All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 681 - Chapter 690

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<終章> 2人の夜 2

「私が金属アレルギーだってこと、覚えていたらプレゼントに純金製の腕時計なんかくれませんよね?」朱莉は寂し気に笑う。「朱莉さん……」(どうしよう、何と言って慰めてあげればいいんだろう…?)修也はただじっと朱莉を見つめるしかできなかった。しかし、朱莉は意外なことを口にした。「あ、あの……私、初めて各務さんにお会いした時……何故か懐かしい感じがしたんです」「え?」「翔さんに似ているからそう思っていたのかなって思ったりもしたのですけど……。でも、似てたんです……」「似てた?」「はい。あの、高校時代の翔さん……全体練習の時に顔を出していた時と、私の為に個人レッスンをしてくれて金属アレルギーで倒れた私を救ってくれた翔さんは……まるきり別人のように感じてしまって……」「朱莉さん……」「私が翔さんを好きになったきっかけは、私の命を救ってくれたからなんです。でも今になって思うんですけど、あの時の翔さんは……本当は別人だったのじゃないかなって……え!?」気づけば朱莉は修也に強く抱きしめられていた。修也は朱莉の髪に自分の顔をうずめると言った。「朱莉さん……ごめん。僕と翔は……朱莉さんを騙していたんだ……」「え……? 騙していた……?」(ま、まさか……やっぱり……?)修也に強く抱きしめられたまま、いつしか朱莉の頬は赤く染まり……心臓はドキドキと早鐘を打っていた。「僕は……あの頃、翔の命令で時々入れ替わっていたんだ。あの時も……」修也は朱莉を抱きしめたまま話を続ける。「音楽室で初めて朱莉さんを見た時、何て可愛い人なんだって思ったよ。だから僕は心の中で翔に感謝した。だって翔の提案が無ければ僕は違う学校の生徒だったから……こんな事でもなければ朱莉さんと知り合えなかったんだし。朱莉さんが心配だったからお見舞いにも行ったし、この先も2人で練習できるだろうと思ったからマウスピースもプレゼントしたんだ。なのに朱莉さんは学校をやめてしまった。あの時……僕がどれほど悲嘆にくれたか……」「か、各務さん……」朱莉は耳を疑った。ずっと……好きだった相手は本当は修也だったのだ。「好きだよ、朱莉さん」「!」それは突然の修也からの告白だった。「翔に朱莉さんを紹介された時、すぐに気が付いたよ。そして酷く落ち込んだ。いくら偽装結婚だからと言って、朱莉さんは翔と結婚してしま
last updateLast Updated : 2025-07-01
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<終章> 6年分の真実 1

――翌朝6時スーツを着込んだ修也はまだベッドの中で眠っている朱莉をじっと見つめていたが……。身をかがめ、眠っている朱莉にキスをした。「朱莉さん、行ってきます」そして静かにマンションから出て行くと駐車場へ向かい車に乗り込むと、修也はある場所へ向けて車を走らせた――**** カーテンの隙間から眩しい太陽の光が差し込み、朱莉の顔を照らした。「う……ん……」朱莉はゆっくり目を開けて部屋の中をキョロキョロ見渡した。「え……? 修也さん?」朱莉はベッドから起き上がったものの、修也の姿は何所にもいない。代わりにベッドサイドにメモが置かれていた。『おはよう、朱莉さん。これから仕事に行く前に大事な話があるので会長の所へ行ってきます。目が覚めた時傍にいなくてごめんね。 愛してるよ』「修也さん……」朱莉は頬を染めてメモを握りしめるのだった――**** 港区南麻布の鳴海家の邸宅――「どうした修也。まだ7時半だと言うのに、こんな朝早くから訪ねてくるとは」明るい日差しの差す書斎で窓の外の庭の景色を眺めている猛。庭では翔が蓮と一緒に池の鯉に餌を上げている。「はい、僕と朱莉さんのことです」修也は背中を向けている猛に語る。「ほう……朱莉さんとのことか?」猛が振り返った。「はい。僕は朱莉さんのことを愛しています。翔との離婚直後で不謹慎かもしれませんが……彼女と結婚したいと思っています」さぞかし驚かれるだろう……修也はそう思っていたのだが、猛は平静を装っている。「あの……会長……?」が「それで……いつだ?」「え?」「いつ2人は式を挙げるんだ? いや、式は後でも構わないか。先に入籍だけでも済ますか? 蓮のこともあるしな」猛は意味深な笑みを浮かべている。「え……? か、会長……? いいんですか?」修也は戸惑いながら尋ねた。「いいも何も無いだろう? 朱莉さんはとても気立ての良い素晴らしい女性だ。蓮のこともあんなにいい子に育ててくれた。はっきり言って翔には勿体ない女性だと初めて会った時から思っていたんだ。修也、お前とだったら、きっとお似合いだっただろうなって」猛の言葉に修也は驚いた。「ま、まさか……会長はこうなることを全て見越して僕を呼び寄せたのですか?」「さあ……どうかな?」猛は修也を振り返ると、書斎のデスクへと向かった。そしておもむろに
last updateLast Updated : 2025-07-01
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<終章> 6年分の真実 2

