Lahat ng Kabanata ng 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Kabanata 591 - Kabanata 600

869 Kabanata

第591話

「お姉ちゃん、今日はやけに気合入ってるね。柊也さんとデート?」部屋に入ってきた美穂が目を輝かせる。志帆は鏡の前で髪を整えながら、ふふっと笑った。「違うわ。今日は大事な投資家の方と会うの」そう言いながら、ジュエリーボックスを開ける。美穂はここぞとばかりに派手なダイヤのネックレスを指差したが、志帆はそれを無視して、清楚な鈴蘭を象った小ぶりなイヤリングを選んだ。「えっ、それだけで行くの?」地味すぎない?と美穂が首を傾げる。「これがいいのよ」さらに志帆はクレンジングシートを取り出すと、完璧に仕上げたはずの真紅のルージュを拭い去ってしまった。「あーっ!せっかく塗ったのに!」「……色が強すぎるのよ。これじゃダメ」数多の男を見てきた志帆の直感が告げている。二階堂澪士という男は、派手で自立した女よりも、守ってあげたくなるような「儚げな少女」を好むはずだ。彼女は薄付きのグロスを引き直し、今流行りの「すっぴん風メイク」を完成させた。鏡の中には、計算され尽くしたか弱きヒロインが映っている。「完璧ね」満足げに立ち上がる志帆に、美穂も慌ててバッグを手に取った。母・和代からは『志帆にくっついてハイスペックな男を捕まえなさい』と言い含められているのだ。しかし、志帆はドアノブに手をかけたまま振り返り、冷たく言い放った。「今日は私一人で行くわ。あんたは留守番してなさい」「えぇー……」志帆が澪士との会食に選んだのは、先日、黄島に屈辱を味わわされたあの個室だった。現れた澪士は、部屋を見渡して口端を吊り上げた。「面白いね。俺はてっきり、君がこの場所を嫌ってると思ってたよ」彼はふんぞり返るようにソファに座り、志帆を見据えた。「どうして?」「だってここ、君にとっては最悪の思い出がある場所だろ?」志帆は伏し目がちに睫毛を揺らし、瞳の奥の光を隠すように微笑んだ。「……でも、素敵な出来事もあった場所ですから」黄島に虐げられた場所であると同時に、貴方が救ってくれた場所でもある、と。その含みのある言葉に、澪士の瞳からいつもの気怠げな色が、ふっと薄れた。「二階堂さん。この間のお礼をさせてください」志帆はグラスを持ち上げ、彼に向かって掲げた。中身はやはり、あの夜と同じ強い酒だ。「……よせよ。大したことしてない」澪
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第592話

「柊也くんだって、そうやって『エイジア』をあそこまで大きくしたのよ? 彼にできて、私にできないはずがないわ」虎穴に入らずんば虎子を得ず。成功者は皆、崖っぷちを歩いてきたのだ。上場はすでに内定している。もはや勝利は約束されたようなものだ。志帆の絶対的な自信に、佳乃もそれ以上反論できず、黙って頷くしかなかった。……金曜日。江ノ本市では年に一度のビッグイベント、金融サミットが開催される日だ。業界関係者にとって外せないこの日のために、詩織は早々に届いた招待状を手に、アシスタントの密へスケジュールの確保を徹底させていた。今回のサミットでホスト役を務めるのは、篠宮賢だ。彼と顔を合わせるのは、実に一ヶ月ぶりのことになる。本当なら、賢はもっと口実を作ってでも詩織に会いたかったはずだ。けれど、互いの多忙さがそれを許さなかった。この一ヶ月、賢は市の経済発展のために国中を東へ西へと、視察や研修で飛び回っていたのだ。その合間を縫ってサミットの準備までこなしていたのだから、身体がいくつあっても足りなかっただろう。詩織の方も似たようなものだ。いくつもの重要案件を動かしつつ、新規事業の立ち上げも重なり、月の大半を出張先で過ごしていた。住む世界が微妙に違う二人の接点はただでさえ少ないのに、これでは顔を合わせる暇などあるはずもない。それでも、賢は常に詩織の動向にアンテナを張っていたらしい。会場で再会するなり、彼は詩織が手がけた新作ゲーム『クロニクル・オブ・アビス』について口にした。「先週、北里での会議に出たんだけど、そこで君の新作が高く評価されてたよ。あの重厚な世界観は、わが国の文化発信に大きく貢献してるってね。僕もトレイラーを見たよ。再生回数はもう二億回を超えたんだろ? すごい快挙だね」賢の温かな称賛に、詩織の胸が誇らしさで満たされる。この作品はAI『ココロ』と同様、彼女にとって手塩にかけた我が子のような存在なのだ。「篠宮室長にそう言ってもらえると励みになるわ。期待に応えられるよう、もっと頑張らなきゃね」賢はもっと詩織と話していたかったようだが、あいにく来客に捕まってしまい、名残惜しそうに会話を切り上げた。見送られた詩織は、そのまま会場へと足を踏み入れる。案内されたのは、最前列のど真ん中。文句なしの特等
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第593話

