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雪より軽く消えた、七年分の愛

雪より軽く消えた、七年分の愛

By:  流星群を抜け出したらCompleted
Language: Japanese
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結婚式が始まる直前、母が突然胸を押さえて倒れた。 私は式どころではなくなり、母を連れて病院へ向かった。 ところが、救急外来に着いてすぐ、家族のLINEグループにメッセージが届いた。 【結月は病院に連れ出したよ。もう式を始めて大丈夫】 その直後、父から返信が来た。 【心配ない。もう佳奈をエスコートして、バージンロードを歩いてる】 兄も続けてメッセージを送ってきた。 【佳奈は10年も待ったんだ。今日やっと、堂々と一ノ瀬智哉(いちのせ ともや)と結婚できる】 3通のメッセージは、すぐに取り消された。 けれど今度は、親友の朝倉澄香(あさくら すみか)が、結婚式の様子を撮った動画を間違えてグループに送ってきた。 動画の中で、妹の藤崎佳奈(ふじさき かな)は、私が自分で選んだウェディングドレスを着ていた。 バージンロードの先には智哉が立ち、本来なら私の指にはめられるはずだった指輪を、佳奈の左手の薬指にはめている。 昨日まで笑顔で「結婚おめでとう」と祝ってくれていた親戚や友人たちが、一斉にはやし立てていた。 「キスして!」 その瞬間、ベッドに横になっていた母が私のスマホをひったくった。 さっきまであれほど苦しそうにしていた顔からは、もう苦痛の色など消えていた。 残っていたのは、嘘がばれた焦りだけだった。 「結月、佳奈はずっと智哉を待ってたの。あの子はただ、自分の結婚式を挙げたかっただけなのよ。 あなたはもう7年も智哉と一緒にいられたでしょう?今回だけは佳奈に譲ってあげて。ね?」 私は、母の胸にまだ貼られたままの心電図の電極パッドを見て、ふっと笑った。 そうか。 みんなで口裏を合わせて、私にこの茶番を最後まで演じさせていたんだ。 何も知らされないまま、笑いものにされていたのは――私ひとりだけだった。

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Chapter 1

第1話

ホテルへ駆け戻ると、智哉が佳奈の手を取り、誓いの言葉を口にしていた。

「君に出会ったあの日から、これから先もずっと、帰る場所は君であってほしい」

一瞬、息が止まった。

その誓いの言葉は、私が自分で書いたものだった。

7年分の想いをたった一言に込めたくて、3晩かけて何度も書き直した。

昨夜、智哉は私を抱きしめながら、この言葉は結婚式で私にだけ伝えると言っていた。

それなのに今、彼は一文字も変えず、そのまま佳奈に向かって読み上げていた。

私の姿に気づいた瞬間、会場を満たしていた拍手がぴたりと止んだ。

智哉はすぐに佳奈の手を離し、反射的に私――藤崎結月(ふじさき ゆづき)のほうへ歩み寄ってきた。

「結月、今は病院に戻ってくれ。式が終わったら、ちゃんと説明する」

私は抑えきれず、智哉のもとへ駆け寄った。

「今、説明して!どうして佳奈が私のウェディングドレスを着て、私の指輪をつけて、私と結婚するはずだったあなたの隣にいるの?」

智哉は佳奈をかばうように前へ出た。その目に、かすかな苛立ちが浮かんだ。

「この結婚式は、最初から佳奈のために用意したものだからだ」

その一言で、私は凍りついた。

この結婚式のために、私は丸一年かけて準備してきた。

なのに智哉は、最初から私の結婚式ではなかったのだと言った。

智哉は佳奈の頭を飾るダイヤのベールに目をやり、淡々と続けた。

「このベールは、佳奈が前から気に入ってたんだ。海外にいて試着できなかったから、お前に代わりにサイズを確認してもらった」

私は智哉を睨みつけた。

「じゃあ、ウェディングドレスは?」

「あれも佳奈のだ。最初から佳奈のサイズに合わせてデザインされてる」

全身から血の気が引いていった。

だから智哉は、ウエストを直すのを許さず、ドレスに合わせて痩せろと私に言ったのだ。

私はあのドレスを着るために、半年もの間、まともに夕食さえ取らなかった。

けれど今になって、ようやく分かった。

最初から、本当の花嫁は私ではなかったのだ。

佳奈は智哉の腕に自分の腕を絡め、憐れむような目で私を見た。

「お姉ちゃん、智哉を責めないで。私が智哉に、お姉ちゃんのそばにいてって頼んだの。

あの頃、私は海外で治療を受けることになって、もう戻ってこられないかもしれなかった。お姉ちゃんもその頃、元彼に振られたばかりで、毎晩眠れないくらい落ち込んでたでしょう?」

