ホーム / 恋愛 / 碓氷先生、奥様はもう戻らないと / チャプター 1251 - チャプター 1260

碓氷先生、奥様はもう戻らないと のすべてのチャプター: チャプター 1251 - チャプター 1260

1338 チャプター

第1251話

こうして時が過ぎ、子供たちはどんどん成長していった。大学入試の結果が出た日、優希は自分の成績を見て、ずっと張り詰めていた気持ちが、やっと楽になった。どうやらいつも通りの実力を出せたようだ。この点数なら、東都大学は合格間違いなしだ。まあ、予想通りの結果ではあった。でも、優希はあまり嬉しそうではなかった。こうなると、彼女は北城を離れて、1000キロ以上も離れた東都の大学へ進学することになる。東都大学の法学部は国内でもトップクラスだから、彼女が中学2年生の時からずっと目指していた目標なのだ。その目標のために、彼女は中学2年生の頃から勉強の計画を立てて頑張ってきた。家族もみんな、応援してくれていた。その長年の努力が実った今、優希は喜ぶはずなのに、なんだか気分が沈んでいた。コン、コン。そう落ち込んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。優希は振り返って「どうぞ」と言った。ドアが開き、安人が入ってきた。黒のスーツを着こなした彼は、すらりとした指でスマホを持っていた。そして、スマホを耳に当てて、彼の彫りの深い顔立ちはすっと通った鼻筋に掛けられた金の縁の眼鏡によってより際立って見えて、レンズの奥の瞳は至って冷たく淡白だった。そして、「両親が、点数はどうだったかって」彼は優希を見て、抑揚のない低い声で尋ねた。優希はつま先に力を入れ、椅子ごとスッと横に滑った。そして、しなやかな白い指先で机の上のパソコンを指さした。「ほら、自分で見て」その表情は......そう思いながら、安人はすっと眉を上げると、すらりとした長い脚で部屋に入ってきた。近くまで来ると、彼は鼻の上の眼鏡を押し上げ、スクリーンに目を落とした。点数を確かめると、安人は一瞬動きを止め、それから優希の整った綺麗な顔に視線を移した。優希が浮かない顔をしているのを見て、彼は少し眉をひそめた。「これだけの点数なら、東都大学の法学部は確実だろ。よかったじゃないか」優希は立ち上がると、ふかふかのベッドに体を投げ出した。そして天井を見上げながら深いため息をつく。「別に、よくないなんて言ってないけど」すると、電話の向こうで、綾の声がした。「すごいじゃない!やっぱり、この子なら大丈夫だと思ってたわよ」「ああ、俺の予想より少し高いくらいだ」安人は分か
続きを読む

第1252話

「その冷静さを、ずっと忘れんなよ」安人はわざと優希の髪をくしゃくしゃにしながら、頭をなでた。優希は、ぱしんっと彼の手をはたいた。「ちょっと!髪、洗ったばっかりなんだから!」「うん頭を洗ったらスッキリもするだろうからな」「もう、うっとうしい!」優希はぷんぷんと怒りながらベッドを降りると、カバンを掴んで大股で部屋を出ていった。「どこ行くんだ?」「ほっといてよ!」ドアの外に出た優希は、くるっと振り返って安人にあっかんべーをした。「そんなに暇なら、彼女でも紹介してあげようか?」「彼女だと?」ドアのところまで来た安人は、腕を組んでドア枠に寄りかかると、フンと鼻で笑った。「そんな時間があるなら、ゲームでも開発してる方がマシだ」優希は唖然とした。彼女は、あきれた顔で安人を見つめながら思った。年を重ねるにつれて、本当にこの人と自分が双子なのかと、疑わしく思えてくるのだ。安人はクールで頭もきれるのだが、口数が少ない割に毒舌だ。唯一おしゃべりになるのは、自分にお説教する時だけだろう。食いしん坊で可愛い光希にだって、ほとんど話しかけないのだから。両親にも丁寧で行儀よく接しているけど、彼の方から話しかけることなんて、めったにないのだ。だから、優希は時に自分の兄は人間じゃないみたい、と本気で思うことだってあるのだ。先月、ふたりは19歳の誕生日を迎えたばかり。でも、安人と彼女とでは、中学の頃からもう成長のペースが全然違っていた。安人は昔から自分に厳しかった。そして中学に入るとすぐ飛び級試験を受け始めて、中学と高校で一回ずつ飛び級した。これだから、有名私立校のエリートクラスはお金持ちで、しかも頭のキレる御曹司のためにあるって言われているのだ。普通は19歳で大学受験をするけど、安人は17歳で受験した。おまけに、とんでもない高得点で、その年の県内トップの成績を収めたんだ。ここまででも十分、人間離れしてる。優希はそう思ったけど、安人はさらにその上をいき続けた。安人は大学に入っても、やっぱり周りとはペースが違っていた。今は大学2年生だけど、彼はもう起業しているのだ。先輩たちを率いてシステム開発をしていて、専門の会社よりすごいAIプログラムを作っているくらいだ。それにこの夏休みには、彼のチームで開発したシステムが海外のIT会社と契
続きを読む

