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4.突然の転換

مؤلف: 霜月イヅミ
last update تاريخ النشر: 2025-07-01 15:35:10

 アシュトン様の言葉は、まるで雷鳴のように私の頭の中を駆け巡った。「俺は、貴様を、手に入れたいと思った。それだけだ」「貴様は、俺のモノだ。この契約が破棄されようと、俺は貴様を手放すつもりはない」。

 今まで私を完全に無視し、まるで空気のように扱ってきた彼が、一体何を言っているのだろう?混乱と、わずかな恐怖、そして理解できない感情がない交ぜになり、私はその場に立ち尽くすしかなかった。

「……アシュトン様、それは、一体どういう意味でございますか?」

 声が震えるのを自覚しながら、私は問い返した。

 アシュトン様は、私の顎を掴んだまま、ゆっくりと顔を近づけてきた。彼の黒曜石のような瞳が、私の顔をじっと見つめる。その深淵を覗き込むような視線に、私は身動きが取れなくなった。

「言葉の通りだ、セリーナ」

 彼の低い声が、私の耳元で囁かれる。

「貴様は、俺のモノだ。これまで、俺の隣に置かれることを当然だと思っていた貴様が、初めて自分の意思で俺から離れようとした。それが、俺の心を捕らえた」

 彼の言葉は、まるで獲物を追い詰める捕食者のようだった。

「愛などという不確かなものではない。貴様が俺に背を向けたことで、この俺が、貴様を――」

 彼はそこで言葉を切ると、私の頬を包み込むように手を滑らせた。彼の指先が、私の肌をゆっくりと撫でる。その冷たさと、微かな熱が、私の心をざわつかせた。

「――貴様を、欲するようになったのだ」

 その言葉に、私の全身を電流が走ったかのような衝撃が襲った。

「欲する……?」

 私が呆然と呟くと、アシュトン様は満足げな笑みを浮かべた。それは、先ほどの底が見えない笑みとは違い、確かな支配欲を含んだ、傲慢な笑みだった。

「そうだ。貴様は俺の好奇心を刺激した。この俺が、これほどまでに興味を抱いた女は、貴様が初めてだ」

 彼の言葉は、私にとっては全く理解できないものだった。

 興味?好奇心? 彼は私を、まるで珍しい玩具か何かのように見ているのだろうか。

「アシュトン様、私は……」

 私が何かを言おうとすると、彼は私の言葉を遮った。

「良いか、セリーナ。この同意書に、俺は署名しない。貴様との婚約は、継続する」

 アシュトン様は、同意書をデスクの隅に押しやると、私をぐっと引き寄せた。

 予想外の力に、私の体は彼の胸に吸い寄せられる。彼の硬い胸板に、私の顔が埋もれた。

 嗅ぎ慣れない彼の香りが、ふわりと鼻をかすめる。それは、剣の油と、彼の体から発する独特の、冷たいような、それでいてどこか甘いような香りだった。

「離してください、アシュトン様!」

 私は慌てて彼の胸を押したが、彼の腕は微動だにしなかった。

「離すわけがないだろう。今、ようやく貴様を手に入れたのだから」

 彼の声が、私の頭上で響いた。その声には、先ほどの冷徹さはなく、どこか満足げな響きがあった。

 私は、彼の胸の中で顔を上げた。

 アシュトン様は、私を見下ろし、その瞳の奥には、確かな執着の光が揺らめいていた。

「貴様は、俺の妻となる。そして、生涯、俺の隣にいるのだ」

 まるで、私の未来を決定するかのような、彼の絶対的な言葉。

 私は、全身から血の気が引いていくのを感じた。

 この日以降、私とアシュトン様の間には、奇妙な変化が訪れた。

 以前は週に一度の形式的な訪問だった公爵邸が、今では毎日顔を出すように求められるようになった。

 しかも、彼は執務室に閉じこもるばかりではなく、積極的に私に話しかけてくるようになったのだ。

「セリーナ、今日の茶菓子は何が良い?」

「この庭園に咲く花の名前を教えてくれ」

「最近読んでいる書物は何だ? 面白ければ俺にも教えろ」

 それは、以前の彼からは想像もできないような変化だった。

 最初は警戒していた私だが、彼の問いかけに答えざるを得ない状況で、少しずつ会話を交わすようになった。

 けれど、彼の態度はどこか一方的で、私の感情や意見を深く理解しようとはしない。まるで、手に入れた珍しい品を観察するかのような、そんな視線を感じることが多かった。

