LOGIN重なった唇は、最初はただ触れ合うだけの、小鳥が啄むような軽いものだった。
驚きに目を見開いていた理聖だったが、和花が逃げないとわかると、そっと目を閉じ、呼応するように顔の角度を変えてきた。温かな息遣いが絡み合い、戸惑うような浅い口づけは、徐々に熱を帯びて深くなっていく。
背中に回された彼の手が、不器用ながらも力強く和花の身体を引き寄せた。ほんの少しのアルコールと、冷え切った心を溶かすような彼の体温。
わずかに開いた唇の隙間から、彼がそっと舌先を這わせてくる。甘い痺れが脳髄を駆け抜け、和花の口から抑えきれない吐息がこぼれた。 息継ぎのためにゆっくりと唇が離れると、二人の間に艶やかな銀の糸が引いて、切れた。和花の頬は火のように熱かった。
元夫である芽流とは、結婚してから1度も男女の関係になっていなかった。「疲れているから」と躱され続け、その理由がまさか別の女の存在だったとは思いもしなかったのだ。女性として求められていないという事実が、ずっと心の奥で重いしこりとなっていた。
だからこそ、久しく忘れていた甘い刺激に、和花の身体は自分でも驚くほど正直な反応を示してしまっていた。 下腹部が甘く疼き、指先まで熱が巡っていく。そのかすかな震えと吐息の熱さで、理聖は和花の変化に気づいたようだった。
切れ長な瞳が、熱を帯びたまま和花の顔をじっと見つめる。そして、視線を部屋の片隅や、先ほど和花が差し出した男物のスウェットへと向けた。部屋には、まだ微かに別の男性が暮らしていた気配が残っている。新品のまま放置されていた男性用の衣類。そして、泣きはらしたような和花の目元。
理聖は何かを察したように、和花を抱き寄せていた腕の力を少しだけ緩めた。「……和花さん。念の為の確認ですが……大丈夫ですか?」
低くかすれた声が、耳元で優しく響く。
大丈夫。その言葉の意味するところは、和花にも痛いほどよくわかった。このまま、行きずりの男と関係を持ってしまっても後悔しないか。誰かに責められるような状況ではないのか。
記憶を失っていても、彼の頭の回転の速さと他者を気遣う優しさは健在のようだった。離婚届を出したその日のうちに、見知らぬ男とこんなことになるとは、夢にも思っていなかった。
明日になれば、冷静になって激しく後悔するかもしれない。警察に追われているかもしれない、素性の知れない男なのだ。それでも、和花はもう引き返せなかった。すでにキスの時点で、彼のもたらす熱に心も身体も完全にとろかされてしまっていたのだ。
孤独で凍えそうだった自分を、ただ強く抱きしめてほしかった。 和花は潤んだ瞳で彼を見つめ返すと、返事の代わりに、その整った顔に両手を添えて再び口づけを落とした。それが、決定的な合図となった。
理聖の大きな手が和花の髪を撫で、そのまま背中から腰へと滑り落ちる。 ソファーの上で衣服が擦れる音が響いた。少しもたついたものの、和花は彼の手を引き、フローリングに敷かれたばかりの来客用の布団へと移動した。リビングの引き出しの奥には、いつか芽流と使う日が来るかもしれないと淡い期待を抱いて買っておいた、未開封のコンドームが箱ごと残されている。和花はそれを迷うことなく取り出した。
照明を落とした薄暗い部屋の中、雨音だけが静かに響く。
衣服が脱ぎ捨てられ、肌と肌が直接触れ合った。 彼の白い肌に刻まれた和彫りの刺青が、薄明かりの中で妖しく浮かび上がる。最初は恐ろしく見えたその模様すら、今はただひどく美しく感じられた。 記憶を失い心細いはずの彼が、和花を壊れ物のように優しく、けれど確実に甘い熱の渦へと引き込んでいく。「……んっ、あ……」
久々の痛みに和花が顔をしかめると、理聖は申し訳なさそうに彼女の額や頬に何度もキスを降らせた。
その丁寧で慈しむような愛撫に、和花の目からツーッと一筋の涙がこぼれ落ちる。 それは悲しみではなく、一人の女性として大切に扱われているという深い安堵からくるものだった。――翌朝。
微かに聞こえる鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日で、和花はゆっくりと目を覚ました。雨はすっかり上がり、冬の澄んだ空気が部屋を包んでいる。
ぼんやりとした頭で寝返りを打つと、すぐ目の前に端正な顔立ちがあった。「……っ!」
隣で気持ちよさそうに規則正しい寝息を立てているのは、理聖だった。布団から覗く滑らかな肩から胸元にかけて、色鮮やかな刺青が見える。
その無防備な寝顔を見た瞬間、昨夜の光景が、鮮烈な映像として脳裏にフラッシュバックした。
自分から彼を押し倒し、唇を重ね、引き出しから自ら未開封の箱を取り出して……。 そこまで思い出し、和花はボフッと音を立てて自分の顔を両手で覆った。(わ、私、なんてことを……!)
