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06:汚れなき魂

last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-04 18:05:23

 魂に直接響くようなプレッシャー。

 私はそれに耐えながら、闇の中にいる巨大な存在をまっすぐに見据えた。

「はい。私がお呼びしました。私の名はロザリアと申します」

 毅然と答えると、頭上から古びた石がぱらぱらと落ちてくる。

 竜がわずかに身じろぎしただけで、この遺跡は崩れてしまいそうだ。

「――またか。我を呼び覚ますのは、いつも決まって復讐か、破滅を望む愚か者。貴様も同類か」

 その声は乾いていた。何かの感情というよりも、長い年月に摩耗しきったかのような響きだった。

(復讐を望む愚か者、ね。確かに、ゲームの『ロザリア』ならそうだったでしょう。でも、私は違う)

 黄金の瞳が強い光を放つ。

 その光が私を包み込むと、私の内面、記憶、感情のすべてが一冊の本のように暴かれていく感覚に襲われた。

(魂を読んでいるのね。いいわ、見てちょうだい。これが私の、たった一つの純粋な願いよ)

 正直、恐怖はある。でも目は逸らさなかった。

 憎しみも嫉妬も、もうとっくに捨ててきた。

 見られて困るものなんて、何もない。あるのはただ知りたい、解き明かしたいという、どうしようもない学者の欲望だけ!

 彼の声が再び脳裏に響く。諦めきったような声だった。

「……ふむ。また憎悪か、あるいは傲慢か。貴様ら人の子の魂は、いつも同じ色に濁って――」

 声が途切れた。永い、永い沈黙。

「……憎しみが、ない。あるのは……この輝きは……久しいな。かつて我の真理の一端に触れようとした学者がいた。あの男の魂も、このような知の光を放っていた」

 古文書を記した、あの異端の学者のことだろうか。

 やはり彼もここに来ていたんだ。そして竜王の知の一端を書物として書き記した。

「だが……違う。これは、なんだ? あの男の光が川底で拾った小石の煌めきならば、貴様のそれは……夜空に輝く星そのもの。いや、世界の始まりを宿した原初の宝石か。純粋でどこまでも深く、そして……もう一つの世界の記憶まで内包しているだと?」

 驚愕の感情が伝わってきて、私を揺さぶった。

 それは数万年の静寂を破るほどの、純粋な衝撃だった。

 やがて響いた声は、これまでの諦観とは全く違う。震えるような歓喜に彩られていた。

「……面白い。実に面白いぞ、ロザリア。貴様のような人間は、初めてだ」

 闇の中にいた巨大な竜の姿が、まばゆい光の粒子となって収束していく。

 光が収まった後、そこには燃えるような真っ赤な髪と、金色の瞳を持つ青年が立っていた。

 溶かした黄金の双眸はあくまで神秘の光を放ち、男らしい眉はきりりと整っている。高い鼻梁と薄い唇が、絶妙なバランスで美を描いていた。

 神話の神をかたどった彫刻のような、完璧な美貌。

(人間になれるの!? しかも何この美貌! 造形美が国宝レベルよ!)

 彼はゆっくりと私に歩み寄り、その瞳に熱を宿して私を見つめた。

「あの学者は、面白い玩具だった。だが貴様は違う。貴様は奇跡だ。その魂はこの腐りゆく世界に残された、唯一の真なる宝」

 彼は私の目の前で静かに片膝をつくと、その手を取った。

「ロザリア。我と契約しろ。生贄ではない。我が永遠の対話者――永遠の花嫁として」

(えいえんの、はなよめ……? ちょっと待って、求婚されてる? 話の展開が早すぎないかしら!?)

 竜王の言葉に、私の頭は混乱に陥る。

(でも、契約……! これで心置きなく、最高のフィールドワークができる!)

 現金なもので、そう思えば心が落ち着いてきた。彼の近くにいて、長い時に埋もれた知識を教えてもらう。それはどんなに幸せな時間だろう!

 私は彼の真摯な瞳を見つめ返し、頷いた。

「その契約、お受けします。竜王ヴァルフレイド」

 彼は心からの笑みを浮かべたように見えた。最初の摩耗したような様子は、もうどこにもない。

「ヴァルフレイドでいい」

 そう言って立ち上がると、彼は私の額に優しく口づけた。

 その瞬間だった。

 口づけられた場所から温かい光が広がり、世界が白一色に染まる。

 次に目を開けた時、私は息を呑んだ。

 崩れかけの遺跡は跡形もなく消え去っている。私たちは星空が天井から透けて見える、壮麗な宮殿のバルコニーに立っていた。

(え、何が起きたの!? 遺跡はどこへ? この宮殿……中華風? この世界では見たことのない様式だわ。なんて美しいの!)

 思わずきょろきょろと周囲を見渡せば、愛おしそうに笑っている竜王と目が合った。

(まさか、この宮殿を、今一瞬で……創造したっていうの!?)

 彼の力は、私の想像を遥かに超えている。

 ヴァルフレイドは、眼下に広がる禁断の森を見下ろしながら、私の肩を優しく抱き寄せた。

「今日からここが、我とお前の巣だ」

 囲い込むような愛情と、執着が込められた声だった。

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