Share

第1111話

Auteur: 夜月 アヤメ
西也がここまで来てしまった以上、若子としても今さら追い返すわけにはいかなかった。

本当は、彼に会いたくなかったわけじゃない。

ただ、離婚して間もない今、どう接すればいいのか分からないだけ。

ぎこちなさは、きっとお互いに残っている。

もし、あの結婚がなかったら。

ただの友達だったなら、今のような気まずさもなかったかもしれない。

―だから若子は、できるだけ自然に。

過去のことは置いておいて、「友達として」の距離感で接しようと心に決めた。

中に入った二人は、買ってきた野菜や肉、果物をダイニングテーブルに広げた。

「これ、すごい量だね......食べきれないよ」

「大丈夫」

西也は笑いながら言う。

「冷蔵庫に入れておけばいい。ゆっくり食べてくれたら、それでいいから」

若子は小さくうなずいた。

「......西也、最近はどう?」

「俺?元気だよ」

西也は変わらぬ優しい笑みを浮かべる。

「心配しなくていい......今は、俺たち友達だろ?」

「うん、もちろん」

若子も微笑み返す。

「ならよかった。今日は事前に言わずに来てしまってごめん。でも、お前に会えてよかった」

そう言う彼の声には、どこか安堵が滲んでいた。

「いいの。二人とも、私の大切な友達だから。いつでも来ていいよ」

若子がそう言ったとき―

彼女の腕の中で、暁がふいに体を動かした。

もしかして、彼の匂いを感じ取ったのだろうか。

どこか落ち着かないように、じたばたと動く。

「......抱っこ、してもいいかな?」

西也が一歩踏み出し、真っ直ぐ若子を見つめながら聞いた。

「もちろん」

若子は穏やかな声で応じ、暁をそっと彼に渡した。

西也は、丁寧に、優しく暁を抱き上げた。

その腕には、ためらいも戸惑いもない。

ゆっくりと揺らしながら、その小さな体を大切そうに包み込んでいた。

―その姿を見て、若子はふと思い出す。

西也がこの子をどれだけ大切にしてくれていたか。

彼は、修を強く憎んでいる。

けれど、この子に対しては、いつだってまっすぐだった。

人は複雑なものだ。

誰かを完全に「良い」とも「悪い」とも言い切れない。

長く一緒にいれば、きっとぶつかることもある。

完璧な人間なんていない。

若子は思っていた。

西也と一緒に過ごす中で、たしかに彼にはたくさ
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé
Commentaires (4)
goodnovel comment avatar
barairose88
今耐えて読んでいるのは、愉快犯ノラの闇、誘拐事件の真相、そのすべてが解明されるための布石… そう信じています。 花ちゃんは、いくら悪意がなくても、従兄妹関係の秘匿を願ったり、今回西也を連れてきたりと、独りよがりの行動が多い子です。 これで若子、また腹黒い西也の演技に絆されることのなきように! そして修、確かに描写不足…物足りないですよね…。 でも最近の修は、何だか少し吹っ切っれたような感じがします。  自分の思いに、他に惑わされることなく、誠実に向き合って欲しいです。
goodnovel comment avatar
hayelow488
修の描写が少なすぎませんか? 彼の気持ちや考えをもっと具体的に表したほうがよいと思います。 彼が何を考えてるか分からないので、次々エピソードを盛り込まれても、気持ちがついて行かないし、おもしろくないんです。
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
そろそろ進展してくれないと ただ話数増やす為にダラダラ書いてるとしか 思えない 花もわざわざ西也に 若子に会いに行くとか言うなよ このまま西也が若子たち拉致監禁したら 共犯だからな
VOIR TOUS LES COMMENTAIRES