佳奈の目に、計ったような痛ましさが浮かんだ。

「そんなお姉ちゃんを見ていられなくて、私が智哉に、しばらくそばにいてあげてって頼んだの。

毎朝、寮まで届けてた朝ごはんも、メニューを考えたのは私。初めてのデートで行った店も、私が選んだ。智哉がお姉ちゃんに告白したときの言葉だって、一つずつ私が教えたの」

喉を何かに塞がれたようで、声が出なかった。

智哉は99日間、私に想いを伝え続けた。

私は、その99日間の小さな出来事を一つ残らず日記に書き留めていた。

何度も私をときめかせた、あの一つ一つ。

そのどれ一つも、本当は私のためではなかった。

親友の澄香も、ブライズメイドドレスの裾をつまみながら近づいてきた。

「結月、みんなで隠してたのは悪かったと思ってる。でも、佳奈のほうがずっとつらかったんだよ。

好きな人が7年間も結月のそばにいるのを見てきたのに、一度だって二人の仲を壊そうとしなかった。もう十分優しかったでしょう。これ以上、佳奈を追い詰めないで」

私は、10年以上付き合ってきた親友を見つめた。

「じゃあ、澄香も最初から知ってたの?」

澄香はうなずいた。

「みんな、結月が受け入れられないと思ったから黙ってたの。結月って思い詰めると何をするか分からないところがあるでしょう?智哉が本当に好きなのは佳奈だって知ったら、何をするか分からなかったし」

