LOGINそうだ。ずっとボクは、その境界とやらを超えてしまったら、智也くんに何かあるんじゃないかと勝手に心配していた。
違う──。 存在が消えてしまう可能性が高いのは智也くんじゃなくてきっとボクだ…。 幽霊なんていう元々曖昧な存在なんだ。生きている人間なんかよりずっと脆い存在だ…。 でもボクは、智也くんの魂に溶けて混ざって消えてしまっても、悔いは無いかもしれない。 きっとボクは智也くんの心に残る。 それは智也くんの心の中で生き続けるということだ。 それって、死んだ人間にとっては最高なことなんじゃないだろうか──。 そう思うと、不思議と少しだけ心が晴れた。 「トラ、こんなの感覚だけの話だ。何が正しいかなんてわからない。だろ「う〜ん、いい匂い。…これは、きっと生姜焼きだな」 「え、すごい智也くん!3日連続で当たりだ!ワンコ級の鼻の持ち主だね!ド猫ちゃんなのに」 「犬ほどじゃねぇけど、猫も鼻がいいらしいぜ」 「そうなんだ!じゃぁ、『虎』はどうだろうね?」 「野生の猫科なんだから、相当いいだろうな。でもトラはワンコ系だよな。あー、でもすぐプイッとするところは猫系か!ふははっ」 「ふふふ、ボクたちの会話こんなのばっかだ」 「まぁ、後でふか〜〜いコミュニケーションとるからいいんじゃねぇの?」 「え?あーー!智也くんのエッチ!」 「トラ、ニヤついてんなよ!」 「に、ニヤついてなんかないよ!ほら、ご飯早く食べてお風呂お風呂!」 「急に急かすのな!」 「そんなことないしぃ〜」 ボクは口を尖らせ明後日の方を見た。 「お、そう言えば今日の影山くん、目の下にすごいクマ作って来てたぜ。影山くんの方こそ身体大事にしろよって言ってやったよ!」 「やっぱり涼《すず》くんが原因かね…。あの子生力吸い取っちゃいそうだよね」 「それも勿論あるらしいけど、昨日はBLマンガ読んで寝るの遅くなったらしい!」 「そうなんだ…、てっきり…」 「それでな、影山くんお勧めのBLマンガ借りたんだ。Dom/Subっていう設定があるらしい」 「ドムサブ?SとMみたいな?」 「まぁ、そうなんだけど、趣味や趣向じゃなくて、生まれながらにして持ってる第二の性らしい」 「何だか面白いね」 「その中に、コマンドっていう命令用語があるんだが…例えば『Kneel』」 ボクは犬のように座って見せた。 「あ!こら!トラがSubになってどうすんだよ!」 「智也、他にはどんな?」 「ど、どんなって…」 「ほら、言ってごらん、智也」 「え、あ…『Strip』」 「ちゃんと言えたね、智也、いい子」 ボクは言う通りにシャツのボタンに手をかけゆっくりとはずしだした。
お昼ご飯は、やっぱりボクが作り置きした物を食べることが多い。一つだけボクが納得いかないのは、智也くんはホワイトシチューをご飯に掛けて食べることだ。 ボクは別々派で、ボクが支度する時は絶対ご飯とは別の器で出すけれど、智也くんはカレー方式でご飯にぶっ掛けて食べる。 インスタントで済ます時も。でもたまに、昼ご飯兼夕ご飯を作ってくれる時がある。男メシって感じの智也くんらしいのがまた良かったりする。 智也くんのいない時間は記憶がない時や空虚な時間が多い。寝ているようなものなのかもしれないとも思っている。 そんな時、誰かに名前を呼ばれた気がする時がある。よく分からないけれど生きていた時の記憶が過ぎっているのかと思う。 昼間智也くんに着いて外へ行こうかと思う時もあるけれど、それは怖くてまだ試したことがない。万が一蒸発でもするように消えてしまったらと思うと怖い。 日が沈み始める頃になると、一人でいても意識がはっきりしてくる。