Latest chapter

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1115話

    ノラは少し考えてから、うなずいた。「そうですね、母さんって、ほんとに頑固なんです。何度も僕が父さんのことを聞いても、絶対に教えてくれなくて......まるで、その人をかばってるみたいでした。僕が大きくなってから探しに行かないようにって、そう思ってたのかもしれません。だから今でも、父さんが誰なのか知らないんです」肘をテーブルにつき、両手で頬を支えながら、ノラはぽつりとため息をついた。「......父さん、まだ生きてるんでしょうか」その言葉に、曜はすぐに反応した。「もし生きてたとしたら―もし君が、いつかその人が誰なのか知ったら、どうする?その人のこと、憎んでるかい?」「それは......僕にもわかりません」ノラの目には迷いが浮かんでいた。「昔は、本当に憎んでました。夜寝られないときなんか、いつも思ってたんです。もし会えたら、絶対に怒鳴ってやるって。殴ってやるって。でも......でも時々、ふと思うんです。もしその人が、僕の存在を知らなかっただけだったらって。もし、悪い人じゃなかったら......って。父親の愛情って、どんなものなんだろうって、僕も感じてみたいんです。だから、自分の気持ちが本当にわからなくて、すごく揺れてます」曜の胸は、言葉のたびに締め付けられるように痛んだ。―いま、この子に真実を話したい。自分が父親なんだって、伝えたい。それでも、喉まで出かかった言葉をどうしても口にできなかった。「桜井くん」そう呼びかけると、ノラは顔を上げた。目には涙がにじんでいた。「桜井くん......」曜は優しく続けた。「もし君がよかったら......俺のことを、父親だと思ってくれないか?」ノラは一瞬、耳を疑ったように目を見開いた。「藤沢おじさん、今の......本気で言ってますか?」「もちろん本気だよ」曜はすぐにノラの手を握りしめた。「俺にも子どもがいるからね、父親って、どれだけ大事な存在か知ってるつもりだ。君と初めて会ったときから、なんだか他人とは思えなかったんだ。もし君さえよければ......俺を『父さん』だと思ってくれないか?形だけでもいい、俺に君の『義父』をやらせてくれないか?」曜の感情が高ぶっているのを見て、ノラはきょとんとした表情を浮かべた。「藤沢おじさん......本気で言って

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1114話

    「藤沢おじさん!それはいくらなんでも悪いですよ。お金持ちだからって、そんなに気を遣われたら、なんだか僕が得してるみたいで......」 「気にしなくていい。得なんて思ってないよ。君は時間を割いてくれてる。それだけで十分なんだから、さ、座って」 ノラはリュックを隣の椅子に置いて、曜の隣に腰を下ろした。 曜の視線が彼に向けられたとき、その目に浮かぶ感情の複雑さにノラはすぐ気づいた。いろんな想いが絡み合ったような、深く重たいまなざしだった。 「おじさん、どうかしたんですか?何かあった?」 「いや......」曜はぎこちなく笑った。「ただ、君はいい子だなって。おじさん、すごく好きだよ、君のこと」 「そうなんですか?へへ......そんなふうに言ってもらえるの、久しぶりです。母さんが亡くなってから、こんなふうに優しくされたこと、なかったから」 その一言が曜の胸にぐさりと刺さった。 ノラ―そう、まさに彼の息子だ。心の奥底からこみあげてくる罪悪感に、曜は耐えられなかった。 「桜井くん、お母さんのこと、教えてくれないか?」 「えっ、うちの母さんのことを?」 「うん。君みたいな素敵な子を育てた女性が、どんな人だったのか、知りたくてね」 母の話題が出た瞬間、ノラの瞳がかすかに陰った。 「覚えてるのは十歳までですけど、母さんはすごく綺麗で、強い人でした。僕を育てるために、ずっと働きづめで」 「......ということは、生活はあまり楽じゃなかったんだね?」 曜は戸惑った。あのとき、ちゃんと金銭的支援をしていたはずだった―別れ際に手渡したあの小切手。里枝はそれを使っていなかったのか? 「僕たちは小さな町で暮らしてました。母さん、ずっとお金に余裕がなかったけど、それでも僕にはいつもちゃんとしたご飯と服を用意してくれた。少しも苦労させないようにって。でも、きっと無理してたんだと思う。僕の世話が大変で、それで体を壊しちゃって......もし僕がいなければ、母さんは死ななくてすんだのかもって、時々考えるんです」 その言葉を聞いて、曜の胸は締めつけられるように痛んだ。 心臓が暴れるみたいに、ドクンと強く鳴った。 どうしてこんなことに?......まさか、あのとき渡したお金、使わなかったのか? それに、彼女には家も一軒買って

