Share

第0777話

Author: 龍之介
徹は陽菜を連れて研究所を出ていった。

綿は椅子に腰を下ろし、しばらく考え込んでいた。

この研究所のトップは結局、徹だった。

この事実を前に、彼女の心にはどうしようもない苛立ちが湧き上がっていた。

もしここに祖母がいたら、徹は祖母をこんなふうに困らせたりはしなかっただろう。

むしろ祖母の方が、研究所のために自ら進んで譲歩していたに違いない。

綿は首を振り、心を落ち着けようとする。

「早くこの研究を完成させて、この場を離れたい」

その思いが胸中でますます強くなる。

「すべてが片付いたら、山奥に隠居して暮らそう」

ふとそんな未来を想像した。

もし父の会社が自分を必要とするなら、会社を継ぐのも悪くない。

「でも、父が必要としないなら?」

そんな時は、かつての夢を追いかけ、国外で留学し、ジュエリーデザインを学ぼう。

彼女はふと溜息をつく。考えれば考えるほど、怒りが心の中で燃え上がっていくのを感じる。

苛立ちを抑えられない彼女は、スマホを取り出し、ブロックリストを開く。

そこには輝明の番号が登録されていた。

彼女は一瞬躊躇したものの、彼をリストから外し、電話をかけた。

……出ない。

呼び出し音だけが続く。

もう一度かけても応答がなく、綿は眉をひそめた。

三度目をかけるのは嫌になり、スマホを机の上に放り投げたその時――

スマホが振動した。

画面に映し出された名前は「高杉輝明」。

彼女の表情は一瞬で冷たくなった。

「わざと?」彼女はそう思わずにはいられなかった。

彼女が諦めると、わざわざかけ直してくるとは……

綿は電話に出るが、音声をスピーカーに切り替え、机に置いたまま黙り込む。

しかし、電話の向こう側からも何の声も聞こえてこない。

……何も言わない?

両者の間に張り詰めた沈黙が続く。そして、彼女は苛立ちを募らせながら電話を切った。

何様のつもりなのよ!

彼女の声が室内に響く。

一方、輝明のオフィス。

電話を切られた彼は、静かに森下を睨みつけた。

森下は冷や汗をかき、困った表情を浮かべた。

実は綿からの電話に輝明は驚いていた。まさか彼女が自分をブロックリストから外して電話し
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1110話

    撮影現場に顔を出すだけならまだしも、秋年はしばしば劇組全体にも恩恵を与えていた。たとえば——ある日、彼は二人のミシュランシェフを連れて、フードトラックで直接撮影現場に乗り込んできた。しかも、持ち込んだ食材はすべて高級輸入品。朝から晩まで、グルメ三昧。——もはや人道的ではないレベルだった!この出来事はすぐにネットで話題となり、トレンド入りまで果たした。「羨ましすぎる!」多くの人がそうコメントしていた。だが、その一方で——一部のファンたちは、ふと疑問を抱き始めた。——岩段社長、これって本当に単なる代言人への応援?本当は、玲奈を口説いてるんじゃないの?「ねえ、正直に答えて」綿は好奇心いっぱいに尋ねた。「岩段若社長みたいに、イケメンで金持ちで、しかもこんなに尽くしてくれる男。——心動かない?」やっぱり、玲奈の恋愛は、彼女たちみたいな普通の人とはちょっと違っていた。彼女は外の世界で、あまりにも多くの人と関わってきたのだ。玲奈は一瞬も迷わず、はっきりと言った。「誰でもできる」綿はきょとんとした。——どういう意味?「女はもっとプライドを持たないと」玲奈は落ち着いた声で言った。「ちょっと差し入れしたくらいで、ありがたがってたらダメ。応援したからって愛とは限らない。綿、あなただって私に差し入れできるでしょ?他の男だってできるじゃない。つまり、誰にでもできることなのよ」綿は目を細めた。——玲奈のこの冷静さ。本当に、一生見習うべきだ。「でもね、気持ちを示すってことは、大事な第一歩でもある」玲奈は真剣に付け加えた。綿はうなずき、彼女の考えに同意した。「さてと、私はこれからナイトシーンの撮影だわ」玲奈は嘆きながら言った。「そっちはゆっくり食べてね、見てたらお腹すいちゃったよ」綿は笑いながら頷いた。ビデオ通話を切ったあとも、綿は玲奈の言葉を思い返していた。——差し入れや花束なんかで、愛を測っちゃダメ。追いかけるための第一歩なだけ。綿は肩をすくめ、最後の一口ステーキを優雅に食べ終えた。ナプキンで口元を拭い、支払いを済ませて店を出た。夜風が心地よく吹き抜ける。綿はレストランの前に立ち、賑やかな通りを眺めながら、ふとスマホで一枚写真を撮った。そして——綿

