LOGIN部屋の玄関に入るなり、ウルカの瞳がゆらりと揺れる。蛇の姿をした彼女の大きな黒い瞳が嫉妬により赤みを帯び、薄暗い中で軽く光って見える。『友人同士なら、好きだ何だくらいは言うだろ』と言われても、ウルカにはそんな存在がいないから理解出来ず、納得も不可能だ。 『——好き』 その言葉はあまりに彼女にとって重過ぎて、実の兄にすら贈った事がないというのに。 性には奔放であるべきだとサキュバスの本能が囁きかけるのだが、“魔女の呪い”がそれを上回る。『私には貴方だけなのに、アンタって人は!』と、怒りにも似た感情が沸々と湧きあがり、制御不能になっていく。「ごめんなさい、浩二さん。ワタシ……やっぱり無理です」 蛇の姿のまま、ウルカの体が少しずつ大きくなっていく。「……ウ、ウルカ?」 ギョッとした顔で彼女の変化を、ただ呆然としたまま瀬田が見届ける。 彼が我に返った時にはもう、細身ではあるものの、“大蛇”と形容すべき巨体が玄関の中いっぱいにとぐろを巻き、瀬田の周囲を覆い尽くしていた。「なぁ、正直怖いんだが……」 大人を丸呑み出来るサイズではないものの、これほど立派な蛇など現実にはそうはいない。 身動きも出来ぬまま青白い顔をする瀬田を、真正面からじぃっとウルカが見詰める。赤黒く光る大きな瞳はとても綺麗なのだが、嫉妬に歪むせいで深淵でも覗き込んでいるような薄ら寒さも秘めていて、瀬田の背を冷たい汗が伝った。 なるほど。蛇に睨まれたカエルとは、こういうことか!と瀬田が思った時、赤く長い舌がゆるりと彼の頬を舐めてきた。(まさか、スル気か?……此処で?蛇と?) ……嫌な予感が彼の頭をよぎる。前回此処で、用途外の行為をしたばかりなせいだろう。「おい、待て……まさかお前、蛇の姿のまま……ヤる気なのか?」 「いけませんか?何か問題が?」「問題だらけだろ」「……貴方の“嫁”は“サキュバス”です、色々な姿で襲われるのは当然の事なのだと諦めて下さい。でも、そうですね……寧ろこう考えては?『他の相手では出来ないプレイが出来る子』なのだと」 流石に『そうだな!』と即答する気にはなれないが、ウルカがサキュバスであるおかげで、やっと心から可愛いと思える姿の者と出逢えたのだから『割り切れるか!』と反射的に文句も言えない。 瀬田が返答に困っているのをいい事に、ウルカは舌
自分の好みが人とはちょっとズレていると自覚したのは、俺が中学生くらいの時期だ。 伝える気などは微塵も無かった淡い初恋が小学生の頃で、その頃から外見の好みが一切変わっていない。変わってはいないが、別に俺は子供が好きなロリコンだという訳じゃない。同じ歳くらいの方が話題に困らず話せるので楽しいし、何より法に触れないのだから当然だろう。 見た目さえ幼ければ、実年齢が何歳であろうとも全くかまわない。でもまぁ、性欲のある年ではあって欲しいというのが本心ではあるが。 人からはズレた好みのせいか、残念ながら誰かとの交際経験は今まで一度もない。 彼女のいない期間=年齢という、魔法使い一歩手前の我が身を多少は不憫に思うが、『この子と付き合いたい』『あの人が好きだ』と思える相手と出逢えないのだから仕方がないだろう。 大人っぽいスタイルの女性相手には勃ちすらしないせいで、適当な相手でもいいから一先ず誰かと付き合っておくかと割り切る事も出来ず、仕方なしに『数打ちゃ当たる』を期待して、多くの出逢いを求めて合コンや婚活パーティーへの参加を繰り返す。周囲には理想の女性がいない以上、そうするより他はなかった。 幸い、俺の見た目に釣られてくれる者が多かったので、合コンの類へのお誘いには、昔も今も事欠かない。俺の好みを知っている友人達は、目を付けた相手を俺には絶対に取られない安心感から色々な集まりにも誘ってくれる。ホント、ありがたい事だ。 ◇「——どうしたんだ、ちょっと拗ねてないか?」 公園から家に戻る最中なのだが、俺の首に巻きつくウルカから不穏な空気が漂っている。水谷とのやり取りの後からずっとこんな感じだ。『当然です!何なんですか、さっきの彼は』 チラリと視線をウルカにやると、蛇のくせに頬が膨れている。姿は変われども、彼女は彼女なのだと思うと、爬虫類なのに何故か可愛く思えた。『ワタシの“夫”相手に、「好きだ」とか、あまりにふざけています!嫁の前でアレはないです!ワタシがあの場に居るとは知らなかったとはいえ、許せません』 漫
