LOGIN体育祭まで残り三週間。
実行委員の仕事は本当に忙しかった。
その日も放課後まで準備が続いていた。
クラス対抗リレーの順番をまとめて、
先生に資料を届けて、
今はポスターを廊下に飾り終わったところだ。
「やっと終わったー!」
私は大きく伸びをした。
外を見ると空がオレンジ色に染まっている。
「お疲れ。」
隣で飾るのを手伝ってくれていた湊が笑った。
「湊もお疲れ!つっかれたぁー!」
「まだ三週間あるぞ。」
「うそーー、うわーーん。」
「頑張れ実行委員長!」
「私、副委員がいい!」
湊が大きな声で笑った。
教室の時計は五時半を過ぎていた。
「もうこんな時間か。」
私が時計に目線を向けていると、
湊も時計を見た。
「じゃあ帰るか。」
「うん!」
私は鞄を持ち上げて、
教室の電気を消そうとしていた。
その時。
教室のドアが開く。
「伊吹。」
聞き慣れた声。
振り向くと陸だった。
「陸!」
「迎えに来た。」
そう言いながら教室に入ってくる。
そして。
私と湊を見比べた。
「また一緒か。」
「実行委員だから。」
私は答える。
当たり前のことだ。
だけど。
陸はなぜか少し不機嫌そうだった。
「最近ずっとじゃん。」
「毎日放課後にあるからね。」
「いや、昼休みも二人一緒だった。」
「そうだったっけ?」
「そう。」
陸は即答だった。
私は首を傾げる。
んー、陸のことよく分からないな。
私たちの会話を聞いていた湊は苦笑した。
「嫉妬か?」
「は?」
陸の眉がぴくっと動く。
「違うけど。」
「顔怖いぞ。」
「元から。」
「それは知ってる。」
湊が笑う。
陸はさらに顔をしかめた。
「伊吹、今日俺これから部活だから。」
湊が私に向けて言った。
「そういうことだから伊吹、帰るぞ。」
そう言って陸は私の腕を引く。
「えっ!?」
「玲央も待ってる。」
「先言ってよ!」
私は慌てて湊へ手を振った。
「また明日!」
「おう。」
校舎を出ると、夕方の少し冷たい風が頬をなでた。
西に傾いた太陽が校舎をオレンジ色に染め、
長く伸びた影が廊下を覆っている。
校庭からは今日も運動部の元気な掛け声が聞こえてきた。
体育祭まで残り三週間。
学校全体が少しずつ活気づいているようだった。
私は隣を歩く陸を見上げる。
「今日もみんな頑張ってるね。」
「体育祭近いからな。」
短く返事をする陸。
その表情はどこかいつもより硬い。
いや、いつも硬いけど。
いつも以上に、かな。
「陸、どうしたの?」
「何が。」
「なんか機嫌悪くない?」
「別に。」
絶対嘘だ。
小さい頃から一緒だから分かる。
陸は機嫌が悪い時、
すぐそう言う。
「なんかあった?」
「ない。」
「あるじゃん。」
「ない。」
会話が進まない。
私はため息をついた。
すると。
陸がぽつりと言う。
「最近。」
「?」
「湊と一緒にいること多いな。」
私は思わず笑った。
「だって実行委員だもん。」
当然だ。さっきも言ったけど。
そう答えた。
だけど、
陸は納得していない顔だった。
「ふーん。」
そのまま前を向く。
私はますます意味が分からなくなる。
その頃。
教室では。
湊が窓の外を見ていた。
去っていく二人の後ろ姿。
その横に立った玲央が言う。
「楽しそうだな。」
「そうか?」
湊はごまかした。
玲央は小さく笑って、
「最近分かりやすいな、湊。顔に出てる。」
「何が。」
「お前もさ、――――――。」
玲央の言葉に。
湊は少しだけ苦笑した。
「それはどうだろな。」
⸻
一方で陸はというと、
家に帰った後も陸の頭から離れなかった。
今日の放課後、
楽しそうに笑っていた伊吹。
その隣にいた湊。
昼休みも二人で話していて、
授業中も席が隣同士で、
気を紛らわすために
勉強しようとしても集中できない。
スマホを見ても伊吹のことを考えてしまう。
目を閉じてため息をはいた。
思い出すだけで、
なぜか胸の奥がざわついた。
「なんなんだよ……、なんで。」
誰もいない部屋で呟いて、
拳を机にぶつけた。
その答えを、
まだ陸は知らなかった。
