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渡り雁は去りゆく のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

25 チャプター

第11話

葉の遺体は、来栖夫婦によって火葬されたが、遺骨の入った骨壺は途中で礼司に奪われた。最初のうちは、来栖夫婦も騒ぎ立てたが、礼司はどうしても手放そうとせず、言い争いの末には「骨壺を持って行きたいなら、俺が死んでからにしてくれ」と言い切って話を終わらせた。そして、葉と一緒に住んでいたあの別荘を引き払って、荷物を整理していたとき、ようやく気づいたんだ。二人の思い出が詰まっていたはずのものが、跡形もなく消えていたことに。思い返せば、最後のあの時期、葉の異変に気づいてはいた。警察は最終的に「足を滑らせて海に転落した事故死」と判断したが、礼司はどうしてもそれを信じたくなかった。葉の死は、偶然ではなく、最初から計画されたものだと固く信じていた。だからこそ、葉は自分を避けるようになり、雅美に自分を押し付けようとしたんだ。そして、自分にまつわる思い出のすべてを消そうとしたのだろう。寝室で、礼司は骨壷を胸に抱きしめ、足元には倒れたままの酒瓶が何本も転がってる。その目には、どうしようもない悲しみと後悔が浮かんでおり、さらに自嘲の色さえあった。あれだけ分かりやすく葉がサインを出してたのに、なぜ何ひとつ気づいてやれなかったんだろう?また一口、強い酒を流し込む。熱が喉を通って、全身に広がる。骨壷の表面をゆっくり撫でながら目を閉じると、葉の笑った顔がふっと浮かんできた。「葉……」もう、抜け出せなくなってた。そんな時だった。寝室のドアが勢いよく開いて、明かりが差し込んだ。目を刺すような眩しさに、礼司は思わず目を細めて前を見た。入ってきた人影が部屋の様子を見て焦ったように駆け寄ってきて、骨壷を取り上げようとしながら礼司を起こそうとしてきた。「礼司さん!」その声を聞いて、ようやく目の前の人物が誰か思い出したが、体は反射的に雅美の手を避けて、骨壷をぎゅっと胸に抱え込んでいた。その反応に、雅美は胸が痛んだみたいだった。しかし、礼司のやつれた顔や伸びきった髭を見て、自然と声を和らげて言った。「礼司さん、このままじゃ、体が持たないよ。骨壺はちょっと置いといて、まずは病院に行こう、ね?」その声に、礼司の目が少し揺れて、ようやく彼女の顔を正面から見た。声は落ち着いていたが、その中には明らかな疑いの色が含まれていた。「お前も、知ってたんだろ?
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第12話

五年後。C国の繁華街から離れた場所にある静かなバー。両親が、娘が異国で一人暮らすのを案じてまたしても大金を振り込んできた時、里見梓(さとみ あずさ)はついに我慢できず、両親に電話をかけた。「お父さんお母さん、何度言えばわかるの?こっちは全然大丈夫だから、そんなに頻繁にお金送らなくていいってば」ほんともう、しょうがないなぁと思いながら溜息をついた。五年前、名前を変えて里見梓となり、ここにやってきた。以来、彼女のことを心配する両親が一番よくすることといったら定期的な仕送りだった。梓はそのお金を使って、学校の近くにバーを開いた。常連もできて、毎年少し客が入れ替わるけど、だいたいは安定してる。この数年間、正直なところ、すごく気楽に過ごしてきた。けど、仕送りの頻度が増えていくにつれて、心の中で少しずつ不安が積もってった。C国にいるとはいえ、国内の情報をチェックするのをやめてはいなかった。だからこそ、この五年間に何が起きたのかも知っている。礼司の祖母が亡くなったのは、彼がA市で実業界の新星となる前日のことだった。梓は、最後に礼司の祖母の顔を見られなかったことを残念に思っているが、自分の命の方が大切だった。礼司は確かに優秀だ。原作に描かれてた通りの人物。だからこそ、この五年間、梓は両親との連絡もなるべく控えてきた。あの人は頭がさえてるから、もし何か不自然な点があればすぐに気づいてしまう。すべてが元通りになったら、今まで努力してきた意味がなくなっちゃうから。ただ、どういうわけか、原作通りなら彼はもうとっくに雅美に気持ちを打ち明け、関係をはっきりさせてるはずなのに――現実では、彼はこの五年間、ずっと独り身のままだ。聞いた話では、彼は葉の遺骨の入った骨壷を常に身につけて持ち歩いているという。何も知らない人たちはそれを「純愛」だって褒めてるけど、梓から見れば、何か別の目的があるようにしか思えない。そんなことを考えてたら、ゾクッと寒気がしてきて、心の中でそっと誓った。また国内と余計な接触しないようにしようって。そのとき、背後からカウンターを叩く音が聞こえて、反射的に振り向いた梓の視線が、吸い込まれそうな瞳とぶつかった。「マスター、マルガリータ一杯」懐かしく、けれどあまりに鮮明なその声。数千日を共に過ごした記憶が一気
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第13話