顔から火が出そうなほど真っ赤になりながら、和花は布団の中で小さく身を縮こまらせた。
「……ここ、城ですか?」「違いますよ。実家です。詳しくは教えてくれないのですが、父が道場の経営以外にも手広く事業をやっているみたいで……」 申し訳なさそうに苦笑する和花に、理聖は「そうなんですね……」と圧倒されたように深い息を吐き出した。「では、僕は近くの喫茶店でのんびり待っているので、終わったら連絡をください」「はい。すみませんが、よろしくお願いします」 優しく手を振ってくれる理聖に見守られながら、和花はひとり重厚な正門をくぐり抜けた。 手入れの行き届いた松並木の石畳を進み、広大な敷地の奥へと向かう。すると、向かいの離れの角から歩いてきたひとりの男が、和花の姿を認めて驚きの声を上げた。「うおっ! 和花じゃん! なんだよ、帰ってきてたのかよ!?」「蒼士! 久しぶり!」 そこに立っていたのは、和花が幼い頃からこの実家の道場で一緒に汗を流してきた兄貴分の男――神崎蒼士だった。 前髪を上げた黒髪ウルフヘアに、どこか眠たげで独特な瞳。 和花にとっての蒼士は、父の門下で腕を磨いてきた頼れる剣の兄弟子だ。 蒼士は和花の父である源蔵から直々に剣術の神髄を叩き込まれており、並外れた戦闘力を誇る修羅でもあった。「元気だったか? 引っ越してから全然顔を見せないから、寂しかったぜ」「もう、オーバーだなあ。蒼士こそ元気そうね」 幼馴染ならではの気安い口調で笑い合っていると、母屋の縁側の奥からずしりとした重い足音が響き、厳格な気配が近づいてきた。「和花。帰ったか」「あ、お父さん! ただいま」 現れたのは、古武術道場の大範士である父、佐伯源蔵だ。威厳に満ちた佇まいに怯むことなく、蒼士は人懐っこく笑いながら前に出た。「師匠! ちょうどよかった、さっそく和花と稽古つけさせてくれよ!」 蒼士の直談判に、源蔵は鋭い眼光を少しだけ和らげ、短く応じた。「……いいだろう。道場へ行け」 凛とした静寂と、床板や蜜蝋の香りが漂う巨大な第一道場。 和花は着替えを終え、広い道場の真ん中に一人で立っていた。 白い道着に濃紺の袴を身につけ、腰にはしっかりと帯を締めている。手には長年の稽古で手になじんだ年季の入った木刀。 静かに呼吸を整えるその凛とした立ち姿には、花屋で女性らしく微笑む普段の雰囲気からは想像もつかないほど、厳しい鍛錬を積んできた者
『和花ちゃん久しぶり。元気にしとる?』 耳元から聞こえてきたのは、相変わらずのんびりとした母、一花の声だった。「お母さん、久しぶり。元気だよ、どうしたの?」 『……今、理聖さんは?』 「今はお風呂に入っているところだよ」 『それなら良かったわぁ。時間的に二人でしっぽりしてる最中かなって思ったから、ちょっと心配してたんよ』 「ちょ! ちょっと、お母さんってば……!」 からかうような口調に和花が頬を赤くすると、電話の向こうからくすくすと上品な笑い声が聞こえる。やがて一花は、声のトーンを少しだけ改めて本題を切り出した。『それでな、和花ちゃん明日お休みよね?』 「うん、お店は休みだけど……」 『お父さんがな、道場に顔を出せってきかないんよ』 「お父さんが……?」 和花は少し驚いて電話を握り直した。確かに、こちらに引っ越してきてから、実家に帰ったのは片手で数えられるほどだ。 それにいまは、裏社会の人間からいつ身を狙われてもおかしくない緊張した状況だ。いざという時に理聖や自分の命を守るためにも、古武術の腕を鈍らせている場合ではないことは痛感していた。