全員が佳奈の側に立っていた。

そして、同じように警戒する目を私へ向けていた。

まるで、7年間も騙され続けた被害者が私ではなく、妹の幸せをいつ壊すか分からない危険人物が私であるかのように。

そのとき、バッグの中でスマホが震えた。

3か月前、私に声をかけてくれた海外プロジェクトの責任者からだった。

【藤崎さん、海外駐在枠の最終確認は今夜が締め切りです。フライトも、最後の1席をまだ確保してあります】

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第1話
ホテルへ駆け戻ると、智哉が佳奈の手を取り、誓いの言葉を口にしていた。「君に出会ったあの日から、これから先もずっと、帰る場所は君であってほしい」一瞬、息が止まった。その誓いの言葉は、私が自分で書いたものだった。7年分の想いをたった一言に込めたくて、3晩かけて何度も書き直した。昨夜、智哉は私を抱きしめながら、この言葉は結婚式で私にだけ伝えると言っていた。それなのに今、彼は一文字も変えず、そのまま佳奈に向かって読み上げていた。私の姿に気づいた瞬間、会場を満たしていた拍手がぴたりと止んだ。智哉はすぐに佳奈の手を離し、反射的に私――藤崎結月(ふじさき ゆづき)のほうへ歩み寄ってきた。「結月、今は病院に戻ってくれ。式が終わったら、ちゃんと説明する」私は抑えきれず、智哉のもとへ駆け寄った。「今、説明して!どうして佳奈が私のウェディングドレスを着て、私の指輪をつけて、私と結婚するはずだったあなたの隣にいるの?」智哉は佳奈をかばうように前へ出た。その目に、かすかな苛立ちが浮かんだ。「この結婚式は、最初から佳奈のために用意したものだからだ」その一言で、私は凍りついた。この結婚式のために、私は丸一年かけて準備してきた。なのに智哉は、最初から私の結婚式ではなかったのだと言った。智哉は佳奈の頭を飾るダイヤのベールに目をやり、淡々と続けた。「このベールは、佳奈が前から気に入ってたんだ。海外にいて試着できなかったから、お前に代わりにサイズを確認してもらった」私は智哉を睨みつけた。「じゃあ、ウェディングドレスは?」「あれも佳奈のだ。最初から佳奈のサイズに合わせてデザインされてる」全身から血の気が引いていった。だから智哉は、ウエストを直すのを許さず、ドレスに合わせて痩せろと私に言ったのだ。私はあのドレスを着るために、半年もの間、まともに夕食さえ取らなかった。けれど今になって、ようやく分かった。最初から、本当の花嫁は私ではなかったのだ。佳奈は智哉の腕に自分の腕を絡め、憐れむような目で私を見た。「お姉ちゃん、智哉を責めないで。私が智哉に、お姉ちゃんのそばにいてって頼んだの。あの頃、私は海外で治療を受けることになって、もう戻ってこられないかもしれなかった。お姉ちゃんもその頃、元彼に振られたば
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第2話
私はスマホを握りしめながら、智哉のために一度、この仕事の話を断ったことを思い出した。あのとき、智哉は私を強く抱きしめ、耳元で何度も引き止めた。「結月、海外に行ったら俺はどうすればいいんだ?もうすぐ結婚するんだろ?俺を一人置いていけるのか?」私は長いこと迷った末、智哉と結婚するために、その絶好の仕事の機会を断った。7年間の幸せだった日々を思い出し、私は声を詰まらせながら智哉を見た。それでも、まだ諦めきれなかった。「佳奈はもう戻ってきたんでしょう?だったら、どうして私と別れなかったの?この7年の間に……ほんの一瞬でも、私を愛したことはあったんでしょう?」智哉は長い間、何も答えなかった。佳奈は困ったように笑い、憐れむような口調で言った。「智哉がお姉ちゃんと別れなかったのは、私が止めたから。お姉ちゃんはもう、智哉がすべてみたいになってたでしょう?もし智哉が離れたら、また立ち直れなくなるんじゃないかと思ったの」まるで寛大な施しでもするように、佳奈はゆっくり私の前まで歩いてきた。「お姉ちゃん、私は一番好きな人を7年間もお姉ちゃんのそばにいさせたの。誕生日を一緒に祝うのも、ウェディングフォトを撮るのも、結婚式の準備をするのも、ずっと見てた。私だって、ここまでずっと譲ってきたんだよ。今はただ、本来私のものだった結婚式を返してほしいだけ。それなのに、どうしてそれすら叶えてくれないの?」そう言って、佳奈はそっとお腹に手を添えた。「私一人だけなら、まだ譲れた。でも、もう妊娠3か月なの。生まれてきた子に、実の父親のことを『伯父さん』なんて呼ばせられない」智哉の表情が変わり、すぐに佳奈の腰を支えた。「医者から、興奮しないように言われてるだろ。もう説明しなくていい」智哉は顔を上げて私を見ると、声を冷たくした。「結月、佳奈はお前のために7年も譲ってきたんだ。今は俺の子を身ごもってる。これ以上、お前に付き合ってこんな芝居を続けるつもりはない」たった数言で、私たちが一緒に過ごした7年間は、あっさりなかったことにされた。けれど昔の智哉は、確かに私を何よりも大切にしてくれた。急性胃炎で入院したときは、会議をキャンセルして、2日間ずっと病室に付き添ってくれた。一ノ瀬家に交際を反対されたときは、実家から渡されていたカード
