Share

第2話

Auteur: レイ
その女性の名は高木佳奈(たかぎ かな)。暁の病院で研修医をしていた。

最初、暁が恵美に佳奈の話をした時は、「ドジで気弱で、しょっちゅう薬を間違える」と、かなり呆れている様子だった。

その後、暁は恵美の誕生日を祝いに海外まで来たが、その夜は佳奈と一晩中、症例研究をしていた。

電話を切った暁は、恵美の前で佳奈を「勉強熱心で成長したし、人柄も素直で面白い」と笑顔で褒めたたえた。

恵美は燃え尽きたロウソクを見つめながら、小さな声で「もうその話、やめてくれないかな」と頼んだ。

すると暁は、途端に笑顔を消した。一瞬黙り込んでから、素っ気なく「わかった」とだけ答えた。

さらにその後、恵美が何気なく佳奈のことを尋ねると、暁は佳奈とはもう連絡を取っていないと言った。

でも、暁が嘘をついているのは明らかだった。

夜は小雪が舞っていた。恵美は家にたどり着くと、服が濡れて肌に張り付いていた。

指が覚えている暗証番号を入力した。それは、暁と付き合い始めた日だった。

暁は番号を変えていなかった。ドアはすぐにカチリと開いた。

部屋の中は床暖房で暖められていた。恵美はリビングの中央にあるガラスケースに目をやった。

瞬きもせず、じっとそれを見つめているうちに、心臓がぎゅっと縮こまり、涙が堰を切ったように次々とこぼれ落ちた。

ガラスケースの中は温かみのあるオレンジ色のライトで照らされ、そこには分厚い航空券の束が置かれていた。

一枚一枚に番号が振られていて、合計で988枚もあった。

暁はかつて、誇らしげにその写真を撮って、「これが君を愛している証拠だ」と言っていた。

そして、「この航空券が千枚貯まる頃には君もきっと国内に帰ってくるから、すぐにプロポーズする。そうすればもう一生、離れ離れにならずに済むのだ」と。

心臓の鼓動が一つ、また一つと重くなる。恵美は、異国の地で過ごした辛い日々を思い出していた。

予定より早く卒業するため、四六時中、図書館にこもりきりだった。

友達を作る時間もなく、周りの学生から「つまらない人」と笑われたこともあった。でも、そんなことは気にも留めず、ひたすら早く暁の元へ帰ることだけを考えていた。

卒業論文の執筆中、あまりの疲労で熱を出したこともあった。でも暁には隠して、解熱剤ばかり飲んでいた。そして、何でもないふりをして笑いながら「私も会いたい、すごく会いたいよ」と伝えていたのだ。

それなのに。ようやく願いが叶って国内に戻ってきたというのに、目の前の現実はあまりにも残酷だった。

暁の愛は、結局、色褪せてしまっていたのだ。

……

暁が家に帰ると、床に膝をついた恵美が、体を震わせて泣いていた。

暁はすぐに眉をひそめると、恵美を抱きしめようと駆け寄り、「どうしたんだ」と焦って尋ねた。

しかし、恵美に突き放された。

恵美はぐっと目を閉じ、爪が食い込むほど強く拳を握った。必死に理性を保ちながら言った。「さっきの電話、高木さんの声がしたみたいだけど」

たったこれだけの言葉を絞り出すのに、まるで全身の力を使い果たしたかのようだった。震えながら何度か息を吸い、やっとの思いで続けた。「あなたたち、どうしてこんな遅くまで会ってたの?」

そう言って、恵美は暁の漆黒の瞳を覗き込んだ。

そこには、今まで一度も見たことのない冷たさと、拭いきれない疲れの色が浮かんでいた。

「なんで今、そんな話をしなきゃならないんだ?」

暁はすっと立ち上がると、恵美から少し距離をとった。その声は冷たかった。「たまたま会っただけだ。俺たちはただの同僚で、君が想像してるような汚い関係じゃない」

ただの同僚だというのなら、どうしてあんなに親しげに抱き合っていたの?