「どうした修也。俺の哀れな姿を最後に見る為にわざわざここへやって来たのか?」庭の池を前に翔は憎しみを込めた目で修也を見る。以前まではこの目で見られると、どうしようもない引け目を感じていたが、今の修也はもう違う。何故なら朱莉という愛する女性の、身も心も手に入れることが出来たからだ。「いや、違うよ。会長に会いに来たんだよ」堂々と翔の目を見据える修也。「会長に? 次期新社長として挨拶に来たってわけか?」嫌味を込めた言い方で翔は修也を睨む。「そうじゃない。朱莉さんと結婚させて下さいってお願いに来たんだ」「な……何だって!? お前……いつの間に!」翔は修也の胸倉を掴んだが、修也はその手を払いのけた。「!」翔は修也の初めて見せる強気な態度に驚いた。「翔……僕はね、ずっと前から朱莉さんが好きだった。高校時代からね。途中で朱莉さんがいなくなってしまった時は必死で彼女の行方を探したけど……僕には見つけることが出来なかった」「何? お前が朱莉さんと高校時代からの知り合い……? 一体どういうことだ?」翔には訳が分からなかった。そんな翔を見て修也は溜息をついた。「やっぱり翔は何も気が付いていなかったんだね……。高校時代、翔が僕に自分の代わりに個人レッスンを付けてくれと言った相手こそ朱莉さんだったんだよ」「な、何だって!? 朱莉さんはそれを知っていたのか!?」「当然じゃないか……。朱莉さんの初恋の相手は……翔、君だ……って言いたいところだけど、君に変装した僕だったんだよ。もっとも当時の朱莉さんは僕が翔のフリをしていたなんて知りもしなかったけどね」「そ、そんな……まさか……」翔はよろめいた。(まさか……朱莉さんが最初から俺のことを知っていたなんて……それなのに俺は朱莉さんに酷いことばかりして傷つけてしまった……。馬鹿だな。これじゃ朱莉さんに捨てられて当然じゃないか……)そこで、翔はあることに気が付いた。「待てよ……修也。確か女子高生は重度の金属アレルギーで病院に運ばれたと言ってなかったか? あれは朱莉さんのことだったのか!?」「そうだよ。だから傷ついただろうね。翔から金属製の腕時計をプレゼントされた時は」「くそ!」翔は近くに生えていた松の木を思い切り殴りつけた。「ハハハ……馬鹿だな……俺は」力なく笑うと修也を見た。「修也……俺はお前が鳴
last updateLast Updated : 2025-07-01
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<終章>  14年間の恋の行方 1

