺の本心を少し語らせてもらおう」「田中会長、どんなご決断をなさっても、我々は全面的に支持いたします」石田さんが真っ先に口を開き、他の取締役たちも一斉に頷いた。「どうかご安心ください。田中会長。どなたに豊勢グループを託されようと、私たちは全力で支えます。ご期待に背くことはありません」田中陽大は静かに満足した。この古参たちが心を一つにしてくれただけで、十分だった。「よし、ここにて皆に深く感謝する」田中陽大は上座から、田中陸に深い眼差しを向けた。長年願っていた兄弟の結束は、結局は泡と消えたのだった。田中陽大は目を細めて視線を外し、田中仁へと向けた。男は足を組んで静かに座り、どこかこの場に馴染まないような冷めた佇まいだった。「東南アジア市場においては、陸が見事な手腕を見せた。短期間で情勢を安定させた功績は確かだ」田中陸は口元をわずかに緩め、勝利を確信した表情を浮かべた。傍らにいた蓮井友之も適切なタイミングで口を開いた。「田中会長のおっしゃる通り、陸社長の実力は誰の目にも明らかです」田中陽大は否定することなく、静かに認めた。「この息子には確かに驚かされたよ」「東南アジアは近年目覚ましい発展を遂げ、勢いもある。このまま行けば、将来が楽しみだ」「豊勢グループ本社の業務は多岐にわたっており、そろそろ支線を分離する時期だ。よって東南アジア地域の事業を本社から切り離し、陸に一任することにした」田中陸の表情が凍りつき、この決定は彼にとって完全な不意打ちだった。彼は即座に立ち上がり、信じられないという面持ちで田中陽大を見つめた。「お父様、これはどういうことですか？」田中陽大はそれを無視するように話を続けた。「俺はもう歳で、思うように動けぬことも多い。ここ数年は仁が手助けしてくれた。彼は皆
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1032話 どうして私ではダメなんだ
「これらは朱欒さんのでっち上げだったとすれば、兄さんの潔白は証明されました。ただ、今日の取締役会の本題は豊勢グループの次期掌握者を決めることです……」田中陸の狙いは明白だった。このタイミングで引くつもりはなかった。だが、その言葉は石田さんによって遮られた。「陸社長、真実が明らかになった以上、我々なりの判断がある」石田さんは視線を周囲に向け、はっきりと自身の姿勢を示した。「田中さんが潔白なら、豊勢グループのトップを続けることに何の問題もないはずだ」「我々は引き続き田中さんを支持すべきだ！」「私もそう思う。これはきっと、田中会長の望んだ形だ」井下さんも続けて自身の立場を明確にした。取締役会で最年長の彼の言葉は重みがあり、他の取締役たちも次々に頷いた。「まったくその通りだ」「私も田中さんを支持します」ずっと沈黙を守っていた原野さんも、ついに姿勢を示した。三人の取締役の支持が揃ったことで。これで兄弟の争いは五分五分となった。だが、さきほどまで田中陸を支持していた蓮井友之と夏川は目を合わせ、諦め気味にため息をついた。この時点で、すでに勝負はついたと理解していた。だがビジネスの場では、途中で寝返ることはご法度だ。最初に誤った陣営を選んだ以上、最後まで貫くしかない。状況の急転に、田中陸の顔色は一気に悪化した。なぜなら、鍵を握る最後の一票はここにはなく、田中陽大が握っていたからだ。当初は田中陽大を抜きにしても、取締役会の四票を押さえれば勝てると思っていた。だが今、すべてが思い通りにいかなくなっている。会議室の扉が再び開かれ、いつの間にか田中陽大が立っていた。顔は険しく、明らかに不機嫌そうだった。その身からは、支配者の威圧感が自然と漂っていた。彼が姿を現すと、出席していた取締役たちは一斉に立ち上がり、深々と頭を下げた。「田中会長、いらっしゃいましたか」田中陽大は誰にも視線を向けず、重々しい足取りで田中陸の前へと歩み寄った。「お父様！」声をかけたその瞬間、「パチン」という音とともに、田中陸の頬にはくっきりと五本の指の痕が刻まれた。田中陸は信じられないように頬を押さえ、絶望した目で苦笑した。「やはりお父様にとって、私は永遠に兄さんの代わりにはなれないんですね」「愚か者が