恵美がそう言い返すより早く、暁は体をずらした。彼の後ろには、アクセサリーケースと、ビロードの箱に入った美しいケーキが置かれていた。

雪の降る中、わざわざ取りに行ってくれたものだった。

恵美は言葉を失った。心臓を何度も強く叩かれたような衝撃。切なさと嬉しさが、同時に胸にこみ上げてくる。

だが、そんな恵美に聞こえてきたのは、氷のように冷たい、男の声だった。

「高木さんは良い子だ。そんな風に悪く言うもんじゃない。

彼女は自立している。研究室に一日中こもることもある。君みたいに、勉強が大変だなんて弱音を吐いたりしない。

そして理性的で、感情的になることがない。君みたいに、開口一番、人を疑うような真似はしない。

俺と彼女は、息もぴったりなんだ。手術の時も、彼女は俺の考えを完璧に理解してサポートしてくれる」

最後に、暁は唇をぎゅっと結んだ。「恵美、今も君を愛してる。でも、これ以上訳のわからないことで騒ぐなら、俺だって人間だ。うんざりする」

暁はプレゼントをまとめてゴミ箱に投げ捨てた。

おとぎ話に出てくるような真っ白なクリームケーキが、ぐちゃりと潰れる。

それはまるで、ボロボロになってしまった二人の愛の、哀れな姿そのものだった。
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Latest chapter

  • 風花と散る思い出   第21話

    「もう行ってくれ」長い沈黙の後、暁はぐっと目をつぶり、声を押し殺して恵美に言った。「今すぐ、出ていけ」恵美は少しもためらうことなく、身を起こして服を整えると、外に向かって歩き出した。ドアも、暁の命令で再び開けられた。恵美が完全に暁の視界から消える前に、彼は最後に低く尋ねた。「俺たち、もう本当に終わりなのか?」アルコールに焼かれた喉はかすれ、その声は孤独と悲しみを一層際立たせていた。恵美は答えなかった。しかし、暁はその沈黙から答えを得ていた。自嘲なのか、それとも悲しみの果てか。彼は低く笑い声をあげ、恵美の後ろ姿に向かって叫んだ。「恵美、俺のこと、忘れるなよ……それから、憎まないでくれ」恵美はレストランを出た。空は厚い雲に覆われ、どんよりと暗かった。冷たい風が霧をまとい、湿った冷気を運んできた。良い天気とは言えなかった。ぼんやりした頭で、機械的にスマホのアプリを何度も切り替えていた。数歩歩くと、少し離れた暗い路地に古いワゴンが停まっているのが見えた。漆黒の中、ぼんやりとヘッドライトが灯っていて、よく見えなかった。恵美は深く考えず、ひとつため息をついてから自分の車に乗り込み、エンジンをかけた。しかし、2メートルほど進んだところで、目に突き刺さるような強い光が突然襲ってきた。恵美が気づいた時にはもう遅く、ワゴンはこちらを巻き添えにする覚悟で、ものすごいスピードで突っ込んできていた。もう避けることはできない。恵美は必死に別の方向へハンドルを切り、なんとか衝撃を和らげようとした。しかし、わずか数秒のうちに、「バン!」という大きな音が響いた。恵美は肩に突然の衝撃を感じ、車体が大きく弾き飛ばされた。恵美は力一杯ブレーキを踏み、ガードレールに衝突する寸前でなんとか車を停めた。あまりに突然の出来事に、呆然と前を見ると、そこにはいるはずのない3台目の黒い車があった。その車はいつの間にか現れ、恵美の代わりにワゴンの致命的な一撃を受け止めていた。2台の車は煙を上げていて、それきり何の動きもなかった。恵美はすっかり呼吸が乱れ、よろめく足で急いで車を降り、黒い車の前まで走った。運転席は押しつぶされ、窓ガラスは粉々に砕け散っていた。ハンドルも巨大な力で歪み、運転手の胸に食い込んでいた。白いスーツには