夏祭り当日。私は鏡の前で深呼吸をした。「大丈夫、大丈夫……。」慣れない浴衣姿。淡い水色の生地に小さな白い花。髪も少しだけ巻いてもらった。鏡の中の自分は。いつもより少しだけ大人っぽく見えた。「可愛いじゃない。」母が笑う。「そうかな。」「大丈夫よ。絶対そうだから。」そう言われても落ち着かない。胸の奥がそわそわする。理由は分からない。……たぶん。分かりたくないだけだ。集合時間が近付き、私は家を出た。夕暮れの空。どこからか祭囃子が聞こえてくる。駅前に着くと。すでに誰かが待っていた。「お。」湊だった。黒いTシャツにジーンズ。いつも通りの格好なのに。なぜか少しだけかっこよく見える。「早いね。」「伊吹も。」そう言って顔を上げた湊が。ぴたりと動きを止めた。「……。」「な、なに?」急に見られると恥ずかしい。すると湊は少し目を逸らした。「似合ってる。」たった一言。それだけだった。それなのに。顔が熱くなる。「ありがと……。」声が小さくなる。心臓がうるさい。その時だった。「お前ら早いな。」陸がやって来た。そして、私を見る。一瞬だけ。本当に一瞬だけ動きが止まった。「……。」「なに。」「別に。」絶対何かある。だけど陸はそれ以上何も言わない。代わりに少しだけ顔を逸らした。「陸。」湊がにやりと笑う。「なんだよ。」「顔赤いぞ。」「うるせぇ。」二人のやり取りに思わず笑った。「そういえば。」湊が私の顔を見た。「髪型もいつもと違うな。」「え?」思わず髪に触れる。「お母さんに巻いてもらったの。」「へぇ。」湊は少しだけ笑う。「似合ってる。」「さっきも言ったじゃん。それ。」「もう一回。」「なんでよ。」「俺がそう思ったから。」さらっと言われてしまう。本当にずるい。返事に困っていると、「おい。」後ろから陸の声がした。「二人だけの世界に入るな。」と言って私の頭を小突いた、その時。「騒がしいなお前ら。」最後に現れたのは玲央だった。相変わらず落ち着いている。「玲央!」私が手を振る。玲央は私を見て。少しだけ目を細めた。「可愛いじゃん。」「えっ。」「その浴衣。」「ありがと。」今日はみんな変だ。いや、最近ずっと変だ。そんなことを考えな
夏祭りまであと三日。私は自分の部屋で大きなため息をついた。「決まらない……。」ベッドの上には何着かの浴衣が並んでいる。白地に花柄。淡い水色。紺色の浴衣。どれも可愛い。でも。どれを着ればいいのか分からなかった。「そんなに悩む?」部屋のドアから顔を覗かせた母が笑う。「だって久しぶりだもん。」高校生になってから浴衣を着る機会はほとんどなかった。だから余計に悩む。「誰か気になる人でもいるの?」「いない!」即答だった。母は楽しそうに笑う。絶対信じていない。「これとか似合いそうだけど。」母が手に取ったのは淡い水色の浴衣だった。小さな白い花が散りばめられている。「うーん……。」鏡の前で合わせてみる。悪くない。むしろ結構好きかもしれない。「それにしようかな。」「決まりね。」母が満足そうに頷いた。その時。スマホが震える。画面にはグループLINEの通知。【夏祭り集合どうする?】送ったのは陸だった。すぐに返信が続く。【駅前でいいんじゃね?】湊。【賛成。】玲央。相変わらず短い。思わず笑ってしまう。【じゃあ17時で!】送信すると、【了解】【おう】【分かった】すぐに返信が返ってきた。昔から変わらない。こういうところは本当に安心する。だけど、スマホを見ながら思う。今年は少し違う。湊と話すと緊張するし。陸は最近変なことばっかり言うし。玲央は何か知っているみたいだし。なんだか不思議だった。母が部屋を出て行った後、私はもう一度鏡の前に立った。淡い水色の浴衣。帯は白色。髪型はどうしよう。下ろしたままでもいいのかな。それとも少しだけ結ぶ?「……分かんない。」結局スマホで「浴衣 ヘアアレンジ」と検索する。可愛い髪型がたくさん出てきて私は驚いた。「こんなの自分でできるわけないじゃん。」思わず笑ってしまった。その時だった。スマホがもう一度震えている。【そういえば伊吹、またりんご飴途中で俺に渡すなよ。】陸だった。私は思わず吹き出す。【今年は最後までたべるもん!】すぐに返信する。すると、【昨年も同じこと言って結局残してたじゃんか。】玲央。【そうだな。それで陸がたべてたもんな。】湊。「なんでみんな覚えてるの!」私は思わず声が出てしまった。【今年は絶対た
