Partager

05:覚醒の儀式

last update Date de publication: 2025-09-03 07:10:00

 重い石の扉に、私は手をかけた。全身の力を込めて押せば、ギィィ……と鈍い音を立てて、ゆっくりと開いていく。

 扉の隙間から流れ込んできたのは、数万年の間、閉ざされていたであろう古代の空気。物音一つしない内部から、ひんやりとした風が漂ってくる。

 中へ一歩足を踏み入れると、自分の足音がやけに大きく響いた。

 進んだ先は、広大なドーム状の空間である。

 天井が淡く光って、古い星図のようなものを映し出している。降り注ぐかすかな光が空気中の塵をきらきらと照らして、まるで本物の星空と星屑のように部屋を彩っていた。

(ここが……竜王の祭壇の間)

 中央に、それはあった。

 黒い一枚岩を削り出しただけの、シンプルな祭壇。

 華美な装飾は一切ない。ただそこにあるだけで、圧倒的な存在感を放っていた。

(空気が濃い。瘴気とは違う、もっと古くて、静かな何かの力……。まるで深海の底にいるみたい)

 ゲームの『ロザリア』は、ミリアへの憎しみを抱えてここに来た。

 復讐のために、自らを生贄にしようとした。

 ……なんて愚かな。

 この存在は兵器じゃない。破壊の道具でもない。

 最高の生きた歴史書なのだ。

 私は意を決して、祭壇へとゆっくり歩みを進めた。

 高鳴る心臓を抑えるために、一度深く深呼吸をする。

 祭壇の表面に、そっと右手を添えた。冷たくなめらかな石の感触が伝わってくる。

 目を閉じる。

 魔力のない私にできる唯一のこと。自らの意思、魂の願いそのものを、祭壇へと注ぎ込む。

 イグニスもミリアも、もうどうでもいい。

 今の私の心を占めているのは、この探求心だけ。

 侯爵令嬢としてでも、悪役令嬢としてでもない。

 一人の学者としての、ただ一つの欲望。

(教えて、竜王ヴァルフレイド。あなたはこの世界で、何を見てきたの?)

 呼びかけのための声は、最初は緊張で震えてしまった。

「力が欲しいわけじゃない。復讐したいわけでもない」

 けれど徐々に落ち着いて、私の唯一の願いを音に乗せる。

「私は、ただ知りたい。あなたの見てきた数万年の真実を」

 語りかければ、後は簡単だった。心からの願いがあふれてくる。

「どうか、あなたの物語を――聞かせて」

 その瞬間。私の願いに応えるかのように、手を置いた祭壇が振動を始めた。だんだんと熱を帯びていく。

 古代文字の術式が、祭壇の表面に純白の光となって浮かび上がった。

 光は一気に増幅し、広大な祭壇の間を白一色に染め上げる。

 眩しさのあまり、私は思わず腕で顔を覆った。

 ゴゴゴゴ……!

 低い地響きが始まって、遺跡全体が激しく揺れる。

 天井から砂や小石が降り注ぐ。私は倒れないよう必死で踏ん張った。

(すごい……! 私の願いを、受け入れてくれたのね!)

 祭壇の文字はいよいよ光を強くして、遺跡は鳴動を続ける。竜王の目覚めは近い。

(これが、神に等しい存在を目覚めさせるということ。世界そのものが、震えているわ!)

 凄まじい光と地響きが、永遠に続くかのように思えた。

 そして――ふつり、と。すべてが嘘のように、静まり返った。

 光が収まると、祭壇には大きな亀裂が入っていた。

 先ほどまでの地響きが嘘のように、辺りは静まり返っている。

 そして祭壇の奥。

 深い深い闇の向こうで、何かがもぞりと動いた。

 それはあまりに巨大で、最初は影としか認識できなかった。

 闇の中、二つの光が灯る。溶かした黄金のような色をした、巨大な竜の瞳だった。金の瞳は真紅の鱗に縁取られている。

 その視線はまっすぐに、私だけへと注がれている。

(……来た)

 私はごくりと喉を鳴らした。

(大きすぎて、全身が見えない。なんて、存在感)

 何か言葉を発しようとしても、威圧感に飲まれてしまって、小さく息を吐いただけで終わってしまった。

(あの瞳……魂の奥底まで、すべて見透かされているみたい)