  • 風花と散る思い出   第20話

    夜はあっという間にやってきた。案内されたのは個室だった。恵美が中へ入ると、テーブルの上に開け放たれたジュラルミンケースがいくつも並んでいて、彼女は驚いた。中には札束がぎっしりと詰まっていた。ざっと見ただけでも、確かに2億円はありそうだ。しかし、恵美は喜ぶどころか、むしろ異常なものを感じた。彼女は足を止め、とっさに部屋から出ようとした。だが、もう手遅れだった。ドアが外から閉められ、カチャリと鍵のかかる音がした。恵美はハッとして、慌ててドアノブに手をかけた。しかし、どうやってもドアは開かなかった。「恵美……」背後から聞こえたのは、聞き慣れた暁の声だった。恵美は彼のしつこさにうんざりし、怒りを抑えきれなかった。「暁、一体何がしたいの!?私の言ってることが分からないの?今さら愛情を示されても、何の価値もないわ。私はもう、新しい人生を歩み始めているんだから!」暁は暗く沈んだ瞳で恵美を見つめた。まるで自分こそが被害者だと言わんばかりの顔で。「恵美、忘れたのか?今日は俺の誕生日だぞ。お互いの誕生日は、絶対に一緒に祝おうって約束したじゃないか。テーブルの上にある現金が見えるか?病院を売って、金に換えたんだ。これは俺の全財産だ……」暁は、自分が狂気の一歩手前にいることを自覚していた。「俺は命がけで君を愛してる。君のためなら、すべてを捨ててゼロからやり直したっていい……恵美、許してくれ。もう一度やり直そう。絶対に幸せにするから」そう言いながら、暁はシャンパングラスを手に恵美へとにじり寄った。恵美は驚きを通り越し、心底うんざりしていた。彼女はグラスを叩き落とす。「すぐにここから出して。あなたの誕生日なんてとっくに忘れたし、覚えている必要もないわ」シャンパンが暁の体にかかり、真っ白なスーツにシミを作った。この日のために用意した服は台無しになり、何度も練習した告白の言葉は恵美にゴミのように捨てられた。暁の表情が、ついに歪んだ。「恵美、約束を破ったのは君の方だ。言っただろ、俺と高木さんはただの同僚だって。俺に間違いがあったとしても、もう改めたはずだ。なのになぜ、君はいつまでもそのことを責めるんだ?本当は、君の方にやましいことがあったんじゃないのか?それを口実に俺と別れて、別の男のところへ行くつもりだったんだろう……でもな、

  • 風花と散る思い出   第19話

    隼人。暁が東都のうらやむような名士なら、隼人は、とてもじゃないけど手の届かないような、本物の名家の御曹司だ。隼人は小さいころから海外で育ったけど、国内でも彼の噂は絶えなかった。もはや、伝説に近いものだった。頭がいいなんて、隼人の取り柄の中では取るに足らないことだった。本当に恐ろしいのは、彼が15歳で会社を立ち上げたことだ。しかも、たった1年で国内外のトップ企業にまで成長させたんだ。今もまだ学生なのに、その資産は数えきれないほど。間違いなく、世界一の大富豪だ。「誰をだまそうとしてるんだ?」暁は思わず口走っていた。恵美が隼人と関わりがあるなんて、信じられるわけがない。恵美が自分より何倍も優れた男を見つけた。自分では勝ち目なんて全くない。そう思うだけで、胸が苦しくなる。隼人は自分が何者かなんて証明しようとはしなかった。ただ冷たい目つきで、暁に警告した。「言葉遣いに気をつけろ。恵美はお前とは違う。浮気をしておきながら、反省もしない。厚かましいにもほどがある。俺はずっと恵美にアプローチしている」隼人の言葉は、まるで爆弾のように暁の心に突き刺さった。「お前が勝手に自滅してくれて、助かったよ。俺にチャンスをくれたんだからな」隼人の挑発に、暁は感情を抑えきれなくなった。拳を振り上げて殴りかかる。「恵美は俺のものだ!お前と一緒になるわけがない!」しかし、隼人は長年ボクシングを嗜んでいる。暁のその程度の攻撃など、隼人にとっては子供の遊びのようなものだった。軽く一歩下がって身をかわし、相手の膝の裏を蹴り上げただけ。それだけで暁は前のめりによろめき、ドサリと地面に膝をついた。男にとって、ましてや恋敵の前でひざまずくなんて、最大の屈辱だ。暁のプライドは、粉々に砕かれたも同然だった。暁は目を見開いて、すぐさま立ち上がろうともがいた。しかし、すぐに隼人の膝で地面に押さえつけられてしまった。暁は無様に荒い息をしながら叫んだ。「このクソ野郎!横取りしやがって!離せ!」頭上から、隼人の嘲笑うかのような声が聞こえた。「恵美には、二度と近づくな。次に顔を見せたら、お前の病院を潰すことになっても構わない」隼人にとって、そんなことは指を動かすくらい簡単なことだった。ただ、恵美に自分の黒い一面を見せたくなかっただけだ。隼人は、本

