澄佳は、それ以来一度も戻らなかった。彼女の私用の携帯番号も使われることはなく、翔雅の世界から忽然と姿を消したかのようだった。最初のうち、一ノ瀬夫人は口うるさく澄佳のことを気にしていたが、やがて諦めたのか、息子の縁談話をせっせと持ち込むようになった。何人かと顔を合わせたものの、翔雅の心が動くことはなく、ただ年齢だけが重なっていった。そんな折、悠が時折一ノ瀬家を訪ね、翔雅の母と一緒に料理を作ったりして過ごすことがあった。悠が映画「風のささやき」に出演した後、驚くべきことに芸能界を去り、大学へ戻って学業を続けた。この潔い選択に、多くのネットユーザーは星耀エンターテインメントへ好感を抱き、「芸能界の良心みたいな存在だ」と口々に称えた。だが、悠自身はよく分かっていた——それは、澄佳が自分にだけ向けてくれた特別な庇護だったのだ。二年余りが経ち、「風のささやき」は映芸大賞にノミネートされた。その年、翔雅は三十三歳を迎えていた。授賞式の夜。悠は主演男優賞の有力候補と目され、会場の注目を一身に集めていた。出資元は耀石グループ。翔雅も招待を受け、最前列の席に座っていた。両隣には名のある映画監督やプロデューサーが並び、「一ノ瀬社長」と声をかけられれば、彼は礼儀正しく微笑み、静かに握手を交わした。ただ一人、悠が近づいてきたときだけ、肩を軽く叩いて「緊張するな」と囁いた。「ありがとうございます、翔雅さん」悠が頭を下げると、翔雅はもう一度肩を叩き、席を促した。会場には星々のような光が集まり、きらびやかな夜が続いていた。各賞が次々と発表され、「風のささやき」はこの夜の主役となった。最優秀音楽賞、最優秀撮影賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、さらに最優秀助演賞まで……だが、本番はここからだった。最後に残された最優秀主演男優賞。会場の空気は一気に張りつめ、誰一人として大きな息すら吐かない。その緊張をほぐすように、司会者が軽く冗談を口にし、そして客席へ向けて手を差し伸べた。「それでは——この映芸大賞、最優秀主演男優賞を発表していただきましょう。星耀エンターテインメントの社長、葉山澄佳さんです。どうぞ!」ぱちぱちと盛大な拍手が湧き起こり、会場中の視線が一斉にステージへと注がれた。誰もが心の中で囁いていた。——葉山澄佳が壇上に
Read more