 午前8時――ここは高級1LDKのマンションの1室。広々とした20畳のリビングの窓から見える高層ビルを眺めながら琢磨は出勤前のコーヒーを飲んでいた。いつも出勤前に外の景色を眺めながらコーヒーを飲むのがこの部屋に越してきてから毎朝の日課となっていた。「今日もいい天気だな……」青空を眺めながらソファに座って出勤前のコーヒーを味わっていると、突如ガラステーブルに置かれたスマホに着信が入ってきた。「珍しいな……こんな平日の朝に電話なんて……」いぶかし気にスマホに手を伸ばした琢磨は着信相手を見て驚いた。それはアメリカにいるはずの翔からだった。「え……? 翔?」(ひょっとして日本に帰ってきているのか?)琢磨はスマホをタップすると電話に出た。「もしもし……」『おはよう、久しぶりだな。琢磨」「何だよ、翔。いきなり電話を掛けてきて。ひょっとして日本にいるのか?」『そうだ。2日前に日本に来て、これからアメリカに帰る』「それは随分急な話だな。何か日本であったのか?」『ああ、大ありだ。緊急事態があったんだよ』何となく思わせぶりな翔の口調に琢磨は尋ねた。「何だよ、その緊急事態って言うのは」『……俺は失敗した』「失敗……? 仕事で何かミスでもしたのか? それで日本に戻って来ていたのか? もしかして愚痴でも聞いて欲しくて俺に電話をかけてきたのか?」琢磨はコーヒーに手を伸ばした。『フッ……』すると受話器越しから翔の鼻で笑う声が聞こえた。「お前今鼻で笑ったな? 相変わらず朝からイラつかせる奴だ……早く言えよ」翔の態度にイラつく琢磨。『……俺の偽装婚が会長にばれていた。昨日蓮の親権を失って朱莉さんと離婚が成立した。そして俺は次期社長の座と朱莉さんを修也に奪われた』淡々と語る翔の言葉に琢磨は耳を疑った。「……は? 何だって? 翔。今何て言ったんだ?」『ああ……そう言えばお前も朱莉さんのことが好きだったよな? でも残念だったな。もう潔く諦めろ。今朝修也が会長に会いに家に来たんだよ。朱莉さんと結婚させて欲しいって。会長は勿論喜んでいたよ。修也は会長のお気に入りだったからな。しかし……まさか離婚が成立した直後に、修也が朱莉さんと結婚だなんて……!』受話器越しから翔の悔しそうな言葉が聞こえてくるが、もはや琢磨はそれどころではなかった。朱莉が結婚するなん
last updateLast Updated : 2025-07-02
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<終章> 14年間の恋の行方 2

「え……? 翔……?」今までにない態度を見せてきた翔に琢磨は戸惑う。『とにかく俺は今からアメリカに帰る。数年は日本に戻ってくることはないだろう。全て失ってしまった俺は……もう日本に未練はないからな』「翔……」琢磨は何と言えば良いか分からなかった。いや、そもそも翔に気の利いた言葉を掛ける余裕すら持ち合わせていなかった。『朱莉さんの事を詳しく知りたければ、本人か修也に尋ねるんだな。修也の連絡先は知っているんだろう? それじゃ元気でな』「あ、ああ……翔も元気で」それだけ答えると、電話は切られた。琢磨は力なくソファの背もたれに寄り掛かると溜息をついた。「嘘だろう……?」****同時刻――朝食を終えた朱莉は食器の後片付けをしていた。するとテーブルの上に置いてあるスマホに着信が入ってきた。電話の相手は修也からだった。朱莉の顔に笑みが浮かび、すぐにスマホをタップした。「もしもし」『おはよう、朱莉さん』「は、はい。おはようございます。修也……さん」朱莉は顔を赤らめながら応対する。『アハハ……もう僕に敬語は使う必要ないよ。普通に話してくれればいいから。だって僕たちはもう恋人同士なんだから』修也の優しい声が聞こえてくる。「こ、恋人……」ますます朱莉の顔は真っ赤になる。『そう、恋人だよ。……あれ? そう思っていたのは僕だけかな?』「ううん、そ、そんな事無い……から。修也さんは私の……大切な恋人…だもの」朱莉は真っ赤になりながらも何とか言う。『ありがとう、朱莉さん。ごめんね……今朝は黙っていなくなって』「そんなの気にしないで。だって修也さん、メモを残して行ってくれたじゃない」『うん。どうしても会長に報告したいことがあってね』「え? 会長に?」『その前に……朱莉さん。聞いて欲しいことがあるんだ』「う、うん。何?」『こんな……電話越しで言うのも何だけど今すぐに気持ちを伝えたくて……』修也の照れた声が聞こえてくる。「え? 今すぐに……って……?」(ま、まさか……)朱莉の心臓がドキドキと高まってくる。『朱莉さん。僕は貴女を愛しています。どうか僕と結婚してください』「!」その言葉を聞いた朱莉の目に見る見るうちに涙がたまる。『返事……今すぐ聞かせて欲しいんだけど……』「は、はい……。喜んで……。こちらこそよろしくお願いします
last updateLast Updated : 2025-07-02
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<終章> 九条琢磨 1

