ログイン拝啓。この記録を読んでくれているあなたへ。
この記録を手に取り開いたあなたは、未来のわたしでしょうか。それともシオンくん?
ランディくんやユイリィちゃん、ふたりのお友達の誰かでしょうか?
それとも、もしかして――あなたは、わたしが知らない遠い未来の、知らない誰かだったりするのでしょうか。そんなふうに想像してみると、なんだか胸の奥に風が吹き抜けるみたいな、とても不思議な気持ちになってしまいますね。
こんにちは。もしかしたら、はじめまして。
この記録を読んでくれているあなた。わたしはフリス。《魔女》です。
はい、みなさんきっとよく御存じの、 裾を引きずりそうなぞろりと長い
絵本みたいなおばあちゃんじゃないのは、その……わたし、まだ二十二歳なので。これを書いているときには。
――ああ、でも、もしかしたら、これが読まれているときには、わたしも絵本の魔女みたいなおばあちゃんなのかもしれませんね。もしそうなら、ふくふくしたやさしい感じのおばあちゃんになれてたらいいなぁと思います。
どうでしょうか? 未来のわたし。
すてきなおばあちゃんになれていたら、嬉しいんですけれど。
――あらためて。この記録を読んでくれているあなたへ。そちらは今、何年の何月でしょうか。あなたのお住まいはどちらでしょうか。
わたしの方は、大陸歴八六八年の五月。大陸の東に広がる《
わたしのおうち――今日からは旦那さまとふたりのおうちになる家で、これを書いています。
はい。結婚しました。わたし。奥さんです。花嫁さんです。
昨日、お式を挙げました。ぴかぴかの新婚さんです。えへへ。
そちらの常識で測ってどうであるかは、今のわたしからだとさすがに分かるはずもないのですが――女性の結婚適齢期が十代の後半からといわれる当世の
お相手は、幼なじみの男の子です。
シオン・ウィナザード――といえば、もしかしたらこれを見ているあなたもご存知のお名前かもしれませんね。
《雷光の騎士》、《王権守護者》――
わたしにとってはお師匠さまのところで十歳からいっしょに育った幼なじみで、十三歳でお師匠さまのもとを離れてからもずっとずっといっしょだった、たいせつなたいせつなお友達でした。
ああ、でも、ランディくんが言うには、シオンくんって「ルクテシアの子供だったらみんな名前を知ってる」くらい有名みたいなので……もしあなたがルクテシア育ちのルクテシアっ子の方だったなら、わざわざわたしからこんな話なんてしなくても、シオンくんのことなんてとっくに委細ご承知なのかもしれませんね。
シオンくんは、大鷲の羽根みたいな茶色の髪と、
長く伸びた前髪で左目が隠れていて、それは目のすぐ下についている傷――むかし、わたしとはじめて会うより前に強盗に襲われたときについた傷だそうです――を気にしているせいみたいです。
背が高くてすらっとしていて、何気ないひとつひとつの動作がシャンって鈴を鳴らすみたいにきびきびしていて。あと、とってもやさしい目をしてます。
世の中のたくさんの女性の美的感性と比べてどうなのかはちょっとわかりませんけれど、わたしにとっては誰よりかっこいい、素敵な男性です。
「フリス、何してるんだ? 入るよ」
うひゃあああぁ―――――――――――――――!?
ひゃあ、きゃあ、きゃああ!!
し、しししししシオンくん!? なななななぁに? どしたの!?
「……風呂がくめたからさっきから呼んでたんだけど、ちっとも返事なかったから。ノックしても返事が来ないし、何かぶつぶつ言ってるし――すまない、気になって」
へ? の、ノック、してた?
……あ。ごめん、わたし……気づかなくて。ごめん、ね?
「ううん、いいって。それより、これどうしたんだ? 見たことないやつだけど……フリスの附術工芸品《アーティファクト》?」
ぁ、う。うん……そぅ。
作っ……その、わたし、がね? 作ったの。今日。
「へえ……ああ、ほんとだ。喋ってる内容を
ん……あ、でも、ええと。すごくはない、よ? 基本的な仕組みは、
……その。
けっこん……わたしたち、結婚、した、でしょ?えと、だだ、だから、ね? その、記録……日記みたいなの、残したくて。でも、わたし字が、下手だし。書くのも、だめ……遅い、し。手が痛くなっちゃっ……て。だから、
「だから、こんな風に喋ったことを書いていくようにしたわけだ――ん? 白銀のお城の王子さまや、黄金の砂漠の
きゃああ!? きゃあ、きゃあ、きゃあああ!!