「わかった。明日はちょうど理聖さんもお休みだから、二人で――」 『一人でいらっしゃい』 和花の言葉を遮るように、一花の強い声が食い気味に響いた。普段はのんびりとした母の珍しい圧に、和花は思わず言葉に詰まる。「え……なんで?」 『……理聖さん、あまりにも男前やさかい。またお父さんや私がびっくりして、様子がおかしくなってしまうかもしれないからねぇ』 「よ、様子がおかしくって……」 先月、アパートの玄関で両親が放っていた、まるで敵対する武人を前にしたかのような尋常ではない殺気と威圧感を思い出し、和花は苦笑するしかなかった。『お互いに、まだどうしても気を遣いすぎてしまうと思うんよ。せやから、明日は和花ちゃん一人で帰っていらっしゃいね』 「もう……わかったわよ」 過保護でどこか一癖ある両親の言い分に溜息をつきつつ、和花は通話を終えた。 しばらくして、湯気が漂う浴室からお風呂上がりの理聖が出てきた。 二人はリビングのテーブルに向かい合い、理聖が買ってきてくれた人気店のフルーツタルトを冷たい麦茶とともに味わう。和花はフォークを動かしながら、先ほどの電話の内容を伝えた。 サクサクとした香ば
時計の針が午後21時を回った頃、静まり返ったアパートの玄関扉がそっと開かれた。「ただいま戻りました、和花さん」 靴を脱いでリビングへ足を踏み入れると、心配そうに帰りを待っていた和花が、ふんわりと安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきた。「理聖さん、お帰りなさい。大変だったみたいですね」「帰りがすっかり遅くなってしまって、本当に申し訳ありません。連絡もつい遅くなってしまって……」 頭を下げる彼に向かって、和花は柔らかく首を横に振る。「いえ、帰り道の歩道橋で、階段から落ちたお婆さんを救助されていたのでしょう? そんなふうに誰かを助けられるなんて、とっても素晴らしいことです」 少しも疑うことなく無邪気に微笑む彼女を前にして、理聖の胸の奥がチリッと焼けるように痛んだ。(僕は……和花さんに、嘘をついている) 理聖は罪悪感をごまかすように自分の胸元へそっと手を当てながら、持っていた小さな紙袋を差し出した。「これ……助けたお婆さんのご家族から、お礼にといただいたんです」 それは駅前にある人気店で、理聖が自ら買い求めてきたフルーツタルトだった。「わぁ、とっても美味しそうですね! あとで二人でゆっくりいただきましょう」 嬉しそうに目を輝かせる和花の笑顔を見て、理聖の張り詰めていた肩からようやく力が抜けていく。 理聖は愛おしさに耐えかねるように彼女の華奢な肩を引き寄せ、さらりとした綺麗な髪をそっと撫でると、その白い額に優しく口づけを落とした。「あ、あのね、理聖さん……」 はにかみながら上目遣いで見つめてくる和花が、少しだけ照れくさそうに言葉を続ける。「今日は私がお夕飯を作ったんです。遅くなっちゃいましたけど、一緒に食べませんか?」「えっ……和花さんが、ですか?」 食卓へと案内された理聖は、テーブルの上に置かれた大きなお皿を見て、わずかに息を呑んで固まった。 そこにあったのは、これまで見たこともない不思議な色彩を放つ、不気味な青紫色へと変色した料理……のようなものだったからだ。「わ、わぁ……。とっても綺麗な……シチュー? ですねぇ」 なんとか笑顔を作って問いかけると、和花が自信満々に胸を張った。「はいっ。今ちょうど季節なので、紫キャベツを使って〝あじさい色〟のクリームシチューにしてみたんです。旬の新じゃがと新玉ねぎもたくさん入れました!」 ど
