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04:森の洗礼

last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-02 18:09:15

 森は深く、暗かった。

 一歩足を踏み入れただけで、瘴気がねっとりと肌にまとわりつく。空気そのものに重さがあるみたいで、私は思わず眉をしかめた。

(これが瘴気……。生態系が完全に歪んでいるわ。興味深い研究対象ね)

 異様な形にねじくれた木々。見たこともない色の苔が、地面を覆っている。

 普通の動物の気配は全くせず、不気味な静寂が森を支配していた。

 手製の地図と古代植物学の知識を頼りに、私は慎重に進む。

 ゲームではただの背景だった森が、現実では複雑で危険で――何より魅力的に見えた。

 ああ、私は古代の神秘が眠る土地を歩いているのだ。この足で!

 苔むした石碑を見つける。

 表面の汚れを慎重に手で拭うと、かすかに古代文字の痕跡が現れた。

「……こっちね。間違いないわ」

 この道標は、ゲームのマップにはなかったもの。

 やはり、この世界はゲームであってゲームではない。自分の知識と観察力が試されている。

 ガサッ、と。

 茂みが大きく揺れる音に、私は即座に巨大な木の陰に身を隠した。

 ナイフの柄を握りしめて心臓の鼓動を抑えながら、音のした方を見つめる。

 現れたのは、黒い影だった。霧が集まってできたかのような、巨大な狼。

 燃えるような赤い瞳が、獲物を探してきょろきょろと動いている。

(あれがシャドウウルフ……! ゲームのグラフィックよりずっと大きくて凶暴そう。さすが実物だわ)

 魔獣は魔力に反応して襲ってくると古文書にあった。魔力ゼロの私は、彼らにとって認識できない存在のはず。

 仮説を検証する絶好の機会になるだろう。

(……でも、もし違ったら? 一口で食べられちゃうかしら。さすがにちょっと緊張するわね)

 シャドウウルフは、私が隠れているすぐそばを通り過ぎていく。

 鼻をひくひくと鳴らしているけれど、全く気づく様子はない。やがて興味を失ったように闇の中へと消えていった。

「……ふぅ」

 予想通りの結果になって、私は安堵のため息をついた。

 これは使える私の『無魔力』は、この森では最強の隠密能力になる。。

 さらに歩くと、月明かりが差し込む開けた場所に出た。

 一瞬、視界が開けたことに安堵したけれど、すぐにその間違いに気づく。

 ぞろり、ぞろり。

 木々の間から影が溢れ出してくる。

 一つ、二つ……十……いや、二十頭はいる。

 シャドウウルフの群れだった。

(嘘でしょ、群れ!? これはさすがに想定外……!)

 四方八方を完全に包囲されて、逃げ場はない。

 リーダー格の巨大な狼が、私を睨みつけて低い唸り声を上げた。

 恐怖で心臓が凍りつきそうになる。

 でもここで動いたら本当に終わり。

(落ち着きなさい、私。彼らにとって私は、ただの『景色』。石ころや木と同じ……そう信じるのよ!)

 私は静かに目を閉じた。

 気配を消し、呼吸を殺し、ただの風景になることに集中する。

 これが私の力。

 この世界で蔑まれてきた『無』であること。今、この瞬間だけは……最強の盾になる!

 生温かい息が顔にかかる。

 リーダーウルフが私の目の前まで来ていた。鼻先で私の匂いを嗅いでいる。

 心臓の音がうるさい。どうか、気づかれませんように。

 永遠のように感じられた沈黙の後、リーダーウルフは、興味を失ったように踵を返した。

 それに続き、狼の群れは私を完全に無視して歩いていく。まるで水が岩を避けて流れるように、私の周りを通り過ぎていった。

 私は目を開けた。

 手足がまだ震えている。けれど私の口元には、いっそ獰猛な笑みが浮かんでいた。

 シャドウウルフの洗礼を乗り越えた私は、さらに森の奥へと進んだ。

 蔦に隠された落とし穴を、ゲームの記憶を頼りに危なげなく回避する。

 夜通し歩き続けて、朝日が昇る頃。

 視界が開け、天を突くかのような巨大な石造りの扉が姿を現した。

(……着いた。ここが、竜王ヴァルフレイドが眠る場所)

 疲労も忘れて、私は荘厳な扉に駆け寄る。扉の中央に刻まれた古代文字を、震える指でなぞった。

「最も、純粋なる、願いのみ……」

 深呼吸を一つ。

 私は決意に満ちた声で、その言葉を読み上げた。

「――最も純粋なる願いのみ、我を目覚めさせるだろう」

 私は扉に、そっと手を触れた。

 私の願いは復讐でも救済でもない。ただ純粋な「知りたい」という、学究の探求心。

 果たしてその願いは、数万年の封印を解く鍵となり得るのか。

 私の魂そのものが、今まさに試されようとしていた。

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