Semua Bab おいしいじかん: Bab 1 - Bab 10

16 Bab

ランチはイェーガーシュニッツェル

梅雨の足音が聞こえてきそうな6月の金曜日、おれは東京を離れ、中学・高校の6年間を過ごした地方都市に引越した。通っていた学校は、各種のスポーツにおいて強豪として名高い私立の中高一貫校で、おれは棒高跳びを主種目とした陸上選手として遠方からの推薦入学だった。自分を含むスポーツ特待生は大半が県外出身者。完全寮生活と多忙なトレーニングで自由時間など皆無で、学校外のことはほとんど知らないまま、東京にある付属の大学にエスカレーターで進学した。それ以来、この土地を訪れる機会は無かった。それゆえ、”戻ってきた” という感覚にはイマイチなれないものの、転職活動中に見かけた古知の地名に、親近感のような、なにか惹かれるものがあったのは確かだった。独身男の荷物量なんてたかが知れたもので、引越し業者は昼前には引き上げていった。あとは細々とした小物が入った段ボールが数個と書籍類が残っているだけだ。ざっと掃除機をかけてから財布と携帯だけをポケットに入れて、愛車のロードバイクを部屋から出す。寝床と仕事道具さえ出しておけば月曜の出社には困らないから、残りは暇を見つけて、ぼちぼち片付ければいい。なにしろまだ金曜日だし、せっかくの有給を部屋の片付けだけで潰すのは惜しい。学生時代に友人に進められてロードバイクを始めてからそろそろ10年。ポタリングからキャンプまで、今では欠かせない相棒だ。今までは都内の狭い賃貸で、自転車はベランダが定位置だったが、新居にはガレージのように使える自転車専用の部屋を用意した。これから天候や夜間を問わず、好きな時に自転車いじりができる。タイヤの種類を交換したり、微妙な位置調整なんかも。2LDKのマンションに一人暮らしなんてやや贅沢だろうけど、おれも今年で30歳で、そろそろ 寝に帰るだけの部屋を卒業し、プライベートな時間も大切にしたい。ロードバイクを片手で担ぎ、自室のある3階から1階まで階段を使う。さほど広くないエレベーターに自転車を乗せるのは気が引けるから、部屋選びの際に階段が使える階数を選んでおいた。建物自体は12階建てで、最上階にも空き部屋が出る予定とのことだったがさすがに12階を階段で上り下りするのはつらい。見晴らしの良さに、かなり後ろ髪を惹かれたが。外階段からマンションのエントランス前に出て愛車に跨り、スマートフォンをホルダーに固定する。MAP
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-21
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Getting closer

翌朝。いつもの土曜日なら二度寝をするところだが、引っ越し直後となればそうはいかない。目覚めたままに起きてすぐにシャワーを浴び、軽く体をほぐすと、さっそく片付けをはじめた。とりあえず片っ端から段ボール箱を開け、リビングの壁面収納にどんどんしまい込んでいった。細かい配置はそのうちでいい。暮らすうちに、自然と使い勝手で配置は変わってくるだろうから。昼前には全ての箱を空にし、引越し業者に回収の依頼をすることができた。もともと、おれは持ち物が少ない。ミニマリストを気取るわけではないが、ほぼ外食のため調理器具等が不要なのと、服装にあまりこだわらないためだ。通勤着に同じような服を5着、外出着が2着、あとは自転車用ウェアが2着。これに少しの上着類。これは中高6年間の寮生活による影響だと思う。収納スペースが限られていることと、学外へ出ることがほとんどなかったから毎日トレーニングウェアでどうにかなった。大学時代も、転学するまでは陸上漬けで……。とは言え、引っ越しで部屋のサイズも変化し、自転車通勤は時間的な余裕を与えてくれるだろうから、物が増えていく予感はある。夏の通勤には着替えをもっていくことになるかもしれないしな。ほこりっぽくなった身体を熱いシャワーで洗い流し、部屋を見渡す。うん、困らない程度には片付いたな。朝から集中して作業をしたおかげで、まだ外は十分明るい。梅雨の時期にも関わらず、引っ越しが雨に降られなかったのは本当によかった。さっそく自転車を持ち出し、街道へ出ると東へと向かう。昨日とは逆で、つまり会社がある駅方面から遠ざかる。暑くもなく寒くもない今の時期の晴れは、自転車乗りにとって最高の気候だ。ほんの少しの時間でも乗っておかないと勿体ない気さえしてしまう。ペダルを進めていると、少しずつだが工場のような建物が混ざってくる。おそらく準工業用地になるんだろう。さらに漕ぎ進むと、ホームセンターとショッピングモールが見えてきた。MAPアプリで目星は付けていたが、さすがの郊外店舗だけあり予想よりだいぶ敷地が広い。その背後には、40階はありそうなタワーマンションが数棟ぴったりと建っていて、低層の工場や空き地に囲まれて一種異様な景色だ。おれはこういった ”さあどうぞどうぞ、ここに住んでここで買い物してください!” といかにも準備万端に提供されている感じがど
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-29
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酔えない男と酔いつぶれた男