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1113話

    二日後、曜のもとに、ついに検査結果が届いた。DNA鑑定の結果―桜井ノラは、彼の実の息子だった。その一文を見た瞬間、曜の足元から力が抜けた。椅子に崩れるように腰を下ろし、病院のロビーで呆然と座り込む。視界が揺れ、頭がぐらりと揺れた。額に手を当てて、背もたれに寄りかかる。まさか、本当に......あの子が、自分の息子だったなんて。里枝との間に生まれた、十九年前の子ども。よりによって、こんな形で再会するなんて―まったく想像してなかった。もし彼女が自分に妊娠のことを伝えてくれていたら、あの時はちょっと態度が悪かったかもしれない。でも、無理にでも言ってくれていたら、自分は絶対に知っていたはずだ。知らなければ逃げようもないし、放っておくような人間じゃないつもりだった。でも、あの頃の里枝の頑固な性格を思えば......きっと最後まで言わなかったんだろう。結果、自分は無責任なクズみたいに見えてる。いや、違う。そうじゃない。たしかに、クズだ。自分で蒔いた種なんだ。曜の胸の中はぐちゃぐちゃだった。でも、どう考えても、自分の責任だとしか言いようがない。どうすればいいんだろう。このこと、ノラに伝えるべきか?自分が父親だって......あの子が知ったら、受け止められるだろうか?それとも―長年放置されてたって、そう思われて、恨まれるだろうか?震える手で、曜はスマホを取り出した。連絡帳から、桜井ノラの名前を探し出す。電話をかけようとした。会って話をしたかった。けれど、鑑定結果を見つめたまま、どうしても発信ボタンを押すことができなかった。この事実をどう受け止めるか、まずは自分の中で整理しなきゃならない。ノラが自分の息子なら、放っておくなんてできない。会わなきゃいけない。それは決まってる。でも、どうやって会うか。どんな形で関係を築くか。いつ、どうやって伝えるか―そこは慎重にしなきゃならない。まさか突然、「俺が君の父親だ」なんて言うわけにはいかない。......まずは、少しずつ接していこう。十分以上も悩んだ末に、曜はついにノラの番号へ電話をかけた。二十秒ほどの沈黙のあと、電話の向こうがつながった。「もしもし、藤沢おじさん?」「桜井くん、今ちょっと忙しいかな?」「今は研究室にいるんだけど、なにかありました?」

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1112話

    若子は西也の方をじっと見つめた。なんだか少し痩せた気がする。視線に気づいたのか、西也がふと振り返って言った。「若子、そこで突っ立ってないで、こっち来てちょっと座れよ」その柔らかい口調を聞いて、若子の頭に二人が初めて出会った頃のことが浮かんだ。彼は本当に変わったんだろうか。あの頃みたいな彼に戻ったんだろうか。離婚して良かったのは、彼のほうかもしれない。一緒に座っていても、なんとなく気まずい空気。若子は少し笑って言った。「西也、ちょっとの間でいいから、子ども見ててくれる?私、台所で花の手伝いしてくる」そう言って、キッチンへ向かう。「花、手伝うよ」「どうしたの?お兄ちゃんと話してこないの?」花が若子の顔を覗き込むように聞いた。若子は肩をすくめて微笑む。「話すようなこともないし......離婚したばっかりだし、なんか居心地悪いんだよね。こっちにいさせて」「そっか」花もそれ以上は何も言わず、二人で料理に取りかかる。花はしばらく若子の様子を見ていたけど、ふいにそっと寄ってきて、小声で聞いた。「どうしたの?」若子は首を横に振った。「なんでもないよ。西也、最近元気にしてる?」「うん、まあ元気そうにはしてる。でも、やっぱり離婚したばっかだし、内心は......つらいんじゃないかな」彼らが従兄妹だってことを、若子はまだ知らない。もう離婚したんだし、わざわざ言うことでもない―そう花は思っていた。今さら本当のことを言っても、きっと混乱させるだけだろう。もし若子が西也が村崎家の人間だって知ったら......きっと受け入れられない。「花、もしあの人が情緒不安定になったり、何かあったら、ちゃんと教えてね」「やっぱり、お兄ちゃんのこと心配なんだね?」花が少し優しい声で聞いた。「うん......なんだかんだ言っても、私たち、友達だし。それに、たくさん助けてもらったし」その真剣な目を見て、花はそっとため息をついた。―もしこの二人が従兄妹じゃなかったら、って何度も思ってしまう。やがて夕飯ができて、みんなで食卓を囲むことに。西也はずっと暁を抱きかかえたままで、手放そうともしなかった。暁は西也に抱かれて、すごく嬉しそうだった。長い間面倒を見てもらってたこともあって、西也にはすっかり懐いてる。その腕

