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きみのシェルターになりたい

last update Last Updated: 2025-07-05 19:00:19

実際のところ、忠告は半分冗談半分本気だ。

想像に難くなかったとはいえ、ヒューゴは客から人気がある。

バイトに入るようになり、今までとは違う目線から見ると、それは羨ましいなんて生ぬるいものではなく、気苦労でしかないようだった。

相手がお客さんである以上は無下にもできず、しかしホイホイと付き合うわけにもいかず。とにかく波風を立てないように穏便に、をモットーにしているようだ。

以前、諒子さんのことを奥さんだと思われても否定しない、と話していた意図は十分理解できた。

ヒューゴの接客は間違いなく丁寧だが、おれがアンドロイドだとからかうように、やはりどこか機械じみているのは人間関係で問題を起こさないためだろう。

そんなだから、商売をしている以上、ナンパだとか、後々面倒くさいことになるようなリスクは負わないはずだ。

ま、小林さんとのやりとりを見る限り、このお誘いはいつもの冗談なんだろう。

おれたちは小林さんに別れを告げると、近くにある適当なイタリアンレストランで遅めのランチをしてから少し海辺を流した。それにしても、『適当な店』というやつは大抵イタリアンになりがちだ。

店を出て車に向かうと、ヒューゴがまた助手席のドアを開けてくれる。楽なんだけど……。このランチにしても、ヒューゴが時々作ってくれる賄いパスタの方がずっと美味しいと感じてしまった。

いろいろ慣れつつある自分がちょっと怖い。

ヒューゴの運転は快適でどこまでも乗り続けてしまいそうだったが、おれは仕事が残っていることを思い出してしまい、ドライブは2時間ほどで切り上げることになった。

ようやく夕方になろうかという健全な時間にマンションに到着し、着替えが入ったバッグを寝室のクローゼット付近に置く。

『本当に毎週来るけどいいのか』と、おれは心の中だけで問いかけて、発言はしなかった。口に出さなければ否定的な答えも返って来ないし。

PCを小脇に抱えてリビングに戻ると、ソファに座りタブレットを操作しているヒューゴの隣に滑り込んであぐらを組み、そのまま資料作成に取り掛かった。

「映画観てていいよ。気にならないから」

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    週末が明けて月曜、いつも通りに出社してメールアプリを起動すると、Urgentと書かれた件名が目に飛び込んできた。 差出人は現在開発を任せているインドのベンダーだ。 念の為読み直して、速水君に転送する。メールの内容は悲惨なもので、先方の従業員の大半がボイコットを始めたとのことだった。あちらのプロジェクトマネージャーから、コアエンジニアたちをどうにか説得しに来られないか、という懇願だった。 炎上した原因は他社案件らしいが、ボイコットしているエンジニアたちは弊社のプロジェクトにもアサインされているため、こっちは完全にとばっちりだ。「高屋さーん、俺行けるよ!」そう言いながら速水君は開いている打ち合わせスペースを指さした。 今日は一日2人で籠もり、航空券の予約やらスケジュールの調整だ。とにかく早く行って早く帰るをモットーに、明日出発のコルカタ行きを予約した。帰りは終わり次第すぐに帰れるよう、オープンチケットだ。 インドの方には直近の作業のためにこちらから開発担当者1名を連れていくと返信した。もちろんボイコット組の説得役はおれだ。こっちは納期重視の日本社会だ。うちの案件だけでもやってもらわないととんでもない被害になる。おそらく先方のマネージャーはそれを見透かしていて、おれに連絡してきたのだろう。 それにしても、他社は何をやらかしたんだろう。経験上、インドの会社は大抵のことでは怒らないはずだ。 翌朝5時。成田空港でカツサンドを食べながらコーヒーを飲んでいると、速水君に「マジ面倒でしょ」と同情される。「うん。でも『呼んだけど来なかったから納品できませんでした』ってこっちの落ち度にしかねないからね、彼ら」「あるある過ぎ。だから海外に仕事頼むのしんどいんだよなあ」 速水君は伸びて大あくびする。本当にその通りだ。「日本に頼める先があればいいんだけど、技術力がね。速水君レベルのエンジニアはレアだもん」「あ。褒めてくれるんだ。窓際座る?」「おれ通路側派」飛行中、おれたちはエコノミーの狭い座席で足腰を強張

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    実際のところ、忠告は半分冗談半分本気だ。想像に難くなかったとはいえ、ヒューゴは客から人気がある。バイトに入るようになり、今までとは違う目線から見ると、それは羨ましいなんて生ぬるいものではなく、気苦労でしかないようだった。相手がお客さんである以上は無下にもできず、しかしホイホイと付き合うわけにもいかず。とにかく波風を立てないように穏便に、をモットーにしているようだ。以前、諒子さんのことを奥さんだと思われても否定しない、と話していた意図は十分理解できた。ヒューゴの接客は間違いなく丁寧だが、おれがアンドロイドだとからかうように、やはりどこか機械じみているのは人間関係で問題を起こさないためだろう。そんなだから、商売をしている以上、ナンパだとか、後々面倒くさいことになるようなリスクは負わないはずだ。ま、小林さんとのやりとりを見る限り、このお誘いはいつもの冗談なんだろう。おれたちは小林さんに別れを告げると、近くにある適当なイタリアンレストランで遅めのランチをしてから少し海辺を流した。それにしても、『適当な店』というやつは大抵イタリアンになりがちだ。店を出て車に向かうと、ヒューゴがまた助手席のドアを開けてくれる。楽なんだけど……。このランチにしても、ヒューゴが時々作ってくれる賄いパスタの方がずっと美味しいと感じてしまった。いろいろ慣れつつある自分がちょっと怖い。ヒューゴの運転は快適でどこまでも乗り続けてしまいそうだったが、おれは仕事が残っていることを思い出してしまい、ドライブは2時間ほどで切り上げることになった。ようやく夕方になろうかという健全な時間にマンションに到着し、着替えが入ったバッグを寝室のクローゼット付近に置く。『本当に毎週来るけどいいのか』と、おれは心の中だけで問いかけて、発言はしなかった。口に出さなければ否定的な答えも返って来ないし。PCを小脇に抱えてリビングに戻ると、ソファに座りタブレットを操作しているヒューゴの隣に滑り込んであぐらを組み、そのまま資料作成に取り掛かった。「映画観てていいよ。気にならないから」実

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