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第3話
披露宴会場の扉が、再び開いた。母は足早に佳奈のもとへ駆け寄ると、心配そうに涙を拭ってやった。そして私を見るなり、責めるように言った。「佳奈はあなたのために、もう7年も我慢してきたのよ。ただ自分の結婚式を取り戻したかっただけなのに、どうしてわざわざ戻ってきて騒ぐの?」声が震えた。「お母さん……じゃあ、心臓が悪いっていうのは全部嘘だったの?3年前、私が智哉と婚姻届を出す約束をしてた日も、急に胸が苦しいって言って、私に病院まで付き添わせたよね。あのときも、私を遠ざけるためだったの?」すると、佳奈がふっと笑った。「お姉ちゃん、やっと思い出したんだ」佳奈はブーケの下から、婚姻届受理証明書と、婚姻届を提出した日の記念写真を取り出した。写真の中で、佳奈は智哉の肩に寄り添っていた。二人とも、幸せそうに笑っている。婚姻届が受理された日付は、3年前、私が母に付き添って病院にいた、まさにあの日だった。父と兄は二人の結婚を見届け、澄香は写真を撮っていた。智哉と佳奈は、みんなに祝福されながら正式な夫婦になっていた。何も知らず、仮病を使っていた母のそばにいたのは、私だけだった。私は馬鹿みたいに、智哉へ何十通もメッセージを送っていた。約束した日に妻になれなくてごめんね、と。母の具合がよくなったら、改めて日を決めて埋め合わせをするから、と。ずいぶん経ってから、智哉から返信が届いた。【気にしなくていい。これから先、時間はいくらでもある】佳奈は婚姻届受理証明書をひらひらさせると、声を上げて笑った。「お姉ちゃん、その返事も私が代わりに送ったの。あのとき智哉は私を抱いてて、お姉ちゃんのメッセージなんて見る暇なかったから」大勢の招待客に囲まれたまま、私は全身の感覚がなくなるほど冷え切っていた。唇を強く噛みしめ、そのまま背を向けて走り出した。これ以上あの結婚式を見ていたら、胸が痛くて息もできなくなりそうだった。会場の外に立つと、中から結婚行進曲が聞こえてきた。震える手で、プロジェクトチームに「参加します」と返信した。返事はすぐに届いた。【藤崎さん、海外駐在の申請を正式に受理しました。航空券も発券済みです】すべてを捨ててここを離れるまで、あと24時間。本来なら式が終わったあと、私は智哉とそのま
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第4話
智哉は息を切らしながら部屋へ駆け込んできた。まるで、もう二度と私に会えなくなることを恐れているようだった。青ざめた顔で自嘲気味に笑い、何か言おうとしたそのとき、智哉が一粒のミルクキャンディーを私の口に入れた。7年間、何度も繰り返してきた、いつもの手つきだった。「その顔色見ろよ。低血糖になるぞ」濃いミルクの甘さが口いっぱいに広がった。なのに今は、その甘ささえ苦く感じた。私が何も言わないでいると、智哉はスーツの上着を脱ぎ、私の肩にかけた。「運転手に送らせる。ホテルも取ってあるから、しばらくそこに泊まってろ。式が終わったら会いに行く。全部きちんと説明するから」不意に鼻の奥がつんとした。愛しているとも、離したくないとも言わなかった。それでも、こうして無意識に世話を焼く姿を見ると、雨の中でも薬を届けに来て、私が食べ終わるまで帰ろうとしなかった昔の智哉を思い出してしまう。7年間で染みついた習慣だけは、まだ残っている。肩にかけられた上着には、智哉の体温がまだ残っていた。昔は、このぬくもりは私だけのものだと思っていた。けれど今、彼の妻はもう別の人だった。そのとき、入口から佳奈の声が聞こえた。後ろには澄香もいる。「智哉、本当にここにいたんだね」佳奈の視線が、まだ私の肩に触れていた智哉の手に落ちた。みるみるうちに、その目に涙がたまった。「私って、ずっとお姉ちゃんの次なの?まだお姉ちゃんのことを放っておけないんでしょう?だったら私が身を引くよ……」次の瞬間、智哉は目を赤くしながら佳奈を強く抱きしめた。彼女は涙を浮かべたまま背伸びをし、智哉にキスを求めた。その瞬間、まるで私のほうが物語に出てくる意地悪な悪役になったようだった。私は深く息を吸い、必死に涙をこらえた。私は何も言わず、スーツケースを持って部屋を出ようとした。澄香の横を通り過ぎようとしたとき、彼女がわざと肩をぶつけてきた。不意を突かれた私はバランスを崩し、背後のローテーブルに強くぶつかって、そのまま床へ倒れ込んだ。その瞬間、下腹部に引き裂かれるような痛みが走った。生温かい血が、たちまちスカートを濡らしていく。床に広がる血を見た智哉の顔色が、一気に変わった。ほとんど迷うことなくしゃがみ込み、私の身体を支えた。「結月、ど