終業式まであと数日になった。今日も教室はすっかり夏休みムードだった。授業中も、休み時間も。みんなの話題は夏休みの予定ばかり。「海行きたい!」「一緒に旅行行こうよ!」「花火大会あるよな!」そんな楽しそうな声が飛び交う中。私は窓際の席でぼんやり空を見ていた。真っ青な空。入道雲。夏だなぁ。私は一人のんびりとそんなことを考えていた。完全に夏が来ている。外がとてつもなく暑いんだ。「伊吹。」急に名前を呼ばれて、私は驚いて後ろを振り向く。私の名前を呼んだのは湊だった。「なに?」「今度の夏祭りさ。」「うん。」「お前行くだろ?」あまりにも当然みたいに言うから、おもしろくなって思わず笑ってしまう。「うん、行くと思う。」「思うじゃなくて行くんでしょ。」「なんで決定なのよ。」「だって伊吹毎年行ってるじゃん。」確かにその通りだ。小さい頃から毎年一緒に、だった。家族ぐるみで仲良しだし、友達として、幼なじみとして、ずっと参加してきたのだ。「今年も行こうぜ。」湊が笑った。その笑顔に、なぜか少しだけ胸が高鳴った。「……うん。そういえば、夏祭りっていつだったっけ?」私が首を傾げる。「八月一日でしょ。」湊がすぐに答えた。「え、なんで覚えてるの?」「毎年同じ日だからじゃん。」「そうだったっけ。私毎年忘れてるかも。」「うん、伊吹は毎年日にち聞いてくるよね。」私は思わず笑った。「伊吹の記憶力終わってるな。」湊も笑いながら私にそう言う。私はムッとして「そんなことないもん!」と言うと「いやいや事実じゃん。」と返されてしまい、私はがっくりしていた。すると、「お前ら勝手に決めるな。」後ろから声がした。声の主は陸だった。「俺も行く。」「お前には誰も聞いてないし。」「聞かれなくても行く。」「うるせぇな。」二人が睨み合う。あーあ、また喧嘩。いつものことだけど。なのに、最近は少し違って見える。「玲央は?」私が聞く。すると、読んでいた本から顔を上げて玲央が言った。「行く。」「即答!?」「毎年行ってるし。」確かにその通りだった。結局今年も四人で行くらしい。「んー、屋台何たべよっかな。」私が昨年の屋台を思い出しながら悩んでいると、「焼きそばだろ。」湊が即答した。「毎年
七月になった。教室の窓から吹き込む風は、もう完全に夏の匂いだった。うちの学校のクーラーは職員室で設定されているから自分たちで温度調節できない。それが厄介なのだ。「暑い……。暑すぎる…。」私はそう言いながら机に突っ伏した。「お前はそれしか言えないのか。」隣にいた玲央が呆れたように言う。「こんなに暑いんだから仕方ないよ。」「伊吹の言う通り、確かに暑い。」珍しく湊が同意した。「ほら!」と私は玲央に鼻で笑った。「お前が正しいわけじゃない。」「は!?なんでよ!」私たちが言い合いをしていると、「二人とも仲いいな!」「さすが幼なじみ!」教室に笑い声が広がった。夏休み目前でクラスのみんなが浮かれていた。授業中も、休み時間も、話題は夏休みの予定ばかり。「海行きたいな!」「俺さ旅行行くんだ!」「バイト増やす予定!」あちこちから声が聞こえる。私も楽しみにしていた。今年の夏は、なんだか特別な気がする。理由は分からないけれど、とてもわくわくするんだ。何の予定作ろうかな。海、プール、旅行、夏祭り、花火…いっぱいやりたいことがあって迷うなぁ。でも今年も幼なじみ四人でいろんな思い出を作るんだ。そう決めて私は授業に集中し直した。昼休みになって私は購買へ向かっていた。今日は購買で人気の焼きそばパンを買うと決めていたから売り切れる前にと急いでいた。すると、廊下の向こうに湊が見えた。よく見ると数人の女子たちに囲まれている。「東堂くん連絡先教えて!」「ずるい!私とも交換して!」「今日一緒にお昼どう?」「今日部活終わり一緒に帰りませんか?」たくさん声をかけられている。当の本人は苦笑いをしていて、彼女たちに何も答える気がなさそうだった。人気者だから珍しくない。いつものこと。いつも囲まれているから。……いつものことなのに。胸の奥が少しだけもやもやした。何だろう、この気持ちは。そう思ってぼーっとしていると、「何見てんだ?」後ろから陸の声がして私は振り向く。「陸…」「湊か?」「別に。」当てられて私は慌てて前を向く。陸はちらりと湊を見る。そして小さくため息をついた。「ふーん。」それだけ言う。最近の陸は少し変だ。優しいのは昔からだけど。なんというか、距離が近いような。よく
