夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する! のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

30 チャプター

第11話

それに、私が電話をかければ、雅臣は仕事中でも何でも、すぐに駆けつけてくれるよ。たとえ……」清子の目に、毒蛇のような鋭く毒々しい笑みが浮かんだ。「あなたたちが夫婦の時間を過ごしていても、彼は私のもとへ駆けつけてくれるんだよ」星は思わず拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込んでも、痛みは感じなかった。清子の電話で、雅臣が自分の元を去っていったのは、一度や二度だけではなかった。自分は、彼を引き止めたこともあった。しかし雅臣は、「くだらないことを言うな」とだけ言い残し、なにも残すことなく自分の元を去っていった。まるで、先ほど見せてくれた情熱は、ただの幻だったかのように。自分は、ただ弄ばれたような気持ちで、一人残された。清子の顔を見ながら、星は笑った。「つまり、彼は私を置いて、あなたとベッドタイムを過ごしに行ったて言いたいわけ?」清子の表情がわずかに硬くなったが、すぐにいつもの表情に戻った。「私と雅臣は……あなたが思っているほど汚い関係じゃないわ」他のことなら嘘をつけれたが、この件に関しては、彼女は嘘をつけれなかった。たとえ彼女が雅臣の初恋の人であろうと、まだ雅臣は離婚していない。愛人と言われるだけだ。ネットでは、男の心すら掴めない女たちが、偉そうに不倫は許してはならないとか言っているが、彼女と雅臣の方が、ずっと昔から互いを知り合っていた。「汚い?」星は、その言葉を繰り返したが、怒っている様子はなかった。「何もないくせに、どうしてそんなに得意げなの?清い関係だってこと?彼に子供を産んであげられなかったこと?それとも……彼と結婚できなかったこと?」清子は星に痛いところを突かれ、笑顔が消えた。「それがどうしたっていうの?私が彼と結婚できなくても、子供を産んであげられなくても、私が空にある月が欲しいとも言えば、彼はなんとかしても取ってきてくれるわ」何かを思い出し、清子は再び笑顔になった。「あら、あなたと雅臣が予定していた結婚式も、私がもらっちゃったわね。あのウェディングドレス、私が好きなデザインだったの。まさか、雅臣がそんなに昔の私の好みを覚えていたなんて……」星は眉を上げた。「偽物の結婚式で、そんなに喜ぶなんて。そんなに自信があるなら、雅臣に離婚してもらって、あなたと結婚してもらえばいい
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第12話

雅臣は力がとても強いため、掴まれていた星の手首に激痛が走った。彼女は激痛に耐え、男を見上げて、冷たく言い放った。「ええ、聞こえているわ。それで?」勇は星の言葉の意味が理解できず、大声で言った。「それで?もちろん清子に謝るんだろう!」航平は、静かにため息をついた。星は最初から清子に謝るつもりがあるのなら、「それで?」などと聞き返すはずがない。彼女の言葉の真意は、雅臣の言葉は聞こえているが、謝るつもりはないという意味だ。雅臣は、冷たい視線で星を見つめた。「最後にもう一度だけ言う、清子に謝れ」星は、男の整った顔を見上げて言った。「雅臣、私に一番多くかけた言葉が『清子に謝れ』だって自覚ある?あなたはうんざりしてないのかもしれないけど、私はもううんざりだわ。そんなに謝罪が好きなら、私が人でも雇って、一日中、ずっと謝らせてあげるわ」勇は、それを聞いて怒り狂った。「星、悪いことをしたくせに、謝ろうともしないのか!恥を知れ?!」星は冷静に言った。「私が悪いことをしたと思うなら、警察でも呼べばいいでしょう」勇は彼女に指さしながら、怒りで言葉を失った。「お前……」突然、星の手首に骨が砕けるかと思うほどの激痛が走った。痛みで眉をひそめ、顔色も幾分悪くなった。しかし雅臣は、まるで気づいていないかのように、鋭い視線で瞬きもせずに彼女を見つめていた。「神谷さん」こんなことで意地を張っても、自分が損をするだけだ。「そろそろ手首の骨が折れそうよ」雅臣は手を放さなかった。「だから、まだ謝らないつもりか?」勇が隣で煽り立てた。「雅臣、その調子だ!あの女に誰が上位なのかを教えてやれ!」星の額には冷や汗が滲み、顔色は雪のように青白くなっていた。痛みで思わず睫毛が軽く震え、彼女は言った。「もし神谷さんが私の手首を折ったら、警察に通報する。傷害罪で告訴する。いや……」彼女は嘲るように笑った。「神谷さんが私にしたことは傷害罪ではなく、家庭暴力にあたるかもしれないわね……まさか、神谷グループの社長が妻に暴力を振るうDV男だなんて、マスコミも大喜びでしょうね……」雅臣は手を放した。星は、自分の手首を見てみた。白い肌に、赤い痣がすでにくっきりと浮かび上がっていた。雅臣の目に、微かに動揺の色が浮かんだ。こ
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第13話