月曜日。新居からの初出勤は快晴に恵まれ、爽やかな漕ぎ出しだ。転職先は、自社で開発したアプリケーションが成功し、とある業界のスタンダードにまでなった実績あるソフトウェア開発会社だった。過去形なのは、開発部門を早々に子会社化し、今の母体は企画や営業中心のコンサルタント会社だからだ。 子会社と言っても名目上だけでビルも同じ。別フロアに開発部隊が居る、という感覚だ。 名刺の上ではおれの役職はコンサルタントだが、実際は自社アプリのプロジェクトマネージャーだ。顧客のニーズに合わせたカスタマイズをしたり、内部と外部の開発会社との調整をしたり。前職場では開発部門のリーダーで、一応は次の異動でプロジェクトマネージャーになる予定ではあった。しかし、配属される予定だったチームの責任者とメインの開発者のどちらも休職中、という地獄のような状況で。 顧客からの頻繁な仕様変更と、毎月の契約更新のたびに費用面で難癖をつけてくることが原因なのは明らかだったが、課長にかけあってみても「まあ修行だと思って」以外の返答はなく——元々なんとなく転職活動を始めていたおれにとって、退職の良い理由にはなったが。『会社よりも「人」で選べ』新人の時に担当チューターだった先輩の言葉だ。 先輩はすでに転職していたが、在職中からたまに飲みに行く関係で、今でも仲良くしてもらっている。 おれが転職を考えていると打ち明けた時、先輩は真っ先にそう言った。それがとても印象的で、帰り道何度も頭の中で呟いたのを覚えている。その言葉通り、転職活動では人を尊重するという当たり前のことが浸透しているかどうかを重視した。 結果、引っ越す価値があるほどの良い職場に出会えたと思っている。 いきなりのマネージャー枠での中途入社だが、チームメンバーからの純粋な力添えのお陰で円滑にやれているし、なんと言っても職場の雰囲気が明るい。 メンバー同士がリラックスして働いていて、コミュニケーションも活発だ。 ある日、正午を過ぎてそろそろ空腹を感じ始めたころ、職場付近の美味い店の話になった。各自それぞれお気に入りがあるらしく、名前が出た店舗を記憶しておく。「高
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-30
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客としてだけじゃ物足りない

焼け付くような喉の不快感で目を覚ましたおれは、水、水……と、まともに開けられない瞼のまま自分の周りを手探りでペットボトルを探す。いつも寝る前にはベッドサイドに置いておくのだが……「起きたか」ふいに部屋に低い声が響く。がばりと上体を起こすと、ソファに大きい白人の男がいて、「おはよう」なんて挨拶してくる。「え!?ここどこ!?」おれは一瞬、学生時代に留学したカナダの寮にいるのかと前後不覚になってしまう。「透の家じゃないの?」よく見ると、引越して来たばかりの自分の部屋なのは間違いなく。そうだ!おれすごく眠くて……「ヒューゴ!」「うん」「連れてきてくれたの?」「そ。何度か叩き起こしてね、自転車も一緒に」「ごめんー」「いいよ、飲ませちゃったのは僕なんだから」ヒューゴは微笑み、「では、僕はそろそろ帰るけど」とソファから立ち上がり玄関に向かった。おれは急ぎベッドから這い出し、キッチンにあったペットボトルのミネラルウォーターを流し込みながら後ろを追う。「ほんとごめん。また飲も?」引き止めたい自分を押し殺し、靴を履いているヒューゴに声をかけた。土曜はお店も忙しいはずだ。「じゃあ……今夜もおいで。食事、用意しておくから」振り返ったヒューゴの目に、窓から差し込む日光が反射してキラリと瞬く。そういえば、明るいところでヒューゴを見るのは初めてだ。「いいの?」「必ず来て。待ってる」そう言い残して背の高い男はかがむようにドアを潜って帰った。家の玄関にいたヒューゴは余計に大きく見えた。閉じられたドアを見ながら、おれはついガッツポーズをしてしまった。今夜も美味い飯が喰える。時計を見るとまだ辛うじて午前中だった。店を出たときは夜明け間際くらいだったと思うから、ある程度は眠れている。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-01
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アニバーサリーから始めよう