梓の体がビクッと硬直して、手を動かしてたのもピタッと止まった。心臓のドクドク鳴る音、今にも飛び出しそうな感じすらした。礼司はもう梓の顔を見ちゃったんだ。なのにまだ確信を持って言わないのは、おそらくあの時「来栖葉」の遺体を目にしたからこそ、目の前にいる女性がその葉本人なのか、それとも似ているだけの別人なのか、判断しかねているのだろう。それなら、梓が取り乱さずに落ち着いていれば、疑いの目を深めさせずに済む。そう思いながら、梓はしばらく何も言わずに黙ってたけど、やがて顔も上げずにわざと軽い調子で返した。「お客さん、ナンパの仕方がちょっと古くないですか?」「いや。誰かをナンパしたの、初めてだから」礼司の返事に迷いなんて一切なくて、まるで何か証明したいことでもあるみたいな感じだった。でも今の梓は、どうにかして彼を早く帰らせることに必死で、そんな深い意味まで気づく余裕なんてなくて、とにかく追い出そうとばっか考えてた。結局、礼司が折れて一歩引いた。「じゃあ、明日は営業してる?」彼がそれ以上追及してこなくなって、やっとほっと息をついた。少し迷ったけど、あんまり露骨に避けると怪しまれそうだし、かと言って普通に答えれば、これだけ似た顔なのだから、いずれ気づかれるに決まっている。少し考えた末、梓は比較的中立な返しを選んだ。「気分次第ですね。今は学生が休み中で、お客さんも少ないし、開けない日もあります」要するに断ってんだけど、礼司の耳にはまるで何かの合図みたいに聞こえたらしくて、勝手に納得してまた聞いてきた。「つまり、お客さんが多かったら開けるってこと?」その一言に、梓はついに我慢できなくなって、チラッと顔を上げて彼を睨んだ後、すぐに目をそらして言った。「お酒が飲みたいだけなら、近くにバーとかレストランとかいっぱいあるし、別にここにこだわる必要ないでしょ」この五年間、いったい彼に何があったんだろう? どうしてこんなに、しつこい性格になっちゃったの?心の中に浮かんだ疑問をぐっと飲み込み、何も聞かないままでいた。それでも礼司はそこに立ったままで、梓の答えを待ち続けてた。やむなく頷いて見せると、ようやく彼は満面の笑みを浮かべて立ち去った。一体どうするつもりなのか、さっぱり分からない。礼司の足音が遠ざかってやっと安心できて
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第14話

