Home / BL / おいしいじかん / だが嵐は突然やってくるもので

Share

だが嵐は突然やってくるもので

last update Last Updated: 2025-07-07 19:00:34

週末が明けて月曜、いつも通りに出社してメールアプリを起動すると、Urgentと書かれた件名が目に飛び込んできた。

差出人は現在開発を任せているインドのベンダーだ。

念の為読み直して、速水君に転送する。

メールの内容は悲惨なもので、先方の従業員の大半がボイコットを始めたとのことだった。あちらのプロジェクトマネージャーから、コアエンジニアたちをどうにか説得しに来られないか、という懇願だった。

炎上した原因は他社案件らしいが、ボイコットしているエンジニアたちは弊社のプロジェクトにもアサインされているため、こっちは完全にとばっちりだ。

「高屋さーん、俺行けるよ!」

そう言いながら速水君は開いている打ち合わせスペースを指さした。

今日は一日2人で籠もり、航空券の予約やらスケジュールの調整だ。

とにかく早く行って早く帰るをモットーに、明日出発のコルカタ行きを予約した。帰りは終わり次第すぐに帰れるよう、オープンチケットだ。

インドの方には直近の作業のためにこちらから開発担当者1名を連れていくと返信した。もちろんボイコット組の説得役はおれだ。

こっちは納期重視の日本社会だ。うちの案件だけでもやってもらわないととんでもない被害になる。おそらく先方のマネージャーはそれを見透かしていて、おれに連絡してきたのだろう。

それにしても、他社は何をやらかしたんだろう。経験上、インドの会社は大抵のことでは怒らないはずだ。

翌朝5時。

成田空港でカツサンドを食べながらコーヒーを飲んでいると、速水君に「マジ面倒でしょ」と同情される。

「うん。でも『呼んだけど来なかったから納品できませんでした』ってこっちの落ち度にしかねないからね、彼ら」

「あるある過ぎ。だから海外に仕事頼むのしんどいんだよなあ」

速水君は伸びて大あくびする。本当にその通りだ。

「日本に頼める先があればいいんだけど、技術力がね。速水君レベルのエンジニアはレアだもん」

「あ。褒めてくれるんだ。窓際座る?」

「おれ通路側派」

飛行中、おれたちはエコノミーの狭い座席で足腰を強張

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • おいしいじかん   合鍵

    リビングから差し込む明るい光は木の間仕切りで遮られ、アイボリー色のフローリングに本物の樹木のような影を作っている。せっかくの快晴だけど、さすがに今日は自転車は控えよう。暑さにやられた身体をこの連休で本調子に戻さなくては。おれは眠りについた時のままの態勢でふんわりとヒューゴに包まれて、SF映画でよく見る培養液に浸かっているクローン胎児みたいだな、なんてぬくぬくと思っていた。快適なのはおれだけで、ヒューゴの腕が痺れているかもしれないし、一回起きなきゃなあとは頭ではわかっているけど、ああ、動きたくない。眼の前で、逞しい腕が微かに金色に輝いている。その皮膚の感覚を実感したくて、腕にぐりぐりと頭をこすりつけると、「起きたのか」と耳元で囁かれる。「まだ」おれの即答に、後ろからくっくっと喉だけで笑う声。「いまなんじ?」なんだか顔を合わせにくい。いくら疲労がピークだったとは言え、さすがに甘えすぎてしまった。「んー、10時頃」そう言ってヒューゴはおれから離れて起き上がった。途端にエアコンの冷気を感じて身震いする。でもその寒さよりも、体温が消えた寂しさのほうがちょっと強い。まだ、行かないで欲しかったな。すぐにヒューゴは寝室に戻ってきてミネラルウォーターのボトルの蓋を開け、おれに手渡すと、自分はベッド脇に立ったまま水を煽った。その姿に、思わず目を剥いてしまう。「ヒューゴ、どうしたのその身体」元から筋肉があるのは知っていたが、なんだそのバキバキに締まった上体は。「なんかヘン?」本人は気付いてなさそうな素振りで、ボトルを持ったまま停止している。あ……痩せた、のか。「特に何もしてないけど」なんてとぼけているが……まさか、おれのことを心配して、食べてなかったなんてこと……「ま、おれの方が焼けていい感じだけど」薄っすらしか筋肉が見えない、た

