Mag-log inボクと智也くんはこの前影山さんが「幽霊の彼氏がいる」と打ち明けられた流れで、影山さん宅に招かれたのだった。 寺の裏に家があるとLINEに書いてあったが、こんなに立派な大きなお寺だとは思っていなかった。 「西口さんが入ってきた門は、墓参り用の近道の裏口なんですよ…。それとは反対に本堂に近い表門があるもので…」 「探しに来てもらって良かったわ!遭難するとこだった!はっはっはっ」 「智也くん遭難とかオーバーだなぁ」 ボクは一応智也くんだけに聞こえるように、小声にした。 「…影山くん霊感強いのに、こんな墓地とか通ったら見えて大変なんじゃないの?」 「この前も話しましたが、ボク基本、霊感オフってるんで、大抵は大丈夫です」 「へぇ〜、器用なもんだな」 そんな雑談をしながら、本堂の裏にある大きな一軒家に着いた。 「本堂でも余裕で暮らせるくらいデカイのに、ちゃんと家があるんだな」 「本堂続きの建物はこちらで修行中の僧の方達や、修行体験される方向けに泊まれる部屋になっているんです。父母も結局そちらで寝泊まりすることが多いんですけどね」 「え、そしたらこんなデカイ別宅に一人で…いや、彼氏と住んでるのか!?」 「結局ほとんど自分の部屋で過ごしますけどね」 「影山くん、すげぇお坊っちゃんだった!」 広い玄関から廊下が繋がり、何部屋もありそうだった。影山さんの部屋は2階にあり、幾つか部屋の前を通った1番奥の部屋だった。リフォームが施されているのか、思ったよりも洋風な家だった。 影山さんの後について部屋に入った。 「影山くん、これ君の部屋なの!?広くない?キッチンあるし!」 ボクも驚いた。ざっと見たところ、一般の家庭より広いLDKだった。そこに仕切りのない部屋が見え、大きなベッドが置いてあるようだった。 「この家随分前は2世帯だったんです。ここで完結出来るようにキッチンも風呂もあるんです」 「いやいや、飛んだお坊ちゃまだぜ」 「智也くんとボクの部屋の何倍あるんだろうね?」 すると、何処か冷えた、そんな空気がすぅっと漂った気がした。
「…智也くん、怖いぃ〜!」 ボクは腰が引けた状態で、智也くんの腰にしがみ付き、震えながら何とか一歩一歩歩いていた。 「これきっと入口間違えたな」 いつも男らしい智也くんも周りをキョロキョロしながら不安そうに歩いているのが分かった。 すっかり日が暮れ、細い三日月の光を頼りにボクたちは広い墓地の中を歩いていた。 「1回戻ろ!建物までまだ半分くらいあるよ」 「半分まで来てたら、もう先に進んでも一緒だろ」 「墓地なんて、幽霊出なきゃ、おかしいくらいでしょ!?やだぁ〜」 「でも、今んとこ、幽霊はお前しかいないぞ?」 「そういうことじゃないですっ!」 ボクは涙目で辺りを見回した。 沢山の墓石が並び、春の生暖かい風に揺れる木々の影が、地面に不気味に揺れている。 「もう絶対何かいるよーっ」 「いたとしてもオマエの仲間だろ」 「仲間じゃないよっっ!!」 声を荒らげた瞬間だった── ガサッ! すぐ近くの茂みが揺れた。 「ひえっっ!!」 ボクは反射的に智也くんにしがみついた。 「…今のはちょっとビビるな」 「ほらぁ!!やっぱり何かいるんだってぇーっ!」 心臓がバクバクしているのが分かる。 その時だった。 「…誰かいます?」 後ろから、低く落ち着いた声がした。 声がした方を振り返ると、少し離れたところに、懐中電灯の光をこちらに向けた、背の高い男性が立っていた。 「ちょっ、ちょっと道間違えたみたいで…」 「少し遅いと思って、見にきたんです」 「ああ!影山くんか!」 「はい、影山です。入口間違える人多いんで…」 安堵し、気が緩んだ瞬間、背中にゾクッとする感覚が走った。 焦って振り返ったが、誰もいなかった──。 ただ、"視線"だけがそこにあった。 背中に冷たい物が這うようだった。 ボクはその異様さに息を飲み、智也くんの背中に張り付くように隠れた。 「影山くんち、こんな大きな寺だったんだな。そりゃ祓える人知ってるわな」 「すみません、ちょっと道案内も説明不足でしたね」 影山さんの後を着いて歩いた。玉砂利の音が智也くんと影山さんの分だけザッザッと響いた。
*** すっかり、深夜を回っていた。 電気ポットのお湯の沸くアラームが鳴った。 智也くんはポットのお湯を、コーヒーフィルターに入れた挽きたての粉にお湯をゆっくりと含ませていく。 一気にコーヒーの香りが部屋に広がった。 「……いい香りだね…。淹れてくれてありがとう」 「夜中のコーヒーになっちまったな、カフェイン摂って寝る気だ、ふははっ」 「本当なら朝起き抜けに飲めたら良かったよね…。ボクのせいで無理だし…」 「気にすんな。どうせ休日だからな。昼までだって寝てられるさ。ほら、飲んでみ!」 ボクにコーヒーの入ったマグカップを手渡した。 「うん…、いただきます」 智也くんは片手にお揃いのマグカップを持ち、ボクの肩にもたれて座った。 智也くんはコーヒーを一口飲んで力が抜けたみたいだった。 「…ん、美味しい…。こんなのんびりする時間もオレは好き…」 ボクは智也くんの腰に優しく手を回した。 