月曜の朝――「おはようございます……」日の差す広々としたオフィスに、元気の無い様子の琢磨が社長室に入って来た。「おはよう、九条。どうした? まるで ≪屠所の羊(としょのひつじ)≫のようじゃないか?」社長室のカウンターに乗っているコーヒーマシンでモーニングコーヒーを淹れていた二階堂は驚いた。「は……? 何ですか? それ」琢磨はげんなりした様子で顔を上げた。「何だよ、九条。お前はこの言葉を知らないのか? ≪屠所の羊≫って言うのはな、屠殺場に連れて行かれる羊のことだ。つまり、不幸にあって気力をなくしていることのたとえ話だ」二階堂は淹れたてのコーヒーを飲みながら得意げに説明する。「それ位の言葉知ってますよ。俺がまるでその状態だと言いたいんですか?」琢磨は自分のデスクにカバンを置くと、力なく椅子に座る。「ああ。まるでこの世の終わりって感じの顔をしている。あ……そうだ! いい考えがある! 俺の2歳になる愛娘の写真を見せてやろう。元気が出て来るぞぉ~」二階堂は嬉しそうに言い、背広のポケットからスマホを取り出し……。「いいですよ。どうして先輩の娘を見て俺の元気が出て来るんですか? いや、今はむしろ他人の幸せを呪いたい気分ですよ」琢磨は頭を抱えてため息をつく。「ん? おい、九条。今何だか聞き捨てならない言葉を聞いたぞ? 他人の幸せを呪いたい気分って……。何かあったのか?」二階堂は琢磨の分のコーヒーを淹れている。「ほら、二階堂特製淹れたてコーヒーだ。飲め」そして琢磨に差し出した。「ありがとうございます……」琢磨は手を伸ばしてコーヒーを受け取ると再び深いため息をついた。「なぁ……一体何があったんだよ。お前がそこまで落ち込んだ姿は、この間の隠し子疑惑以来だから気になるんだよ」「先輩……俺をまたからかって遊んでるんですね? 俺がどんな気持ちで今ここに来ているかも知らずに」「おいおい……どうしたんだよ本当に。一体何があったんだよ」その時、二階堂と琢磨のスマホに着信を知らせる音楽が鳴り響いた。「ん……? 俺とお前、同時に着信が入るなんて珍しいこともあるもんだな」二階堂は落ち込んでいる琢磨をチラリと見るとスマホをタップした。「ん? おい、九条。各務修也からのメールだぞ? え~と、何々……へえ……ついに各務さんが鳴海グループの社長に就任すること
last updateLast Updated : 2025-07-03
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<終章> 九条琢磨 2

「今朝、突然翔から電話が入ったんですよ……。偽装婚が会長にばれて、昨日蓮君の親権を失ったそうです。そして朱莉さんと離婚が成立して、次期社長の座と朱莉さんを各務修也に奪われたって」「はあ!? 何だって!? その話はまさに青天の霹靂じゃないか!」「先輩! 俺は真剣に落ち込んでるんですよ!? むやみにことわざばかり使ってこないでください!」ついに琢磨はやけくそのように喚いた。「あ、ああ……悪い。すまなかった。そんなつもりはなかったんだが……」流石に二階堂も悪ふざけしている場合ではないと思い、真顔で謝った。「くそ……! 俺は……朱莉さんに自分の気持ちを伝えることも出来ないまま失恋してしまったのか……!?」琢磨は悔しそうに言うと、生ぬるくなったコーヒーを一気飲みして椅子に崩れ落ちた。「九条……」(朱莉さんには九条が好意を寄せていることを伝えているが……九条の奴、ショックでそのことを忘れているな?)その様子を見ながら二階堂は思うのだった。いつか、朱莉以上に大切な存在に出会える日が琢磨に訪れることを――**** その日の琢磨は、まるで半分生気が抜けてしまったかのような状況で仕事を行なった。17時過ぎ、琢磨のスマホにメッセージを知らせる着信が入ってきた。(全く誰だよ……)琢磨は溜息をつきながらスマホを見て息を飲んだ。それは朱莉からのメッセージだったからだ。(え……? 朱莉さんから……!? 一体何が書いてあるんだ!?)琢磨は急いでスマホをタップするとメッセージを開いた。『九条さん、2人きりで大切なお話があります。もしご都合がよろしければ今夜お会いすることが出来ますか? お返事お待ちしております』「朱莉さん……」そのメッセージはまるで死刑宣告を受けているように琢磨は感じた。だが……。(失恋でも何でもいい。朱莉さんに会えるなら……! それに、もう……二人だけで会えるのは今夜が最後になるかもしれないし……!)琢磨はすぐに返事を打って、メッセージを送信した――**** 18時過ぎ――「二階堂社長。今日はこれで失礼します」退勤しようとする琢磨に二階堂は声をかけた。「大丈夫か? 九条、俺が付き添ってやろうか?」「大丈夫ですよ、先輩。小さな子供じゃないんですから。それにこれが恐らく朱莉さんと2人で会う最後の機会かもしれませんからね……ハハ
last updateLast Updated : 2025-07-03
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<終章> 九条琢磨 3

