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霜落ちて、別れの季節に

霜落ちて、別れの季節に

By:  エンエンCompleted
Language: Japanese
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林北斗(はやし ほくと)は緘黙症を患っており、桐島霜乃(きりしま しもの)と結婚して三年が過ぎた。三年目になる頃には、二人の間に交わされる言葉はほとんどなくなっていた。 霜乃は北斗の病を治そうと、あらゆる手段を試みた。食事療法、漢方、鍼灸、心理カウンセリング、さらにはスタンドアップコメディまで…… だがある日、霜乃は偶然耳にしたラジオ番組で、北斗が初恋の相手、香月明希(かづき あき)への深い想いを語っているのを聞いてしまう。そして、ようやく理解したのだった…… 北斗の緘黙症を癒す薬は、最初から自分ではなかったのだと…… 今回こそ、霜乃は北斗のもとを離れる決意を固めた。彼女は、自分自身の人生の価値を見つけたいと思った。北斗のためだけに生きるのではなく。

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Chapter 1

第1話

「俺は林北斗(はやし ほくと)。愛している人に、想いを伝えたい」

眠れない深夜、桐島霜乃(きりしま しもの)はラジオをつけた。そこから聞こえてきたのは、緘黙症のはずの夫、林北斗の、低くて心地よい声だった。

霜乃は北斗と結婚して三年になる。最初の二年は何とか会話もできていたが、三年目に入ってからは、ほとんど口をきかなくなった。ここ三ヶ月は、たとえ向き合っても、北斗は一言も発さない。

「君と会うのは三年ぶりだね。明日、会えるのを楽しみにしているよ」

ラジオから流れてくる内容は、明らかに霜乃に向けたものではなかった。

「愛してる、明希」

北斗の声にこれほどの感情がこもっていたことは、かつてなかった。告白はあっという間に終わり、続いてパーソナリティの羨望と称賛の言葉が流れた。

しかし、霜乃はベッドにもたれたまま、長く呆然としていた。

彼女は家族の縁談で北斗と知り合った。一目惚れだったが、北斗は常に冷淡で、初対面のときに彼の母が横で説明してくれただけだった。

「霜乃、理解してあげてね……北斗は緘黙症なの」

昔のことを思い出して、霜乃は彼の母に電話をかけた。

「霜乃?こんな夜中にどうしたの?」

鼻の奥がツンとし、声に涙がにじむ。北斗の母はすぐに察し、少し慌てた様子になった。

「どうしたの?北斗が何かした?

明希が戻ってきたこと、知ってたかね?」

霜乃は言葉に詰まる。どうやら、知らなかったのは自分だけのようだった。

「ごめんね、霜乃……三年前、本当のことを言えなかった。北斗の緘黙症は、元カノの明希がいなくなった時から始まったの。

どうにもならなかったから、無理にでもお見合いさせて……

笑っちゃうでしょ?あの上京市の林家の跡取りが、言葉を話せないなんて。でも霜乃、安心して。私がこの子のことはしっかり見てるから」

霜乃は自分がどうやって電話を切ったのか覚えていないし、どうやって孤独な夜を過ごしたのかも思い出せなかった。

あの頃の霜乃は、病気についてたくさん調べた。その発症原因の項目には、こう書かれていた。

「外的な重大なショック」

霜乃には意味が分からなかった。林家の人々に遠回しに聞いても、誰も答えてくれなかった。

その後、霜乃は様々な方法を試した。心理カウンセリング、電気治療、美食療法、チャクラヒーリング。スタンドアップコメディにも連れて行った。彼女が大笑いしている間も、北斗は背筋を伸ばし、無表情のままだった。

プロポーズの時だけ、彼は大きな決意を持って、ようやく二文字を口にした。

「……結婚」

あの時の霜乃は、どれほど嬉しかったことか。今の霜乃が、どれほど辛いか。

そうだ、自分は北斗の緘黙症を治せるはずがなかった。自分は「薬」じゃなかったから。

霜乃の心の中に、苦しさが湧き上がる。そして恐怖もゆっくりと忍び寄る。彼の「薬」は戻ってきた。それなら、自分は?

開きかけた手を静かに握りしめ、意地が込み上げる。北斗が自分を愛していないなら、こんな結婚生活に浸っている必要はない。

北斗は離婚しようとしない。じゃあ、自分は?