勇は星を睨みつけ、「清子にたてついたな。後で雅臣にこっぴどく叱られるに決まっている!待っていろ」と言い放った。星はようやく彼を一瞥し、真顔で尋ねた。「勇、ゴマすりでは飽き足らず、今度は腰巾着に昇格したの?」勇は、星の言葉に激怒した。彼は怒りに震えながら星を指差し、「雅臣、航平、聞いたか?!あいつ、俺のことを腰巾着だって!さっき外で会った時も、ゴマすりって言いやがった!」と叫んだ。航平は軽く咳払いをして言った。「勇、この件はやはり雅臣に任せよう」「ダメだ!」勇は、まるで尻尾を踏まれた猫のように怒鳴った。「雅臣、今日中にケリをつけろ!でないと、俺は帰らないぞ!」星は冷静に言った。「じゃあ、ここにいたら?私は用事があるので、これで」星は腫れ上がった手首をさすりながら、彼らを避けながら歩き出した。雅臣は顔を曇らせ、再び星の手首を掴んだ。今回はそれほど強く掴んではいなかったが、それでも星は、彼の力から逃れることはできなかった。勇は何か言いたげだったが、雅臣の険しい顔を見て、言葉を飲み込んだ。清子も、それ以上何も言わなかった。雅臣は星を乱暴に無人の個室へ連れ込み、嘲るように言った。「星、これが俺の気を引くための新しい手口か?」星は眉をひそめて言った。「何を言っているの?」雅臣は皮肉っぽく言った。「この前はわざと危険に遭ったふりを装って俺を呼び出したが、結局何も起こらなかったな……星、いつからそんな卑怯な真似を覚えたんだ?」星は締め付けられるように胸を痛んだ。まるで鋭利な刃物で、少しずつ体を切り刻まれているかのように、息苦しかった。星は拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込んだ。卑怯。自分が卑怯?この前、星は買い物に出かけた際に、誘拐犯に襲われた。その日の朝、翔太は最近の野菜が新鮮じゃないと文句を言って、少ししか食べただけで癇癪起こして食べるのをやめてしまった。星は、清子は野菜の買い出しはいつも田口がしていることを知っているため、わざと翔太に話したのであろうと推測した。だから、彼女は自分で買い物に行くことにしたのだ。星を誘拐した男は、数千万もの大金を騙し取られ、全てを失い、家族も失ってしまった可哀想な男だった。やけになってしまった彼は、社会に復讐しようと、通りすがりの人間を誘拐した
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第14話