梓は結局、すぐには頷けなかった。悪役令嬢が覚醒するなんて話、聞くだけで荒唐無稽すぎて、お父さんとお母さんが信じないのも当然だった。いや、最初から期待なんかしてなかったし。それに礼司が自分を愛してる?そんなの、信じられるはずがない。付き合って六年も一緒にいたのに、礼司の態度から一度でも愛を感じたことがあったら、あのとき仮死を選んで逃げ出したりなんて、きっとしなかった。今だって、礼司は運命のヒロインと一緒にならず、なぜか自分の骨壷を守って生きてるからといって、それが愛だなんて、そう断言できるだろうか?もしかしたら、葉の「死」によってレールから外れたせいでちょっと寄り道してるだけで、いずれまた元の運命の道に戻っていくんじゃない?そんなこと考えてたら、頭の中がどんどん混乱して、この夜は布団に入ってもなかなか寝付けなかった。明け方になる頃やっと眠りについたけど、次に目を覚ましたときには、すでに午後になっていた。でも不思議なことに、その眠りが妙に深くて、目が覚めたときにはまるで夢の世界から出てきたばかりみたいに、頭の中がモヤモヤしてて、今が何年何月なのかさえ、一瞬わからなくなってた。しばらくベッドの上で呆然としてて、やっと記憶が戻ってきて、とにかく急いで店に向かったら、やっぱり、礼司はレストランの外で待ってた。しかも、一人じゃなかった。昔よく来てた常連客たちまで、何人も店の前に集まってた。この前、梓が当分店を開けないって言ったばっかりだから、普通ならこんなに人が来るわけがない。それなのに、まるで打ち合わせでもしてたみたいに、みんな揃って礼司の周りに集まってる。考えるまでもない。きっと全部、礼司が呼び寄せたんだ。梓が近づいてくるのを見て、礼司は渋い顔にようやく少しだけ笑みを浮かべた。彼が歩み寄ってきて、どこか含みのある声で言った。「マスター、やっぱり来たんだな」その言葉を聞いた瞬間、一瞬頭が真っ白になった。さっき必死に整理した記憶がまたバラバラになって、なぜか目の前の彼に混乱した気持ちが湧いてきた。だが、すぐに表情を戻して、何事もなかったかのように他のお客さんたちに順番に挨拶して、鍵を取り出して店の扉を開けた。店に入ろうとすると、当然のように礼司もついてきた。その瞬間、梓の胸の中に妙な苛立ちが湧いた。自分
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第15話

梓は顔を上げて彼を見た。「礼司さん、人違いじゃない?私、里見梓っていうの。もちろん、カリナって呼んでもいいけど」絶対に葉だとは認めない、そう心に決めていた。彼が何を言おうと、どうすることもできないはずだ。だって、来栖葉という存在は、五年前にこの世から「消えた」。今ここにいるのは、里見梓という人間だけなのだ。礼司は、彼女がそんな反応をするなんて思ってもみなかった。思わず笑ってたけど、その笑いには怒りが混ざってた。「里見梓?親も身寄りもいない孤児が、五年前にC国へ親戚を頼ってやってきたよな。なのにこの五年間、唯一親しい関係にあった年配の方はC国の人間ではなく、しかも一度もC国に足を踏み入れたことがない。つまりその『親戚』を見た人なんか誰もいない。それにお前はこの数年、A市の富豪・来栖家とずいぶん親しくしてたようでな?半年ごとにお前の口座に大金が振り込まれている。里見さん、これについて説明してもらえるのかな?」次々と突きつけられる事実に、梓は思わず生唾を飲み込んだ。なんでここまで詳しく調べてるの?あの頃、付き合ってた時でさえ、こんなに自分のことなんか見ようともしなかったくせに。なのに、名前を変えて姿を消した今になって、彼は新たな身分まで暴こうとしてくるなんて……怒りが湧き上がり、梓の瞳に冷ややかな光が宿った。「あなたとは何の関係もない赤の他人なのに、なぜ私のことを勝手に調べたんです?私がC国に来た理由も、誰と連絡取ってるとか、あなたに関係ないでしょ」さすがの礼司もこの一言には詰まったみたいで、しばらく黙り込んでた。だがすぐに、別の理由を口にした。「俺は来栖家に世話になったことがある。お前の行動には不審な点が多すぎるし、あんな大金まで来栖家から受け取ってる。だから俺には疑う権利がある」礼司は、梓がこれで観念すると思っていた。だが、梓は一瞥しただけで、またその言葉をあっさり跳ね返した。「私の目的がどうであれ、来栖家が文句を言うならわかるけど、あなたが口を出す筋合いはないんじゃない?あなたの立場ってなに?叔母さんと叔父さんの友達?それとも、もう亡くなった彼らの娘のヒモ?」「ヒモ」って言葉、効いたみたい。その瞳は一気に赤く染まり、唇を強く噛みしめた。礼司はじっと梓を見つめたとあと、無言で背を向けてそのまま出ていった。空気が一
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第16話

