All Chapters of 契約終了、霜村様に手放して欲しい: Chapter 1151 - Chapter 1160

しかしそれではまだ不十分で、相川言成の過ちがまだ大きくなかったため、桐生文子は杏奈を相川言成に近づけさせた。杏奈にまず相川言成を好きにさせ、次にその想いを利用して、相川言成の心を手に入れさせようとしたのだ。桐生文子は、二人の心が通じ合えば、相川言成のような後先考えず奔放な男は、きっと杏奈に手を出さずにはいられなくなると考えていた。しかし、相川言成という男は全く動じず、杏奈に心が靡くことはなかった。桐生文子が杏奈に彼の部屋や、入浴中に出入りするよう差し向けても、若さゆえの衝動に駆られることもなく、全く反応を示さなかった。計画の失敗を覚悟した桐生文子だったが、偶然にも、相川言成が真夜中に杏奈の部屋に出入りしているのを目撃した。彼女はそっと後をつけ、静かにドアを少しだけ開けた。すると、相川言成が杏奈のベッドの傍らに立ち、じっと彼女を見つめた後、突然かがみ込んで、杏奈の唇に軽くキスをした。その直後、まるで自分の行為に自ら驚いたかのように、はっとした表情を浮かべた。まるで、こっそり何かを盗もうとして見つかってしまった泥棒のように。相川言成の初々しい恋心に気づき、桐生文子は計画が半分成功したことを確信した。その後も何度か、相川言成が杏奈が寝ている間にこっそりキスをするのを見た。しかも、キスする時間は回を追うごとに長くなっていったが、あくまで節度を守り、それ以上には進まなかった......桐生文子は相川言成が自滅するのを待っていたが、そんな日が来る前に、相川正義が相川言成の進路のことで相川幸雄と揉めてしまった。相川言成があれだけ評判を落としても、相川正義はまだ後継者にしようとしているとは、桐生文子は予想だにしなかった。相川言成が経済学科に進学し金融について学べば、卒業後に家業を継がせると相川正義が言ったのを聞いて、彼女は焦った。長年かけて画策してきたのは、相川言成を後継者にするためではない。自分の息子を後継者にするためだ。相川言成が権力を握ったら、自分の立場なんて、たちまち地に落ちる。いずれは相川言成に、容赦なく踏みつけられる日が来るかもしれない。もしかしたら、将来、権勢を振るうようになった相川言成は、亡き母親の仇討ちを企てるかもしれない。相川言成が権力を握るのを阻止するため、桐生文子は彼に薬を飲ませ、杏奈に手を出させることを考えた。だが、思いもよ

「こんな昔話って？！」杏奈は急に冷たく笑い出した。「あなたが男たちを差し向けて私にあんな酷いことを......そんなことが些細な事だと言うの？」杏奈の様子を見て、桐生文子も冷ややかな表情になった。「言ったでしょ。あの時は私もどうかしていたの。わざとやったわけじゃないわ」わざとではない？この人は自分を馬鹿にしているのか？杏奈の桐生文子に対する僅かな情も、完全に消え去った。杏奈はゆっくりと振り返り、同じように冷ややかな表情で桐生文子を見下ろした。「あなたは人を殺していないと言ったわね。では、浩二さんはどうやって死んだの？」桐生文子の顔色が曇った。そして、黙って座っている相川拓真を睨みつけた。この馬鹿息子が余計なことをしなければ、杏奈に感づかれることはなかったのに。「彼がどう死んだか、私に分かるはずがないでしょう？」桐生文子は頑なに認めようとしなかったが、杏奈は気にしなかった。「私は必ず真相を突き止める」それを聞いて、桐生文子も演技をやめ、冷たく笑った。「真相が分かったとして、どうするつもりなの？」「分かったら......」杏奈は赤くなった目を細め、窓の外の強い日差しを見つめながら、冷たく言った。「あなたを自分の手で刑務所に送る」桐生文子は杏奈にそんな力があるとは思っていなかったので、好きにさせることにした。「じゃあ、調べてみなさい。できるものならね」佐藤浩二は脳卒中で倒れたのだ。酸素マスクを外したのは桐生文子だが、誰にも見られてはいない。だから、杏奈に調べられるはずがない。桐生文子は、死体が口を開かない限り、杏奈が真相を突き止められるとは思えなかった。杏奈はそれ以上何も言わず、バッグを持って立ち去ろうとしたが、桐生文子に止められた。「杏奈、せっかく戻ってきたんだから、一緒にご飯でも食べよう。少なくとも、私がこれまであなたに良くしてきたのは本心なのよ......」杏奈が自分を憎み、許さないことは分かっていながら、彼女はまだ引き留めようとしていた。どうせこの隙に、過去の悪事を隠蔽しようとしているのだろう。杏奈は留まる気などなく、バッグを握りしめ、目の前に立ちはだかる桐生文子を見据えて言った。「何か他に、私に伝えることがあるの？」桐生文子は腕組みをして、頷いた。「ええ、もちろん」

