All Chapters of あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した　: Chapter 851 - Chapter 860

スマホは瑛介に奪われ、弥生はどうしても取り返すことができなかった。無理に取り返そうとすれば、彼の傷を悪化させてしまうかもしれないと思うと、強く出ることもできなかった。「罰って何よ。言葉で傷つけたとしても、それと身体の傷とは関係ないでしょ」でも、どんなに言葉を尽くしても、瑛介はまるで聞こえていないかのように無反応だった。まるで、自分を罰することをすでに決めているかのように......その様子に、弥生は観念したように言った。「......じゃあ、罰が必要っていうなら、他の方法もあるよ」「他の方法？」ようやく瑛介が顔を上げ、彼女を見つめた。「じゃあ、どんな罰ならいい？」弥生は真剣に考えてから、口を開いた。「今じゃなくて、あなたの傷が治ってからにして」「その罰が終わったら、君は僕を許してくれる？」「......それはそのときに考える」彼が今日口にした数々の言葉は弥生の心を確かに傷つけていた。瑛介はその答えに少し目を伏せたが、それ以上は何も言わなかった。「じゃあ、スマホ返して。医者に電話して、傷をちゃんと処置してもらわないと」しばらくの沈黙の後、ようやく瑛介はスマホを彼女に渡した。弥生はスマホを受け取りながら、心の中でそっとため息をついた。彼の急な登場と小さな騒動のせいで、由奈を見送りに行くことさえできなかった。でも、浩史が一緒にいてくれるから、きっと大丈夫。電話をかけると、医師はすぐにやって来て、瑛介の傷の処置し直した。傷口を見た医師は、思わず眉をひそめて言った。「この傷、昨日ちゃんと処置したはずですが......どうして悪化してるんですか？いったい何をされたんですか？」だが、当の本人である瑛介は、何食わぬ顔で答えた。「ちょっと、ぶつけただけです」その言葉に、医師は無言になった。「宮崎さん、これは命にかかわるものではありませんが、冗談で済むような傷でもないんですよ。ちゃんと治療しないと後で後悔しますよ」医師の真剣な言葉に、瑛介はさすがに反論できず、最後は静かに「気をつけます」とだけ答えた。医師としては、患者がちゃんと指示に従ってくれるのが一番。そうすれば回復も早いからだ。彼の素直な返答に医師も満足し、そのまま部屋を出ていった。医師が去った後、弥生は瑛介に向かっ

瑛介が「調べてみる」と約束してから、連中たちは素早く動き出した。そして翌日には、弘次の状況に関する最新情報が弥生の元に届いた。弘次自身も負傷しており、友作の行方は不明だという。「行方不明？」その言葉を聞いた弥生の胸に、嫌な予感が走った。かつて弘次の元にいたときも、友作は数日間姿を現さなかった。彼のことを訊ねるとようやく姿を見せたが、そのときにはすでにひどい怪我を負っていた。どのくらい重症だったのか、正確には分からなかった。彼女には彼の服を脱がせて傷の具合を確認することなどできなかったからだ。その後、友作は弥生を逃がし、国外に連れ出してくれた。そしてきっとそのあと、弘次にひどく責められたに違いない。今どうなっているのかも分からない。しかも、弘次も負傷しているとあっては、怒りの矛先が友作に向けられていないとは言い切れない。ここは外国。万が一、もっとひどいことが起きていたら......最悪の可能性が脳裏をよぎり、弥生はいてもたってもいられず立ち上がった。それを見た瑛介が、そっと彼女の手首を取った。「焦らないで」その言葉に、弥生は唇を噛んだ。たしかに、焦ったところで何かできるわけでもない。今の自分に、何ができる？「......じゃあ、どうすればいい？」彼女は瑛介を見つめ、助けを求めるように尋ねた。瑛介は唇を引き結びながら言った。「彼は君を助けた。つまり僕を助けたのと同じだ。だから、僕が彼を助けるよ。必ず見つけ出す」傍らにいた健司も、愛想笑いを浮かべながら頷いた。「そうです、霧島さん。ご安心ください。僕たちも全力で探します」弥生はふたりを見つめたあと、頷いた。「......お願い」だが、それから二日が経っても、友作に関する情報はまったく入ってこなかった。まるでこの世から跡形もなく消えたかのようだった。弥生は食事ものどを通らなくなっていた。この五年間、友作が常に自分のそばにいたことを、次々と思い出してしまう。「霧島さん、黒田さんが迎えに行けと言ってます。何時に退勤されますか？」「霧島さん、黒田さんからのお届け物です。お時間のあるときにお持ちしますね？」「霧島さん、荷物は僕に任せてください。もともと僕の仕事ですし、もし僕が何もせずにいたら、黒田さんに怒られますから」