第1253話

そう思って、優希は栄光グループのビルの前まで来た。運転手は車を止めると、シートベルトを外して優希のためにドアを開けようとしたが、その前に彼女が先に口を開いた。「陣内さん、私は自分で上がるから、あなたは先に帰ってて。あとで必要になったらまた電話するから!」「かしこまりました」優希はにこりと笑って、リュックを背負うと鼻歌を口ずさみながら、自分でドアを開けて車を降りた。ドアが閉まると、運転手の陣内は助手席の窓から外を眺めた。優希の華奢な体が、軽い足取りでわくわくした様子でビルに入っていくのが見えた。太陽の光を浴びて、優希の姿は細くすらりとしていた。170センチ近くある高身長に、日に当たると栗色に見えた腰まで届きそうな長い髪は、彼女の楽しそうな足取りに合わせて風に舞い、とてもしなやかだった。陣内は遠くからその姿を眺め、しみじみ思った。昔は車に乗るのにもよじ登るようにしていた小さな子が、あっという間に大人になったものだな。......一方で、優希も栄光グループに来るのは、これが初めてではなかった。哲也は大学2年生の時からこの会社でインターンをしていた。その頃はまだ彼と付き合ってはいなかったけど、何度か来たことがあった。両家の親同士が仲が良く、二人は幼馴染ということもあって、そんな二人が気持ちを確かめ合って恋人になるのは、家族みんなにとって当たり前のことだった。だから、優希の誕生パーティーで哲也が告白したときも、みんな「やっとか」という顔をしていた。もちろん、この「みんな」に誠也と安人は含まれていないのだ。その時、娘に甘い父親とシスコンの兄が二人そろっていい顔はしなかったが、幸いにも綾がいたから、何とか抑えることができたようなものだ。綾は哲也のことをとても気に入っていた。それに、お互いの両親もよく知る仲だ。娘が彼と結ばれるなら、母親としてこれほど安心できることはないと思っているようだ。しかし、その一方、誠也と安人はかなり不満そうだった。ただ不満はあっても、誠也は自分に言い聞かせていた。娘がいつか嫁に行くのなら、他の誰かと結婚するより哲也のほうがずっといい。少なくとも、彼は小さい頃から見てきた子だ。性格も申し分ないし、娘にふさわしい相手だから。父親がそこまで折れているのを見て、兄である安人もそれ以上何も言えなかっ
続きを読む