 私が困惑していると、彼は満足げな笑みを浮かべる。それはまるで、私の困惑する表情を愉しんでいるかのようにも見えた。

 ある日、私が公爵邸の庭園でスケッチをしていると、アシュトン様が珍しく訓練服姿で現れた。

 剣の訓練を終えたばかりなのか、額には汗が滲んでいる。

「何をしていた?」

 彼は私の隣に立ち、私が描いていたスケッチブックを覗き込んだ。

 そこには、庭園の片隅にひっそりと咲く、小さな白い花が描かれていた。

「この花は、あまり目立たないけれど、よく見るととても可憐で……」

 私が説明しようとすると、彼は私の言葉を遮って言った。

「ほう。貴様は、このような小さなものにまで目を向けるのか」

 彼の言葉は、評価しているのか、呆れているのか、判断しにくい響きだった。

 そして、彼は何も言わずに、その小さな花に手を伸ばした。

 私は、彼がその花を摘んでしまうのかと思い、思わず息を飲んだ。

 しかし、彼は花を摘むことはせず、ただその花弁に指先でそっと触れただけだった。

「……貴様と同じだな」

 彼は、そう呟いた。

「え?」

 私が聞き返すと、アシュトン様は私に視線を向けた。

「俺は、今まで貴様を、ただの政略結婚の相手としか見ていなかった。だが、貴様が己の意志を示した時、初めて貴様が、この花のように、控えめながらも確かな美しさを持っていることに気づかされた」

 彼の言葉に、私は驚きを隠せなかった。

 彼が、私に対して、こんなにも感情的な言葉を口にするなんて。

 そして、私を「美しい」と評したのだ。彼の口から出るには、あまりにも意外な言葉だった。

「……お褒めに預かり、光栄でございます」

 私は精一杯、淑女らしい返答を心がけたが、内心では動揺が隠しきれなかった。

 彼は、私の頬に触れ、ゆっくりと親指で撫でた。

「貴様は、俺のモノだ。もう、二度と俺から離れようとするな」

 その言葉は、まるで優しく囁くような口調だったが、その瞳の奥には、変わらぬ強い執着が宿っていた。

 私は、アシュトン様の突然の変化に戸惑いを隠せないまま、彼との奇妙な関係に足を踏み入れていた。

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  • 愛がないなら結婚する意味ないじゃないですか?と契約破棄したら、冷徹公爵が私に執着し始めました   10.私の決意

     王妃選定試験は、予想以上に熾烈なものだった。 私を含め、選ばれた令嬢たちは皆、それぞれの家柄と教養を背景に、王妃の座を巡って静かに火花を散らしていた。 私は、アシュトン様の視線を感じながらも、試験に集中しようと努めた。彼の執着は、私にとって重圧であると同時に、どこか奇妙な安心感を与えていることに、私自身が困惑していた。 試験の一環として、各令嬢は王族の前で自身の才覚を披露することになった。 私は、幼い頃から学んできたピアノを披露することにした。それは、私にとって、唯一の自己表現の場だった。 演奏の順番を待っている間、私は控え室で最後の練習をしていた。 その時、扉がノックされ、アシュトン様が姿を現した。「セリーナ。貴様は、ピアノを弾くのか」 彼の声には、僅かな驚きが混じっているように聞こえた。「はい。幼い頃から習っておりましたので」 私が答えると、アシュトン様は私の隣に立ち、私の手元にある楽譜に視線を落とした。「……貴様は、まだ私に何も明かしていないことがあったのだな」 彼の言葉には、どこか不満げな響きがあったが、その瞳の奥には、私への好奇心のような光が揺らめいているように見えた。「アシュトン様は、音楽がお好きではないと伺っておりましたが……」 私がそう言うと、彼は私に視線を向けた。「俺は、貴様の奏でる音ならば、聞いてやっても良い」 彼の言葉は、彼なりの精一杯の譲歩なのかもしれない。私は、彼の意外な言葉に、少しだけ心が温かくなった。 そして、私の番が来た。 私は、緊張しながら舞台へと向かった。客席には、国王陛下を始め、王族の方々、そして数多くの貴族たちが座っていた。 その中に、アシュトン様の姿もあった。彼の視線は、私を真っ直ぐに捉えていた。 私は、深呼吸をし、鍵盤に指を置いた。 私が演奏したのは、幼い頃から好きだった、故郷の風景を思い起こさせるような、穏やかな曲だった。 私の指が鍵盤の上を滑るたびに、澄んだ音色が広間に響き渡った。