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1109話

    「やだ〜、私たちに聞かれちゃまずい話でもあるの?せっかく隣に座ってるのに、わざわざメッセージでやり取りしてるなんて」盛晴はリンゴを一口かじり、足を組んで、とても優雅に微笑みながら二人を見つめていた。——娘が幸せになること。それが母親としての最大の願いだった。四年前、綿が間違った選択をした時——盛晴自身にも責任がないとは言えない。娘をちゃんと導けなかった、自分自身を悔いた。だからこそ、今度こそ——綿には、正しい道を選んでほしかった。そして輝明にも願う。——今度こそ、綿を裏切らないでほしい。綿だけでなく、桜井家全体が彼に最後のチャンスを与えたのだから。「ママ、もうからかわないで」綿はうつむき、照れたように微笑んだ。「はいはい、からかいませんよ。娘も大きくなったわね、ちゃんと恥ずかしがるようになって」盛晴は優しく笑った。輝明は静かに二人を見つめていた。以前は、綿は父親・天河に似ていると思っていた。でも今は違った。綿の一挙手一投足、その優雅さ、上品さ——それは盛晴譲りだった。「おじさん、もし会社のことで何かお力になれることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」輝明は天河に向かって真剣に話しかけた。綿と盛晴はその様子を静かに聞き、時折口を挟んだ。天河は頷きながら答えた。「ありがとう、高杉さん」「おじさん、そんな高杉さんなんて、堅苦しいですよ」輝明は恥ずかしそうに笑った。天河は大笑いした。——もちろん、冗談交じりだった。「よしよし、高杉くんでいいか」天河は呼び方を変えた。輝明はすぐに嬉しそうに返事した。「はい、そのほうが断然いいです!」四人の間に、和やかな笑いが広がった。「これからは、うちの可愛い娘をちゃんと大事にしろよ。さもないと、容赦しないからな!」天河は茶目っ気たっぷりに輝明を指差した。輝明はすぐに頷いた。「おじさん、絶対に。綿を裏切ったりしません。おじさんとおばさんの信頼も、必ず守ります!」「お前なぁ……」天河は輝明をじろじろと見た。「……本当に信じていいのか?」言葉にはしなかったが、顔にはそう書いてあった。輝明はその意味を察し、笑って言った。「全部、誤解です」——言い訳にしか聞こえなかったが。「ま、もう過去のことはい

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1108話

    綿は認めざるを得なかった。——彼のお願いを、本当は断れない自分がいることを。でも。「イヤ」彼女はきっぱりと断った。輝明は思わず息を呑んだ。「……冷たいな」ん?——このセリフ、今日だけでも何回聞いたことか。また「冷たい」と言われた。「昔の高杉さんの方が、もっと冷たかったよ?」綿はにやりと笑いながら、彼をからかった。輝明は言葉に詰まった。「桜井さん、君って本当に、人の傷口に塩を塗るのが上手だよな」綿は小さく笑った。「痛い?」「痛くないわけないだろう?」「そう、それでいいのよ。痛い目見せてやるんだから!」綿は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。その仕草には、少しだけ子供っぽさが混じり、ほんの少しの意趣返しの気持ちが込められていた。輝明は、そんな綿を見ても怒るどころか、むしろ嬉しそうだった。——これが本当の綿だ。彼女には、こうして素直に感情を出してほしい。「はいはい、君は本当に手強い」輝明は優しく繰り返した。綿は、彼が自分をなだめているのをわかっていた。——そして、輝明自身も、無意識のうちに変わっていた。——それだけで、もう十分だった。家に着いた頃、ちょうど盛晴と天河も帰宅していた。玄関先で、四人が鉢合わせた。「家に寄っていかないか?」天河が声をかけた。輝明は綿に視線を向けた。綿は目を細めた。——なに?なんで私を見るの?「どうした、付き合ったばかりで、もう尻に敷かれてるのか?」天河が冗談めかして茶化した。輝明は慌てて首を振った。——ただ、綿が嫌がるかもしれないと思っただけだ。「行こう」綿があっさり答えた。輝明はようやくほっとして、「はいっ!」と答えた。盛晴と天河は顔を見合わせて、思わず笑った。「見た?これからはあんたもそうしなさいよ」盛晴は天河の腕を軽く突いた。天河は口を尖らせた。「やれやれ、あれは熱愛カップルだろ。俺たちはもう年季の入った夫婦だ、いちいちそんなこと……」綿はキッチンに向かい、盛晴にお茶を出してあげた。きっと、母も輝明に色々話したいのだろう。綿は果物を少し切った。リビングでは、盛晴の笑い声が響いていた。「そうなの?年寄りは元気が一番だわね」綿が果物を持って戻ると

