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04.孤独を溶かした夜

last update 게시일: 2026-08-01 04:34:17

 重なった唇は、最初はただ触れ合うだけの、小鳥が啄むような軽いものだった。

 驚きに目を見開いていた理聖だったが、和花が逃げないとわかると、そっと目を閉じ、呼応するように顔の角度を変えてきた。

 温かな息遣いが絡み合い、戸惑うような浅い口づけは、徐々に熱を帯びて深くなっていく。

 背中に回された彼の手が、不器用ながらも力強く和花の身体を引き寄せた。

 ほんの少しのアルコールと、冷え切った心を溶かすような彼の体温。

 わずかに開いた唇の隙間から、彼がそっと舌先を這わせてくる。甘い痺れが脳髄を駆け抜け、和花の口から抑えきれない吐息がこぼれた。

 息継ぎのためにゆっくりと唇が離れると、二人の間に艶やかな銀の糸が引いて、切れた。

 和花の頬は火のように熱かった。

 元夫である芽流とは、結婚してから1度も男女の関係になっていなかった。「疲れているから」と躱され続け、その理由がまさか別の女の存在だったとは思いもしなかったのだ。

 女性として求められていないという事実が、ずっと心の奥で重いしこりとなっていた。

 だからこそ、久しく忘れていた甘い刺激に、和花の身体は自分でも驚くほど正直な反応を示してしまっていた。

 下腹部が甘く疼き、指先まで熱が巡っていく。

 そのかすかな震えと吐息の熱さで、理聖は和花の変化に気づいたようだった。

 切れ長な瞳が、熱を帯びたまま和花の顔をじっと見つめる。そして、視線を部屋の片隅や、先ほど和花が差し出した男物のスウェットへと向けた。

 部屋には、まだ微かに別の男性が暮らしていた気配が残っている。新品のまま放置されていた男性用の衣類。そして、泣きはらしたような和花の目元。

 理聖は何かを察したように、和花を抱き寄せていた腕の力を少しだけ緩めた。

「……和花さん。念の為の確認ですが……大丈夫ですか?」

 低くかすれた声が、耳元で優しく響く。

 大丈夫。その言葉の意味するところは、和花にも痛いほどよくわかった。

 このまま、行きずりの男と関係を持ってしまっても後悔しないか。誰かに責められるような状況ではないのか。

 記憶を失っていても、彼の頭の回転の速さと他者を気遣う優しさは健在のようだった。

 離婚届を出したその日のうちに、見知らぬ男とこんなことになるとは、夢にも思っていなかった。

 明日になれば、冷静になって激しく後悔するかもしれない。警察に追われているかもしれない、素性の知れない男なのだ。

 それでも、和花はもう引き返せなかった。すでにキスの時点で、彼のもたらす熱に心も身体も完全にとろかされてしまっていたのだ。

 孤独で凍えそうだった自分を、ただ強く抱きしめてほしかった。

 和花は潤んだ瞳で彼を見つめ返すと、返事の代わりに、その整った顔に両手を添えて再び口づけを落とした。

 それが、決定的な合図となった。

 理聖の大きな手が和花の髪を撫で、そのまま背中から腰へと滑り落ちる。

 ソファーの上で衣服が擦れる音が響いた。少しもたついたものの、和花は彼の手を引き、フローリングに敷かれたばかりの来客用の布団へと移動した。

 リビングの引き出しの奥には、いつか芽流と使う日が来るかもしれないと淡い期待を抱いて買っておいた、未開封のコンドームが箱ごと残されている。和花はそれを迷うことなく取り出した。

 照明を落とした薄暗い部屋の中、雨音だけが静かに響く。

 衣服が脱ぎ捨てられ、肌と肌が直接触れ合った。

 彼の白い肌に刻まれた和彫りの刺青が、薄明かりの中で妖しく浮かび上がる。最初は恐ろしく見えたその模様すら、今はただひどく美しく感じられた。

 記憶を失い心細いはずの彼が、和花を壊れ物のように優しく、けれど確実に甘い熱の渦へと引き込んでいく。

「……んっ、あ……」

 久々の痛みに和花が顔をしかめると、理聖は申し訳なさそうに彼女の額や頬に何度もキスを降らせた。

 その丁寧で慈しむような愛撫に、和花の目からツーッと一筋の涙がこぼれ落ちる。

 それは悲しみではなく、一人の女性として大切に扱われているという深い安堵からくるものだった。

 ――翌朝。

 微かに聞こえる鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日で、和花はゆっくりと目を覚ました。

 雨はすっかり上がり、冬の澄んだ空気が部屋を包んでいる。

 ぼんやりとした頭で寝返りを打つと、すぐ目の前に端正な顔立ちがあった。

「……っ!」

 隣で気持ちよさそうに規則正しい寝息を立てているのは、理聖だった。布団から覗く滑らかな肩から胸元にかけて、色鮮やかな刺青が見える。

 その無防備な寝顔を見た瞬間、昨夜の光景が、鮮烈な映像として脳裏にフラッシュバックした。

 自分から彼を押し倒し、唇を重ね、引き出しから自ら未開封の箱を取り出して……。

 そこまで思い出し、和花はボフッと音を立てて自分の顔を両手で覆った。

(わ、私、なんてことを……!)

 顔から火が出そうなほど真っ赤になりながら、和花は布団の中で小さく身を縮こまらせた。

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