約束通りなら、彼が率いるファンドは、志帆の会社『パース・テック』の上場前にその五倍の額を出資することになる。しめて、1500億円。これだけあれば、今の窮状など一発でひっくり返せる。「お褒めにあずかり光栄だわ」しばしの歓談の後、澪士は腕時計に目をやると「そろそろ時間だ」と会場へ促した。けれど志帆は「連れを待つから」と断りを入れる。「そうか。じゃあ、お先に」「ええ、また後ほど」澪士の背中が見えなくなるのと入れ替わりに、柊也が到着した。開会ギリギリだったため、二人は言葉を交わす余裕もなく、足早に会場へと急ぐ。志帆は当然のように柊也の半歩後ろをついていき、最前列のエグゼクティブシートへと向かった。だが、そこには柊也のネームプレートしかなかった。志帆の名前は、どこにもない。それどころか、柊也の隣の席にはあろうことか「江崎詩織」の名が鎮座しているではないか。志帆の視線が鋭く尖る。その殺気にも似た気配に気づかないまま、柊也は座席表を見回し、ようやく志帆の席が後ろから二列目にあることを見つけた。「運営に話をつけてくる。すぐ席をこっちへ手配させるから」踵を返そうとする柊也の袖を、志帆は慌てて引いた。「いいの、そんな手間をかけさせられないわ。後ろで大丈夫よ」「でも……」気遣わしげな柊也に、志帆は余裕の笑みを向ける。「もう、心配性なんだから。私だって子供じゃないのよ?」「……わかった。無理はするなよ」「ええ。柊也くんこそ、早く座って」物分かりの良い、献身的なパートナーを演じてみせると、志帆は冷ややかな視線を一瞬だけ詩織に投げつけ、あてがわれた末席へと優雅に歩き出した。一方の詩織は、イヤホンで業務報告を聞くのに集中しており、二人の茶番劇など露ほども知らなかった。もし耳に入っていたら、吐き気を催していたことだろう。知らぬが仏というやつだ。席についた志帆は、獲物を狙う猛禽のように詩織の背中を睨みつけた。あの女が、どさくさに紛れて柊也にすり寄るんじゃないかと気が気でないのだ。しかし、詩織は一向に柊也の方を見ようともしない。志帆は鼻で笑った。ふん、白々しい。どうせ興味のないフリをしてるだけでしょ。心の中で毒づきながら、監視を続けるしかなかった。悠人の席は二列目、ちょうど詩織の斜め後ろだった。
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第594話