「俺は……お前が、好きだ。だから、ずっと、一緒に婚活してきた、んだ」 水谷が口にした言葉を聞き、ウルカの口が開きっぱなしになった。驚き、焦り、不安といった様々な負の感情が胸の中に入り混じりつつも、オロオロと視線を瀬田と水谷との間で彷徨わせる。ぽっと出の“押し掛け女房”的自分が、学生時代からの付き合いだという友人相手に勝てるとも思えず、瀬田がどういった返答をするのか怖くなってきた。「そうだったのか、ありがとう」 瀬田は少しだけ驚いた顔をしてはいたが、そうとだけ言って、空を見上げた。 言葉の続きをウルカと水谷の二人が待つが、彼からそれが出てくる気配は無い。そわそわと体を揺らし、二人揃って『で?』と心の中では言っているのだが、言葉には出来ない。(続きは?と訊きたい。でも……聞きたくない) そんな複雑な心境になりつつも、度胸のないウルカは黙ったままでいたが、水谷の方は意を決して「へ、返事は?」と瀬田へ問いかけた。「……返事?返事って、何のだ?」 きょとんとした顔をされ、水谷が困惑する。この流れで『返事は?』と言ったら一つしかないだろう!と。「告白の、返事だよ」「あぁ、俺も好きだよ。じゃないとここまで長い事一緒には行動出来ないしな」「……え?じゃ、じゃあ——」 パッと明るい顔になる水谷とは対照的に、ウルカの顔色が曇る。黒い鱗肌が青味のある黒に近い色に感じられる程、血の気が引いた。『え?え?浩二、さん?ちょ、何を言ってるんですか?』 口を開けたまま、涙目になりつつ、小さな頭で何度もウルカが瀬田の耳元に頭突きをする。小さい体でされても、痛いというよりはちょっとくすぐったいだけだった。「で?お前はこの後どうするんだ?バーベキューに戻るのか?あっちは二人も男が抜けて、人数が足りなくなって困ってるだろ」 ウルカの方へ指をやり、子供をあやすようにチョイチョイと動かしてみせる。彼の穏やかな笑顔に、ウルカの視界が埋め尽くされ、否応なしに彼女の心が喜びに震えてしまう。優先して自分をかまってくれ、『浩二さんはいったい何を考えてるの?』とい
「すまん、待たせたか?」 Tシャツの上にパーカーを羽織っただけのラフな格好で公園のベンチに座る瀬田に声をかけたのは、彼と待ち合わせをした友人の水谷だ。 瀬田の首には黒い蛇に姿を変えたウルカが巻きついているが、上手いこと服に隠れて身を潜めている。たとえ姿が少し見えたとしても、かなり細身のため、『変わったデザインのネックレスだな』くらいにしか思われないだろう。「いや、こっちも寝起きだったから準備に少しかかってな、今さっき来たところだ」「お前が寝坊って、明日は台風でも来るんじゃないのか?……まさか何かあったのか?お前が外で、んなにラフな格好ってのも珍しいし。学生時代以来じゃないか」 髪も一切セットしておらず、前髪が少し目にかかっている。グレーのパーカーにジーンズ、履き潰した感のあるスニーカーという着こなしの瀬田を前にして、水谷はちょっと嬉しそうだ。 ニコニコと笑いながら、水谷が瀬田の隣に腰掛ける。水谷の気持ちはもう、すっかり学生時代に戻っていた。 水谷は瀬田と同じ大学の教育学部の出身で、現在は体育教師をしているが、勤め先の学校は別だ。理系の割には細マッチョタイプの瀬田とは違い、ゴリマッチョ系に入る水谷は、“教師”というよりは“プロレスラー”っぽく見える。硬さのある黒髪は極端に短く、垂れ目の瞳がちょっと可愛い。革製のジャケットを羽織っていてもなお目立つ胸筋は、シャツ越しであってもなかなかの見ものだった。「嫁とすごしていたら朝になっていてな、実はほとんど寝ていないんだ」 座る膝に肘を置き、瀬田があくびをしたせいで少し涙目になった。「ふーん、そっかそっか。……ん?……よめ……——よ、嫁ぇぇ⁉︎」 水谷の笑顔だった表情が、一気に焦りへと変わる。聞いてない!なんだよそれ!と、叫びたい気分だ。「あぁ。結婚したんだよ、俺」 サラッとした報告をされ、水谷の顔色が目に見えて悪くなる。「い