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1031話 朱欒は連行された
「そんなバカな……」朱欒理事はよろめき、咄嗟に後ろの椅子に手を掛けて転倒を免れた。このとき彼は肘掛けを握りしめながら呟いた。「これは本物の契約書だ。偽物なんてあり得ない」その言葉には先ほどまでの自信が感じられず、彼は完全に自分を疑い始めていた。もしこれらの契約書も、公印も偽造だったなら、彼の告発は根本から崩れる。それどころか、公印偽造は明らかな犯罪行為だ。「違う、違う」朱欒理事の顔色が一変し、思考は混乱していた。「何か裏があるに違いない」彼は顔を上げ、田中仁を睨んだ。「君だ、そうだ、君の仕業だ」朱欒理事は何かに気づいたように首を振り続け、悟ったような表情を浮かべた。震える手を挙げて田中仁を指差し、大声で叫んだ。「全部君の仕掛けだ。俺を罠に嵌めるために穴を掘って、落ちるのを待っていたんだ。黒幕は君だ」「全部君の入念な策略と計算の結果だ」その告発に対して。田中仁は肯定も否定もせず、何も言わなかった。周囲の人々は顔を見合わせ、何が起きているのか理解できずにいた。朱欒理事は絶望し、ゆっくりと目を閉じた。頭の中ではこの数週間の出来事が次々と浮かんでいた……考えれば考えるほど、不自然な点が浮かび上がってくる。どうりで——「証拠集め」があまりにも順調すぎた理由だ。だが、彼は肝心なことを忘れていた。田中仁は常に完璧に事を運ぶ男。そんな簡単に弱みを握らせるはずがない。自分の方が田中仁より一枚上手だと勘違いしていたとは。実のところ、すべては田中仁の掌の上だった。朱欒理事は椅子に崩れるように座り込んだ。「フッ！終わった、もう全部終わった！」ここまで来てはもう。赤司冬陽はためらいもなく手招きし、近くにいた警備員が会議室の扉を開けると、制服姿の職員が二人入ってきた。彼らはまっすぐ朱欒理事の前まで歩いていった。足を止める。すぐさま手際よく、赤い公印が押された書類を取り出して朱欒理事の前の机に置いた。「朱欒さん！公印偽造の告発を受けております。これは職務犯罪に該当しますので、ご同行願います」「いや、俺はやっていない！こんなの俺の仕業じゃない」朱欒さんは激しく反発した。死が目前に迫っても、彼はなおも弁解を続けた。「全部部下がやったことだ」「そうだ、俺には無関係だ、やっ
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1030話 根も葉もない話
朱欒理事は慌てて口を挟んだ。「皆さん、彼の言うことなど聞かないでください。我々は陸社長を信じるべきです。彼には必ずや豊勢グループを新たな段階へと導く力があります」「もういい加減にしてください、朱欒さん！田中さんご本人はまだ何もおっしゃっていないのに、あなたがここで騒ぎ立てるなんて、笑い者になるだけです」井下さんは威厳のある態度でそう言った。朱欒理事もタイミングを見て口を閉ざした。一方、最初から他人事のように構えていた田中仁は、わずかに眉を上げ、まるで面白い芝居でも見ていたかのような表情だった。「朱欒さんが今日こうしているのは、陸のために奔走しているからでしょう。ただ、少しばかり性急すぎたようですね」今日の取締役会で、朱欒理事朱樂さんは最初から腹を括っていた。今となっては、もう何もかも構っていられなかった。彼は田中仁を睨みつけ、いつものような敬意もなく言い放った。