志帆はぶんぶんと首を振り、心に湧いた弱気を振り払った。しっかりしなさいよ、私。今日は大事な勝負の日でしょ。江崎詩織ごときに心を乱されてどうする。敵を過大評価して自分が萎縮するなど、愚の骨頂だ。自分に言い聞かせ、志帆は意識を切り替える。詩織の存在を頭から締め出し、これからの晴れ舞台だけに集中力を注ぎ込む。サミットの目玉の一つ、企業代表によるプレゼンテーション。これこそが、彼女が今日ここに来た最大の目的だ。運も味方している。クジで引き当てたのは、中盤という絶好の出番。しかも前座の数人は無名の小企業ばかりだ。これなら、ステージに上がった瞬間に会場中の視線を独り占めできる。設立当初から業界の注目を集め続けてきた『パース・テック』。上場を目前に控え、その企業価値はかつてない高みに達している。時価総額、実に6兆円。詩織の『ココロ』の三倍という圧倒的な数字だ。だから、ステージに立つ志帆の背筋はピンと伸び、自信に満ちあふれていた。用意した原稿を読み上げる彼女の声は高らかだ。『パース・テック』こそが次代の金融市場を駆けるダークホースであり、次なる20兆円企業の最有力候補であると豪語する。「超伝導技術は、もはや未来の夢物語ではありません。今まさに起きている革命なのです!」熱を帯びた言葉が、聴衆の心を煽っていく。なりふり構わぬ宣伝と言えばそれまでだが、このサミットを利用してさらに多くの投資家を呼び込み、上場時の株価を吊り上げようという魂胆は見え見えだ。詩織も内心、そのしたたかさには舌を巻いた。……それにしても、この原稿のスタイル。鋭く、攻撃的で、的確に核心を突く言葉選び。間違いなく、柊也の手によるものだ。狙いは明確だ。『パース・テック』という話題に火をつけ、熱狂を作り出し、市場を直撃すること。スピーチが終わると、会場からは狙い通り割れんばかりの拍手が沸き起こった。志帆はこみ上げる笑みを隠しきれず、誇らしげに顔を上げる。そしていつもの癖で、喝采を分かち合うべく柊也の姿を探した。けれど、彼の席は空だった。急用で中座したのだろうか。少し当てが外れたものの、志帆はすぐに気を取り直し、優越感たっぷりの視線を詩織へと流す。見た?これが私の実力よ。その瞳には、隠しきれない侮蔑の色が浮かんでいた。詩織
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第595話

耳の奥で、嫌な耳鳴りがしていた。全身の血が凍りついたかと思えば、カッと熱くなり、頬が恥辱で焼き尽くされそうだ。指先が震えるのを止められない。「そ、それは……何かの誤解です」乾いた喉から、必死で言い訳を絞り出す。「当時の私は受験準備に追われていて……そう、WTビジネススクールの指導教授に助力を仰いだのです。テーマを選んだのは私ですが、内容については先生のご指導の下で……」つまり、「盗作したのは指導教授であって、私ではない」と言いたいわけだ。なんとまあ、鮮やかな責任転嫁だろう。以前、この論文盗作問題が発覚した際、詩織と恩師の高村教授は話し合いの末、弁護士を通じた法的手続きを採ることに決めた。それが最も確実な対抗手段だからだ。しかし、裁判となれば結果が出るまでに長い月日を要する。志帆はそのタイムラグを逆手に取り、今まで一切の謝罪もコメントも拒み続けてきたのだ。このまま時が過ぎれば、世間も忘れてうやむやになる――そう踏んでいたに違いない。仮に詩織たちが勝訴したところで、せいぜい「ごめんなさい」の一言で済まされるのが関の山だ。痛くも痒くもない。残念ながら、これが現実。知的財産権の保護において、現行の法制度にはまだまだ限界がある。だからこそ、詩織は驚きを隠せなかった。まさか悠人が、この晴れ舞台で志帆を公然と糾弾するとは。それは志帆にとっても、天地がひっくり返るほどの衝撃だった。どうして?ついこないだまで味方だったじゃない!悠人のあまりの変貌ぶりに、頭がついていかない。「つまり、あの論文はウィリアム教授による盗作であり、あなたに一切の非はないと?」悠人の追及は冷徹だ。「一切ないとは言いませんが……全責任が私にあるわけではないと」志帆は逃げ道を塞がれないよう、言葉を濁す。けれど悠人はさらに踏み込んでくる。「では、内容は全て教授のもので、あなたはただ名前を貸しただけということですか? ならば当然、これまでWTビジネススクールの紀要やSSCIに掲載された過去の論文も、同様の手口だったと疑わざるを得ませんが?」「っ、馬鹿なこと言わないで!」志帆は奥歯を噛み締め、引きつった笑顔で否定する。「あれは全部、正真正銘、私の実力よ!」「確かに?」悠人の声が一段低くなる。逃がさない、という意思表示だ。志帆は腹をくくっ
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第596話