  • 風花と散る思い出   第18話

    アルバムはすっかり冷たくなって、手に握るとその角が痛かった。暁は息を深く吸い込むと、数歩前に出て、恵美の腕を掴んで自分のそばへ引き寄せた。力が入りすぎている自覚はあった。でも、これでも精一杯、抑えた結果だったんだ。恵美の隣に見知らぬ男がいるのを見た瞬間、とんでもない嫉妬と独占欲が、体中を駆け巡った。それは、はち切れんばかりに膨れ上がっていった。暁は声を抑えながら、口を開いた。「恵美、君にプレゼントがあるんだ」2日間、何も言わずに姿を消せば、恵美もさすがに心配して、どこへ行っていたのかと聞いてくれるはずだ。そう思っていた。それなのに、再会した恵美の第一声が「帰ったんじゃなかったの?なんでまだいるの?」だなんて、夢にも思わなかった。その言葉に、暁の顔から笑顔が消えかけた。ひきつった笑みを浮かべ、彼は言った。「恵美、俺が君を置いていくわけないだろ?」暁は目障りな男を必死で無視すると、アルバムを恵美の目の前に差し出した。「恵美、わざと黙っていなくなったわけじゃない。どうすれば君を取り戻せるか、どうすれば俺の深い愛情を伝えられるか、それを考えていたんだ。俺たちの家に帰って、今まで撮りためた写真を探し出したんだ……一枚一枚、この手でアルバムにしてきた。これ、君に。この写真、覚えてるか?俺の告白に頷いてくれて、付き合い始めたばかりの頃だ。すごく嬉しくてさ、君の頬にキスした時に撮った、初めてのチェキだよ。これは、初めて一緒に過ごしたバレンタイン。君の手作りケーキ、覚えてるよ。すごく美味しかった。特に君に食べさせてもらった時は、蜜みたいに甘かった」暁は焦るように次々と写真をめくっていく。しかし恵美の残酷な沈黙の中で、その動きはどんどん速く、声はどんどん小さくなっていった。ついに絶望に包まれ、暁は問いかけた。「恵美……気に入らない、か?」暁から見えない角度で、恵美は二度、素早く瞬きをした。そうして、滲んできた涙を必死にこらえた。心が動かないわけがない。10年という時間は、決して軽いものじゃないから。でも、だからこそ、恵美はここで情けをかけるわけにはいかなかった。アルバムを受け取ると、希望に満ちた暁の目の前で、それを無情にも道端へと投げ捨てた。さっきまで小雨が降っていたせいで、道端には黒く濁った水たまりができていた。