 と。

 古代の叡智と数万年の時を感じさせる声が、空気の振動ではなく、直接私の頭の中に響き渡った。

「――我を呼び覚ましたのは、貴様か」

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Dernier chapitre

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   21:未来へ

     元首エイベルの就任式は、再建された王都の中央広場で行われた。広場は、晴れやかな顔をした民衆で埋め尽くされている。  簡素ながらも威厳のある元首の錫杖を授けられたエイベルは、民衆に向かって語りかける。それは権力を誇示する言葉ではなく、共に国を支える仲間たちへの感謝と、未来への責任を語る、誠実な演説だった。 演説の最後にエイベルは深く息を吸って、北――禁断の森がある方角へと向き直る。広場の喧騒が、水を打ったように止んだ。  彼は誰よりも深く、長く頭を垂れた。「我らに二度目の機会を与え、この大地を癒やしてくださった、森の賢明なる守護者たちに、深き感謝を」 元首の言葉と姿に、民衆もまた森の方角へと一斉に頭を下げる。それは傲慢な過去と決別し、謙虚さと感謝の上に新しい国を築いていこうという、国民全体の無言の誓いだった。◇ ヴァルフレイドの宮殿の水鏡には、歓声に沸くアルテア共和国の就任式が映っている。  その活気ある様子を見て、私はそっと微笑んだ。「彼らは、自分たちの物語を見つけたようね。もう、ゲームの英雄はいらないわ」 ヴァルフレイドは水鏡ではなく、私の横顔だけを愛おしそうに見つめている。  彼は私を抱き寄せると、水鏡から離れ、宮殿の奥へと誘った。「彼らの物語は、彼らのものだ。さあ、俺たちの物語に戻ろうか、ロザリア」 世界が新しい希望を見出した一方で、楽園では人だけの、永遠に続く幸福の時間が流れ始めている。◇ アルテア共和国の就任式から、さらに十年ほどの時が流れた。  私が過ごす楽園の日常は、穏やかで満ち足りた喜びに包まれている。  その日も私は宮殿の広大な書庫で、古代竜族の言語で書かれた石板を読み解いていた。その集中を破ったのは小さな足音だった。「おかあさま!」 私のもとへ駆け寄ってきたのは、燃えるような赤髪と私の紫の瞳を持つ、私たちの小さな息子。  幼子は私に飛びついて、膝の上に登ろうとする。この子はいつも元気いっぱいだ。元気すぎて突拍子もない動きをするので、私もヴァルフレイドもしょっちゅう振

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   20:愚者の末路

     時折、イグニスとミリアはヴァッサー王国の夜会や観閲式に引き出された。 もちろん賓客としてではない。「堕落した王国の末路」を体現する、生きた見世物としてだった。 きらびやかに着飾ったヴァッサー王国の貴族たちが、一段低い場所に座らされた二人を見て、憐れむように、あるいは嘲笑するように囁きあっている。ヴァッサー国王が、満座の前に立ち、彼らを指し示しながら演説する。「見よ! 驕れる者は久しからず。民を顧みぬ為政者の末路を! 我々は、彼らを反面教師とし、正義と公正をもって国を治めようではないか!」 その言葉に、会場は大きな拍手に包まれた。イグニスは屈辱に拳を握りしめて俯き、ミリアは必死で無表情を装うが、その肩は小さく震えていた。彼らのプライドはこうして少しずつ、確実に削り取られていった。◇ 季節は巡り、世界は動いていく。 賢人エイベルの下でフラグラーレ王国は復興の道を歩み始め、ヴァッサー王国との間に新たな国交が結ばれた。「見世物」としての価値すら失った二人は、やがて人々の記憶からも忘れ去られ、さりとて処刑するだけの手間をかけるのも惜しまれて、ただ離宮で生き続けるだけの存在となった。 ある日の夕暮れ。 もはや若さを失い、痩せこけたイグニスとミリアが、部屋の中で黙って向かい合っていた。かつての美貌は色褪せ、残ったのは互いへの憎しみと、失われた過去への虚しい執着だけ。 食事を運んできた若い侍女が、同僚に小声で尋ねるのが聞こえた。「あの人たち、一体誰なの?」「さあ? なんでも、ずっと昔に滅んだ国の、王子様とお姫様だったらしいわよ」「それにしては、ずいぶんみすぼらしいわね。まあ、どうでもいいか」 彼らはもはや、名前すら覚えられていない。歴史から消え去り、ただ生きているだけの存在。誰よりも世界の中心にいると信じていた彼らにとって、最も残酷な罰だった。 二人はその会話を聞きながらも、もはや反論する気力もなく、ただ黙って冷めた食事を口に運ぶだけだった。 イグニスとミリアが歴史から忘れ去られた一方で、彼らが捨てた王国では、瓦礫の中から確かな再生の息吹が生まれ