それ以来、おれは宣言通り、ヒューゴの店の常連となった。さすがに毎日とはいかないが、仕事が早く終わった日は夕飯を兼ねて軽く飲んで帰宅。早く切り上げればうまい飯にありつける、となると日々の高効率化にもつながる。金曜は、カウンターの奥の端の席に「Reserved」の札が置かれ、おれが店の扉を開けるとそれが取り除かれる。これは間違いなく常連と自覚して良いはずだ。時折、社内の誰か——-大抵は速水君だが、と誘い合って店に行くこともある。おれのバイトのことはなんとなく言えていないままだけれど、弊社は副業推奨だし、いつか機会があれば話そうと思っている。バイトは自分から積極的に入るようにしていて、急なグループ客が来た場合など、ヒューゴに頼まれるより先に自らバイトウェイターへ変身する。飲んでる最中に働かせるなんて申し訳ない、とヒューゴは言ってくれるが、実は飲むより働いている方が楽しいんだ。接客モードのヒューゴとは硬い会話しかできないという寂しさも取り除かれるし、なにより、ヒューゴとの作業は快適で無駄がなく、例えば運転の上手いドライバーの助手席に乗っている感じ。ブレーキを踏むタイミングが合うような。必然的に諒子さんと顔を合わす機会が減ってしまうのは残念だが、時間が許す限り働いていたいと思わせる。おれもチームメンバーに、働きやすさを感じてもらえるようにと思いヒューゴの所作を盗み見ているが、なにがどうというテクニックは無いらしい。強いて言えば丁寧さであったり、雰囲気であったりといった目に見えないもののコンビネーションが『快適さ』を醸し出して、それをうまくヒューゴが纏っているのかも。すぐに真似できるものではなさそうだな。そんな調子で、金曜はほぼ毎週飲みに行き、バイトをしない日であっても閉店後にクローズを手伝って、そのまま朝方までだらだら飲む。都合が悪い日もあるだろうとヒューゴには毎回確認しているものの、今のところ金曜の深夜は空いているらしい。それにしても、毎週毎週、飽きずによく話すことがあるなとは、我ながら思う。映画の話題が多いのは自覚できているが、他
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-02
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Cuddle Muffin

タクシーの中でヒューゴの名字を聞いた。何度聞いてもうまく発音できないおれを「僕もね、実は英語の方が楽なんだ」と慰めてくれたが、おれは英語もいまいちだ。「諒子さんとはスウェーデン語だよね?」ヒューゴは簡潔に事情を説明してくれた。日本で育ったヒューゴを突然スウェーデンの小学校へ転入させるのは辛いだろうと、ご両親は英語で学べるインターナショナルスクールを選んだという。以来、現地の学校へは一度も行かないままイギリスの大学に進学したそうだ。諒子さんは移住当時まだ小さかったため、そのまま母国語がスウェーデン語となったということだった。「だから僕らは見た目と中身が逆でね。家では、諒子が僕のスウェーデン語の先生だったな」ヒューゴは少し茶化し気味に言う。「日本語は、二人でたくさん練習したんだ。僕は絶対に日本に『帰る』つもりだったし。諒子はもちろんルーツが日本にあるからね」タクシーの窓ガラスに、すこしだけ悲しげなヒューゴの顔が反射していた。いつもの笑顔に混ざった悲しみは一瞬だけで、ヒューゴはおれがそれを見ていたことに気づいていないだろう。見た目から期待される中身が、それぞれ異なる兄妹。ふたりとも容姿には恵まれているけれど、スウェーデンでも日本でも、楽しいことばかりじゃないんだろうな。なにか力になれることがあるだろうか。さっきのような、悲しい顔を一瞬でもさせないように。ほどなくして、タクシーは白いマンションの前に停車した。部屋は最上階にあたる5階の角部屋だった。ヒューゴは「ミカサ スカサ」と言っておれをソファへ座るよう促してくれる。ぐるりと見回すと、広めのL字型の1LDKのようだ。家具は、ソファとテレビの間にカフェテーブルがあるだけで、まるで生活感のカケラもない。リビングと、その向こうを分けている間仕切りが木の枝そのままをいくつも並べてできていて、白い壁と調和してあたたかみがある。「スッキリした部屋だね」オブラートに包んだ感想を述べると、「ほとんど店にいるから」と。たしか店の上階に部屋があると言っていた覚えがあ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-03
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僕の休日をすべてあげる