 19時に六本木ヒルズの51Fにある和食ダイニングバー。琢磨が朱莉と待ち合わせ場所に指定した店だ。店内に入ると、見事な摩天楼の夜景が見える窓際のテーブルカウンターに朱莉が背中を向けて既に座って待っていた。「朱莉さん……」震える声で琢磨が声をかけた。すると朱莉はパッと琢磨の方を振り向いた。上品な水色のワンピースに薄化粧、淡いルージュを引いた朱莉は本当に美しかった。ほっそりとした首にはチェーンのネックレスを付けている。その姿を見て、琢磨はすぐに理解した。朱莉がこれほどまでに美しくなったのは修也がいるからだ。恋が、彼女をここまで変化させたのだと。「九条さん……本当にお久しぶりです。すみませんでした。お忙しい中急にお呼び立てしてしまって申し訳ございません」頭を下げる朱莉に琢磨は言う。「いや、いいんだよ。朱莉さんの呼び出しなら……どんな時だって最優先するから」するとそれを聞いた朱莉は困ったような表情を浮かべた。(しまった……! 俺は朱莉さんを困らせるような台詞を……!)だが、その言葉は琢磨にとって本心だった。何を犠牲にしても、最優先したい相手は紛れもなく目の前にいる朱莉だったのだから。「あ……ごめん。変なこと言って。とりあえず、座ろうか」「はい……」2人の間に微妙な緊張感を保ちながら、琢磨は予約しておいたメニューを頼んだ。「とてもきれいな景色ですね……」窓ガラスに自分たちの姿を映している高層ビルの美しい夜景を見ながら朱莉がポツリと口にした。「ああ、そうだね……」琢磨は曖昧に答える。そこへワインが運ばれてきた。ウェイターがワインを置いて立ち去るまで、2人は無言だった。琢磨は朱莉の様子を横目で伺うと、何かにじっと耐えているようにも見えた。(ひょっとすると、もう俺の気持ちに気が付いているのかもしれない……。朱莉さんは優しい人だから……。こうなったら俺から言って彼女の肩の荷を下ろしてあげるべきだろうな)そして琢磨はグラスを持つと告げた。「朱莉さん……結婚するんだろう? おめでとう」その言葉に朱莉は、ハッとなって顔を上げた。その瞳は動揺で激しく揺れている。朱莉のその姿を見た時、琢磨は思わず力強く抱きしめたい衝動に駆られたが……それを必死で抑えた。「朱莉さん、結婚のお祝いの乾杯をしよう」「はい……」朱莉はコクリと頷いたが……その肩は小さ
last updateLast Updated : 2025-07-03
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<終章>九条琢磨 4