  • 愛がないなら結婚する意味ないじゃないですか?と契約破棄したら、冷徹公爵が私に執着し始めました   9.王妃選定試験

     陛下の突然の来訪、そして私を次期王妃候補とする命令は、私の日常に大きな波紋を投げかけた。 アシュトン様は、私を王妃選定試験に参加させまいと、ますますその執着を強めた。公爵邸は、まるで私を閉じ込めるための厳重な檻と化したかのようだった。「セリーナ、今日は外出しないのか?」 朝食の席で、アシュトン様が私に尋ねた。彼の視線は、私の行動を常に探っているかのようだった。「はい。今日は、公爵邸の図書室で過ごそうかと」 私がそう答えると、彼は満足げに頷いた。「賢明な判断だ。外は騒がしい」 彼の言葉に、私は息苦しさを感じた。彼は、私が自主的に公爵邸に留まっていると思っているのだろうが、実際は彼の監視下から逃れることができないだけだ。 しかし、王妃選定試験への参加は、王命である。私が拒否すれば、フェルティア公爵家が危うくなる。 私は、アシュトン様の目を盗んで、父に手紙を送った。王命に背くことはできない、と。 数日後、父からの返信が届いた。そこには、王妃選定試験には必ず参加するように、という指示が書かれていた。そして、アシュトン様には、私が王妃選定試験に参加せざるを得ない状況であることを、それとなく伝えるように、とも。 私は、手紙を読み終えると、覚悟を決めた。 私は、王妃選定試験に参加する。それが、私の使命だ。 その夜、私はアシュトン様に、王妃選定試験に参加する旨を伝えようとした。 夕食の席で、彼がデザートに手を伸ばした時、私は意を決して口を開いた。「アシュトン様。私、王妃選定試験に参加させていただきます」 私の言葉に、アシュトン様の手がぴたりと止まった。 彼の顔から、一瞬にして血の気が引いていくのが見えた。 そして、ゆっくりと顔を上げ、私を射抜くような視線で睨みつけた。「……何を言っている?」 彼の声は、低く、そして怒りに満ちていた。「陛下からの命令でございます。フェルティア公爵家として、王命に背くことはできません」 私がそう言うと、アシュトン様は立ち上がり、テーブルを

  • 愛がないなら結婚する意味ないじゃないですか?と契約破棄したら、冷徹公爵が私に執着し始めました   7.秘密の部屋

     アシュトン様が私に見せる歪んだ執着は、公爵邸での私の生活を大きく変えた。 私は彼の監視下にあるような息苦しさを感じつつも、彼が私にだけ見せる、微かな人間らしい感情の片鱗に、抗えない興味を抱き始めていた。 そんな中、私はある日、公爵邸の裏庭にある古びた離れに、ふと足を踏み入れた。普段は立ち入り禁止になっている場所で、使用人たちも近づかない不気味な雰囲気の場所だった。 好奇心に駆られ、私がその扉を開けると、そこには思いがけない光景が広がっていた。 埃を被った家具の数々、古びた肖像画。そして、壁にはびっしりと、色とりどりの植物の押し花が飾られていた。 それは、まるで時が止まったかのよう

  • 愛がないなら結婚する意味ないじゃないですか?と契約破棄したら、冷徹公爵が私に執着し始めました   6.秘められた過去

     アシュトン様の、私への歪んだ執着は、日を追うごとに巧妙になっていった。 彼は私に「自由」を与えると宣言しながらも、その実は、見えない鎖で私を縛りつけようとしていたのだ。 社交の場には、彼の護衛が必ず同行するようになった。彼らは私を影のように見守り、私が誰かと長く話し込めば、さりげなく会話を遮り、私を彼の元へと連れ戻そうとする。 友人たちも、私の変化に気づき始めていた。「セリーナ、最近、ヴァルター公爵の執着が噂になっているわ。大丈夫なの?」 親友であるリーゼロッテが、心配そうに尋ねてきた。「ええ、大丈夫よ。アシュトン様は、私に興味を持ってくださっただけだから」 私は努めて明るく

  • 愛がないなら結婚する意味ないじゃないですか?と契約破棄したら、冷徹公爵が私に執着し始めました   2.決意の破棄

     その日、私は公爵邸の図書室にいた。 普段は滅多に人が訪れない、静かで落ち着く場所だ。埃一つない書架には、貴重な書物がずらりと並んでいた。 そこで私は、とある一冊の恋愛小説を読んでいた。身分違いの二人が、数々の困難を乗り越え、真実の愛を育んでいく物語。登場人物たちの情熱的な言葉や、互いを想い合う気持ちが、私の心を強く揺さぶった。「馬鹿げている」 読み終えた時、そう呟いたのは自分自身だった。 愛なんて、貴族の政略結婚には必要ない。そんなことは、頭では十分に理解している。けれど、心はどうだろう? 毎日のように突きつけられる彼の冷淡な態度。まるで空気のように扱われる日々に、私の心は悲鳴を

  • 愛がないなら結婚する意味ないじゃないですか?と契約破棄したら、冷徹公爵が私に執着し始めました   1.冷徹な契約

     私の名前はセリーナ・フェルティア。公爵令嬢である。 由緒正しきフェルティア公爵家の一人娘として生まれた私は、物心ついた頃から「政略結婚」という二文字を運命として受け入れていた。それが貴族というものだ。特に不自由なく暮らしているのだから、その程度の覚悟はとうに決めていた。 けれど、まさか相手が彼だとは。「お前に、愛は与えない」 冷たく言い放ったのは、私の婚約者となるアシュトン・ヴァルター公爵。黒曜石のような瞳と、彫刻のように整った顔立ちを持つ彼は、まさに絵画から抜け出してきたような美しさだった。だが、その美しさとは裏腹に、感情の欠片も感じさせない冷徹な雰囲気を纏っている。〝氷の公爵〟

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