家主が帰ってくるまで特にすることもなく、おれはソファにだらりと寛ぎ、ストリーミングサービスのタイトル一覧を眺めたり、スマホを触ったりして過ごした。初めて来た他人の家だというのに、自室のようにリラックスできてしまう。店の延長線上にあるような慣れからくる感覚なのかと思ったが、もしかすれば『場所』という入れ物より、ヒューゴの傍にいることに慣れているからか。さて、今日は土曜日だ。このまま家でのんびりするのもいいし、遅くまでどこかに遊びに出るのもいい。今日も泊まっていけと言うのが本音ならば。誰かと週末まるごとを過ごすなんて久しぶりだ。そういえば、と独りつぶやき、あらためてスマホを取り出してMAPアプリを確認する。店からタクシーで10分も掛かっていないようだったから、家からそう遠くないはずだ。マンションから現在地までを経路検索してみると、予想通りで自転車で20分少々と表示された。次は自転車で来よう。ジョギングに付きあって、あの美麗な完全体がヘトヘトになった姿を観てみたい。どちらかと言えば一人でも楽しめるタイプであまり孤独を感じたことはないけれど、今ではもう、ヒューゴに会う前の自分が金曜の夜に何をして過ごしていたか思い出せないほどだ。カチャリ、と鍵を開ける音がし、もう走り終えたのかと若干驚きつつも急いでドア前まで行く。開くと同時に「おかえり」と出迎える。「えっ?」しかしドア越しに聞こえてきたのは女性の戸惑った声だった。一瞬、嫌な考えが頭をよぎる。勘弁してくれ。早速かよ……「あっ!」ドアを開けたのは、驚愕した顔の諒子さんだった。「透くん!?」諒子さんは玄関に突っ立ったまま呆然として、「うそ……すごい」とつぶやく。すごいって何だ。「あ……お邪魔してマス……」おれは見知らぬ人でなかったことに心底安堵する。ヒューゴとの週末がなくなるんじゃ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-04
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きみのシェルターになりたい

実際のところ、忠告は半分冗談半分本気だ。想像に難くなかったとはいえ、ヒューゴは客から人気がある。バイトに入るようになり、今までとは違う目線から見ると、それは羨ましいなんて生ぬるいものではなく、気苦労でしかないようだった。相手がお客さんである以上は無下にもできず、しかしホイホイと付き合うわけにもいかず。とにかく波風を立てないように穏便に、をモットーにしているようだ。以前、諒子さんのことを奥さんだと思われても否定しない、と話していた意図は十分理解できた。ヒューゴの接客は間違いなく丁寧だが、おれがアンドロイドだとからかうように、やはりどこか機械じみているのは人間関係で問題を起こさないためだろう。そんなだから、商売をしている以上、ナンパだとか、後々面倒くさいことになるようなリスクは負わないはずだ。ま、小林さんとのやりとりを見る限り、このお誘いはいつもの冗談なんだろう。おれたちは小林さんに別れを告げると、近くにある適当なイタリアンレストランで遅めのランチをしてから少し海辺を流した。それにしても、『適当な店』というやつは大抵イタリアンになりがちだ。店を出て車に向かうと、ヒューゴがまた助手席のドアを開けてくれる。楽なんだけど……。このランチにしても、ヒューゴが時々作ってくれる賄いパスタの方がずっと美味しいと感じてしまった。いろいろ慣れつつある自分がちょっと怖い。ヒューゴの運転は快適でどこまでも乗り続けてしまいそうだったが、おれは仕事が残っていることを思い出してしまい、ドライブは2時間ほどで切り上げることになった。ようやく夕方になろうかという健全な時間にマンションに到着し、着替えが入ったバッグを寝室のクローゼット付近に置く。『本当に毎週来るけどいいのか』と、おれは心の中だけで問いかけて、発言はしなかった。口に出さなければ否定的な答えも返って来ないし。PCを小脇に抱えてリビングに戻ると、ソファに座りタブレットを操作しているヒューゴの隣に滑り込んであぐらを組み、そのまま資料作成に取り掛かった。「映画観てていいよ。気にならないから」実
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-05
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魔除けのしるし