弥生の丁寧な説明を受けて、子供たちはようやく納得した。弘次おじさんは今、病気になっているけれど、いつかきっと治る。そしてそのときには、また弘次おじさんと会えると信じるようになった。この話を聞いて、ひなのと陽平の表情も明るくなり始めた。ちょうどその頃、瑛介がやって来たので、ふたりは彼のもとへと駆け寄っていった。もちろん、ふたりの彼に対する呼び方は相変わらずで、今でも「寂しい夜おじさん」と呼んでいる。陽平はまだしも、ひなのは相変わらず無邪気に、瑛介に向かって手を差し出し、「抱っこ〜」とせがんだ。瑛介は特に気にする様子もなく、彼女が抱っこを求めてきたのを見て、自然と膝を曲げて屈み込んだ。それを見ていた弥生は、慌てて駆け寄った。「ひなの、おじさんは、まだ怪我が治ってないのよ」この一言で、ひなのはぴたりと動きを止めた。そして、ぽかんと瑛介を見つめたあと、おそるおそる手を引っ込めた。さらに、一歩二歩と後ずさりして、彼に触れないよう距離をとった。その仕草に、瑛介は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに苦笑した。「ほんの少しの怪我だから、大丈夫だよ。それに、彼女みたいに小さな子なら、傷口に影響するようなことはない」それでも、弥生は首を振った。「だめよ。ひなのは元気が良すぎるし、すぐ動き回るから。万が一、足でキックしちゃったらどうするの？」彼の怪我はかなりひどいものだった。ここ数日で多少回復はしてきたものの、もしまた傷口が開いてしまったら、それこそ大変なことになる。弥生の話を聞いたひなのも、ちゃんと理解したようで、もう無理に抱っこをせがむことはなかった。それでも瑛介は本当に大丈夫と言い張っていたが、最終的にはひなのの方から折れて言った。「おじさん、傷が治ってから抱っこしてね」瑛介はその場にしゃがんだまま、なんとも言えない表情を浮かべていたが、最後にはうなずいて言った。「うん。じゃあ数日後に、ぎゅっとしてあげよう」彼にとっては、ふたりの子供たちはまさしく自分の娘と息子なのだ。だからこそ、もっと近づきたい、もっと触れ合いたいと思ってしまう。もちろん、彼らがまだ自分を父親として認識していないのも、名前を変えて呼ばないのも分かっている。でも、ひなのは彼に対してとても懐いている。素直に甘えてくる。それに対して

