柊也が、好き嫌いない、ですって?今日一番の冗談だわ。あれほど偏食の激しい人間を、詩織は他に知らない。野菜の大半は口にせず、羊肉と魚は食べない。食べ物の形や食感にまで、いちいち注文をつける。どれほどかと言えば、例えば豚の角煮なら、肉はすべて同じ大きさに切り揃えられていないと駄目。形の悪いものは、決して箸をつけない。もちもち、ねっとりとした食感のものも嫌う。とにかく、面倒なこだわりが多すぎるのだ。この七年間、二人きりで外食した回数など、片手で数えるほどもない。その数少ない機会にも、詩織がいつも入念に下調べをし、柊也の機嫌を損ねるようなことがないよう、万全の準備を整えていた。それなのに今、彼は志帆に向かって「好き嫌いない」と言ってのけた。どうして人は、相手によってここまで態度を変えられるのだろう。詩織は心底、呆れ果てていた。心の中で毒づいているうちに、柊也から位置情報が送られてきた。詩織はそれをタップして拡大し、表示されたレストランの名前に、思わず息を呑んだ。『せせらぎ』まさか、『せせらぎ』だなんて。彼女はトーク画面を閉じ、柊也の個人LINEを開いた。トーク履歴からキーワード『せせらぎ』で検索すると、関連する過去のやりとりがすぐに表示される。去年の三月から、今年のバレンタインまで。詩織が柊也に、この『せせらぎ』へ食事に行きたいと伝えたのは、全部で七回。この店のオーナーは、以前プロジェクトで知り合った茅野響子(かやの きょうこ)という女性だった。彼女がSNSで『せせらぎ』の宣伝をしているのを目にしたのだ。店の雰囲気も、料理のスタイルも、すべてが詩織の好みで、ずっと行きたいと願っていた。けれど、開店から一年半が経った今も、その願いは叶えられていない。柊也に話を切り出すたび、彼は忙しいと言うか、あるいは約束を取り付けては直前でドタキャンするかのどちらかだった。あまりに何度も反故にされるうち、いつしか彼女の熱意も薄れていった。だから、今年のバレンタインを最後に、その店の名を口にすることはもうなかった。ふと、最後に二人きりで食事をしたのはいつだったか、と思い返してみる。もうずいぶん、ずいぶんと昔のことのような気がした。あまりに遠すぎて、記憶の輪郭さえも霞んでぼやけ
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