第1254話

優希は、この女に見覚えがあった。小林渚(こばやし なぎさ)。哲也の大学の先輩で、法学部で一学年上だった。優希が渚を知っていたのは、この前、哲也に連れられて北城大学へ遊びに行ったとき、偶然、彼女に会ったからだ。その日、渚は先輩として、二人を大学の中に案内してくれたのだ。でも、渚って法学部じゃなかったっけ?どうしてここで秘書をしているんだろう?優希は不思議に思ったけど、これは彼女の個人的なことだ。それに、特別親しいわけでもないから、敢えて聞こうとしなかった。「お水で大丈夫です」優希は渚ににっこり笑いかけた。「ありがとうございます、小林さん」「かしこまりました。では二宮さん、少々お待ちください」渚はそう言うと、部屋を出てドアを閉めた。しばらくして、またノックの音が聞こえ、渚がドアを開けて入ってきた。「二宮さん、お待たせしました。お水です」渚はテーブルの前にかがみ、トレーをテーブルの上に置いた。そして、優希の前にお水の入ったグラスを置き、続けてムースケーキも取り出した。彼女はチーズケーキを、グラスの隣にそっと置くと、「給湯室にあったものなんですけど、こういうデザートは女の子なら好きかなって思って、よかったらどうぞ」そう言いながら、渚は優希の顔を見上げた。その言葉遣いや態度は、とても優しく上品だった。本当のところ、優希はチーズケーキがあまり好きではなかった。成長するにつれて、だんだん綾と好みが似てきて、デザートの中では抹茶のクリームケーキが一番好きになっていた。でも、渚のせっかくの親切を無駄にしたくはなかったので、彼女は渚を見て、にこやかに「ありがとうございます」とお礼を言った。一方で、渚がトレーを持って立ち上がり、振り返ったとき、ちょうど哲也が部屋の外から入ってくるのが見えた。「社長」渚は丁寧にお辞儀をした。哲也は彼女に軽くうなずくと、すぐに優希に視線を移した。すると、これまで会議のせいで寄っていた眉間のしわも、すっと消えていくのだった。そんな哲也が優希の方へ歩いていくと、渚は思わず隣を通り過ぎる彼の背中を振り返って見てしまった。すると渚は、哲也が優希の隣に腰を掛けて、その長くて綺麗な手で、ごく自然に優希の頭を撫でるのを目にするのだった。「来る前に電話くれればよかったのに。そしたら、あなたの
続きを読む

第1255話

「ああ、待ちきれないからだよ」哲也は優希を見つめた。その眼差しは、愛情でいっぱいだった。「あのさ、哲也」優希は気まずそうに口ごもりながら切り出した。「実は、まだあなたに話してないことがあるの」哲也は子供の頃から優希のことを見守ってきた。だから、彼女のことは何でもわかっているつもりだ。さっきからずっと、彼女の反応はいつもと違っていた。哲也も勘が鋭いから、優希が自分に会いに来たのはきっと別の目的があるのだとすぐに気が付いていた。それどころか、優希が口を開く前に、彼はもう察していた。哲也は唇を引き結び、静かに息を吐いた。「俺に言いたいことって、受けた大学が北城大学じゃなかったってことだろ?」優希は息をのんだ。少しして、彼女はこくりと頷いた。哲也は複雑な心境だったが、軽く笑ってみせた。「北城大学じゃないなら、東都大学しかないな」「前から知ってたの?」優希は驚いた。「いや」哲也はやれやれという口調で言った。「あなたが北城大学じゃ満足しないなら、あとは東都大学くらいしかないと思ってな」優希は少し後ろめたかったが、それでもきちんと説明しなければと思った。「これは中学生の頃から決めてた目標なの、哲也。わざと黙ってたわけじゃないの。ただ、志望校を書いたときは、まさか私たちがこんなに早く付き合うなんて思ってもみなかったから......」「ん?」哲也は眉をひそめ、言葉の裏を読み取った。「じゃあ、俺たち付き合うことなんてないと思って、それで東都大学を選んだってことか?」「そういうわけじゃ......」優希は眉を少しひそめ、真剣な口調で言った。「付き合うとか付き合わないとか関係なく、私が東都大学に行くこととは別の話だと思ったの。だって、大学を卒業したら北城に戻ってくるし、一生あっちにいるわけじゃないから」「4年間だぞ」哲也は優希の瞳をじっと見つめて言った。「あなたが一人であっちで大学生活を送るなんて、正直、心配で仕方ないよ」え?優希は一瞬戸惑って、ぱちぱちと瞬きをした。「心配してるのって、そのこと?」彼女は途端にほっとした様子で言った。「それなら大丈夫だよ。自分のことは自分でちゃんとできるから」しかし、哲也は少し面白くなかった。「あなたがこんなに長く家を離れるのは初めてだろ。ご家族は心配じゃないのか?」「うち
続きを読む