待っている間、彼女は誘拐犯と、家族や子供、結婚生活について語り合った。誘拐犯には、優しい妻と賢い娘がいて、幸せな家庭を築いてた。妻と娘に楽な暮らしをさせようと、ある事業に投資したが、それに騙されて全てを失ってしまったのだ。彼は星に言った。借金を返済できたとしても、自分は逮捕されるだろう、と。しかし、妻と娘に借金の取り立てに苦しんでほしくはない、ただ静かに暮らしてほしい、と。星は、複雑な気持ちになった。外から、警察と交渉人が、繰り返し呼びかけていた。誘拐犯の興奮した様子も、徐々に落ち着いてきた。彼は言った。「金持ちの生活も、そんなに幸せじゃないんだな。もし、俺じゃなくて、普通の誘拐犯なら、お前は今日死んでいただろう。俺が失うのは金だけだが、お前は命を失うかもしれなかったんだ」誘拐犯は時計を確認し、時間がかなり経っていることに気づいた。そして、星を憐むような目で見た。「話を聞いてくれてありがとう。お前と比べると、俺もまだまだましなんだな。もういい、行きな……」誘拐犯が彼女を解放しようとした行動は、警察に誤解されてしまったようだ。銃声が響き、誘拐犯は倒れた。生温かい血が、彼女の顔に飛び散った。その瞬間、星の頭は真っ白になった。人間の死に様を、こんな間近で見るのは初めてだった。誘拐犯が射殺されると、警察と救急隊員が駆けつけてきた。結局、雅臣から連絡はなかった。病院で検査を受けている時、偶然手術室から出てきた清子に会った。雅臣は、ようやく星からの電話のことを思い出した。「お前はさっき誘拐されたって、電話してきたのか?」勇が冷やかした。「おいおい、誘拐されたのに、どうしてここにいるんだ?まさか、自作自演として、雅臣の気を引こうとしたんじゃないだろうな?雅臣、見てみろよ、どこも怪我してないじゃないか!誘拐だなんて……ぷっ、演技下手すぎだろ!」ちょうどその時、意識を取り戻した清子が言った。「星野さん、私の薬膳を作るのが面倒なら、もう作らなくていいわ……でも、こんな冗談はもうやめて!」勇と清子は、星が誘拐されたという事実を、雅臣の気を引くための嘘だと決めつけていた。でも実際には、雅臣が少し調べれば、彼女が本当に誘拐されたことがすぐにわかるはずだった。しかし、彼はそうしなかった。彼の関心は、
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第15話

「星、何度も言っているだろう。俺と清子は、お前が考えているような関係じゃない。いい加減、疑うのはよせ」星は冷淡に言った。「あなたと清子がどんな関係であろうと、私には関係ない。離婚届にはすでにサインした。いつ提出しに行くの?」「離婚?」雅臣は冷たく笑った。「星、この5年間、お前はずっと専業主婦のままで、仕事もしていない。俺と離婚して、お前に何ができる?生活していくことさえままにならないだろう。それに、翔太の親権はお前に渡さない。裁判になっても、仕事も収入もないお前には勝ち目はない。星、賢い女なら、いい加減引き下がるべきだ。やりすぎると、後で後悔することになるぞ」星の心は冷え切った。長年尽くしてきたのに、、感謝されるどころか、自分の弱点となり、相手に利用される材料となってしまったのだ。小さい頃からずっと自分と一緒に過ごしてきた翔太でさえ、自分に不満を抱き、責め立てていた。自分の人生は……本当に……失敗だった。星は雅臣の目を見つめ、一語一句、はっきりと言った。「仕事も収入もない?翔太を産む前は、私もちゃんとした仕事をしていて、それなりの給料をもらっていた。翔太を他人である家政婦に預けるのは心配だから、仕事を辞めて翔太の面倒を見るようにと、あなたたちが言ったのよ」雅臣は眉をひそめた。「お前のちっぽけな給料で何ができたっていうんだ?家で翔太の面倒を見ていたほうがよかっただろう」星は拳を握り締めた。「ええ、確かに私は、あなたのように大金を稼ぐような才能はない。でも、私は自分で稼いだお金で、私一人を養うことぐらいには事足りてた!少なくとも、あなたの家族から、私が金食い虫だって言われることもなかったし、あなたの友達から、あなたに寄生している専業主婦だって笑われることもなかったわ!」なんて惨めなんだろう。自分は、家族と子供のために、好きな仕事を諦め、多くのものを犠牲にしてきたというのに。結局のところ、自分は人から見下される存在になってしまった。雅臣は眉をひそめた。「星、お前はそんなに周りの目を気にしていたのか?それに、勇たちは悪気がない」悪気はない?清子のほうは、まだ悪意を隠そうとしていたが、勇ときたら、悪意を隠そうともすらしていなかった。それなのに、雅臣は、勇には悪気がないと庇っている。彼の目は節穴なの
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第16話