  • 風花と散る思い出   第17話

    暁は、自分がどうやって警備員に追い出されたのか、よく覚えていなかった。屈辱でも、怒りでもなく、ただ信じたくないという気持ちでいっぱいだった。恵美がこんな別れのような言葉を口にしたことは、今まで一度もなかった。自分に対して、恵美はいつも優しくて、全てを受け入れてくれていたからだ。恵美を失ったのは、まぎれもなく自分のせいだ。でも、このまま諦めるなんてできない。恵美は、生涯を共にしたいと願った相手だ。恵美が許してくれるなら、何だってする覚悟だった。だから暁は、日が暮れるまで、ずっと待ち続けた。そしてついに、恵美がホールから出てきた。恵美の周りには、満面の笑みを浮かべた同級生が数人いた。彼らは外国語で、恵美がいかに凄いか、そして集めた資金が想像以上だったと褒めやかしていた。それに対して恵美は、ただ謙虚に首を振るだけだった。「これは、みんなのおかげです」少し離れた木陰に立つ暁は、思わず口元をほころばせた。これこそが、自分の好きな恵美だ。同級生たちが去った後、暁は恵美に駆け寄り、その腕を掴もうとした。しかし、一瞬ためらって思い直す。恵美の家まで後をついていこう、と。どこに住んでいるか知らなければ、彼女を取り戻すことなんてできないからだ。そして、暁は恵美の後をつけ、彼女が住むアパートの前までやってきた。恵美が鍵を取り出すのを見て、たまらず駆け寄り、後ろからきつく抱きしめた。その甘い香りを深く吸い込むと、張り詰めていた神経は完全に解きほぐされた。「恵美、会いたかった」その久しぶりの呼び方に、恵美は吐き気を催し、暁を突き飛ばした。「暁、人の話が分からないの?言ったでしょ、私たちはもう終わったのよ!」「終わってない!」暁は息を呑み、震える声で叫んだ。どうすれば自分が一番傷つくかを、恵美はよく分かっているようだ。関係の終わりを何度も突きつけてくるその言葉は、無数の針のように全身を刺し貫いた。「恵美、俺たちはもう10年近く一緒にいたんだ……」暁は声を詰まらせた。「たった一度の過ちで、もう終わりだなんて言うのか?君がいないとダメなんだ。隣に君がいるのが当たり前だったんだ。離れてからこの数日、俺がどれだけ苦しかったか、君には分からないだろうな……君に会えなくて、夜もろくに眠れず、狂ったように君のことばかり考えてた。死ぬ

  • 風花と散る思い出   第16話

    神は、まだ暁を見捨ててはいなかった。暁はようやく、恵美に会うことができた。彼は薄暗い客席に立ち、一方、恵美は舞台の中央でキラキラと輝いていた。スポットライトが恵美を照らし、まばゆい光の輪で包み込んでいるかのようだった。スーツ姿は、上品でとても似合っている。アップにした髪は恵美をきりりと見せ、額にかかる後れ毛が、さらに彼女をエレガントにしていた。ふとした表情や仕草には自信が満ち溢れている。流暢な外国語で起業プロジェクトについて語り、その発音は洗練されていて魅力的だ。恵美は、すっかり変わってしまった……暁はステージの下で、うっとりと恵美を見つめながらそう思った。いや、むしろ、暁が初めて出会った頃の恵美に戻ったようだった。かすかに覚えている。恵美にアプローチしていた頃、彼女はこんな風に輝いていた。太陽のように自分の心を照らし、温かさを与えてくれた。恵美を不安にさせ、繊細で傷つきやすくさせたのは、自分だった。そして、何度も何度も「あなたの心の中で、私は一体何なの」と尋ねさせてしまった。暁が自分を責めるように昔を思い出しているうちに、恵美のプレゼンは終わっていた。会場は、割れんばかりの拍手に包まれた。恵美は小さい頃から、誰からも羨ましがられるような子だった。飛び級で大学に入学し、卒業後は海外トップクラスの大学院に進学した。暁はふと我に返った。自分から離れても、恵美は十分にやっていける。恵美には、それだけの実力も才能もある。この関係に縛られていたのは、ずっと自分の方だったのだ。その時、司会者が笑顔で言った。「坂本さんの起業プロジェクトがどれだけ素晴らしいかは、みなさんにもお分かりいただけたかと思います。ただ、今はまだ立ち上げ資金が不足しているとのことで、この機会に、ぜひご出資をご検討ください!」暁はそれを聞くや否や、近くにいたスタッフからマイクを奪い取り、大声で叫んだ。「1億円出す!」1億円。会場は騒然となり、誰もが声のした方を振り返った。恵美も、もちろん例外ではなかった。そして、二人の視線がぶつかった。しかし、暁の高ぶっていた気持ちは、急に沈んでいった。恵美の瞳には、かつてのような愛情はひとかけらもなく、代わりに、氷のように冷たい光が宿っていたからだ。恵美はまだ、自分を恨み、憎んでいる。

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status