答えない理聖の瞳を鋭い隻眼で見据えていた大翔は、やがてふっと肩の力を抜き、豪快な笑い声を部屋中に響かせた。「ははは! ……突然こんな過去の話をされたところで、疑うのも当然だ。むしろそれでいい。この世界、なんでもかんでも信用してしまうようでは生き残れないからな」 先ほどまでの凍てつくような威圧感は消え去り、大翔は成長した我が子のたくましさを褒めるかのような柔和な表情を浮かべた。「記憶が戻るまでは、猶予をやろう。いま無理にすべてを思い出せとは言わん。……だがな、理聖。お前はこの深凪組の〝若頭〟だ。もし私に何かあれば、お前がこの巨大な組のトップに立つ人間なんだぞ」 大翔の声に、再び組織の長としての底知れない重圧が宿る。それは選ばれた後継者としての宿命を、決して忘れさせることのない宣告だった。「それに今も、不破組とは縄張りの取り合いで抗争の最中だ。港湾の利権を巡って、どこで誰が狙っているかわからない。お前が生きていると知れ渡れば、奴らも血まなこになって動くだろう。絶対に気を抜くなよ」 押し潰されそうなプレッシャーの中で、理聖が静かに言葉を飲み込んで見つめ返すと、大翔は革張りのソファからゆっくりと立ち上がり、理聖のすぐ目の前まで歩み寄った。「組にだけは、迷惑をかけないようにな」 大翔の大きく分厚い手が、理聖の肩をポンポンと二度、力強く叩く。それは幼い頃から育て上げてきた愛する息子への励ましであると同時に、組織の秩序や規律を乱せば容赦はしないという無言の縛りでもあった。 重厚な扉を開けて廊下へ出ると、冷たい汗が背中を伝うのが分かった。 親代わりの恩人でありながら、一歩間違えればすべてを飲み込む猛獣のような男の気配から解放され、理聖は静かに息を吐く。「若頭! ……大丈夫ですか?」 少し離れた壁際で待機していた雄之助が、弾かれたように駆け寄ってきた。 心配そうに顔を覗き込んでくる彼の存在に、理聖の張り詰めていた胸の奥がほんの少しだけ和らぐ。「ああ。大丈夫だよ、雄之助くん」 緊張を鎮めるように目元のかすかな疲れを拭い、二人でエレベーターへ向かって長い廊下を進み始めた、その時だった。 薄暗い通路の向こうから、革靴の冷淡な靴音を響かせて、一人の男が歩いてくる。 隙のない仕立ての黒い高級スーツをまとった男――若頭補佐、榊原義宗だっ
(だけど、もし――大翔さんが嘘をついているとしたら) 深い慈愛を滲ませて過去を語る大翔の眼差しを受け止めながらも、理聖の胸の奥深くでは、冷たい氷のような理性が静かに警鐘を鳴らしていた。 この男が語る恩義や家族としての絆は、あまりにも美しく、自身の空白の心を埋めるには十分すぎるほど温かい。 しかし、自分には何ひとつ記憶がないのだ。自分が白紙の状態であることをいいことに、組織の跡取りを繋ぎ止めるため、都合よく過去を捏造している可能性がないとも言いきれなかった。 それに、恩人という言葉を使うのであれば、和花こそが自分にとって唯一無二の命の恩人だった。 土砂降りの雨の夜、ゴミ捨て場の冷たいアスファルトの上で死にかけていた見ず知らずの自分を拾い上げ、手当てをし、温かい食事と居場所を与えてくれたのは彼女だ。記憶がない自分の不安ごと丸ごと包み込み、迷いなく愛を注いでくれた。 何より、和花と過ごした日々や彼女との絆は、記憶喪失という絶望の後で、理聖自身の明確な意志によって築き上げてきた確かな現実だ。だからこそ、彼女の温もりには一切の嘘がないと断言できた。 