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愛の記録、感情の核心

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-08-20 10:28:59

塔の内部は、外見よりもはるかに広かった。螺旋階段の両側には無数の肖像画が掛けられており、それらすべてがリリスとゼルの過去を物語っていた。

初めて出会った日の絵、手を繋いで歩く姿、笑い合う二人、抱き合う姿——幸せな時間の記録が延々と続いている。

「これは……」

カインが絵の一つを見つめる。そこには、花畑でくつろぐリリスの姿があった。今の彼女とは違う、無邪気で屈託のない笑顔を浮かべている。

「僕が描いたんだ」

ゼルが振り返る。

「リリスの笑顔を忘れたくなくて、毎日のように描いていた」

階段を上がるにつれ、絵の内容も変化していく。幸せな日々から、少しずつ影が差し始める。リリスの表情が硬くなり、ゼルとの距離も微妙に離れていく。

「この頃から……変わり始めたのね」

リリスが一枚の絵の前で立ち止まる。そこには、玉座に座る黒契王としての彼女が描かれていた。冷酷で威圧的な表情。かつての恋人を見つめるゼルの目には、困惑と悲しみが宿っている。

「君が黒契王になってから、僕たちの関係は変わった」

ゼルの声が沈む。

「力を求めるあまり、君は愛よりも支配を選んだ」

「それは……」

リリスが言いかけて、言葉を飲み込む。確かに、権力を手にしてから彼女は変わった。愛情よりも恐怖で相手を支配するようになり、ゼルとの関係も主従に変質していった。

「でも、僕は君を愛し続けた。最後まで」

ゼルが最上階への扉に手をかける。

「この先に、すべての記録がある。僕たちの愛の始まりから終わりまで」

扉が開かれると、そこは円形の大きな部屋だった。壁には無数の魔法の鏡が埋め込まれており、それぞれに異なる記憶が映し出されている。

そして部屋の中央には、美しく光る核が浮いていた。感情の核——それは見る者の心を揺さぶる、複雑な色合いを放っている。

「さあ、始めよう」

ゼルが部屋の中央に立つ。

「この鏡たちが、僕たちの過去をすべて映し出す。そして君たちに問うだろう——本当の愛とは何かを」

鏡の一つが明るく光り、映像が現れた。それは、リリスとゼルが初めて出会った日の記憶。

若い魔術師だったゼルが、魔女として孤立していたリリスに声をかける場面。

「君は一人じゃない」

鏡の中のゼルが、涙を流すリリスに優しく語りかける。

「僕が君のそばにいる」

その優しさに、リリスは初めて心を開いた。愛することの喜びを、彼が教えてくれたのだ。

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