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   19:私が選んだエンディング

     イグニスとミリアの最後の悲鳴が、楽園の庭に吸い込まれて消えていく。ヴァッサー王国の使者たちのために開いた光の門もまた、跡形もなく閉じられた。後には、風が木の葉を揺らす音だけが残されている。 私はバルコニーから、先ほど醜い茶番が繰り広げられていた場所を、ただ見下ろしていた。知らず知らずのうちに握りしめていた拳を、ゆっくりと開く。(終わった……。本当に、すべて……) 私の知っていたゲーム『ドラゴンズブレイド』の物語は、これで完全に終わりを告げたのだ。悲劇でも喜劇でもない。ただ呆気ない幕切れ。それが、彼らの物語の結末だった。 私の脳裏に、原作ゲームのエンディングが蘇る。 憎しみに狂った『ロザリア』が生贄となり、それを乗り越えたイグニスとミリアが英雄として国を治める、光に満ちたハッピーエンド。誰もが彼らを称え、王国の輝かしい未来を祝福する。(本当に、あれは『幸福な結末』だったのかしら?) 私は歴史学者の視点で、その光景を分析する。 一人の少女が『悪役』という役割を与えられ、その魂ごと物語の礎として消費される。彼女の苦しみと絶望が、主人公たちの栄光の糧となる。そんな結末が、本当に幸福だと言えるのだろうか。 自分の手を見つめる。追放され、虐げられた手。だが、その手で私は違う未来を掴み取った。「原作のハッピーエンドは、誰かの犠牲の上に成り立っていた。悪役という役割を押し付けられた、一人の少女の……。けれど、これが私が選び取ったエンディング。罪ある者が、その罪にふさわしい結末を迎えるだけの、真実のエンディングなのよ」 私は憎しみではなく、行動で運命を覆した。そうして手に入れたのは、誰かを踏み台にした偽りの栄光ではない。ヴァルフレイドという、かけがえのない存在だった。◇ 私の思索を、背後からの温もりが包み込む。 ヴァルフレイドが優しく抱きしめてくれていた。彼は私をすべて理解してくれる。私はその腕に、安堵して身を預けた。「エンディング、だと? 違うな、ロザリア。これは、俺たち

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   18:ゲームオーバー

    (竜王の力を奪い取るのは、不可能だ) イグニスの心に絶望が広がる。(お姉様は、幸せを手に入れたのだわ……) ミリアは悔しさと嫉妬で奥歯を噛んだ。彼女は姉の婚約者を奪ったが、愛し合いされる幸せは手に入らなかったから。 プライドも希望も砕け散り、イグニスは地面に膝をつく。彼は残された最後の力で、大声で助けを乞うた。「ロザリア! 聞いているのだろう。頼む、助けてくれ! お前の故郷が、国が滅びるのだぞ。それでもいいというのか!」 イグニスはロザリアの中に残っているはずの、かつての義務感や同情心に必死で訴えかけた。 ミリアも泣き叫びながら続いた。「お姉様のせいよ! あなたがすべてを奪ったんじゃない! なら責任を取って、国を元に戻しなさいよ!」 彼女の言葉は反省ではなく、どこまでも自己中心的な責任転嫁だった。◇ その醜い叫び声に、私は読んでいた本をぱたりと閉じた。 立ち上がってバルコニーの縁へと歩み寄る。 同情心は起きなかった。あの二人はさんざん好き勝手をやって、破滅しただけ。巻き添えになった民を気の毒に思っても、彼らを憐れむ気持ちにはなれない。 私の隣にヴァルフレイドが立った。彼の神々しく美しい顔には、何の感情も浮かんでいない。自分の庭に湧いた不快な虫でも見るかのような、嫌悪感だけがあった。 ヴァルフレイドは地上の二人に向かって、凍てつくように冷たい声を放つ。「――さて、俺の花嫁に何の用だ? 虫けらども」 問いかけの形をしているが、一切の答えを期待していない、断罪の宣告だった。◇ ヴァルフレイドの凍てつくような声が、宮殿の庭に響き渡る。 その問いかけに、イグニスとミリアは恐怖に体をすくませた。命の危険を感じたのだろう、最後に残った生存本能が彼らを突き動かす。イグニスは泥だらけの額を地面にこすりつけ、必死に叫んだ。「竜王様! どうかご慈悲を! 全てはあの女が……ロザリアが我らを裏切ったせいなのです。我ら