  • おいしいじかん   抱擁

    成田空港に到着し機体から外へ出た瞬間、ねっとりとした夏の湿度が纏わりつく。気温はインドに比べると低いとはいえ、湿度の高い日本の夏は不快で、この1ヶ月で疲労がピークに達した身体に強烈すぎる。速水君は奥さんへのお土産として現地で買った純金のネックレスをしっかりと握り、空港から自宅へ直帰した。おれの方は、先に面倒な報告なんかを全て終わらせておきたく、そのまま出社することにした。どうも性格的に何か気がかりがあるときちんと休めないんだよな。携帯電話のことと、部長への報告と。「おれ、インドなめてたよ」昼すぎにオフィスに着くやいなや、おれは第一声でそう告げた。「ひゃー高屋さん日焼けしてる!あ、痩せた?」デザイナーの阿部ちゃんに指摘される。「飯は美味かったんだけど、暑いのなんの」体重の増減は分からないが頬が痩けたような自覚はあった。食ってはいたが、慣れない環境で心労もあり、身体が通常よりもエネルギーを消費したのだろう。まずは部長に帰国の報告をすると、納期が2週間延期されるのは確定で、先方からは特に苦言もなく協力してもらえたとのことだ。「高屋君、本当にごくろうさま。本番稼働したら盛大にお疲れ様会だね」とのねぎらいに安堵する。詳細についてはレポートに整理し、改めて報告すると告げて部屋を出た。その足で給湯室にお土産の紅茶を置いてから、携帯電話の手続きをするため一旦会社を出た。……今日は這ってでも店へ顔を出さなければ。話したいことがたくさんあるよ、ヒューゴ。駅前で携帯電話の手続きを終え、開通するまでの数時間は社に戻ってぼちぼちと旅費精算でもしよう。まず腹ごしらえにコンビニに立ち寄り、おにぎりを幾つか購入する。インドではホテルのルームサービスに満足できていたが、それとこれとは別だ。久しぶりの日本の米に浮かれ足ながら社屋へ戻り、エレベーターのボタンを押す。「あの……あの、すみません」ずいぶん控えめなトーンで声を掛けられた。振り向くと、なんとなく見覚えがあるような女性が少し困ったような顔をし

  • おいしいじかん   きみがいない世界なんて

    毎週金曜日は、透が夕飯を食べに来る日だ。喜んでくれそうなメニューを考えるのが楽しくて、コストパフォーマンスは度外視。そのせいで、金曜日はランチの材料も豪華で凝ったものになる。ちゃっかり気付いているお客さんもいて、金曜は固定のランチ客が多い。普段のランチ営業はアルバイトに任せているが、金曜だけは、夕飯の下ごしらえのついでに調理は僕が担当する。今週はシュヴァインブラーテン&クロース。ドイツ人の祖母から教わった、僕の得意料理の一つだ。——ドイツ料理は、最初に透が店に来てくれた日を思い起こさせてくれる。あの日は涼しい風が良く通って、まるでヨーロッパの夏の森のような爽やかな日だった。苔の青い香りと野鳥の声を思い出していると、どうしてもドイツ料理が食べたくなって、昼下がりのカフェ営業のさなか、こっそり調理していたんだ。いつもはサンドウィッチなんかで簡単に済ますから、自分用に温かい料理を作ることは滅多にあることじゃない。コロン、とベルの小気味よい音と共にドアが開いた瞬間。まるで凛と澄んだ湖に飛び込んだような、眩しいくらい白い光を感じて。何事かと驚いて振り向いたら、そこに遠慮がちに、でもしっかりと「あの時のキミ」が立っていて。何度でも、思い出す度に言葉にできないほどの幸運に胸が一杯になる。クロース用に乾燥させていたパンをちぎり、オニオンを刻む。ソテーしたポークは昨夜からスープに漬けてあるから、ナイフがいらないほどジューシーに仕上がっているはずだ。食べてくれる相手のことを想像しながらの料理の時間ほど、楽しいものはない。透は僕が作った食事をなんでも美味しいと言ってくれるが、特にヨーロッパの料理が口に合うようで、なかなか良い食べっぷりを見せてくれる。元が陸上選手だけあって代謝がいいのか、太る心配も無さそうで、食べさせ甲斐がある。それに、お腹を空かして店に来る透は、とてもかわいい。金曜の夜はたくさん飲むから、悪酔いしないようにしっかり食べさせないと。ランチタイムが捌けて、バータイムまでのんびりと店で過ごす。

  • おいしいじかん   だが嵐は突然やってくるもので

    週末が明けて月曜、いつも通りに出社してメールアプリを起動すると、Urgentと書かれた件名が目に飛び込んできた。 差出人は現在開発を任せているインドのベンダーだ。 念の為読み直して、速水君に転送する。メールの内容は悲惨なもので、先方の従業員の大半がボイコットを始めたとのことだった。あちらのプロジェクトマネージャーから、コアエンジニアたちをどうにか説得しに来られないか、という懇願だった。 炎上した原因は他社案件らしいが、ボイコットしているエンジニアたちは弊社のプロジェクトにもアサインされているため、こっちは完全にとばっちりだ。「高屋さーん、俺行けるよ!」そう言いながら速水君は開いている打ち合わせスペースを指さした。 今日は一日2人で籠もり、航空券の予約やらスケジュールの調整だ。とにかく早く行って早く帰るをモットーに、明日出発のコルカタ行きを予約した。帰りは終わり次第すぐに帰れるよう、オープンチケットだ。 インドの方には直近の作業のためにこちらから開発担当者1名を連れていくと返信した。もちろんボイコット組の説得役はおれだ。こっちは納期重視の日本社会だ。うちの案件だけでもやってもらわないととんでもない被害になる。おそらく先方のマネージャーはそれを見透かしていて、おれに連絡してきたのだろう。 それにしても、他社は何をやらかしたんだろう。経験上、インドの会社は大抵のことでは怒らないはずだ。 翌朝5時。成田空港でカツサンドを食べながらコーヒーを飲んでいると、速水君に「マジ面倒でしょ」と同情される。「うん。でも『呼んだけど来なかったから納品できませんでした』ってこっちの落ち度にしかねないからね、彼ら」「あるある過ぎ。だから海外に仕事頼むのしんどいんだよなあ」 速水君は伸びて大あくびする。本当にその通りだ。「日本に頼める先があればいいんだけど、技術力がね。速水君レベルのエンジニアはレアだもん」「あ。褒めてくれるんだ。窓際座る?」「おれ通路側派」飛行中、おれたちはエコノミーの狭い座席で足腰を強張