『忘れてただぁ?皆勤賞だったお前が?……じゃあ、具合が悪いとかじゃ、無いんだな?』 電話の奥から聞こえる水谷の声は、口は悪いがとても気遣うような雰囲気で、かなり心配していることが伝わってくる。「あぁ、具合はむしろ良いくらいだから、平気だよ」 そう言って、チラリとウルカの顔を見る。瀬田と目の合った彼女は、『お前のおかげだ』と言われたような気がして、嬉しそうに微笑みを返した。『それならよかった。じゃあ、今日はどうするんだ?途中からでもこっちに来るのか?』 水谷に訊かれ、瀬田が再びカレンダーに視線をやる。そこには週末の予定がビッシリと書かれており、今日の日付には『公園でBBQ』となっている。「すまん、今回は——いや……もう、合コンの類は行くのやめるわ」 “合コン”というワードが聞こえ、ウルカの耳がピクッと動いた。『——え?な、何でだ?待てって、まさかもう、婚活は諦めるのか?あれだけ頑張っていたのに』 動揺していることが電話越しでもわかるほど、水谷の声が震えている。「諦めた訳じゃない。だが——」 そう言ったところで、水谷が瀬田の言葉を遮った。『なら、俺も今日はキャンセルする。今からお前んち行くわ。んで、もう行かないなんて言い出した理由を直接聞かせろ』 「話すのは構わんが、ウチには来るな。お前はそのまま参加してろよ。今回こそ、お前には良い出会いがあるかもしれないだろ?」『お前が居ないと意味がねぇんだよ!』 怒鳴り声が電話越しに聞こえ、二人の肩がビクッと震えた。何を怒っているのかわからず、瀬田が首を傾げる。「……家は困る。外で会おうか。そうだな……ウチの近くにある公園でどうだ?」 ウルカを水谷に会わせることに抵抗があり、瀬田は即座に提案を変えた。『わかった。公園だな?すぐ行く。ちゃんと待ってろよ。絶対に、すぐに飽きて帰るなよ!』 ガタン、バタンと何かにぶつかる音が電話越しに聞こえる。慌て過ぎだなと瀬田は呆れ顔をしながらも、口元だけでちょっと笑って「わかったよ」と答えた。「さて。という訳だ、すまんがちょっと出掛けて来る」 通話の終わったスマートフォンをテーブルに置き、瀬田が椅子から立ち上がった。 外出着に着替える為にクローゼットの方へ移動して行く瀬田の後ろを、ウルカが続く。そわそわとした様子で彼の服の裾を軽く掴むと、小さな声でおそるお
「……美味いな」 「本当ですか?ありがとうございます!」 キッチンスペースにある対面式のカウンターテーブルに並ぶウルカの手料理を口にして、瀬田が驚いた顔をした。“人外”が、それも“悪魔”が作る料理となると、彼が読んだお話の世界ではゲテモノがぐちゃりと盛り付けられているものばかりだったので、見た目がまともだろうとも正直口に入れる瞬間は少し怖かったからだ。人外に会った事などコレが初めての経験だ。比較参照する事例が空想のモノとなるのも、致し方ないだろう。「嬉しいです!お口に合って。好きじゃないならもう死んで詫びようと思っていたので、ホント良かったです」 ウルカがほっと胸を撫で下ろすと、瀬田の箸からボロッとおかずが落ちた。「いやいや、詫び方!ソレはやり過ぎだろ」 「でも、ワタシにはそれくらいしか出来ないので……」 彼の真隣の席に座るウルカがしゅんっと項垂れる。そんな彼女の髪をくしゃりと撫でて、瀬田が優しく微笑んだ。「そんな顔をするな、お前には笑っていて欲しいんだからな」 「……は、はい!」 顔を真っ赤に染め、ウルカが頷く。瀬田の優しい笑顔が深く心に沁みた。(押し掛け女房的行為をしてでも、彼に嫁いできて本当に良かった!) じーんっとウルカが一人感動している隣で、黙々と瀬田が手料理を平らげていく。ウルカはその姿をニコニコと笑いながら見ているだけだったので、「お前は食べないのか?」と瀬田が訊いた。「まぁ、一緒に食べられはしますけど、ワタシは浩二さんの事を喰べられれば、ソレが最高の食事なので」 ウルカはサラッと普通の表情で言ったが、言われた側の瀬田は顔が真っ赤に染まった。「……そ、そうか」 「なので、沢山ご飯を食べて、体力つけて下さいね」 「…………」 ニコニコと微笑むウルカの顔から視線を逸らし、瀬田が食事を再開する。 『喰べるって……“アレ”を、だよなぁ。コイツはサキュバス、なんだし』と考えてしまう。黙々と朝食を咀嚼しながらも彼の顔はまだ赤いままで、カリカリに焼かれたベーコンを頬張りながら、頭の中は卑猥な妄想でいっぱいになっていく。 だがしかし、言った本人は淫猥な妄想を掻き立てる発言をしていた事に全く気が付いていない。そんなウルカが可愛く思え、瀬田は食事を続けながらも小さく笑った。 食事をする瀬田の姿をニコニコ顔で見詰めるウル