や、っ。も、もう……見ちゃだめ……!
あっ、そんな……もう、もうっ。笑わないでっ、もう……!
「ああいや、悪かった。悪かったよ。ごめん――でも、笑っちゃったのはアレだけど、そうかぁ、って思ってさ。そっかぁ、フリスは俺のこと、こんな風に思っててくれたんだ?」
…………………おかしい?
「いいや、ちっとも。そんな事は。それは確かに……照れくさいんだけどな。でも嬉しいもんだよ、こういうの――あ、そうだ」
……………なに?
「せっかくだし、俺から見たフリスのことも書かせてほしいな、って――――え。なに、そんな泣きそうな顔するなよ。そこまで嫌なのか?」
………………ううん。
いやじゃ、ない。よ? どうぞ……?
「……本当にいい? いいなら、遠慮なくそうさせてもらうけど」
いい、けど……は、は
「は?」
はず……か、しい。
あと、こわい……じゃないんだけど、どきどき……する、の。
「……それは、きっとこの文面を見たときの俺と同じ気持ちだよ。諦めてくれ」
そ、っ……ええ……?
……うぐぅぅ。
「フリスの夫の――って、これ意外と恥ずかしいな――、シオン・ウィナザードです。フリスのやることだし、どうせ周りのことばかりで自分のことは一行も書いていないと思うので、代わりに俺が彼女に関することを書いておきたいと思います。 俺から見た、俺にとっての、彼女の話です。えーと――」 わぁ、わああ。 わわ、わたしが書いたとこ見ないで……読まない、でぇ……「フリスは、冬の空色の髪と、猫みたいな金色の目をしていて、前髪を長く伸ばして目を隠してます。 ――冬の空って、凍ったみたいに白々とした薄い青色をしてるじゃないですか。フリスの髪はああいう感じのうっすらと広がるような青です。夏の暑い時なんかに見てると、涼しげでいいですね」 …………………………。「冒険してる時はそうでもないんですが、前に何年か、俺の都合でトスカに一緒にいてもらったことがあって……その時なんかは女の子らしい靴を履いたり、町の女の子みたいなおしゃれなんかしてて、そういうとこ女の子らしいなって思ってました。 もっときちんと、めいっぱいおしゃれして、それこそ本当に町の女の子らしく着飾ったら――きっと、周りの目を引くきれいな女の子になるんだろうなって。だから、フリスがいつも髪で顔を隠してるの、ちょっとだけもったいないなぁなんて思ってたんですけど」 ひゃっ? え、え?「――ほら。こうやって前髪を上げると、綺麗な顔でしょ? 金色の瞳が太陽石みたいにきらきらしてて、顔は真っ赤になってるけど目はちゃんと俺の方を見てるんです。何か……うん、可愛いなって思います。こういうところ」 し、ししししシオンくん、シオンくん! もう、もうこれくらいで! は、恥ずかしいっ……から……!「ええ? まだいろいろ」 だめっ……! も、ももももう、おわり……っ! あ……あと! そんな、これ、顔っ……絵を残すものじゃないから、ね!? だだだから前髪、ああ上げても意味、ない……ないからね!?「あ――そうか。ああ、ほんとだ、確かにそうだな」 ……おでこ
拝啓。この記録を読んでくれているあなたへ。 この記録を手に取り開いたあなたは、未来のわたしでしょうか。それともシオンくん? ランディくんやユイリィちゃん、ふたりのお友達の誰かでしょうか? それとも、もしかして――あなたは、わたしが知らない遠い未来の、知らない誰かだったりするのでしょうか。そんなふうに想像してみると、なんだか胸の奥に風が吹き抜けるみたいな、とても不思議な気持ちになってしまいますね。 こんにちは。もしかしたら、はじめまして。 この記録を読んでくれているあなた。 わたしはフリス。《魔女》です。 はい、みなさんきっとよく御存じの、あの魔女です。 裾を引きずりそうなぞろりと長い長衣に三角帽子。