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第5話
100件を超える不在着信の中で、一番多かったのは智哉だった。ほどなくスマホがまた震え、画面に智哉の名前が表示された。数秒見つめたあと、そのまま通話を切り、全員まとめてブロックした。空港には、プロジェクトの責任者が迎えに来ていた。私の顔を見るなり、彼女は眉をひそめた。「顔色、かなり悪いけど……大丈夫?先に病院へ行ったほうがよくない?」私は首を横に振った。「ちょっとした手術を受けたばかりなので、数日休めば大丈夫です」彼女はそれ以上聞かず、私の荷物を受け取ると、車のドアを開けてくれた。見知らぬ街並みが、車窓の向こうへゆっくり流れていく。ここには、佳奈を知る人はいない。あの馬鹿げた結婚式のことを知る人もいない。プロジェクトチームからは、1週間の休暇をもらった。けれど3日目には、私はもうオフィスへ戻っていた。痛みが消えたわけではない。ただ、目を閉じるたびに、あのSNSの投稿が浮かんだ。父と母が佳奈のベッドを囲み、まだ生まれてもいない子どもの名前を考えている姿。看護師から手術同意書を渡され、どうして家族が誰も来ていないのかと聞かれたときのこと。だから、無理にでも自分を忙しくするしかなかった。朝から深夜まで、何度も何度も企画書を練り直した。家に帰って倒れ込むように眠れるほど疲れていれば、彼らの夢を見る余裕もなくなる。……智哉がホテルからの電話を受けたのは、3日目のことだった。支配人によると、ブライズルームのカーペットに広範囲の血痕が残っており、清掃費について式の主催者に確認が必要だという。「血痕?」智哉はスマホを強く握った。「誰の血ですか?」「当日、藤崎結月様がブライズルームから救急搬送されています。清掃スタッフが発見したときには、すでに意識を失っていたそうです」智哉の顔色が一変した。病院へ駆けつけて初めて、結月が妊娠6週だったことも、その子を失ったことも知った。看護師は、智哉が緊急連絡先として登録されていると分かると、見る目を冷たくした。「患者さんの携帯から、8回お電話しています。最初の電話がつながったとき、女性の方から『今は別の妊婦の検査に付き添っているので、これ以上かけないでください』と言われました」智哉はその場に立ち尽くし、しばらく何も言えなかっ
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第6話
翌日、智哉はもう一度、結婚式を挙げたホテルへ向かった。そして、ブライズルーム前の防犯カメラ映像を確認した。映像には、スーツケースを引いて部屋を出る結月が映っていた。佳奈が正面から歩いてきて、結月の横を通り過ぎる瞬間、明らかに足を止めた。その肩が、結月にぶつかった。結月はバランスを崩し、ブライズルームへ倒れ込んだ。数秒後、智哉が後を追って部屋へ入っていく。室内の様子までは映っていなかった。けれど、佳奈が立ち去る直前、自分の足元へ目を落とす姿ははっきり残っていた。白いハイヒールには、結月の血が数滴ついていた。佳奈は気づいていた。それでもお腹を押さえ、みんなを連れてその場を離れた。智哉はその映像を佳奈に見せた。佳奈は一瞬だけ動揺したものの、すぐに泣き出した。「ウェディングドレスの裾が重くて、私もちゃんと立ててなかったの。血が見えたけど、お姉ちゃんが生理になっただけだと思った。そのあと急にお腹が痛くなって、赤ちゃんのことで頭がいっぱいだったの。ほかのことまで気が回るわけないでしょう?」どの言葉にも、それなりの言い分はあった。けれど全部を聞き終えた今、もう信じる気にはなれなかった。智哉は、これまでのように佳奈をなだめなかった。ただスマホを手に取り、そのまま書斎へ入っていった。その日から、智哉は結婚式の映像を何度も見返すようになった。結月が、あの99日間もすべて芝居だったのかと問いかける場面も、佳奈が、朝食もデートも告白の言葉もすべて自分が用意したと言う場面も。けれど智哉自身が、誰よりも分かっていた。あれは嘘だ。7年前、寮の前で結月を待っていたのは智哉自身だった。結月がパクチーを食べられないことも、低血糖になりやすいことも、雨の日には膝が痛むことも、智哉が覚えていた。あの頃、智哉は本当に結月を愛していた。結婚式で佳奈の言葉を否定しなかったのは、結月に婚姻届のことまで知られた以上、これ以上騒ぎを広げず、佳奈と一ノ瀬家の面目を守りたかったからだった。けれど今になって、ようやく気づいた。あのとき黙っていたことで、自分の手で、二人の7年間の思い出まで全部嘘だったことにしてしまったのだと。智哉は初めて、結月に長いメッセージを送ろうとした。【結月、あの頃のことは佳奈に教えられたわけじ