 やがて食事が全て終了すると、朱莉は一度深呼吸し……謝罪した。「九条さん……すみませんでした」「何故……謝るんだい?」「そ、それは……九条さんが私のことを……」それを琢磨は止めた。「いいよ、朱莉さん。それ以上のことは言わなくて」「え……? 九条さん……?」九条はズキズキと痛む胸の内を隠しながら、とうとう自分の本心を口にした。「朱莉さん……ずっと好きだったよ」「!」朱莉の肩が小さく跳ねる。 「だから……俺は朱莉さんを困らせたくない。……結婚おめでとう、朱莉さん」「九条さん……」朱莉の顔は泣き笑いの様だった。「2人は高校時代から思いあっていたんだろう? そんなんで……俺が敵うはずはないしな……。それに各務さんは本当に心優しい人だ。きっと彼なら朱莉さんを幸せにしてくれるさ」「……!」朱莉はその言葉に黙って頷く。「結婚をする2人に頼みがあるんだ……」「頼み……ですか?」「ああ……本当に悪いとは思うけど……2人の結婚式の招待状……辞退させて欲しい。頼む……!」琢磨は頭を下げた。「分かりました……」朱莉は声を振り絞るように返事をした。「ありがとう……。朱莉さん。俺はここでもう少し飲んで帰るよ。送ってあげられなくて……ごめん」琢磨は朱莉の方を見もせずに窓の外の夜景を見つめている。「はい……九条さん」朱莉は椅子から立ち上がり、九条に頭を下げた。「今まで……本当にありがとう……ございました」「元気でね、朱莉さん。お幸せに」琢磨はチラリと朱莉を見ると視線を窓の外に移した。「! はい……!」朱莉は背を向けたままの琢磨に一礼すると、足早に店を出て行った――「……」朱莉が去った後、1人残された琢磨は追加で注文したワインを黙って飲んでいた。そして苦しげにぽつりと言った。「朱莉さん……本当に……大好きだったよ……」その声は涙声だった。そしてワイングラスを煽るのだった――**** コツコツとヒールの音を鳴らし、朱莉は六本木ヒルズビルを出て夜の町を歩いていると巨大蜘蛛のオブジェの前に修也が立っているのが目に入った。修也は朱莉を見つけると、笑顔で手を振る。「修也さん……!」朱莉は駆け寄ると、修也の胸に飛び込んで行った。「朱莉さん……」修也は朱莉をしっかり胸に抱きしめると、腕の中ですすり泣く朱莉の髪をそっと撫でるのだ
last updateLast Updated : 2025-07-03
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<終章>  安西航 1

 火曜日の午前7時――ピピピピ……6畳間の築40年のビルの4Fにある1DKのアパートにスマホのアラームが鳴り響く。「う~ん」航は寝ぼけ眼でスマホを手探りで探し、アラームを止めるとムクリと起き上がった。「朝か……」髪をクシャリとかき上げ、ベッドから起き上がると部屋のカーテンをシャッと開けて朝の太陽を取り入れた。上野の雑居ビルの谷間からは太陽がまぶしく輝いている。季節は4月末。大分初夏の陽気になっていた。「今日もいい天気だな……この分なら暑くなるかもしれないな」Tシャツとジーパンに履き替えて洗面台へ向かい顔を洗うと、小さなキッチンに立つ。冷蔵庫から牛乳とシリアルを用意するとテレビをつけて航は朝食を食べ始めた。 テレビでは今日の天気予報をやっている。「今日の東京は晴れ……天気は23度か。やっぱり暑くなりそうだな」シリアルを食べ終えた航は手元に置いておいたスマホをタップしてため息をつく。「……ったく……琢磨の奴。何でメールの返信が無いんだよ……」昨夜、航は琢磨に用事があったのでメールを入れたのだが、返事がきていない。(また後でメールを入れてみるか……)もうすぐGWに入るので、朱莉と蓮を誘って4人で何処かへ遊びに行かないか琢磨に相談しようと思っていたのだ。(キャンプなんてどうかな……。朱莉と蓮.….喜んでくれるといいな……)この時の航はまだ幸せの中にいた。昨夜、琢磨に何があったかも知らずに。そして自分に降りかかってくる悲劇に……。 食べ終えた食器を台所に持って行き、手早く洗って歯磨きをしながら航はスマホを見ながら今日の予定のチェックをしていた。(今日の仕事は夕方4時までの張り込みか……。いつもの仕事よりは楽だな)そして歯磨きを終え、部屋の中で機材のチェックをしていると、突然航のスマホが鳴り響いた。「うん? 誰だ?」そして航は着信相手を見て目を見開いた。その電話は朱莉からだったのだ。
last updateLast Updated : 2025-07-03
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