  • おいしいじかん   魔除けのしるし

    ヒューゴと知り合って1年が過ぎ、また夏がやってきた。週末のお泊り会(そう言うとヒューゴは爆笑していたが)は、今までのところキャンセル日も頓挫することもなく、毎週続いている。いよいよ気温が30度を越えてくると、サイクリングの頻度も激減してくる。その日も真夏日で、おれたちはエアコンの効いた部屋で、氷をたっぷりいれたハイボールを飲みながらだらりと快適な映画鑑賞だ。作品は脚本賞を獲ったらしいクライムサスペンスで、たしかに良く練られたプロットだったがテンポが少々だるく、ソファの対角にいるヒューゴの横顔もついでに鑑賞する余裕があった。後ろでギリギリ結べるくらいの長さの髪を下ろしたままで、時折顔にかかる前髪を耳にかけなおしている。とても似合うけれど——たとえば、この1年でどんどん鍛えられていく身体や、意外にラフな行動を知った以上、少し違和感を感じるんだよな。長めのブロンドって繊細そうで。ヒューゴは物腰柔らかだけれど、繊細ではない気がする。「髪、伸ばしてるの?」「いや」ヒューゴは髪をかきあげる。いちいちかっこいいね。「切ってないだけ。でも結ぶと楽だよ。飲食店だし」「確かに清潔感はある」でも、と俺は続ける。「もう少し短かい方がヒューゴらしさが出そう」「そう?透がそう言うなら、切ろうか」ヒューゴはすぐ立ち上がって寝室の方へ行ってしまう。「もしかして今から行くの?」追いかけると、「土曜だし。ちょうどいい。前から切らせろってうるさかったんだ」と答えて脱いだTシャツをベッドに放り投げる。クローゼットの中は几帳面に整えているくせに、そういうちょっと雑な動作をするギャップが面白い。それにしても走っているだけでそんなに鍛えられるなんて、やはり体質の違いだろうか。ヒューゴは着替えを済ますと「すぐ戻る」と車のキーを掴んだ。素直なヤツ。動きたくなさそうにダラダラしてたのに。でもどこへ切りに行ったんだろう。予約もせず。一時停止していた映画はそのままにし、おれ

  • おいしいじかん   きみのシェルターになりたい

    実際のところ、忠告は半分冗談半分本気だ。想像に難くなかったとはいえ、ヒューゴは客から人気がある。バイトに入るようになり、今までとは違う目線から見ると、それは羨ましいなんて生ぬるいものではなく、気苦労でしかないようだった。相手がお客さんである以上は無下にもできず、しかしホイホイと付き合うわけにもいかず。とにかく波風を立てないように穏便に、をモットーにしているようだ。以前、諒子さんのことを奥さんだと思われても否定しない、と話していた意図は十分理解できた。ヒューゴの接客は間違いなく丁寧だが、おれがアンドロイドだとからかうように、やはりどこか機械じみているのは人間関係で問題を起こさないためだろう。そんなだから、商売をしている以上、ナンパだとか、後々面倒くさいことになるようなリスクは負わないはずだ。ま、小林さんとのやりとりを見る限り、このお誘いはいつもの冗談なんだろう。おれたちは小林さんに別れを告げると、近くにある適当なイタリアンレストランで遅めのランチをしてから少し海辺を流した。それにしても、『適当な店』というやつは大抵イタリアンになりがちだ。店を出て車に向かうと、ヒューゴがまた助手席のドアを開けてくれる。楽なんだけど……。このランチにしても、ヒューゴが時々作ってくれる賄いパスタの方がずっと美味しいと感じてしまった。いろいろ慣れつつある自分がちょっと怖い。ヒューゴの運転は快適でどこまでも乗り続けてしまいそうだったが、おれは仕事が残っていることを思い出してしまい、ドライブは2時間ほどで切り上げることになった。ようやく夕方になろうかという健全な時間にマンションに到着し、着替えが入ったバッグを寝室のクローゼット付近に置く。『本当に毎週来るけどいいのか』と、おれは心の中だけで問いかけて、発言はしなかった。口に出さなければ否定的な答えも返って来ないし。PCを小脇に抱えてリビングに戻ると、ソファに座りタブレットを操作しているヒューゴの隣に滑り込んであぐらを組み、そのまま資料作成に取り掛かった。「映画観てていいよ。気にならないから」実

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status