梓が経営してた店舗の譲渡情報は、翌日すぐに出回った。店に置いてあった道具類も、一つ残らず全部処分した。ちょうど次に店を引き継ぐ人もレストランをやる予定だったから、そっくりそのまま譲ってあげた。あまりにもスピーディーに物事を進めたもんだから、礼司も思わず驚いてた。梓がいつどんなタイミングで店を離れたかさえ、彼にはわからなかった。でも、それが逆に彼の中での確信に繋がった――里見梓は、やはり来栖葉だと。梓は本来、C国を離れて他の国に行くつもりだった。でもまさか、空港で礼司にバッタリ捕まるなんて思いもしなかった。「もしお前が葉ちゃんじゃないんなら、なんで逃げるんだ」今でも、礼司は葉がなぜ突然死を偽装してまで姿を消したのか、理解できていなかった。彼の問いに対し、梓の目には一瞬、困惑の色が浮かんだ。逃げる?私は何から逃げてる?何を怖がってるの?頭の中が一気にぐちゃぐちゃになって、記憶がバラバラに崩れていくような感覚に襲われた。次の瞬間、梓は全身に汗をかき、唇の色もどんどん白くなっていった。梓の異変に、礼司の心臓がドクンと高鳴った。梓の足元が崩れそうになるのを見て、彼はとっさに彼女を抱き上げた。「葉ちゃん、大丈夫か!?今すぐ病院に連れてく!」だがその言葉が終わるか終わらないかのうちに、梓の呼吸は落ち着き、頭を振って言った。「……家に帰りたい」梓が少し落ち着いたのを見て、礼司もやっと一息ついた。ただ、彼女の言う「家」がどこなのか分からず、戸惑いを隠せなかった。その戸惑いに気づいた梓は、小さくため息をついて彼に自分を下ろすよう頼み、帰国便のチケットを窓口で購入した。礼司もそれに続き、同じ便のチケットを買った。「どうして私を探しに来たの?」帰りの飛行機に乗ってから、梓はもう隠すのをやめた。きっと礼司がずいぶん前から自分の正体に気づいてたって、なんとなくわかってた。それだけじゃない。梓が急に帰国を決めたのには、もっと大きな理由があった。礼司が再び姿を現したあの日から、梓の記憶は少しずつ、何者かの手によって書き換えられていたのだ。このままでは、自分が本当は来栖葉だってことすら忘れてしまいそうで怖かった。過去のすべて、両親のことまで、全部……梓の問いに対して、礼司は答えず、逆にずっと胸の中で渦巻いてた別の疑問を口
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第17話

飛行機が着陸したとき、梓は一瞬も足を止めず、立ち尽くしていた礼司の方を振り返ることもしなかった。礼司は追いかけようとしたんだけど、まるで両足に鉛でも詰められたみたいに動けなくなって、その場に立ち尽くすしかなくて、ただ梓の背中を見送るしかなかった。梓はどんどん遠ざかって、やがて往来の人波の中に完全に消えた。そのとき、空港に白いワンピースを着た雅美が現れて、手を振ってきた。「礼司さん、迎えに来たよ!今回の出張、お土産買ってきてくれた?」 雅美がまるで当然のように言いながら駆け寄ってきた瞬間、礼司の中におかしな違和感が走った。ただでさえ、ずっと彼を避けてた雅美がこうして急に現れたことが変だったのに、この海外行きを出張と言い、さらにお土産まで当然のようにねだるその様子に、その違和感はいよいよ強まった。5年前、雅美が来栖葉をハメた事実を突き止め、「出て行け」と突き放してから、彼女のことを一度も見たことがなかったはずなのに。まるで修復を試みた形跡もなく、壊れた円が何故か元の形に戻ってしまったような、気味の悪さ。礼司には、もうわけがわからなかった。ただ、今の彼には一つだけはっきりしてることがあった。人に操られる操り人形には、もうなりたくないってことだ。さっきまで縛り付けられてたその足は、雅美が近づくに連れて徐々に自由になり、彼は一歩踏み出して彼女のほうに歩き出した。でも、目には冷たい光が宿ってた。ようやく、葉があの時、突然姿を消した理由に気づいた気がした。そして、今、自分もまた行動を起こさないといけないんだと。雅美のキャンキャンと耳元で騒がしい声が、いつまでもまとわりついてきて、礼司は次第に頭痛を感じた。突然、彼は足を止めて、氷のような冷たさの声で彼女に向かって言った。「うるさい、ちょっと静かにしてくれない?本当にうんざりだ」突然の叱責に、雅美は一瞬足を止めて、わざとらしく傷ついた表情を浮かべたのに、言葉はいつも通り優しげだった。「礼司さん、どうしたの?疲れてるの?じゃあ早く帰ろ」雅美が手を伸ばして礼司の手を取ろうとしたら、礼司はその手を払いのけた。彼女が話しかけても、一切応じなかった。空港の外に出ると、運転手がすでに待機していて、ドアを開けた。礼司は車に乗り込むと同時に目を閉じて、雅美が何か話そうとするのも完
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第18話