第1256話

それに優希が自分の腕にぎゅっとしがみついて、顔を寄せてくるのにつれ、女の子の甘い匂いがふわりと香ってくるのだ。哲也は、話すたびに動く優希の小さな唇を見つめて、ごくりと、何度も喉を鳴らした。この小さな唇は、どんな味がするんだろう......でも、彼の理性がその想いに必死でブレーキをかけた。まだ付き合って1ヶ月だ。ここで焦ったら、この子を怖がらせてしまうかもしれない。そう思って哲也は優希の手をそっとほどくと、立ち上がった。そして咳払いを一つしてから言った。「ちょっとトイレに行ってくる。その後、お昼を食べに出よう」一方で、彼の様子がおかしいなんて少しも気づかず、優希はにっこり笑って頷いた。「うん、わかった!」......哲也は社長室に併設されている仮眠室に入った。そしてバスルームで、冷たい水をばしゃばしゃと顔にかけると、鏡に映る自分の情けない姿を見つめた。そして、哲也は仕方なげに、ぎゅっと目を閉じて、ふうっと深いため息をついた。あと4年か。ゆっくり耐えるしかないな。......それから、哲也が優希を連れて社長室から出てくると、ちょうど渚は自分の席に座っていた。渚はふと顔を上げると、哲也が優希と手を繋いでいるのが目に入った。でも、彼女はすぐに気づかないふりをして、またデスクに視線を落とし、仕事に戻った。ただ、キーボードを打つ指先がもつれて、時々止まってしまうのだった。さらに、画面には、意味のない文字の羅列が打ち込まれていたのだ。こうして、お似合いの二人が遠ざかっていくのが、視界の端に映る中、耳には、女の子の弾むような声が響いた。「哲也、午後は郊外に新しくできたビーチに行きたいな。ネットで見つけたんだけど、近くにカップル向けのホテルができたんだって。お部屋には色んな......」「あの子が社長の彼女なの?ずいぶん若そうね!」その頃、秘書部では、さっそく噂話が始まっていた。「雰囲気いいねえ。並んでるだけで、すっごくお似合い。ただ手を繋いでるだけなのに、見てるこっちが照れちゃうよ!」「さっきあの子、カップル向けのホテルに行きたいって言ってなかった?え、まさか、そういうこと?でも、あんなに若そうな子に、社長もよく手が出せるわねえ」「さすがに成人してるでしょ!」と、ある女性秘書が渚の方を向いた
続きを読む

第1257話

最近の哲也は、どこへ行くにも運転手が送り迎えをしていた。しかし、恋人とのデートに運転手も一緒というのはさすがに気まずい。だから、哲也は彼に車を一階に回してくれるよう頼んだのだ。そして、二人がビルから出て来ると、運転手がすぐに駆け寄り、車のキーを差し出した。「社長」哲也はキーを受け取ると、ロールスロイスの助手席のドアを開け、優希に言った。「乗って」優希は頷くと、身をかがめて車に乗り込んだ。哲也は優希が頭をぶつけないように、ドアの上部にそっと手を添えた。彼女が座るのを確認してから、ドアを閉めた。だが、優希がシートベルトを締め終わった途端、カバンの中のスマホが鳴り響いた。電話の相手は、兄の安人だった。優希は、運転席に乗り込んできた哲也にちらりと視線を送り、通話ボタンを押した。「お兄ちゃん」すると、電話の向こうから、安人の冷たい声が聞こえた。「もう昼飯の時間だぞ。まだ帰ってこないのか?」優希は、安人のこういう理不尽な詮索にはもう慣れていた。自分が哲也に会いに来てるって分かってるくせに、わざわざ電話してきて邪魔するんだから。まったく、この人は本当に暇なのね。一体いつになったら、自分も彼女を作るようになるだろう。そう思って、優希は心の中で悪態をつきながら、そっけない口調で言った。「お昼は、外で食べてくるから」「哲也と一緒か?」安人は、分かっていてわざと聞いた。「そうだよ!」優希はわざと明るい声を出した。彼女も兄が自分と哲也が一緒にいるのを快く思っていないのを知っているから、わざと彼を怒らせるように言ったのだ。「ご飯を食べたら、海にも行くの。夜はビーチでキャンプファイヤーがあって、多分そのまま泊まってきちゃうかも!」もちろん、それは安人を怒らせるための口実ではあったが、しかし、彼女は隣に哲也がいることをすっかり忘れていたようだった。優希が「泊まってくる」と言ったのを聞いて、哲也はシートベルトを締める手を止め、彼女の方を見た。だが、優希は兄への反抗に夢中で、哲也の眼差しが少し深くなったことには、まったく気づいていなかった。すると、案の定「優希!」電話の向こうで、安人が怒りをあらわにした。「あなたはまだ19歳だろ!もし本当に外泊なんかしたら、俺が哲也の足を叩き折ってやるからな!」まただ。また哲也をダシ
続きを読む

