彼女は恥ずかしそうに小さく頷き、それが答えになった。伊吹は満足げに唇を上げ、寝室へ向かう足取りが一気に軽くなる。そのころ、二人が想いを遂げている一方で、加津也の病室には重苦しい空気が漂っていた。彼は苛立ちを抑えきれず、テーブルの上の食事を一気にひっくり返す。初芽の声に滲む苛立ち――それを感じ取らなかったわけではない。ただ、認めたくなかっただけだ。最初は落ち込んでいたが、今は怒りに変わっている。どこで間違った?あんなにうまくいっていたのに。初芽はずっと自分の味方で、困ったときには真っ先に頼れる存在だったはずだ。なのに、今はもう彼女の心がどこにも見えない。加津也は勢いよく立ち上がり、点滴の針を乱暴に引き抜いて部屋を出ようとした。だがその瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走る。思わず頭を押さえ、よろけながらベッドに倒れ込んだ。意識がだんだん霞んでいく。彼の中で、何かがせめぎ合っていた。まるで二人の自分が、頭の中で争っているかのように。その様子を、ちょうど部屋の入り口に立っていた紗雪が見ていた。手には袋を提げ、眉をひそめながら言う。「......これ、回復の兆しってやつ?」隣にいた京弥が頷く。「多分。軽い脳震盪だから、時間の問題だろう」紗雪は特に興味もなさそうに頷き、黙り込む。正直、彼が記憶を取り戻そうがどうなろうが、彼女にとってはどうでもよかった。そもそも、こうなったのは彼自身のせいだ。ここに来て手土産を置くだけでも、彼女にとっては人道的な行為のつもりだった。加津也の容態に大きな問題がないのを確認すると、紗雪は荷物を置いて帰ろうとする。京弥が不思議そうに問う。「せっかく来たのに、中に入って顔くらい見ていかないのか?」「いいの。目を覚ますならそれで十分」紗雪は首を振り、淡々とした声で続けた。「もう二度と彼と関わりたくないわ。これっきりにしたい」京弥は一瞬驚いたが、すぐに口元を緩めた。彼女に歩み寄り、自然な動作で腰に腕を回す。「そういう強くて自立したところが、好き」紗雪は小さく笑い、満足げにうなずく。その決意を口にした自分に、少し誇らしさすら感じていた。帰ろうとしたとき、廊下の向こうから一人の中年女性が歩いてくるのが見えた。制服姿か
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