「田中さん！これだけの証拠がある以上、言い逃れなど通用しませんよ！」田中仁はわずかに眉をひそめ、まるで滑稽な冗談でも聞いたかのような顔をした。彼は落ち着いた口調で言った。「朱欒さん、それは少々言い過ぎですよ。別に言い逃れをするつもりはありません。ただ、朱欒さんがこれほど資料を用意されているのであれば、私もそれ相応の準備をしておかないといけませんね」傍らの赤司冬陽はそれを見るとすぐに立ち上がり、大股でパソコンの前に歩み寄り、素早くキーボードを叩き始めた。「取締役の皆様、ここまで話が進んだ以上、私からもささやかな贈り物をご用意させていただきました」田中陸の胸に不安が走り、まぶたが不自然にぴくついた。今日の進行はあまりにも順調すぎた。まるで最初から仕組まれていたかのように。それに気づかず、彼はただ朱欒理事がよくやっていると思い込んでいた。だが今、田中仁の余裕ある様子を目にして、彼の胸に不安が広がった。「兄さんは一体、何を準備してたんです？」田中仁が彼に視線を向け、二人の視線がぶつかると、その場に鋭い火花が飛び散った。この時、赤司冬陽は手を止めて言った。「陸社長と朱欒さんに対する告発は、完全な虚偽、でっち上げにすぎません」朱欒理事は動揺した。立ち上がって叫んだ。「赤司さん、でたらめを言わないでください！」「事実かどうかは、朱欒さんは画
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第1029話 私生児
蓮井友之はその言葉を聞いて、思わず身体を震わせた。歯を食いしばりながら口を開いたが、普段のような流暢さはなく、明らかに言葉を詰まらせながら言った。「どちらにせよ、田中家の資産ですから、田中さんでも陸社長でも、どちらも田中家の息子であり、どちらが豊勢グループを継いでも筋は通ると思います」「もしどちらか一人を選ばなければならないのなら、私は陸社長の方が適任だと思います！」蓮井友之はそう言い終えるとさらに頭を垂れ、全身から小心翼々とした雰囲気が滲み出ていた。朱欒理事はその態度に非常に満足し、満面の笑みを浮かべながら、他の者たちに声をかけた。「蓮井さんが意思を示された以上、他の取締役の方々はいかがですか？」彼の視線は巡り、親しい間柄の夏川のところで止まった。夏川はすでに後戻りできないところまで来ていることを自覚していた。何も言わず、ただ静かに手を挙げた。これで二人の取締役が意思表示をしたことになる。朱欒理事もすかさず手を挙げた。「俺の票も有効ですよ！」瞬く間に三票を獲得した！あと一票あれば、田中陸の勝利は揺るがない。朱欒理事は大いに喜び、まるで勝利が目の前にあるかのように、勢いのまま攻めた。「井下さん、石田さん、お二人はいかがでしょうか？」この二人とは事前に話を通していたため、朱欒理事は自信に満ちた目で期待を込めていた。隣に座っていた田中陸もすでに勝利を確信し、顔には勝者の余裕が浮かんでいた。井下さんはやや年長で、終始、落ち着きと威厳を保ったままだった。彼は軽く咳払いをし、鼻の上の眼鏡を押し上げながら落ち着いた声で言った。「豊勢グループに関わる重大な件です。こんな軽率に決めるべきではありません。まずは田中さんのご意見を聞くべきでは？」石田さんも頷いて同意し、付け加えた。「その通りだ。あなたたちの話は一方的なものにすぎない。我々三人は豊勢グループの古参でもある。田中さんの言葉を聞いてからでも決断は遅くない」そう言い放つと。石田さんは立ち上がり、力強い眼差しで言った。「我々は皆知っている。田中さんと陸社長、どちらも田中会長の息子ではあるが、やはり決定的な違いがある」「田中さんは正統な田中家の跡取りであり、陸社長は愛人の子。いまだに正式な地位を得られていない、つまり私生子にすぎない」「たと