「今日プールだって。」朝のホームルーム前。教室はいつも以上に騒がしかった。「最悪なんだけどー。」「日焼けするー!」女子たちの悲鳴が飛び交う。その中で私は机に突っ伏した。「眠い。」「お前それ年中言ってるな。」湊が笑う。「事実だから。」「威張るな。」そんなやり取りをしているうちに四限目。ついにプールの時間がやってきた。女子更衣室で着替えていると、「伊吹、スタイルいいよね!」と仲良しのクラスメイトに話しかけられた。「全然!最近食べ過ぎて太ってきたもん。」とお腹のお肉を少しつまむと、「絶対東堂くん、見てるって!」「こりゃ、スタイル良くて可愛いもんな。」とたくさん褒めてくれるクラスメイトたち。湊の名前が出てきてドキッとした。「え!?絶対見ないでしょ!」と私は言いながら少し頬が熱くなるのを感じた。更衣室から出ると、グラウンドとは違う眩しさが広がっていた。青い空。きらきら光る水面。夏が近い。そう感じる景色だった。「伊吹ー!」友達に呼ばれ手を振る。その時、「お前泳げる?」後ろから声がした。振り向くと陸だった。「普通に泳げるし。」「嘘つけ。」「なんで!?」「昨年溺れかけてた。」「あれは足つっただけ!」陸は呆れた顔をする。その様子に周りが笑った。悔しい。でも反論できない。確かに昨年は少しだけ大変だった。足がつって動けなくなってしまって溺れそうになった私。あの時はみんなに迷惑をかけたんだよな。今年は気をつけないと、と私は気合いを入れた。授業が始まり、自由練習の時間になった。私はゆっくり泳ぎ始める。すると。隣のレーンから湊が現れた。「お。」「びっくりした!」「泳げてるじゃん。」「だから言ったでしょ。」「昨年よりな。」「余計なお世話。」湊は楽しそうに笑う。そのまま軽々と前へ進んでいく。速い。さすがサッカー部。私は思わず見とれてしまった。「見すぎ。」不意に聞こえた声。振り向くと玲央だった。「見てない!」「分かりやすすぎ、お前。」と即答した。そんなに分かりやすい?最近みんな同じことを言う。なんなんだ。本当に。「伊吹!あっちでビート板で競争しよう!」と端のレーンにいたクラスメイトに誘われて私はビート板を持って移動した。「よーい、どん!
体育祭が終わって一週間。学校はすっかりいつもの日常を取り戻していた。「プールが始まるらしいよ!」「今年もついに来たかー!」「夏休み、噂によると宿題多いらしいよ。」「俺、三者面談で成績が親にばれるのやばい!」とクラスメイトたちはいつも通りにぎやかだ。だけど、私は。どこか少しだけ違う。いつもの感じとは。「暑い……。」私は机に突っ伏した。六月も終わりに近付いている。窓の外からは蝉の鳴き声が聞こえていた。「まだ六月だぞ。」隣の席から湊がにつぶやく。「六月だから暑いんだよ。」「意味分からん。」「湊にだけは言われたくない。」サッカー部の湊は毎日外を走り回っている。だから暑さの耐性が違うのだ。「そういえば。」湊が言った。「あと一か月くらいで夏休みか。」「そうだね、早いね。」私が答える。高校二年生になったと思ったら、体育祭が終わってしまってもう夏が来る。時間が経つのは本当に早い。ただ、夏は好きだから夏休みは本当に楽しみなんだ。「夏休み何する?」「寝る。」「それは終わってる。」「最高じゃん。」二人で笑う。その何気ない時間が心地良かった。最近ね。湊と話すと少しだけ緊張する。理由は分からない。分かりたくない。でも、以前とは何かが違った。「伊吹。」名前を呼ばれる。振り向くと陸だった。「ん?」「これ。」机の上に置かれたのは紙パックのジュース。「え?」「購買で見つけたんだ。」それだけ言って席へ戻ろうとする。「何で私の好きなイチゴオレ?」「たまたま。お前がよく飲んでるから。好きだろ?」「うん!好き!ありがと!」私が笑うと、陸は少しだけ顔を逸らした。「別に。」陸、私がイチゴオレ好きなの覚えててくれたんだ。なんか嬉しいな。私はウキウキしながらイチゴオレを開けた。その様子を見ていた玲央が小さくため息をつく。「たまたま、ね。」少し笑っていた。「何が?」私が玲央に聞き返す。玲央は首を横に振った。「独り言だから。」意味が分からない。最近みんな変だ。そう思った。昼休み。屋上でお弁当を食べながら空を見上げる。真っ青な空。白い雲。まぶしいくらいの太陽。夏が近付いているなあ。すると。隣に座っていた湊が言った。「今年の夏も楽しみだな。」その言葉に、なぜか胸