この温もりを離したくないと思った。 「ボクも好き…」 今日あった違和感が何だったのかも分からない。 『曖昧な境界』──その言葉も結局頭のどこかに引っ掛かったままだ…。 でも今は、考えても仕方がないのかもしれない──。 その瞬間、静寂を切り裂く叫び声が響いた! 「うわぁぁっっ!!トラ、虫だっ!!」 「えっ!?ヤダーっ!ボク無理〜〜っっ!!」
*** そのカフェのオリジナルブレンドのコーヒー豆を購入して店を後にした。 街灯の照らされた道を当たり前に手を繋いで歩く。 春先の夜はまだ冷んやりとした空気が漂う。駅前を抜けると、あっという間に人はまばらだった。 さっきの昂りは、身体の芯に残っていて、絡めた指先が智也くんの指先をなぞっていた。 「家に着いたらオレがコーヒー淹れてやるからな」 「うん、豆から挽いて淹れると家でも美味しいよね」 「特にオレが淹れるとな」 智也くんのニコッと笑った得意気な顔は少年みたいで可愛い。 「そうだね、愛も一緒にブレンドされるもんね」 「そ、トラのために美味しい淹れ方覚えたしな」 「ありがと!コーヒー飲んだら、ご褒美エッチしてあげる」 「ご褒美と言うよりも、さっき強制的に止められたからだろー?」 「へへへ、バレてる。でも、智也くんだってそうでしょう?」 くるりと目を向けた。 「まあ、オレはそのつもりだけどね」 そう言って、ボクの手をぎゅっと強く握った。 家に着くと、ドアが閉まるか閉まらないかのうちに、暗い中抱きしめ合い、お互い貪るようにキスをした。 一瞬、智也くんに触れているはずの唇や手の感覚が分からない気がした。 でもボクは気持ちを止めることは出来なかった。 「…はぁっ、トラ、コーヒーまだ飲んでないな」 キスの合間を縫って智也くんが声にした。 「だって、こんなの我慢できないでしょっ…」 智也くんの上着を剥ぎ取るように脱がしながら答えた。 「だなっ」 今度は智也くんがボクを脱がしに掛かった。 キスを交わしたまま、ボクたちはベッドへなだれ込み、お互いを欲しいまま、身体を重ねた──。
「うん、誰も気付いてもないみたい。もう1回だけ…」 ボクはゆっくりとキスをした。 少し上向きで目を瞑った智也くんは、周りから見たら居眠りしてるようにも見えなくもないと思った。 「ボクたちだけの秘密だね、ふふ」 智也くんに抱きつき、耳元で囁いた。 「耳元で囁かれると変な気持ちになりそうだわ…。これトラがしたかった普通のデートとは違うことになってるな?」 「羽を伸ばしすぎたかも」 「トラに羽がついたら天使にでもなりそうだな。デカすぎてイメージと違うけどな」 「デカいって…、デカいボクに押さえつけられるの好きでしょ?」 「お、おう、それはそうだな。あ、おっと!」 智也くんは手に取ったスマートフォンを落としそうになり、そのまま体制を崩し、ボクを乗せソファーに倒れた。ボクは智也くんを上から押さえつけるように倒れ込み、意図せず押さえ込んだ。 「やばいな…。上から押さえつけると、気持ちが昂ってくる…」 智也くんを押さえつける手に力がこもっていく。 「ト、トラ、そんな目で見んなっ…」 「平気だよ。ソファーの背で、誰からも見えない…」 とっくに止まってるはずのボクの心臓が、鼓動を早める。 こんな時だけ、全身の血が身体を一気に巡る気がする。 智也くんは跳ね除けようと腕に力を入れているけれど、それは期待の裏返しに感じる。 ボクはジリジリと身体ごと近づく。 「トラッ…、こんなとこで発情してんなっ!」 そう言うと同時
「そう言えば、影山さん幽霊の彼氏がいるって言ってたね…。きっとボクみたいなことだよね?」 「本当のことを話してるとしたら、そういうことだろうな。こんな近くで、幽霊と付き合ってるゲイが2人いるって相当な確率だよなー」 「ボク、少し話を聞いてみたいかも…」 どうしても『境界が曖昧』という言葉が引っ掛かっている。どういうことなのか、幽霊にも実は色んなタイプがあって、ボクには当てはまらないかもしれないし…。何か共通点があれば、少しでもいい方向に出来るんじゃないかとか、あれから気付くとずっとモヤモヤしている。 「今度彼氏と来いって言ってみるか?それか、オレたちが出向いてもいいよな」 「幽霊の彼がボクみたく外へ出れるのかもわからないしね」 「場合によってはダブルデートもあるな」 「ホームパーティだって出来るかも」 「秘密を共有出来るヤツがいるのは良いかもしれないな。影山くんにLINEしとこ!」 そう言い終わる前にもうLINEを開いていた。 ボクはいい案かもしれないと思いながらも、知らなくて良いこともあるかもしれないなんて過ぎってしまう。 「トラここ座れよ」 ボンポンと膝上を叩いた。 「い、いくらボクが見えないからって、ドキドキしちゃうな」 とか言いつつ、ちゃっかり智也くんの膝上に跨って座り、腕を首に回した。 夜のカフェは人はまばらで、ボクたちのソファー席は目立つような場所ではなかった。 ボクはキョロキョロと見回して口づけした。 「膝の上に座れとは言ったけど、トラちゃん公共の場で大胆だな〜」