彼の持つ権限では、これ以上奥へは踏み込めない。だが、彼は諦めなかった。賢を頼り、さらにその父である篠宮宗一郎へと糸をたどり――ようやく、闇の奥底に眠る真実の尻尾を掴んだのだ。本当なら、この真実は詩織の入門祝いとして贈るつもりだった。調査に手間取り間に合わなかったあの時、「プレゼントは用意してあるが、もう少し待ってくれ」と言ったのは、このことだったのだ。遅くなったが、最高の舞台は整った。「その『正式な手続き』とやらを可能にした人物についても、あらかた突き止めましたよ。権力を私物化し、あなたの不正入試を裏で手引きした黒幕をね」悠人の声が、死刑宣告のように冷ややかに響く。「すでに関係当局への告発は済ませてあります。真実が明るみになるのも時間の問題でしょう」「ッ……!」「その時が来てもまだ、同じ口が聞けるか楽しみですね」これはまさに、公開処刑だった。志帆が築き上げてきた虚飾のプライドは、悠人の手によって一枚ずつ剥ぎ取られ、泥靴で踏みにじられていく。まさか自分が、こんな目に遭うなんて。足元の地面が崩れ落ちていくような恐怖。奈落の底へと引きずり込まれるような絶望感に、志帆の心は音を立てて砕け散ろうとしていた。会場が騒然とする中、ホスト役の賢が冷静に割って入った。「さて、貴重なご意見ありがとうございました。進行の都合上、次の方へ移らせていただきます」一つの不祥事でサミット全体を台無しにするわけにはいかない。鮮やかな手腕で場を収めると、彼は次のスピーカーを促した。なんという皮肉だろう。次に名前を呼ばれたのは、江崎詩織その人だった。さきほどの騒動が、最高の演出になってしまった。ただでさえ卓越したビジネス手腕で一目置かれていた詩織だ。それに加えて、実は学術面でも非凡な才能を持っていたことが証明されたのだから。なるほど、あの高村教授が弟子にするわけだ。タダモノじゃないとは思ってたが……会場中の視線が、期待と敬意を込めて彼女に注がれる。詩織とて、今回の目的は自社のAI『ココロ』の宣伝だ。上場を目前に控え、少しでも知名度を上げておきたい。いや、それ以上の成果を見せる自信があった。かつて京介が予言した通り、『ココロ』は今年一番のモンスター案件へと成長を遂げていたのだから。壇上に立った詩織の手元には、
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第597話

その頃、会場の片隅でスマートフォンを操作していた澪士が、グループチャットにメッセージを投下した。【@悠人おい、まさかこれが、詩織ちゃんへのプレゼントか?】即座に既読がつき、短い返信が来る。【ああ、そうだよ】澪士は鼻を鳴らし、再び指を走らせた。【やるねえ。俺たちみたいに金しか送れない凡人とは大違いだ。気が利いてるよ】悠人はスマホを握りしめたまま、画面から目を離せずにいた。緊張で指先が強張る。視界の端で、詩織がスマホを見ているのが分かったからだ。彼女もチャットを見ているはずだ。ふと、詩織がこちらを振り向いた。目が合う。けれど、彼女はチャットには何も書き込まない。怒っているのだろうか、それとも――悠人の胸に、小さな不安がさざ波のように広がっていった。暇を持て余したのか、澪士が再びチャットに書き込んだ。今度は詩織宛てだ。【@詩織 詩織ちゃん、終わったら飯行かない?】詩織は即座に返す。【夜に会議が入ってまして。一時間しか空きがないので、ファストフードで良ければ】【断り方がうまいねえ】すかさず悠人が突っ込む。【@澪士 ところで、パース・テックに出資したって本当? 正気?】【悠人 お前が投資した時はどうだったのさ】【……】ぐうの音も出ない。澪士の口の悪さは相変わらずだ。痛いところを的確に突いてくる。さらに追撃が来る。【余計なこと言うから、ほら、詩織ちゃん黙っちゃったじゃん。お前のこと無視してるよ】【……】悠人は頭を抱えたくなった。サミットが閉会に近づいた頃、詩織はふと隣を見ると、柊也の席がずっと空席のままであることに気づいた。一体いつの間に消えたのだろう。閉会のアナウンスが流れるやいなや、志帆は弾かれたように澪士の元へ駆け寄った。今日の一件で彼が投資を撤回するのではないか。その不安が、喉元にナイフを突きつけられているような焦燥を生んでいた。「二階堂さん、少しだけお時間を――」「悪いね、柏木さん。これから詩織ちゃんと食事の約束があるんだ。仕事の話はまた今度」澪士は変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべ、紳士的に断りを入れる。その態度は以前と何ら変わらないように見えた。志帆が食い下がろうと「では明日……」と言いかけた瞬間、澪士は彼女の背後へ向かって声を上げた。「おーい!詩織ちゃん、待ってよ!」
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第598話