個室の中では、勇が航平と清子に、身振り手振りで何かを話していた。「ほら、どうりであいつ、今日男と遊んでる暇があるよな。まさか清子の薬膳も作ってやらないなんて!清子、見てろよ、雅臣があの専業主婦をこっぴどく叱ってやるから!」清子が何かを言おうとした時、個室のドアが開いた。雅臣が、無表情で入ってきた。彼はいつもポーカーフェイスで、何を考えているのか分からなかった。しかし、なぜか清子は、雅臣の機嫌が悪いと感じた。彼女は静かに言った。「雅臣、星野さんの機嫌は直ったの?今頃もう帰って翔太くんの面倒を見ているのかしら?」雅臣は唇を固く結び、「いや」とだけ言った。清子は目を丸くした。「星野さんはまさか、翔太くんのことも放っておこうとしたの?」彼女は唇を噛み、決意したように言った。「雅臣、私が星野さんに謝りに行こうかしら?翔太くんはまだ幼いから、母親の世話が必要だよ。私たち大人の喧嘩に、子供を巻き込むべきじゃないわ。翔太くんには何の罪もないの」勇は呆れたようにため息をついた。「あいつの策は見え見えだ。翔太くんを利用して、雅臣を脅迫しようとしてるんだ!自分の子供さえ利用しようとなんて、最低な女だ!」航平は勇の言葉を遮った。「勇、もういい」「俺は何か間違ったことを言ったか?」勇は構わず続けた。「星が何をしたのか知ってるか?もう結婚して、子供もいるくせに、ナイトクラブで遊び相手を探してるんだぞ!完全に不倫だろ?翔太くんがあいつを嫌うのも当然だ。母親失格だろ!雅臣があいつを甘やかしすぎたんだよ!毎日、家でのんびり遊んで暮らし、雅臣のカードで好きなだけ買い物をして、それだけじゃまだ足りないのか!今度は雅臣の金で男を養おうとしてるんだぞ!」勇は何かを思いついたように、雅臣を見た。「雅臣、こういう女には、金で締め上げるのが一番効くぞ。カードを止めれば、大人しくなるさ。三日と経たずに、土下座して謝ってくるぞ!」……雅臣と清子に会ったことで、星の楽しい気分は台無しになった。帰ろうとした時、星のスマホが振動した。スマホを見ると、家族カードが利用停止になったという通知が表示されていた。星はすぐに理解した。雅臣が自分のカードを止めたのだ。この5年間、星は家で翔太の世話をしており、収入はなかった。生活費は全て
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第17話

男の子は彼女をちらりと見て、再び言った。「僕にぶつかったんだから、責任を取れよ」星は男の子を見つめ、試しに尋ねた。「病院に連れて行ってあげようか?」男の子は少し迷った後、小さく頷いた。星はさらに尋ねた。「先にお父さんかお母さんに連絡しようか?」今回は、男の子は即座に首を横に振った。親に連絡したくないという意思が、はっきりと伝わってきた。星は眉をひそめた。もしかして、この子は家で虐待されているから、親に連絡したくないのだろうか?とにかく病院で検査を受けさせ、ひどい怪我をしていたら警察に通報しよう。そう考えて、星は優しく言った。「分かった。私の友達に一声かける後に、すぐに病院に連れて行ってあげるわ」そう言って、彼女は男の子の手を取った。男の子の手は少し冷たかった。翔太も、体が弱かった頃は、いつも手が冷たかった。医師は、翔太の虚弱体質は生まれつきのものだから、すぐに治るものではないため、長い時間をかけて治療していく必要があると言っていた。その時、翔太が苦しむ姿を見るのは、星にとって本当につらいことだった。できることなら、自分が代わりに苦しんであげたいと思ったくらいだ。しかし、それは不可能のことだった。彼女は、翔太のためにできる限りのことをしようと、あらゆる努力をした。漢方やマッサージ、鍼灸を独学で学び、薬膳を中心とした食事療法を考えた……母親になったからだろうか。翔太には失望しているが、幼い子供を見ると、どうしても情が湧く。男の子は、星が自分の手を取ったのを見て、少し驚いた様子だった。女性の手は柔らかく温かくて、安心感があった。彼は無意識に星の手を握り返し、彼女の後に続いた。星は男の子が抵抗しなかったのを見て、彼に優しく微笑みかけた。なぜか、男の子は顔を伏せてしまった。星は気にせず、彼の手を引いて彩香のいる個室に戻った。カラオケに飽きてお酒を飲んでいた彩香は、星が戻ってきたのを見ると、声をかけた。「星、おかえり!ほら、乾杯しよ……あれ?翔太くんも来てたの?」入口は薄暗く、彩香は星が子供を連れて入ってきたことしか分からず、翔太が星を探しに来たのだと思ってた。「違うわ」星は言った。「廊下で偶然この子にぶつかってしまって、具合が悪そうだったから、病院に連れて行ってあげようと思って」
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第18話

