雅人は疑り深い。もし彼の両親が今夜、透子を見かけたなどと話せば、彼は間違いなく彼女の身辺を洗い直すだろう。明日、あのお金を寄付して、先方に行動を促さなければ。舞踏会は夜十一時に終わりを告げ、招待客たちが会場を後にすると、場の灯りも次第に消えていった。車中で、理恵はぐったりと呟いた。「疲れた……足は棒みたいだし、顔も笑いすぎて引きつっちゃう……」隣で母が微笑んだ。「大丈夫?お家に着いたら、お手伝いさんにお湯を用意させて、マッサージしてもらいなさいな」母はふと思い出したように尋ねた。「それで、橘さんとはその後、話したの?」理恵は気乗りしない様子で首を横に振った。「ううん、別に」それを聞いた母は、心底不思議そうな顔をした。「そんなわけないでしょう。あちらからオープニングダンスに誘ってくださったのよ?その意味が分からないはずないわ」理恵は呆れたように言い返した。「お母さん、今どきオープニングダンスがプロポーズの代わりになんてなるわけないでしょ」今度は聡が会話に加わった。「だとしても、橘のやつ、なんでお前を誘ったんだ?」「さあ。知らない」そう答えたものの、理恵には心当たりがあった。雅人は自分に、透子のことを尋ねたかったのだ。それも、身元調査でもするかのように、根掘り葉掘りと。雅人は「他意はない」と言っていたが、理恵はどうにも腑に落ちなかった。他意がないのなら、なぜあんなことを聞く必要がある?理由もなく、誰かのプライベートをそこまで詳しく探る人間がいるだろうか。理恵は、透子のことを話してしまったことに、じわりと罪悪感を覚えた。母は諦めきれない様子で、なおも続けた。「きっと、橘さんは少し内気なのね。だから後から理恵に話しかけるのが恥ずかしくなっちゃったのよ、きっと」聡と理恵は同時に呆れて黙り込んだ。母のその幸せな思い込みを打ち砕く気力も、二人にはなかった。家に着くと、理恵は服を着替えながら透子に電話をかけた。自分の過ちを正直に告げて謝罪し、必ず彼女を守ると約束するために。電話の向こうで、透子は静かに答えた。「大丈夫だよ、理恵。理恵が話したくらいで、どうにかなるわけじゃないから」透子は言葉を続けた。「もし本気で私をどうにかするつもりなら、とっくに住所だって割れてるはずだし、直接何かしてきてると思うよ」
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