第1258話

それには優希もはっと息をのんだ。彼女は素早く駆け寄った。それとほぼ同時に、哲也はさっと一歩後ろへ下がった。すると、渚は、優希の胸に倒れ込んだ。......優希は渚を支えながら尋ねた。「どうしましたか?」「伯父に話があるってここに呼び出されました。でも、個室に入ったら騙されたって分かって......あの山下社長、奥さんがいるのに、私に......その......」渚はそれ以上言わなかったけれど、優希と哲也には何があったか察しがついた。「大丈夫ですか?怪我はありますか?」渚は顔を真っ青にして言った。「私、足を捻挫しちゃったみたいです......」その声は震え、優希の手を握る彼女の手も小刻みに震えていた。優希は一瞬眉をひそめたが、この様子からして、演技とも思えないように感じたのだ。彼女は護身術の心得があるから、渚を守ることはできる。でも哲也がそばにいたので、無意識に彼の方を見た。哲也は優希を安心させるような視線を送り、「俺が話をつけてくる」と言った。それを聞いて、優希は渚に言った。「とりあえず個室に入りましょう」渚は頷いた。優希は彼女を支えながら個室に入った。そして、個室のドアが閉まると、優希は渚を椅子に座らせた。渚は優希を見て、感謝の気持ちを込めて言った。「二宮さん、ありがとうございます」「気にしないで、誰だってこんな状況を見たら助けます。それにあなたは哲也の先輩で、栄光グループの社員なんですから。彼が見て見ぬふりをするはずないじゃないですよ」優希はそう言ってしゃがみ込んだ。「足、見せてください」「い、いいえ、大丈夫ですから!」それに驚いた渚は慌てて優希の腕を掴んだ。「早く立ってください......」「大丈夫ですよ」優希は顔を上げて彼女を見た。「ちょっと見せてください。​ひどくなったら、病院に行かないといけないですから」渚はそれを聞いて、もう抵抗しなかった。優希は彼女の怪我の様子を見た。足首は確かに腫れていた。「やっぱり病院に行った方がいいですね」優希が立ち上がると、ちょうどその時、後ろのドアが開いた。哲也が入ってきた。優希が振り返って外を見ると、もう誰もいなかった。彼女は数歩近づき、哲也の腕を掴んだ。「あの人は?」一方で、渚は椅子に座ったまま哲也を見つめ
続きを読む