男の体つきは引き締まり、すらりとした長身だった。彫刻のように整った顔立ちに、魅惑的な瞳が光を湛えている。眉間には色気が漂っていた。男の低く、そしてハスキーな声が響いた。「怜、また悪いことをしたな」しかし、男の子・榊怜(さかき れい)は小さく震え、星に抱きついた。星は怜を背中に隠れさせ、「あなたは、この子とどういう関係?」と尋ねた。男は、まるで今やっと星に気づいたように綺麗な眉をつり上げた。「どういう関係だって?もちろん、この子の父親だ」星は疑わしそうに彼を見た。「本当に?」男は不敵そうに笑った。「信用できないなら、警察を呼んで調査してもらおう?」「いいわよ」星はスマホを取り出し、警察に電話をかけようとした。怜が軽く彼女の袖を引っ張り、「警察はいいよ。彼は……僕のパパだ」と言った。星は怜と男の顔を交互に見て、二人の間の空気が少し変だと感じた。しかし、怜が彼のことを父親だと認めている以上、彼女が口出しするべきではないだろう。星は優しく言った。「坊や、お父さんが迎えに来たんだから、お父さんと一緒に帰ろう」しかし、怜は突然「帰りたくない!」と言いだした。星は、彼が何かことで家族と揉めてしまって、だから家出したのだろうと推測した。彼女が何か言おうとした時、男の気が抜けたような声が聞こえてきた。「帰りたくないなら、じゃ帰ってくるな」星と彩香は同時に驚き、男の方を見た。若い男は低い声で言った。「俺は榊影斗(さかき かげと)。怜の父親だ」星は、彼が何をしようとしているのか分からず、黙って彼を見つめていた。影斗は続けた。「怜が誰かをこんなに気に入るのは珍しいことだ。そこで、お前に頼みたいことがある。怜が学校を休んでいる間、彼の面倒を見てくれないか?月に200万円支払う。怜にかかる費用は、全てこちらで負担する。どうだ?」彩香は、思わず影斗を見つめた。学校を休んでいる間だけ面倒を見て、月に200万円、その他の費用は全額負担……まさに、楽して稼げる仕事だ。彩香は心を揺さぶられた。自分のような社畜にとって、月収20万円でも十分すぎるくらいなのに。しかし、男の服装や立ち振る舞いから、まるで絵に描いたような金持ちの資本家であることが分かった。星は反射的に断った。「すみません、私には……」
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第19話