追い打ちをかけるように、『エイジア・キャピタル』の海外事業でトラブルが発生したという。柊也がサミットを中座して海外へ飛んだのは、その対応のためだった。つまり、今の国内に残された問題は、すべて志帆ひとりで背負わなければならない。帰国してからというもの、何をやっても裏目に出る。順調なのは柊也との愛だけ。それ以外はすべてが泥沼だ。だからこそ、『パース・テック』の上場だけは絶対に成功させなければならない。これが最後の砦なのだから。コール音が虚しく響き続ける。呼び出し音の回数だけ、志帆の心が冷えていく。もう切れるかと思ったその時、ようやく通話が繋がった。「……はい」「二階堂さん! やっと出てくれた……」沈みかけた心に、パッと明かりが灯る。「ああ、悪い。寝てたんだ。どうした?」寝起き特有の気だるげな声だ。「あの、お会いできませんか?出資のことで、少しお話がしたくて」澪士は少し間を置いてから、短く答えた。「いいよ」送られてきた住所は、彼が滞在しているホテルのスイートルーム。志帆の瞳に、暗い決意の色が宿る。クローゼットの奥から、以前母が「いざという時のために」と忍ばせてくれた、扇情的なランジェリーを取り出した。本来なら、愛する柊也のために下ろすはずだったものだ。あの婚約披露宴の日、拉致騒ぎさえなければ身につけていたかもしれない、とっておきの勝負下着。あれ以来、柊也とは清いプラトニックな関係を続けてきたから、袖を通す機会もなかったけれど……まさか、こんな形で使うことになるなんて。一時間後。志帆は車を飛ばし、澪士が滞在するホテルへと滑り込んだ。フロントに名を告げると、すぐにスタッフが恭しく最上階へと案内してくれた。プレジデンシャル・スイートの重厚な扉が開く。そこには、深色のシルク製バスローブを纏った澪士が佇んでいた。腰紐は無造作に結ばれ、はだけた胸元からは鍛えられた筋肉のラインが覗く。片手を腰に当て、もう片手で赤ワインのグラスを揺らすその姿は、まるで獲物を品定めする捕食者のように優雅で、どこか悪戯めいた光を瞳に宿していた。志帆が足を踏み入れると、彼は窓際からゆっくりと振り返った。「来たか。かけなよ」気だるげな声が、広い部屋に響く。彼は志帆の対面のソファに腰を下ろし、慣れた手つ
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第599話