今日の夕飯は何にしようなんて、急にソワソワしてくる。智也くんが帰ってくるのがとにかく嬉しい。 日が沈むと、掃除を簡単に済ませ、お風呂も準備する。そして、夕飯の支度を始める。食べ物は、智也くんが作られていく大切な物だ。 ボクは生きていた頃、ご飯は買ってしまうことが多くて、自炊は簡単な物しかしなかった。 今はネットを駆使して、色んなメニューに挑戦している。簡単、経済的、美味しいがポイントだ。 今日の夕飯は豚のしょうが焼きとワカメと豆腐の味噌汁にサラダだ。 大抵作ってる途中で智也くんが帰ってくる。 あ、ほら! 共用廊下を歩く音がして、鍵を開ける音がする。そしてガチャリとドアが開く。 「ただいま、トラ」 玄関前にスタンバイしていたボクは笑顔の智也くんに
ボクの1日の始まりは、この智也くんとの愛の巣であるボロアパートに朝日が差し込み、それと同時に智也くんの隣から見えない存在になるところからスタートする。 大抵はこの小さなベッドで、185cmもある大きなボクが178cmある智也くんを腕枕し、智也くんは半分ボクに乗り上げて寝ている。ぎゅう詰めのシングルベッドにはボクたちの幸せが詰め込まれている。 ボクは智也くんと朝を迎えることなく、すうっと霧のように消えてしまう。 智也くんは眠りが深いタイプで、この時ボクが消えたことで起きてしまうようなことは少ない。 でも、大抵ボクを探すように、智也くんの左手がベッドの上を往復する。 少しの間智也くんの寝顔を堪能する。キスなんてしてもみるけれど、残念ながら通過してしまって触れる感覚はしない。ボクが何処を触れようと、空気のように智也くんは気付かないし、ボクも感じられない。 この辺りで1回意識が途切れ、自分の存在が無になる時がある。これは昼間にはよくあることで、気付いたら数時間経っている時もある。 だから、智也くんが支度をして仕事へ出掛けるのを見送れる日と見送れない日がある。 智也くんは起きると、見えないボクに「おはよう」を言ってくれる。いや、それ以外もずっとボクに話し掛けるように話している。 大抵昨晩の夕飯の残りを食べて出掛ける。 休みの日なら、夜中にボクに抱き潰されてそのまま遅い朝を迎える。 マンガを読んだり、ゲームをしたり、時々体がなまると言ってランニングに出掛けたりもする。そして筋トレは、ほとんど毎日短時間だったとしてもやっている。 そして驚くことに、ボクがあんなに抱いてるというのに、ひとりエッチを始める時がある。 「トラ、こっち見んなよ!」なんて言いながら、どう考えてもボクに見せてくれている。 1人で気持ち良くなってるカワイイ智也くんもボクは大好きだ。最後は
*** 帰りは来た道とは逆の本堂を横切り、表門へ歩いた。 夜のお寺はやっぱりちょっと怖く、気味悪く感じた。しかし、ついさっきまで本物の幽霊と会っていたと思うと何が怖くて、何が不気味なのかという気もしてくる…。 何より、自分自身が幽霊なのを棚に上げ過ぎているのだから、少し笑えてもくる。 「なんだか随分あてられちゃったね。それにしても、涼くん綺麗だったな。なのに、影山さんの前だと可愛くなっちゃって!」 「確かに可愛かったな。性格はなかなかだけどな。…オレもあんくらい可愛かったら良かったよな?」 チラッとボクを見た。 「今のままの智也くんがボクはいいけど。それに、ボクの腕の中では充分可愛いよ」 「…お、そっか、ならいいか」 「あ、照れちゃってカワイ♡」 「素で言われるとな」 智也くんはふふっと笑うと、真面目な顔になった。 「…なぁトラ、会って良かったよな」 「うん、会って良かったよ」 「トラがずっと気にしてる『曖昧な境界』ってヤツはさ、オレたちに当てはまるとも思えないぜ。