そう考えて、星は尋ねた。「榊さん、私は何をすればいい?」影斗は満足そうに微笑んだ。「俺は仕事が忙しくて、なかなか彼と過ごす時間がない。お前の……」彼は少し間を置いて尋ねた。「名前は?」「星野星」「星野さんの仕事は簡単だ。怜がお前の家にしばらく滞在する際には、学校の送り迎えと食事の世話、そして、学校が休みの日は、一緒に遊んであげればいい」影斗は穏やかな口調で言った。「もちろん、遊園地やサマーキャンプ、旅行に連れて行くのも構わない。星野さんの好きなようにすればいい。費用は全て、別途精算する」彩香は羨望の眼差しを向けた。給料をもらいながら旅行ができるなんて。星の目が一瞬揺れた。「彼が……私の家に住む?」影斗は眉をつり上げた。「なんだ、まさか俺の家に住みたいのか?俺は構わないが、星野さんはまだ若いから、夫や恋人に誤解されるだろう?」影斗に言われるまで、星はそんなこと考えてもいなかった。自分と影斗は見た目上あまり歳の差もなく、彼の家に住めば、周りの人間に誤解される可能性も高かった。それに、影斗の妻が、自分の夫が他の若い女と同居することを許すとも思えなかった。星は少し考えてから、尋ねた。「怜くんのお母さんも、賛成なの?」影斗は数秒間、沈黙した後、「彼女はすでに亡くなっている」と言った。星は慌てて謝った。「すみません」影斗は気にする様子もなく、「構わない。もうずいぶん前のことだ」と言った。星は視線を落とし、怜を憐れむように目を向けた。星は頷いた後、尋ねた。「榊さんは私が彼を虐待したりしないか、心配じゃないかしら?」影斗は落ち着いた口調で、しかし、圧倒的な威圧感を持って言った。「俺の息子を、誰が虐待できるっていうんだ?」確かに、一目で影斗は只者ではないことがわかる。彼の息子に手を出せば、どうなってしまうのかも分かっていることだろう。それに、彼が安心して自分に息子の世話を任せられるのは、きっと後で誰かに自分を見張らせるに違いない。影斗が提示した条件は魅力的だが、簡単な仕事ではないだろう。でも、やましいことなんてないから、見張られても全然怖くなかった。星は尋ねた。「いつから仕事を始めればいい?」「今すぐでもいいぞ」影斗は腕時計を見た。「俺はこれから急な出張が入っちゃって、週末まで
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第20話

影斗は視線を逸らし、「いや、ただ星野さんが怜にそこまでしてくれるとは思わなかった」と言った。星は微笑んだ。「2000万円ももらえるなら、誰でも真剣になるわよ」彩香が相槌を打った。「そうよ、榊さん、私は別に2000万円なんて必要ないわ。200万円でも、怜くんを神様のように大事に扱うよ」影斗は小さく笑い、彼の美しい瞳がさらに輝きを増した。「分かった。後ほど、怜に関する資料を星野さんに送らせよう」彼は怜を見て言った。「行く前に、怜に少し話がある」星は、「じゃあ、私は下で待っている」と言い、彩香を連れて病室を出て、気を利かせてドアをそっと閉めた。星が病室から出た後、影斗は眉をつり上げて言った。「本当に彼女でいいのか?」怜は、さっきまでの元気がない様子とは打って変わって、「うん、彼女がいい。彼女にママになってほしい」と言った。影斗は顎に手を当てて言った。「他の女なら簡単だが、夫と子供がいる女なら、金で解決できる。だが、その女は雅臣の妻だ……そう簡単にはいかないだろう」怜は頑固に言った。「僕は彼女がいいんだ!彼女にママになってもらう!」「まあ、今はいいタイミングかもな」影斗は笑った。「半年前なら無理だったが、今は可能性が高い。この半年間、雅臣が初恋の人のためにしたことはもう周りのみんなによく知られている。あの親子は趣味が似ているんだな。雅臣の息子も、その女のことが格別に好きらしい。今は、星も一人で暮らしている……」影斗は怜を見下ろして言った。「このチャンスを逃すなよ。条件は揃えた。あとはお前次第だ」怜の顔には、子供らしい純真さはなかった。彼は力強く頷いた。「必ず彼女を手に入れる!」「よし、いいぞ」影斗は怜の頭を撫でて微笑んだ。「欲しいものは、自分で掴み取れ。どんな手段を使ってもな……ところで、お前は、彼女のどこが気に入ったんだ?」少し前、怜はロイヤル幼稚園に転園した。数日後、彼はある女性を気に入り、母親になってほしいと言い出した。影斗は、何か企みを持った女が怜に近づいたのだろうと思った。しかしいざ調べてみると、その女はなんと雅臣の妻だった。彼女は専業主婦らしく、めったに人前に姿を現すことはなかった。ネットにも、彼女の写真はなかった。雅臣が結婚していることは周りには知られているが、妻が
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