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1107話

    輝明は、森下にレストランの予約を指示しようとしていたが、綿から届いたメッセージを見て、思わず笑った。——冷たい方が、いいんだよ。輝明「もし俺が彼女に情けをかけてたら、君を失ってた」綿はそのメッセージをしばらく見つめた後、ふっと笑い、短く返信した。「夜に会おう」スマホを閉じ、二人はそれぞれの仕事に戻った。こういう付き合い方、綿は結構好きだった。——時間があるときは一緒に過ごして、忙しいときはそれぞれが自分のことをする。浮気の心配もなく、お互い安心していられる。……夜。フレンチレストラン。輝明はすでにコース料理を予約していたので、到着するなり料理が運ばれ始めた。綿は、研究院の最新の進展について話し始めた。なにせ、輝明も出資者の一人だったから。輝明は、黙って彼女の話を聞いていた。彼女が仕事の話をするときの真剣な表情は、やっぱり魅力的だった。もちろん、普段の彼女も十分美しかったけれど。綿が夢中で話している途中、輝明はふと口を挟んだ。「俺と話すことって、仕事の話だけ?」綿は一瞬、言葉を止めた。ん?彼女が輝明を見ると、彼は少し寂しそうに彼女を見つめていた。輝明は続けた。「会うたびに、研究院の話ばっかりだよね。俺たち、他に話すこと、ないのかな?」綿はその意図を理解した。——つまり、会話が弾まないことを気にしているのだ。綿はワインを一口飲み、輝明を見ながら言った。「だって、今の私たち、共通の話題があまりないもの」「それって、関係に影響するかな?」彼は弱々しく尋ねた。綿ははっきりとうなずいた。「するよ」——会話が続かないのは、恋愛において致命的だ。「じゃあ、どうすればいいの?」輝明は苦笑した。「それでも、私と付き合いたい?」綿は彼をじっと見つめた。輝明が答えようとした瞬間、綿は言葉を重ねた。「ちゃんと考えて答えて。簡単に決めないで」輝明は眉をひそめた。「考える必要なんてないよ。もちろん付き合いたい。付き合うだけじゃなくて、いずれ結婚もしたい。今、話題が少ないだけでしょ。一生ずっとそうなわけじゃない」綿は静かに彼の言葉を聞いていた。輝明はさらに続けた。「俺たち、今こうして一緒にいるけど、大事なのはお互いに歩み寄っていくことだ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1106話