そんなふうに思うなら......もし「弘次おじさんのほうが好き」と言ってしまったら、きっと......そう考えた瞬間、陽平はきっぱりと言った。「弘次おじさんは、僕たちと一緒にいた時間が、もっと長いから」その言葉を聞いた瑛介は、一瞬、息が詰まった。「でも......」「寂しい夜おじさんは、いつも僕たちの配信を見に来てくれるし、プレゼントもいっぱいくれる」その後半の一言に、沈んでいた瑛介の心が再び持ち上がった。今にも「ダメだ」と言われそうだったのに、予想外の一転がきた。まるで心が火にかけられているような緊張感に包まれた。「だから......どういうことかな？」そう聞いたとき、瑛介は緊張で声を張っていた。まさか自分が、子どもの一言にここまで一喜一憂する日が来るとは思わなかった。彼が自分を選んでくれるか、それとも他の誰かを選ぶか、それがこんなにも気になるなんて。「だから......」陽平は、わざと語尾を伸ばし、瑛介の息が詰まりそうになっている様子を見て少し面白がったように、首を傾げてこう言った。「寂しい夜おじさんと弘次おじさんは、引き分けってこと！」引き分け？瑛介は思わずきょとんとした。「引き分け？」「寂しい夜おじさん、自分が弘次おじさんに負けるって思ってた？」瑛介は薄く唇を引き結び、何も言わなかったが、実のところそう思っていた。何しろ、彼が一緒にいられなかった「数年分の時間」というものがあったのだから。一緒にいる時間というものは、恋の中で最も深く人の心を動かすものだ。そう考えながら、瑛介はふっと微笑んだ。そして手を陽平の頭に置いて、そっと言った。「おじさんはね......陽平くんがそう言ってくれて、すごく嬉しいよ」ちょうどそのとき、弥生がひなのと一緒に服を見終えて出てきたので、二人の会話もそこで終わった。引き分けという結果は今の瑛介にとって十分満足だった。なぜなら、それはもうすぐ弘次を超える存在になれるという兆しだから。これまで何度も配信を見に通っていた過去の自分に、ふと感謝したくなるほどだった。午後になり、弥生のもとに連絡が入った。パスポートなどの手続きがすべて完了し、いつでも帰国できる状態になったという。しかし、友作の消息はまだ得られてい

やはり......この食事は、弥生の予想通りの結末を迎えた。彼らが食事を終え、料理もすっかり冷めてしまっても、結局、瑛介は現れなかった。そして、空港へ向かう時間まで、残り1時間となった。弥生は二人の子供を連れて部屋へ戻った。部屋に入るなり、ひなのがたまらず尋ねた。「ママ、おじさんは？ いつ帰ってくるの？」その問いへの答えは、弥生にとっても、健司が答えた時と変わらなかった。「ママにも分からないの。何をしに行ったのか、教えてくれなかったから、いつ帰ってくるかも分からないの」それを聞いたひなのは、「ああ......」と小さく声をもらし、困ったように眉をひそめた。「じゃあ、ママ......寂しい夜おじさんって、空港に行くまでに戻ってこないのかな？ 今日、会えないってこと？」あまり子供たちに期待させたくなかった弥生は、きっぱりと告げた。「うん、たぶんそうね。寂しい夜さんは、今やらなきゃいけないことがたくさんあるの。ちゃんと終わったら、そのときまた私たちを迎えに帰ってくるわ」そう言えば、子供たちも出発前に会えるかもという期待はせず、次に帰ってきたときに会えるという希望に切り替えることができる。そうすれば、失望は生まれない。案の定、ひなのはすんなり納得し、それ以上は何も聞いてこなかった。1時間後、健司が部屋のドアをノックした。「霧島さん、そろそろ空港へ向けて出発の時間です」この場所から空港までは少し距離があり、渋滞を心配して早めに出ることになっていた。弥生はその声を聞いて返事をした。「お願い」そう言ってスーツケースを持ち上げ、二人の子供に声をかけた。「行くよ」子供たちはそれぞれ自分のスーツケースを引きながら、弥生の後ろに続いた。ドアを開けると、健司がすぐに駆け寄ってきて、彼女のスーツケースを受け取った。それから、子供たちの荷物も代わりに持ってくれた。特に目を引く行動でもないのに、弥生の心はふと、友作のことを思い出していた。あの頃、出かける時に彼が一緒にいてくれると、いつも当たり前のように荷物を全部持ってくれていた......もう何日も経った今でも、彼のことに関する情報は何もない。もうすぐこの場所を離れるというのに、結局、何の知らせも届かなかった。......どうか、無事でい