あの子はさ、影山くんが早く死ぬことさえ望んでる。でもトラは違うだろ。たぶん、それぞれの形があるんじゃないのか」 「そうかもしれないね。…でも、影山さんも涼くんが消えないように守ると言っていたけれど、幽霊の方が存在が脆いのは確かだと思うよ。涼くんはきっと影山さんと魂としてただ一つになりたいのだと思う。でもね、ボクは、智也くんとずっと一緒にいたい。隣で笑っていたい」 「…トラ…。そうすればいい、オレたちは」
そうだ。ずっとボクは、その境界とやらを超えてしまったら、智也くんに何かあるんじゃないかと勝手に心配していた。 違う──。 存在が消えてしまう可能性が高いのは智也くんじゃなくてきっとボクだ…。 幽霊なんていう元々曖昧な存在なんだ。生きている人間なんかよりずっと脆い存在だ…。 でもボクは、智也くんの魂に溶けて混ざって消えてしまっても、悔いは無いかもしれない。 きっとボクは智也くんの心に残る。 それは智也くんの心の中で生き続けるということだ。 それって、死んだ人間にとっては最高なことなんじゃないだろうか──。 そう思うと、不思議と少しだけ心が晴れた。 「トラ、こんなの感覚だけの話だ。何が正しいかなんてわからない。だろ、トラ!」 「……ボクは、智也くんとならいいよ…」 「バカトラ!そこはアイツくらい執着しろ!」 スパンと頭を叩かれた。 「ふはっ!頭はたかれてる〜!…アタシはね、幽霊なら幽霊同士、魂なら魂同士、同じ者として交わりたい。今のこのすっかり幽霊になってしまったアタシが、生きた肉体を持った尚紀に抱かれても、昔々肉体のあった頃に抱かれた時に感じたのとは違う。きっと尚紀だって違うはず。アンタみたいに、まだ人間に近ければ、そんな虚しさが過《よ》ぎることはないのかもね…」 ボクはなんて言っていいかわからなかった。涼くんの長かった時間を考えたら、慰めの言葉なんてどれも陳腐だと思った。 「ねぇ、そんなこと話してたら、なーくん欲しくなっちゃったよん」 そう言って影山さんのシャツのボタンを上
「ここまでちゃんと、見えたり認識出来るとは思ってなかったよ」 「人間とお付き合いしてる幽霊がボクだけじゃないのも、少しほっとします」 「アタシはアンタたちなんてどうでもよかった。なーくんしか興味ないから。ね、なーくん、早くアタシと同じ世界に来て欲しいなぁ」 「それはいつも言ってるけれど、数十年待って欲しい」 影山さんは困ったように伝えた。 「あの、涼さん、影山さんに早く死んで欲しいんですか?」 ボクは堪らず聞いてみた。 「そりぁそう。こんな中途半端から解放される。いつでもずっと一緒よ?天国なら全て叶う。ただ魂を重ねて一つにだってなれる」 「そ、それは本当に影山さんのこと好きなんですか?ボクは智也くんが自然に一生を終えるのを待ちますよ」 「…フンッ。そんなの綺麗ごとだわ。アタシがどれだけ彼と出逢えることを待ち望んでいたかも知らないくせに…。殺したいくらい愛しているわ」 一瞬背筋がゾクッとした。 「涼、その気持ちは嬉しいよ。僕が死ぬまで、君が消えてしまわないように守るからね」 「それって『境界が曖昧になる』と関係あんのか?」 ボクが言おうとしたことを、先に智也くんが切り込んで聞いた。 「僕たちも全てを理解してる訳ではないです。でも、涼と僕の魂が一つになろうとしてしまう感覚があるんです。たぶん、それを全て受け入れてしまったら、幽霊である涼の存在は消えてしまう…。それだけはしないと、心の中で境界を意識しています」 「じゃぁ、本当にその境界があるかはわからないってことだよな?