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1111話

    西也がここまで来てしまった以上、若子としても今さら追い返すわけにはいかなかった。本当は、彼に会いたくなかったわけじゃない。ただ、離婚して間もない今、どう接すればいいのか分からないだけ。ぎこちなさは、きっとお互いに残っている。もし、あの結婚がなかったら。ただの友達だったなら、今のような気まずさもなかったかもしれない。―だから若子は、できるだけ自然に。過去のことは置いておいて、「友達として」の距離感で接しようと心に決めた。中に入った二人は、買ってきた野菜や肉、果物をダイニングテーブルに広げた。「これ、すごい量だね......食べきれないよ」「大丈夫」西也は笑いながら言う。「冷蔵庫に入れておけばいい。ゆっくり食べてくれたら、それでいいから」若子は小さくうなずいた。「......西也、最近はどう?」「俺?元気だよ」西也は変わらぬ優しい笑みを浮かべる。「心配しなくていい......今は、俺たち友達だろ?」「うん、もちろん」若子も微笑み返す。「ならよかった。今日は事前に言わずに来てしまってごめん。でも、お前に会えてよかった」そう言う彼の声には、どこか安堵が滲んでいた。「いいの。二人とも、私の大切な友達だから。いつでも来ていいよ」若子がそう言ったとき―彼女の腕の中で、暁がふいに体を動かした。もしかして、彼の匂いを感じ取ったのだろうか。どこか落ち着かないように、じたばたと動く。「......抱っこ、してもいいかな?」西也が一歩踏み出し、真っ直ぐ若子を見つめながら聞いた。「もちろん」若子は穏やかな声で応じ、暁をそっと彼に渡した。西也は、丁寧に、優しく暁を抱き上げた。その腕には、ためらいも戸惑いもない。ゆっくりと揺らしながら、その小さな体を大切そうに包み込んでいた。―その姿を見て、若子はふと思い出す。西也がこの子をどれだけ大切にしてくれていたか。彼は、修を強く憎んでいる。けれど、この子に対しては、いつだってまっすぐだった。人は複雑なものだ。誰かを完全に「良い」とも「悪い」とも言い切れない。長く一緒にいれば、きっとぶつかることもある。完璧な人間なんていない。若子は思っていた。西也と一緒に過ごす中で、たしかに彼にはたくさ

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1110話

    電話が繋がり、ノラのスマホが振動する。曜が安心したように微笑んだ。「よし、ちゃんと繋がったな......これからも連絡取り合おうね」たとえ、この子が本当に自分の息子じゃなかったとしても―曜はノラという存在そのものに、強く惹かれていた。何よりも、彼は里枝の息子なのだ。その事実だけで、曜の中に湧き上がる想いは否定できなかった。―彼女に、俺は何もしてあげられなかった。死んでいた......それも、何年も前に。どこに眠っているのかすら、わからない。でも今日、初めて会ったばかりのノラにそれを聞くのは、あまりにも不自然すぎる。今はまだ、慎重に動くべきだ。「それじゃ、藤沢おじさん。僕、行きますね......バイバイ!」ノラは明るく手を振った。その屈託のない笑顔に、曜は静かに応えた。「......バイバイ」手を振り返し、ノラの背中を見送る。ノラが見えなくなるまで見届けたあと―曜は、深く小さく、ひとつ息をついた。指先には、あの一本の白髪。彼はそれを慎重に紙ナプキンで包み、ポケットに大事にしまい込んだ。絶対に失くせないものとして。すぐに携帯を取り出し、信頼している医師に電話をかける。「......山田先生、ちょっとお願いがあるんだけど......親子鑑定を一件、お願いしたい」......若子は、保育園から暁を迎えに行き、自宅へと戻っていた。玄関を閉め、靴を脱がせると、彼女は暁を抱き上げ、そのまましばらく抱きしめていた。腕の中にいるのは、彼女のすべて。でも、心の中には曜と光莉の関係がちらついていた。......そして、修と自分のことも。「ねぇ、暁」若子は優しく声をかける。「暁が大きくなったらね......どうか、おじいちゃんやお父さんみたいにはならないで」愛した女性を、大切にしてほしい。ひとりの人を、ちゃんと愛してほしい。「......もし、誰かを好きになったら、その人を全力で大事にして。気持ちが揺らいでからじゃ遅いんだから。結婚してから後悔するようなこと、しちゃだめだよ」声に、少しだけ苦い笑みが混ざる。「......まあ、それは暁がもう少し大きくなったらでいいか。とにかく、大切な人を傷つけないで......愛してくれる人を、裏切らないで」

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status