第1259話

その力は強く、哲也のスーツにしわができるほどだった。すると、哲也は眉をひそめ、不機嫌そうな顔になった。優希も、渚が哲也の腕を掴んでいる手を見つめ、静かに眉をひそめた。だが、彼女の考えがまとまる前に、渚は慌てて手を離した。よろよろと数歩下がると、うつむいて謝り始めた。「社長、申し訳ありません!わざとじゃないんです。ただ、足元がふらついて......」そう言うと彼女は優希のほうに顔を向け、赤くなった目と青白い顔で訴えた。「二宮さん、怒らないでください。わざと社長に触れたわけじゃないんです」優希は渚を見ながら、ずいぶん大げさな反応だなと思った。だって、自分はまだ何も言っていないのに。一方で、哲也は優希の隣に歩み寄ると、そっと肩を抱いて言った。「先に席に着いて料理を頼んでいて。もう遅いし、お腹すいたでしょ」優希を見つめながら話す、哲也の声は優しさと愛情に満ちていた。優希は彼を一瞥して、頷いた。「うん、じゃあ先に注文してるね」彼女はくるりと向きを変えるとテーブルの席に着き、落ち着いた様子でそばにあったメニューを開いた。その瞬間から、優希は渚の方に見向きもしなかった。なぜなら、彼女は渚を相手にする価値もない人間だと判断したからだ。優希はたしかに、小さい頃から家族に大切に守られてきた。でも、世間知らずで甘いだけの女の子ではない。わがままではないけれどプライドは高いし、誰にでも簡単に利用されるような子ではなかったのだ。女の子は男の子より精神的に大人びるのが早い。だから優希も、小学校高学年の頃には、自分を妬む子たちから陰口を言われる経験をしてきた。そんなことは高校生になっても続き、優希にとってはもう慣れたものだった。優希は自分から面倒を起こしたりしないけど、別にいざこざに怖気づくような子でもないのだ。だから、彼女は自分で解決できることは決して親や兄には頼らない。でも、どうにもならない時は我慢せず、素直に助けを求めるようにしてきた。19歳の優希は社会経験こそ少ない。でも、誠也が小さい頃から論理的思考を養ってくれたおかげで、知性も父親譲りなのだ。だから、渚がうまく隠したつもりの下心も、優希にはとっくにお見通しだった。すべてを理解したからこそ、哲也が先に注文するように言った時、彼も渚の魂胆に気づいているのだと優希は
続きを読む

第1260話

だが、優希は、渚からの友達申請を承認しなかった。彼女は画面を消してスマホを置き、哲也に聞いた。「小林さんって、法学部じゃなかったっけ?なんで急に栄光グループで秘書をしてるの?」「さあ、俺もよく知らないんだ」哲也はハンドルを握りながら、低い声で答えた。「上杉さんが直接面接したらしい」「彼女が直々に面接したの?」優希は少し予想外のことそうに言った。「それなら、能力は間違いないってことね!」哲也は彼女をちらりと見て、口の端を上げて笑った。「気にしてる?だったら今度、上杉さんに言っておこうか......」「ううん、いいの!」優希は慌てて彼の言葉を遮り、にこりと笑った。「あなたのこと、信じてるから。それに、昔からあなたのこと好きな女の子なんてたくさんいたでしょ?小林さんが一人増えようが減ろうが、気にするほどのことでもないから」その言葉を聞いて、哲也は唇を結んだ。なんだか、おかしいな?優希が自分を信じてくれるのは良いことだ。でも、なんだか理性的すぎるような......しかし、優希は、このことをあまり気にしていなかった。だって彼女は、哲也と小さい頃から育んできた絆は、どんな試練にも耐えられると信じていたから。この頃の優希は、愛にも、哲也にも、そして自分自身と未来にも、無限の憧れと自信を抱いていた。19歳の優希の恋は、まっすぐで純粋だった。だから、自分のこの気持ちがいつか哲也の口から「押し付け」だと言われる日が来るなんて、想像もしていなかった。19歳の優希は、愛し合う二人は必ず手を取り合って、未来へ向かって共に生きていけると、固く信じていた。でも、29歳になった優希は知ることになる。数十年の人生はあまりにも長くて、かつて甘く愛し合った二人でさえ、運命のいたずらですれ違ってしまうことがあるのだと。......そして、二人が海に着いたのは、もう3時近くだった。ちょうど夏休みなので、海にはたくさんの観光客がいた。哲也は駐車場を一周したが、どうしても空いているスペースが見つからなかった。結局、近くのカップル向けのホテルを予約して、そこの駐車場に車を停めるしかなかった。そんなこんなで時間を食ってしまい、ビーチに着いた時には、もう4時近くになっていた。二人とも何も準備しておらず、本当に思いつきで来てしまったのだ
続きを読む
前へ
1
...
124125126127128
...
134
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status