礼司が中に入っていって、雅美も当然黙っていられず、すぐに後を追った。慌てた使用人が後ろから追ってきたけど、目的がはっきりしている二人を止められるはずもなかった。リビングの扉が勢いよく開いて、思わず反射的に振り返った瞬間、ちょうど礼司と雅美、二人と目が合った。「生きてたのね!」梓の顔を見た瞬間、雅美は衝撃を隠しきれず、思わず叫んだ。でもそのすぐあと、怒りが心の底からこみ上げてきた。やっぱりそうだったんだ。これがあの女の本当の狙いか?自分と礼司をくっつけようとする素振りを見せて気を緩ませておいて、死んだふりをして姿を消し、礼司の心にしっかりと居座る。しかるべきタイミングで戻ってきて、今度こそ礼司を完全に奪うつもりだったんだ。雅美の目には、もう隠そうともしないほど露骨な恨みの色が浮かんでいた。あの刺すような視線に、来栖夫婦も気づいたのか、思わず眉をひそめた。息を切らしながら使用人が追いついてきて、リビングの中で鉢合わせした五人を見て、あわてて平謝りした。「旦那様、奥様……このお二人、勝手に中に……どうしても止められなくて……」母は手を軽く振って、使用人に下がるよう合図した。ホッとした様子で使用人はバタバタとリビングから出ていき、扉が閉まった瞬間、梓は礼司たちに目を向けて、ちょっと不機嫌な口調で言った。「間宮さんに川澄さん、随分なご登場ね。まさか勝手に人ん家に押しかけてきて、何がしたいの?」自分たちの行動が礼儀に反してることは理解してたんだろうけど、礼司は先に切り出して謝ってきた。「悪かった、葉ちゃん。ただ話がしたかっただけで、他意はないんだ」そう言いながら自分の説明を終えると、後ろからついてきた雅美を思い出したのか、少し苛立ったように眉間を押さえた。前はそんな風に思わなかったのに、どうして最近は、この女がどこまでもついてくるウザいハエみたいに感じるんだろう。どこへ行っても後を追ってきて。礼司は雅美に向き直り、不機嫌そうな目で見つめながら言った。「なんでずっとついてくるんだ?他にやることないのか」また自分だけ省かれたような気がしたのか、雅美はしゅんとして黙り込んだ。ただ、礼司のことが好きで、不安だっただけなのに。でもそれだけで、なんでこんな冷たくされなきゃいけないの?子どもの頃からずっと一緒にいたのに、
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第19話