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   17:最後の望み

     王宮は内外の敵に包囲され、炎に沈みつつあった。 イグニスとミリアは、見捨てられた玉座の間に孤立していた。窓の外では、かつて自分たちのものだった王都が赤く燃え盛り、地を揺るがす鬨の声が絶え間なく響いてくる。「なぜだ……なぜこうなる。我が王都が……! 民も、兵士も、役立たずばかりだ!」 イグニスは爪を噛み、忌々しげに呟く。 床に座り込んだミリアは、虚ろな目で燃える夜景を見つめていた。「ひどいわ……こんなはずじゃなかった。あたしがイグニス様の隣にいれば、国はもっと豊かになるはずだったのに! すべて、あの女のせいよ!」 彼らは、自分たちの悪政がこの事態を招いたという現実を直視できなかった。すべての原因をロザリアという都合の良い存在になすりつけることで、かろうじて砕け散りそうなプライドを保っている。 その時、近くの塔が崩れる轟音と共に、玉座の間の窓ガラスが砕け散った。炎の熱風が、火の粉を伴って室内に吹き込む。「いやぁっ!」 地脈が変質し魔法が使えなくなった以上、ミリアの豊富な魔力もイグニスの強力な魔法も既に意味をなさない。 二人は身を守ることもできずに、崩れ行く玉座の間で右往左往している。「お姉様さえいなければ! あの女が竜王を独り占めしていなければ、あたしの魔力でヴァッサー王国なんて簡単に追い払えたはずよ!」 ミリアの身勝手な叫びが、イグニスの心に火をつけた。彼は敗北を認める代わりに、まだ逆転の目があるという妄想に飛びつく。「そうだ、独り占めなどさせるものか! あの竜王は本来この国の、この俺の力となるべき存在だ! あの出来損ないから、奪い返せばいいだけの話だ!」 それはもはや計画と呼べるものではない。現実から逃避するための幼稚すぎる希望だった。王子である自分と強大な魔力を持つミリアがいれば、魔力を持たないロザリア以上に竜王を意のままに操れるはずだ。彼らは本気で信じ込んでいた。◇ 二人は王族にのみ伝わる秘密の通路を使い、炎上する王宮から脱出した。

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   16:王子の転落

     ヴァルフレイドとロザリアが玉座の間から去った後、周囲には重い沈黙だけが残された。 イグニスは侮辱と恐怖に震えながら、まだ己の権威が通用すると信じて叫ぶ。「何をしている! 追え! あの者たちを捕らえろ。これは命令だ!」 彼の甲高い声が虚しく響く。玉座の間にいる衛兵も側近も、誰一人として動こうとはしなかった。 彼らはただ、恐怖と軽蔑が入り混じった目で、無様に叫ぶ王子と床で泣きじゃくるミリアを見つめているだけだった。 王家の重臣の一人が、冷ややかに告げる。「殿下。我々には、もはや殿下にお従いする理由はございません」 イグニスの権威が終わったことを示す言葉だった。◇「玉座の間で、赤髪の神人が王子を屈服させた」 その噂は、瞬く間に荒廃した王都を駆け巡った。 それは飢えと重税に喘いでいた民衆にとって、為政者への最後の信頼を打ち砕き、燻っていた不満を燃え上がらせるための燃料となった。 絶望が怒りへと変わっていく中、元宮廷学者であった賢人エイベルが、広場で人々を諭し始める。「我らを飢えさせているのは、天災ではない。王宮の食糧庫を満たしたまま、己の贅沢と欲望とを優先する人災だ」 エイベルの誠実な言葉は、多くの人々の心を捉えていった。 やがて民衆のうねりは一つの流れとなる。 賢人エイベルに導かれた飢えた人々が、王宮の食糧庫へと行進を始めたのだ。最初は数十人だった群衆は、道中で数百、数千人と膨れ上がっていく。 食糧庫を守る兵士たちは、目の前にいるのが自分たちの家族や隣人であると気づき、武器を構えることを躊躇った。 エイベルは兵士たちに語りかける。「君たちの剣は、民を守るためにあるはずだ。腐敗した穀物を守るためにではない」 その言葉に、兵士の一人が槍を捨てた。「ああ、そうだ。俺は国を――いいや、町のみんなを守りたくて兵士になった! 王子の贅沢のためじゃない!」 それをきっかけに兵士たちは次々と道を開けて、民衆は歓声を上げて食糧庫の扉を打ち破った。 