だったら、自分から離婚すればいい。北斗とその「薬」を、きれいに解放してあげよう。

決意した霜乃は、身なりを整えた。三年前、北斗のために海外での医学部の留学を諦めたけれど、もしかしたら今でも遅くはないかもしれない。

一時間後、彼女は家を出て、近くのショッピングモールへ向かった。新しい自分に生まれ変わるために、新しい服を買おうと思ったのだ。

……

「お客様、こちらの試着されたお洋服は最後の一点になります。ご購入されますか?」

霜乃は頷き、バッグからカードを取り出して販売員に差し出した。

「申し訳ありません、別のお客様が追加料金を払ってでもこの服を購入されたいと……お譲りいただけますか?」

霜乃が販売員の視線をたどると、そこにはハイヒールを履いた華やかな女性がいた。隣の男性と楽しそうに話している。

彼女が立ち上がって二歩進むと、その男性と目が合った。

北斗だ。

では、この女性が……明希なのだ。

北斗の顔が一瞬で厳しくなり、口を開いたが、やはり声は出なかった。無表情のまま霜乃を見つめ、右手の人差し指でスマホを軽く叩く。

その仕草は霜乃には見慣れたものだった。スマホで会話をしよう、という意味。

【なんでここにいる?】

【俺をつけてきたのか?】

【家に帰れ】

三つのメッセージが続けて届き、霜乃の胸の奥で、何かが静かに崩れ落ちた。

隣にいた明希は北斗の腕に抱きつき、笑顔で尋ねた。

「北斗、この人だれ?友達なの?」

そう言って体を揺らし、甘えるように声を弾ませた。

「ねえ、この服、譲ってもらえない?あたし、これ欲しいの」

北斗は穏やかに微笑み、私をなだめるように、そっとスマホを軽く叩いて、確認もせずにカードを取り出して販売員に渡した。

「友達だ」

その言葉は、氷の刃のように霜乃の胸を刺した。全身に鳥肌が立ち、立っているのがやっとだった。そうか……三年間が、たった一言の「友達」に置き換えられたのか。

ショッピングモールの照明がパチパチと音を立てた。霜乃が反射的に顔を上げた瞬間、頭上のシャンデリアが外れた。

バンッという轟音とともに、背中に激しい痛みが走る。

ほんの一瞬の出来事だった。霜乃は下半身に生温かい感覚を覚え、手を当てると、血で濡れていた。

店内は一気に混乱に包まれ、悲鳴と通報の声が霜乃の耳に響いた。彼女が目を上げると、北斗が明希を抱きかかえ、周囲を必死に見回しているのが見えた。

「救急車を!救急車を!」

霜乃は、北斗がこれほど取り乱した姿を見たことがなかった。

……

「申し訳ありません。こちらの方を先に救急車で搬送させてください。次の車はすぐに来ます。この方の傷の方が重症です」

救急隊員が半ば意識のない霜乃を慎重に担架に移そうとしたその時、怒りに満ちた北斗がそれを遮った。

「彼女を助けてくれ!」

次の瞬間、霜乃は強く押され、担架から床へと落ちた。激しい痛みが走り、意識が一気に戻る。

目の前で、北斗が明希を大切そうに担架に乗せているのが見えた。

「そちらの方は手首を捻っただけです!重症ではありません!」

「医療資源の無駄遣いです!」

「明希の手は大事なんだ!彼女は医者なんだ!」

霜乃は驚いた。これが、北斗がこの二年間で話した中で最も長い言葉だった。だが、その中には、自分に向けられた言葉は一つもなかった。

北斗はそのまま人々を押しのけ、救急車に乗り込んだ。

霜乃は近くの棚にもたれながら、大きく息をついた。だが、呼吸をするたびに背中の傷がうずき、痛みがさらに増していく。

体の痛みなのか、心の痛みなのか、もう分からなかった。

自分は、北斗のために医者になる夢を諦めたのに。どうして、彼にとって明希の方が「大切」なの?ならば自分は、一体何だったの?

霜乃は無意識のうちに、引きつるように口角を上げた。

自分は、ただの「友達」。

そして、霜乃の意識は闇の中へと沈んでいった。
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