身に纏ったコートを指先ではだけさせる。あらわになったのは、透き通るような白い肩と、その肌に映える桃色のランジェリー。テーブルのスズランと同じ色。この日のために選んだ、彼女の切り札。潤んだ瞳で澪士を見上げ、情欲を誘おうとした――その時だった。コンコン、と場違いに軽いノックの音が響き、ドアが開いた。「失礼しまーす」入ってきたのは、江崎詩織だった。志帆の動きが凍りつく。詩織は部屋の惨状――膝をつき、服をはだけて男に媚びる宿敵の姿――を目にし、入り口でピタリと足を止めた。「あら……もしかして、お取り込み中でした?」最悪だ。よりにもよって、一番見られたくない相手に、人生最大の恥部を見られてしまった。顔から火が出るほどの羞恥心に、志帆の頭がおかしくなりそうになる。ふと澪士を見上げれば、彼の瞳には冷たい嘲笑の色しか浮かんでいなかった。その目を見た瞬間、志帆の中で何かが繋がり、崩れ落ちた。最初から、投資する気なんてなかったのだ。条件だの保留だのと気を持たせ、じらして、弄んでいただけ。しかも最後には、わざわざ詩織を呼び出し、彼女の目の前で私が辱められる様を見せつけるなんて……!底知れぬ悪意に、背筋が凍りつく。「っ……!」限界だった。これ以上の屈辱には耐えられない。志帆はコートをかき合わせると、脱兎のごとく部屋から逃げ出した。すれ違いざま、志帆は詩織を親の仇のように睨みつけていった。その鋭すぎる殺気に、詩織は目を白黒させる。え、なに今の?まさか、お楽しみの最中を邪魔されたから怒っているのだろうか。だとしたらお門違いもいいところだ。呼び出したのは澪士の方なのだから。まあいい。志帆に逆恨みされるのは今に始まったことではない。詩織は気を取り直して、ソファでニヤニヤと笑っている澪士に向き直った。「それで? 大事な話があるから今すぐ来いって呼び出しておいて、何なんですか?」「ん?最高のショーが見られただろ?」「はあ?」詩織のこめかみに、青筋が浮かびそうになる。言っておくが、こっちは暇人ではないのだ。分刻みのスケジュールを縫って、わざわざ足を運んだというのに。そんな彼女の憤慨などどこ吹く風で、澪士は通りかかったルームサービスを呼び止め、テーブルの花を指差した。「悪いけど、この鈴蘭捨ててくれる?
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第600話

詩織は少し考え込んでから答えた。「厳しいとは思うけど……絶対とは言い切れないわね」「ああ、そっか。アイツにはまだ、『賀来柊也』っていう切り札があったっけ」詩織は無言で頷く。ミキは憤慨してテーブルを叩いた。「なんなのよ、あの男! まさに不死身のゴキブリ並みね!」そんな悪口で盛り上がった矢先、驚くべき情報が飛び込んできた。なんと、『パース・テック』の財務危機が解消されたというのだ。また柊也が動いたの……?詩織は驚きを隠せなかった。もし本当なら、正気の沙汰ではない。あの会社はもう泥船だ。そこまでして守りたいのか。初恋の思い出というのは、男にとってそれほどまでに神聖で、強力な呪いなのだろうか。理解はできないけれど、尊重はしよう。それが彼にとっての「真実の愛」だと言うのなら。そう考えると、自分が彼に捧げた七年間が、どこまでも軽く、ちっぽけなものに思えてくる。まあ、あくまで憶測に過ぎない。当事者たちの事情になど深入りする暇はないのだ。詩織はすぐに気持ちを切り替えた。この一週間、彼女は新作ゲーム『クロニクル・オブ・アビス』のクローズドβテストの結果に釘付けだった。データは予想をはるかに上回る好成績。ようやく肩の荷を下ろした詩織は、久しぶりに泥のように眠った。翌朝、彼女は新たな仕事のため、G市へと発った。密が手配してくれたのは、早朝一番のフライトだ。ラウンジのソファに腰を下ろした直後、視界の端に見覚えのある一団が入ってきた。志帆たちだ。「うわ、最悪。家出る前に占い見てくればよかった……」密が小声で毒づく。詩織は苦笑してコーヒーに口をつけた。「仕方ないわよ。航空会社のオーナーじゃないんだから、追い出すわけにもいかないし」「オーナーでも、さすがに追い出せないと思いますけど」「でしょ? だったら気にしないこと。世界には嫌いな人間も存在していい、そう割り切るのが大人の作法よ」「そうは言っても、目に入っちゃうんですもん……あいつら、G市になんの用があるんですかね?」密は納得がいかない様子で、ぶつぶつとつぶやき続ける。「おそらく、G市証券取引所でしょうね」詩織は冷静に推測した。『パース・テック』も上場申請中で、明日にその結果が出ると噂されている。詩織が今回G市へ向かうのも、同じく取引所での用
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