梓の言葉の端々から、自分との関係を断ち切ろうとしている意思が滲み出ているのを感じ取った礼司は、胸が締めつけられるような痛みに襲われ、口の中に広がる苦味をどうすることもできなかった。何度も喉元で言葉を詰まらせて、ようやく絞り出すようにして言ったんだ。「葉ちゃん、昔は俺が頑固だった。あの始まりがきれいじゃなかったことを認めたくなかった。でも、お前が死んだって聞いて、初めて気づいた、自分がどれだけバカだったか。だけど葉ちゃん、信じてほしい。俺は、本当にお前のことが好き――」礼司の言葉、最後まで聞く気になれず、途中でバッサリ切った。「私のことが好き、それで?」名前の呼び方を正そうとしたけど、どうせ分かってないみたいだったからスルーしたまま、梓は続けた。礼司はちょっと固まって、梓が何を問いかけているのか、すぐには理解できなかった。しかし、彼女の顔には冷たい無表情が浮かび、声には一片の感情も含まれていなかった。「間宮礼司と絡んでる来栖葉には、ひとつしか結末がない――それは『死』。礼司、まさか異変に気づいてないなんて言わないよね」飛行機内で起こったことは、今も梓の脳裏に焼き付いている。たとえ礼司が記憶の一部を取り戻した自覚がなくとも、梓の記憶混乱や危うい失神の原因が自分だと気づいていなくとも、声が出なくなったあの時点で、この世界が異常だと悟るには十分だったはずである。礼司の脳裏にも、あの妙な「操られている」感覚が蘇った。唇が微かに動いたが、言葉は出なかった。確かに、気づいていた。だけど、受け入れたくなかった。好きな人がいるのに、その人のいない道を、誰かに操られて進むなんて絶対に嫌だった。「葉……」そう呼びかけた瞬間、梓の言葉が脳裏に蘇った。「間宮礼司と絡んでる来栖葉には、ひとつしか結末がない――それは『死』」呼び方を変えなきゃと、礼司は意識的に言い直した。梓を見つめる眼差しには、揺るぎない意志が宿っていた。「梓、待っててくれ。必ず何にも邪魔されずにお前の元へ行けるようにする。その時、もう誰にも俺たちを引き裂かせたりしない」そんな決意を聞いた梓は、一瞬ぽかんとして何も返せなかった。誰にも邪魔されない。本当にそんな日が来るのかな?ストーリーに支配される必要もなくて、記憶を消されることもなく、目の前で礼司が他の誰かを愛
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第20話

リビングから出てきた礼司と、ちょうどガレージ方向から戻ってきた雅美とが目を合わせた瞬間、雅美の心は思わずドキリとした。まさか、見られてないよね?そう思いながら、礼司は鋭い視線で雅美とガレージの間を行き来させ、目を細めて聞いてきた。「何してた?」「別に何も、ちょっと暇だったから、ぶらぶらしてただけだよ」雅美は咄嗟に頭を横に振り、手も振りながら苦笑いでごまかした。すぐに誤魔化すように別の話題を出した。「ねぇ、礼司さん、葉さんとは話し終わったの?もう遅いし、そろそろ帰らない?」葉の名前を口にした途端、雅美の表情に言いかけた言葉が引っ込んだような気配が浮かんだ。あの時、雅美も葉の遺体を見た。三日三晩も海水に浸かって、顔はほとんど原形を留めてなかったけど、今でもあの顔は鮮明に覚えてる。あれは間違いなく、葉だった。でも、もしあの時の遺体が彼女だったなら、さっき別荘で見たあの人は誰?まさか、ほんとに幽霊でも出たってわけ?死んだはずの人が生き返るなんて、バカみたいなことある?「礼司さん、葉さんって、五年前にもう……でもさっきの人は?」礼司はチラッと雅美を見るだけで、何も言わずに別荘の外へ歩き出した。慌てて追いかける雅美に、まるで警告するみたいに横目で鋭く見ながら一言。「あれは来栖葉じゃない、来栖家の養女、里見梓っていうんだ。雅美、余計なこと考えるんじゃない。もしあいつに何かあったら、来栖家がどうこうだけじゃなくて、俺も黙ってない。わかってるだろ、俺が本気出したら、どうなるか」雅美はすぐに頭をぶんぶん振って、必死に媚び笑いした。「礼司さん、そんなことするわけないでしょ……」信じるとも、信じないとも言わず、礼司はただ黙って前を歩き続けた。雅美がやっとついていけるくらいの速さだけど、胸の奥にはやっぱりなという気持ちがさらに強まった。養女、里見梓?もしちょっと前まで半信半疑だったとしたら、今はもう確信できる。名前も顔も、しかも同じく来栖家の娘って……そんな偶然、信じろってほうが無理がある。葉は、きっと五年前に何かの手段を使って死んだふりをして姿を消したんだ。そして今、名前を変えて梓になって、A市に戻ってきた。だけど、あの時死んだつもりなら、何で今さら戻って来る必要があるのよ?本当に死ねばよかったのに……どう
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