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   03:旅立ち

     馬車の扉が、無情に閉められる。 御者が鞭を鳴らすと、騎士たちを乗せた馬車は土煙を上げて去っていく。 私をこの場所に置き去りに、さっさと引き返していくのだ。「達者でな、お嬢ちゃん。せいぜい長く生き延びろよ。ま、無理だろうが」 遠ざかる馬車から、投げやりな声が聞こえた。「おい、早く戻ろうぜ。なんでもイグニス様のご即位を祝して、近々盛大な夜会が開かれるらしい。俺たちも警備で出れば、うまい汁が吸えるかもしれん」「そりゃいいな!」 下世話な笑い声が、風に乗って私の耳に届いた。(即位を祝す夜会ですって?) 国王陛下はご病気だが、まだ健在のはず。それなのに、もう次代の話? イグニスと

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   02:出来損ないの令嬢

     あれはいつのことだったかしら。 確か、私が十二歳になった年の夕食でのこと。 豪奢なだけの、冷たい食卓。 きらびやかな食器の上には、一流の料理人が腕を振るった料理が並んでいる。 けれどそこに家族の温かさなんてものは、ひとかけらもなかった。「さすがは我が娘だ。ミリアの魔力は、まさに国宝級だな!」 父である侯爵が、満面の笑みでミリアを褒めそやす。 継母も「本当に、あなたのような娘を持てて誇らしいわ」と、うっとりと相槌を打った。「まあ、お父様、お母様!」 幼いミリアは嬉しそうに声を弾ませて、小さな指先をキャンドルにかざした。ぽっ、と指先に小さな光の蝶が生まれる。 ひらひらと食卓

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   01:追放という名の解放

     王宮の豪奢な一室に、イグニス王子の声が響く。 私との婚約破棄を発表するための、壮麗な舞台だ。「ロザリア・シュヴァリエ! 本日をもって貴様との婚約を破棄する!」 王族らしい艶やかな金髪。まあまあ整った貴族的な顔立ち。 けれどその緑の瞳から滲み出る傲慢さが、すべてを台無しにしていた。(ついに来たわ! 婚約破棄よ、婚約破棄!) 心の中で私は盛大なガッツポーズを決めた。 もちろん、表情にはおくびにも出さない。今は完璧な悲劇のヒロインを演じきる、大事な場面なのだから。「……どうして、ですか?」 か細く、今にも消え入りそうな声。 驚きと悲しみで大きく目を見開き、潤んだ瞳で彼を見上げ

  • 魔力ゼロの無能令嬢は、竜王の長い孤独を溶かして溺愛される   09:竜王とお散歩

    「ヴァルフレイド」 私が声をかけると、彼は金色の瞳をこちらに向けた。「あなたに、食事を作りたいの」 ヴァルフレイドは心底不思議そうな顔をして、わずかに首を傾げた。「食事? 望むものがあるなら、俺が一瞬で出してやろう。なぜお前が作る必要があるんだ?」「私の前世の世界ではね、誰かのために時間と手間をかけて食事を作ることは、とても大切なおもてなしなの。料理は、ただ空腹を満たすだけのものではないわ」(彼はきっと、豪華な食事は知っている。でも誰かが自分のためだけに作る、温かい食事の味を知っているかしら。

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status