    まだまだ安心はできない。——妻を追う道のりは、まだまだ長い。輝明はため息をつきながら、そっとLINEを開いた。そして、綿に二つのスタンプを送った。ひとつは「今にも泣きそうな顔」、もうひとつは「しょんぼり顔」。綿はすぐにその通知に気づいた。しかし、眉をひそめるだけで、彼に「ハグ」のスタンプを一個返しただけだった。——早く寝なさい、という意味を込めて。輝明は一瞬で拗ねた。——ああ、なんて冷たい女だろう!……翌朝。輝明と綿の交際宣言は、インターネット中を駆け巡っていた。中には、二人のこれまでの恋愛遍歴を解説する動画を作るユウチュウバーまで現れた。綿が研究院に到着すると、院内の皆が彼女のニュースをチェックしていた。昼食の話題は当然のように綿のことになったが、彼女はもうすっかり慣れていた。コーヒーを手に休憩室の前を通りかかったとき、テレビのニュースが耳に入った。「今朝、陸川家に関する……」綿は顔を上げ、画面を見ようとした。そのとき、スマホが鳴った。画面を見ると、玲奈からだった。綿は視線をテレビから外し、陸川家のことなど興味を失った。「どうしたの、私のスター女優さん。朝っぱらからご指名とは」綿は笑いながらオフィスのドアを押し開けた。電話の向こうから、玲奈の声が聞こえた。「さすがだね!私より目立っちゃって。やっぱり綿と高杉社長は違うわ!」綿はへへっと笑った。すると、玲奈がまた言った。「それにしても、うちの桜井さん、ずいぶん大人になったわね。なんで彼氏のツイッターにコメント一つつけないの?」「なんか、あなた嬉しそうに聞こえるんだけど?」綿は目を細め、柔らかな声で言った。「そんなことないよー!」もちろん、本音では綿が輝明をちょっと苦しめるのを見て、少しスカッとしていた。でも、それはそれ。「綿ちゃん。もう一度一緒に歩くと決めたなら、あまり意地悪しすぎないでね」玲奈は真面目に忠告した。綿は微笑んだ。「わかったよ、うちの毒舌女優さんが、珍しく優しい」「だって、もう選んだ道なら、ちゃんと向き合わないと。私が毒舌吐いたら、余計な問題を増やすだけだし」玲奈はあくびをしながら言った。これから雑誌の撮影があるのだ。「それより、ニュース見た?」玲奈がふと思い出した

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1105話

    綿はスマホを開きながら、書斎へ向かった。ドアを開け、机に向かって座ると、ちょうどスマホに輝明の最新投稿が読み込まれた。「@高杉輝明これからも、君とたくさんの記念すべき瞬間を重ねていきたい。彼女さん。@桜井綿」添付されていた写真は、さっき玄関先で撮ったツーショットだった。思えば、これが二人にとって初めての正式なツーショットだった。大学時代、綿が彼を心から愛していた頃でさえ、こんなきちんとした写真はほとんどなかった。綿は、コメントや「いいね」の数がぐんぐん伸びていくのを見つめていた。二人の復縁はすでに知られていたが、正式な発表はこれが初めて。みんな興味津々で集まってきた。まもなく、二人の復縁ニュースはトレンドに押し上げられ、各メディアが次々と速報を流した。「雲城エンタメ速報雲城財閥・高杉輝明と元妻・桜井綿、正式に復縁!本日ツイッターで発表!」「雲城経済ニュース高杉グループの高杉輝明と桜井グループの桜井綿、復縁!」「エンタメトレンド速報:高杉輝明と桜井綿、交際を正式発表——二人の8年間を振り返る!」エンタメニュースの時間軸まとめを読みながら、綿は思わず感慨にふけった。大学時代、輝明はすでに四大家族の一つ、高杉グループの後継者だった。二人でこっそり夜食を食べに出かけると、よく写真を撮られたものだった。ただ、当時は今ほどネットが発達していなかったため、それほど騒がれることはなかった。輝明が誘拐されたとき、綿は初めてネットの力を実感した。誘拐事件は連日トップニュースになり、世間の注目を集めた。その後、輝明が結婚するというニュースが流れた。しかし、相手についての情報はほとんど出なかった。ちょうどその頃、綿と輝明の間にはすでに深い亀裂が生まれていた。彼女は強く結婚を望み、彼は嬌と結婚しようとしていた。——命の恩人を間違えたことで、すべてはそこから始まっていた。輝明は嬌を助けた恩人だと勘違いし、必死に綿から逃れ、嬌を選ぼうとしていたのだ。最終的には、綿と輝明は結婚した。だが、結婚生活は幸福とはほど遠かった。パパラッチに、何度も輝明が結婚後も嬌と会っている姿を撮られた。嬌と食事を楽しむ輝明と、ひとり寂しく家に残された綿。さらに——綿と嬌が対立するたびに、輝明は公開の場で綿を辱め、嬌を庇うというニュースも

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status