ヒューゴと知り合って1年が過ぎ、また夏がやってきた。週末のお泊り会(そう言うとヒューゴは爆笑していたが)は、今までのところキャンセル日も頓挫することもなく、毎週続いている。いよいよ気温が30度を越えてくると、サイクリングの頻度も激減してくる。その日も真夏日で、おれたちはエアコンの効いた部屋で、氷をたっぷりいれたハイボールを飲みながらだらりと快適な映画鑑賞だ。作品は脚本賞を獲ったらしいクライムサスペンスで、たしかに良く練られたプロットだったがテンポが少々だるく、ソファの対角にいるヒューゴの横顔もついでに鑑賞する余裕があった。後ろでギリギリ結べるくらいの長さの髪を下ろしたままで、時折顔にかかる前髪を耳にかけなおしている。とても似合うけれど——たとえば、この1年でどんどん鍛えられていく身体や、意外にラフな行動を知った以上、少し違和感を感じるんだよな。長めのブロンドって繊細そうで。ヒューゴは物腰柔らかだけれど、繊細ではない気がする。「髪、伸ばしてるの?」「いや」ヒューゴは髪をかきあげる。いちいちかっこいいね。「切ってないだけ。でも結ぶと楽だよ。飲食店だし」「確かに清潔感はある」でも、と俺は続ける。「もう少し短かい方がヒューゴらしさが出そう」「そう?透がそう言うなら、切ろうか」ヒューゴはすぐ立ち上がって寝室の方へ行ってしまう。「もしかして今から行くの?」追いかけると、「土曜だし。ちょうどいい。前から切らせろってうるさかったんだ」と答えて脱いだTシャツをベッドに放り投げる。クローゼットの中は几帳面に整えているくせに、そういうちょっと雑な動作をするギャップが面白い。それにしても走っているだけでそんなに鍛えられるなんて、やはり体質の違いだろうか。ヒューゴは着替えを済ますと「すぐ戻る」と車のキーを掴んだ。素直なヤツ。動きたくなさそうにダラダラしてたのに。でもどこへ切りに行ったんだろう。予約もせず。一時停止していた映画はそのままにし、おれ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-06
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だが嵐は突然やってくるもので

週末が明けて月曜、いつも通りに出社してメールアプリを起動すると、Urgentと書かれた件名が目に飛び込んできた。 差出人は現在開発を任せているインドのベンダーだ。 念の為読み直して、速水君に転送する。メールの内容は悲惨なもので、先方の従業員の大半がボイコットを始めたとのことだった。あちらのプロジェクトマネージャーから、コアエンジニアたちをどうにか説得しに来られないか、という懇願だった。 炎上した原因は他社案件らしいが、ボイコットしているエンジニアたちは弊社のプロジェクトにもアサインされているため、こっちは完全にとばっちりだ。「高屋さーん、俺行けるよ!」そう言いながら速水君は開いている打ち合わせスペースを指さした。 今日は一日2人で籠もり、航空券の予約やらスケジュールの調整だ。とにかく早く行って早く帰るをモットーに、明日出発のコルカタ行きを予約した。帰りは終わり次第すぐに帰れるよう、オープンチケットだ。 インドの方には直近の作業のためにこちらから開発担当者1名を連れていくと返信した。もちろんボイコット組の説得役はおれだ。こっちは納期重視の日本社会だ。うちの案件だけでもやってもらわないととんでもない被害になる。おそらく先方のマネージャーはそれを見透かしていて、おれに連絡してきたのだろう。 それにしても、他社は何をやらかしたんだろう。経験上、インドの会社は大抵のことでは怒らないはずだ。 翌朝5時。成田空港でカツサンドを食べながらコーヒーを飲んでいると、速水君に「マジ面倒でしょ」と同情される。「うん。でも『呼んだけど来なかったから納品できませんでした』ってこっちの落ち度にしかねないからね、彼ら」「あるある過ぎ。だから海外に仕事頼むのしんどいんだよなあ」 速水君は伸びて大あくびする。本当にその通りだ。「日本に頼める先があればいいんだけど、技術力がね。速水君レベルのエンジニアはレアだもん」「あ。褒めてくれるんだ。窓際座る?」「おれ通路側派」飛行中、おれたちはエコノミーの狭い座席で足腰を強張
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-07
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