ぐねぐね曲がった杖を持っていて、おおきなお鍋で魔法のお薬や不思議な道具を作ったりしている――そんな感じで絵本に出てくる、あの魔女です。 絵本みたいなおばあちゃんじゃないのは、その……わたし、まだ二十二歳なので。これを書いているときには。 ――ああ、でも、もしかしたら、これが読まれているときには、わたしも絵本の魔女みたいなおばあちゃんなのかもしれませんね。もしそうなら、ふくふくしたやさしい感じのおばあちゃんになれてたらいいなぁと思います。 どうでしょうか? 未来のわたし。 すてきなおばあちゃんになれていたら、嬉しいんですけれど。 ――あらためて。この記録を読んでくれているあなたへ。 そちらは今、何年の何月でしょうか。あなたのお住まいはどちらでしょうか。 わたしの方は、大陸歴八六八年の五月。大陸の東に広がる《多島海》でいちばん大きなルクテシア島にある、トスカという町でこれを書いています。 わたしのおうち――今日からは旦那さまとふたりのおうちになる家で、これを書いています。 はい。結婚しました。わたし。奥さんです。花嫁さんです。 昨日、お式を挙げました。ぴかぴかの新婚さんです。えへへ。 そちらの常識で測ってどうであるかは、今のわたしからだとさすがに分かるはずもないのですが――女性の結婚適齢期が十代の後半からといわれる当世のこの国だと、これは特別結婚の早い方ではありません。遅いほうでもないはずなので、たぶん普通くらいです。 お相手は、幼なじみの男の子です。
わたしことフリス・ホーエンペルタの結婚は、二十二の春でした。 お相手――旦那さまは、幼なじみの男の子です。 本当のところ、十歳からのつきあいを――それ以来、ずっと一緒だったとはいえ――『幼なじみ』と呼んでいいのかと問われると、ちょっと返答に困ってしまうのですが。とにかくわたしと彼の間では、そういうことになっています。 彼。 旦那さま。 シオンくん――シオン・ウィナザード。わたしの幼なじみで、旦那さまになるひと。わたしという『魔女』の運命。 式を挙げたのはトスカというちいさな町の、由緒と歴史ある聖堂でした。 天なる主神ライオスとその妻、地なる女神ウルリカの夫婦神を奉る、この国ではもっとも一般的な形式の聖堂。それは、この地において夫婦の婚姻を祝福するための聖堂でもありました。 まっしろな花嫁さんのドレスを着て、すてきな礼装のシオンくんとふたりで並んで。 祭壇の前で目を伏せ、頭を垂れて。この町の、わたしにとっても顔なじみの司祭さま夫婦が唱える、祝福の祝詞に耳を澄ましていました。「――これを以て、新しきふたりの婚姻は天と創造の主神ライオスの定めし法のもと、大地と夜明けの女神ウルリカの祝福が与えられるでしょう」 祝詞が終わり、あとは婚礼の誓いのことば。 聖堂の神さまの前で、愛を誓うことばを捧げるのを残すのみです。どきどきと激しく跳ねる心臓の音を体の奥に聞きながら、わたしは息を呑む心地でそのいちばん大切な瞬間を待っていました。「汝、新しき妻フリス――今日これより妻として夫を支え、夫を慈しみ、やがてその眠りに安らかなる《死と安息の女神》の帳が降るその日まで、終生これを愛することを誓いますか」「ひゃ……いっ! 誓いまきゅ」 …………………………。 噛みました。 はい。噛みました。 噛みました! 舌を! あまりの痛みといたたまれなさに、両手で口を押えてぷるぷる震えるしかできないわたしでした。 聖堂へ集まってくださった列席者のみなさまの間が戸惑いはじめたのが、背中越しにぴりぴり伝わってきます。 あと――どなたかわたしの状況を正しく察した方がいたようで、クスっと笑いを零すのが聞こえたりもしました。消えてしまいたくなりました。 いたまれない空気が、ざくざくと背中