相川涼介は一筋縄ではいかない男だった。目の前に立ちはだかる桐生文子を片手で突き飛ばした。相川涼介の力は強く、か弱い桐生文子は勢いよく地面に倒れ、大きな音を立てた。桐生文子は痛みに顔を歪め、何とか起き上がろうとしたが、相川涼介の黒い革靴が彼女のワンピースの裾を踏みつけていた。視線を上げると、鬼のような相川涼介の顔が目に飛び込んできた。相川涼介は桐生文子を見下ろしながら、冷たく言った。「今後のことを考えておくんだな。戻ったら、きっちり落とし前をつけてもらう――」そう言うと、相川涼介は杏奈の手を引き、足早に相川家を後にした。地面に倒れたまま、二人の後ろ姿を見送る桐生文子......しばらくして、桐生文子は突然笑い出した。これが、自分が命をかけて守ってきた息子に育て上げた姪か。恩を仇で返すとは、なんてことだ。相川涼介は杏奈を車に乗せ、彼女の顔を見た。その顔は真っ青で、額には冷や汗がにじみ、体はガタガタと震えている。相川涼介は胸が痛んだ。「杏奈、どうしたんだ？」いつも冷静沈着な杏奈が、こんなに取り乱すとは。桐生文子に何かされたのだろうか？相川涼介は杏奈を病院に連れて行こうとしたが、杏奈は震える手でバッグを開け、ICレコーダーを取り出して相川涼介に渡した。「涼介兄さん、お願い。この録音を相川家に送って......」杏奈は桐生文子の悪事を暴き、相川言成の名誉を回復し、汚名を晴らそうとしていた。そして、相川家に、桐生文子が幼い頃から相川言成を排除しようとしていたことを知らしめようとしていた。これだけで、桐生文子は相川家にいられなくなる......桐生文子には自分のやったことに対してのツケを払わせる。そして天から地獄に落としてやる。それから......「彼女が浩二さんを殺したの。証拠を集めて、警察に届けてくれる？」録音の内容を聞いていた相川涼介は、杏奈の言葉に一瞬動きを止め、そして、彼の目に憎しみが宿った。「自分のいとこまで殺すなんて、本当に狂っている......」狂っている......杏奈は窓の外の景色を眺めながら、思った。自分も人を殺した。自分を愛してくれていた人を殺した。自分もまた、同じくらい狂っている......杏奈は自嘲気味に笑った。桐生文子に育てられたのだから、同じように残酷な人間になっても仕方がないのか