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第7話
この数か月で、私の生活も少しずつ変わっていった。プロジェクト案は6回却下された。7回目のプレゼンを控え、私は会議室で一晩中作業を続けた。責任者は最終承認書を差し出し、笑って言った。「藤崎さん、おめでとう。あなたのデザイン、採用が決まったわ」その書類を受け取った瞬間、ふいに目の奥が熱くなった。以前なら、何か結果を出したとき、真っ先に知らせたい相手はいつも智哉だった。その次が両親で、兄で、澄香だった。けれど彼らは、返事すらしないか、「分かった」と、そっけなく返すだけだった。佳奈なら、アフタヌーンティーの写真を一枚投稿しただけでも、みんながすぐに反応した。けれど今、会議室では同僚たちが私の企画書を最後まで真剣に読み、拍手を送ってくれていた。コーヒーを差し出してくれる人もいれば、夜はみんなで祝おうと笑って誘ってくれる人もいた。私は最終承認書に自分の名前を書いた。そのとき初めて思った。「藤崎結月」という名前は、誰かの妻でも、娘でも、姉でもなく、私自身の名前として、ちゃんと意味があるのだと。半年後、プロジェクトの第1期が正式に完成した。そのニュース映像が国内でも放送され、智哉はようやく報道の中で私の姿を見つけた。画面の中の私は髪を短く切り、プロジェクトの模型の前に立って、落ち着いて記者の質問に答えていた。インタビューは、わずか3分だった。それなのに智哉は、その映像を一晩中何度も見返した。翌日、彼は一番早い便の航空券を取った。智哉が私を見つけたとき、私はちょうど発表会を終えたところだった。会場の外に立つ彼は、ずいぶん痩せていた。「結月」たった一度名前を呼んだだけで、声がかすれた。私は足を止めた。「何か用?」あまりにも平静な私の声に、智哉の顔から少しずつ血の気が引いていった。「8か月、ずっとお前を捜してた。結婚式で佳奈が言ってたことは、本当じゃない。あの99日間、朝食も、花も、告白の言葉も、全部俺が自分でやりたくてやったことだ」智哉は必死な目で私を見た。まるで壊してしまった思い出を、もう一度つなぎ直そうとするように。「結月、あの7年間は芝居なんかじゃない。俺は本当に、お前を愛してた」私は智哉を見つめ、ふっと笑った。「一ノ瀬智哉、そんなことを聞けば、私が
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第8話
智哉は帰国しても、すぐに佳奈と激しく言い争ったりはしなかった。ただ新居を出て、今後の連絡はすべて弁護士を通すことにした。佳奈は何度か会社まで智哉を訪ねてきた。泣いてすがったこともあれば、子どものことを持ち出して引き止めようとしたこともあった。けれど、智哉が本当に戻るつもりがないと分かると、最後には冷たく言った。「どうして私だけ責めるの?婚姻届を出したのは智哉も自分で決めたことでしょう。結婚式だって、あなたが自分の口で私にすると約束した。智哉、私たち、どっちもどっちでしょう」佳奈は最後まで、あの電話に出たことを認めなかった。ブライズルームで私にぶつかったことも、ただの事故だったと言い張った。けれど今度ばかりは、もう誰も無条件に彼女を信じなかった。子どもが生まれたあと、二人は離婚した。両親も、以前のように佳奈の側に立つことはなくなった。けれど、何事もなかったように接することも、もうできなかった。家族は今も同じ街で暮らし、年末年始には一緒に食卓を囲むこともある。ただ、食卓には不意に沈黙が落ちることがあった。誰もが分かっている。空いたままのあの席が、本当は誰のものだったのかを。澄香からは、長い謝罪の手紙が届いた。佳奈からもらった高価なプレゼントに目がくらみ、そのたびに黙ることを選んでしまったのだと書かれていた。そして最後に、もう一度だけ友達としてやり直す機会をもらえないか、とあった。私は返事をしなかった。澄香が本当に私を失うことを恐れたのは、すでに私を失ったあとだったから。1年後、両親と兄が、私のいる街までやって来た。事前の連絡はなかった。ただ、オフィスビルの外で一日中、私を待っていた。母は私の姿を見ると、反射的に一歩こちらへ踏み出し、すぐに足を止めた。「結月。お母さん、あなたを連れ戻しに来たわけじゃないの。ただ……元気にしてるか、見たかっただけ」母は以前より、ずいぶん老けて見えた。父は隣に立ち、私が子どもの頃に好きだった菓子の箱を手にしていた。兄はずっと俯いたままで、私と目を合わせようとしなかった。私は何度も、こんな場面を思い描いたことがあった。いつか彼らが私のつらさに気づき、遠くまで私を捜しに来てくれる日を。けれど、本当にその日が来てみると、胸に残っていた
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