目の前に座る大翔の態度からは、敵意など微塵も感じ取れない。言葉の端々からは親代わりの情愛があふれ出ているようにさえ見える。 だが、相手は深凪組の頂点に君臨するトップなのだ。 ただのきれい事や人情だけで裏社会を生き抜いてきた男であるはずがない。 少しでも油断してこちらの情報を渡しすぎれば、自分のみならず、和花や梓の日常までをも危険に晒すことになりかねない。 理聖は身体に染み付いた本能的な警戒心を鋭く研ぎ澄ませた。「……ところで、理聖」 応接ソファに深く背を預けた大翔が、穏やかな声色で問いかけてくる。「お前は川に落ちて姿を消したあの日から、いったいどう過ごしていたんだ? 誰かの世話になってでもいたのかい?」 大翔の左目が、理聖の表情のわずかな変化さえ見逃すまいと、静かに見つめていた。 和花のことだけは、絶対に悟られてはならない。組織に彼女の存在が知られれば、自分を引き戻すため、あるいは敵対組織からの標的として人質に利用されるのは火を見るより明らかだった。 理聖は顔色ひとつ変えず、静かに口を開いた。「……日雇いの仕事などで少しずつ小銭を稼いでは、安い宿を転々として生きていました。自分が誰かもわからな
「息子……? すみません。僕――」 戸惑いを隠せない理聖が、胸元に回された大きな腕の中で小さく息を呑んだ。 自分の記憶が白紙である事実をどう説明すべきか言葉を探した瞬間、大翔は力強い手で理聖の肩を包み込み、ゆっくりと上体を離した。「記憶が、ないんだろう? 芥からある程度の事情は聞いているよ」 残された左目の瞳に、深い慈愛と労りの色が浮かんでいる。 目の前に立つ大柄な男からは、極道の親分としての凄味よりも、生き別れた実子をようやく見つけ出した父親の温もりが色濃く漂っていた。「忘れてしまっているなら、もう一度私から話そう。お前がどんな人間で、私にとってどれほど大切な存在であるかを」 大翔は執務デスクの横にある応接ソファへと理聖を促すと、自らも対面へ腰を下ろした。革の軋む静かな音が部屋に響く中、低く丁寧な声がこれまでの軌跡を紡ぎ始める。「あれは……もう、20年以上も前のことだ」 大翔が遠い目を向けた先には、血と煙に塗れた過去の景色が広がっていた。 当時、敵対組織との抗争によって焼け落ちた港の廃倉庫。瓦礫と灰燼の中に倒れていたのが、瀕死の状態だった幼い理聖だったという。「どれだけ調べても身元はわからず、親族も誰ひとり見つからなかった。そんな過酷な場所で、お前はたったひとりで生き残っていたんだ」 身寄りのない少年を見捨てることができなかった大翔は、その場から幼い理聖を抱え上げて組へと連れ帰った。そして組織の者たちに向かって、はっきりと宣言したという。「この子は今日から私の息子みたいなもんだ、とね」 実子がいなかった大翔は、理聖にありとあらゆる教育を授けた。 人間としての基礎となる読み書きや上品な言葉遣い、正しい礼儀作法。 さらに、決して弱肉強食の世界で命を落とさぬよう、過酷な格闘術と拳銃の扱い、さらには組織運営の帝王学まで、すべてを手取り足取り叩き込んだのだ。「お前は本当に筋が良かった。教えた知識をスポンジのように吸収して、誰よりも努力を重ねた。……12歳を迎える頃には、大人の構成員とまともに組手でやり合えるほど成長を遂げていたよ」 どこか誇らしげに目を細める大翔の口元に、優しい笑みが浮かぶ。「冷静な判断力と強靭な戦闘技術、そして組員たちをまとめる圧倒的な人望。お前はただ強いだけじゃない。私の最高傑作だ。だからこそ、20歳という若さで実