相川正義は報道を揉み消そうとしたが、霜村グループの圧力には抗えなかったため、自身は一切関与していないように見せかけ、全ての責任を桐生文子に押し付けた......桐生文子は、一夜にして世間からの非難の対象となった。相川家の人間もこの機に乗じて相川正義に桐生文子を追い出すよう迫った。まだ情が残っていた相川正義は、なかなか決断できずにいたが、警察が桐生文子を逮捕しに来たことで、ようやく事の重大さを理解した。加えて、桐生文子はなんと自分のいとこを殺害していたのだ！連行される時、桐生文子は相川正義の足元に縋り付き、ズボンの裾を掴んで泣き叫んだ。「あなた、助けて、私は殺して何回ない。お願い、助けて......」呆然としたまま、やっと我に返った相川正義は、泣き叫び、顔が歪んだ彼女を見下ろした。優しい仮面の下に、こんなにも残忍な本性が隠されていたとは、信じられない。簡単に手に入るはずだった相続権のために、実の従兄を殺してさらに相川言成までも死に追いやったのだ......ようやく桐生文子の本性を知ったのか、相川正義は何も言わず、ただ腰をかがめて、ズボンの裾を掴む彼女の手をゆっくりと引き剥がすと、警察に彼女を引き渡した。相川正義が自分を助けようとしないのを見て、桐生文子は罵詈雑言を浴びせ始めた。「役立たず！自分の妻すらも守れないんだから、元妻が自殺したのも、息子が死んだのも当然よ！」と、聞くに堪えない暴言を吐き、さらには相川正義の両親までも侮辱し始めた......最後に、桐生文子は杏奈を巻き添えにしようとした。「私だけを逮捕するなんておかしいわ、杏奈も逮捕して！言成を殺したのは彼女よ。なぜ私だけ逮捕して、彼女を捕まえようとしないの！」警察は面倒くさそうに彼女をパトカーに押し込み、ドアを閉め、相川家の前から走り去っていった。そして、桐生文子の騒動は帝都中に知れ渡り、彼女は人々の笑い物となった......ただ、相川家の愛人の話が出ると、必ず長男の相川言成の話になり、人々の嘲笑はため息に変わる。「言成さん、とても腕の良いお医者さんだったのに、あんなに若くして亡くなるとは。本当に残念......」やっと相川言成を非難する声は消え、彼の名誉は取り戻せた。ただ、彼自身は、もう二度と戻ってこないのだが......桐生文子が刑務所に入った後、杏奈は相川言成の

この光景を見た杏奈は、恐怖で体が硬直した。近づくこともできず、慌てて洗面所を飛び出し、階段を駆け上がった。エレベーターに乗る余裕もなく、一心不乱に院長室を目指して走り続けた......院長室に戻って少し休もうとした杏奈だったが、ドアの前に白いスーツを着た相川言成が腕を組んで立っているのを見つけた。杏奈に気づくと、彼は軽く顎を上げた......「杏奈、10年ぶりだけど、相変わらず美しいね......」杏奈は、ついに限界を迎えた。しゃがみ込み、両腕で自分の体を抱きしめると、堰を切ったように涙が溢れ出した......誰が自分を助けてくれるというのだろうか。誰にも助けを求められない杏奈は、自力でこの状況を乗り越えようとした。それは薬を飲むこと、ひたすら薬を飲み続けること、それが彼女の選んだ方法だった......医師である杏奈は、これがPTSDだと考えた。この辛い時期を乗り越えれば、きっと良くなる、相川言成の幻覚も消える、そう信じていた......しかし、杏奈の予想は外れた。時間が経っても、この苦しみから逃れることはできなかった。相川言成は、まるで影のように、どこにいても、何をしていても、付きまとってきた。杏奈は、表面上何事もないかのように仕事をしていたが、実際のところは幻覚の中の相川言成と穏やかに過ごしたり、時には喧嘩をしたりしていた......そんな時、杏奈は考えていた。もしも相川言成が生きていたら、きっとこんな風に、穏やかな日々を過ごしていたのだろう、と。しかし......そんな「もしも」は存在しない。杏奈は、何とか自分をコントロールできていると思っていた。ある夜、ベッドの傍らに相川言成が座り、静かに俯いているのを見るまでは......風呂上がりの杏奈は、それが幻覚であろうと気にせず、彼の前にしゃがみ込み、彼の顔を撫でた。「どうしたの？」相川言成は、杏奈の手に触れられると、ゆっくりと目を開き、彼女を見つめた。「お前は、一ヶ月俺と一緒にいると約束したのに、たった一日しか一緒にいてくれなかった......」杏奈の指は硬直した。何度も涙を流した瞳は、再び涙で滲んだ。相川言成は、杏奈が泣いているのも気にせず、彼女の手首を掴んで抱き寄せ、冷たく尋ねた。「いつ、俺のところに来るんだ？」杏奈は数秒間沈黙した後、相川言