その声を聞いた瞬間、智也の表情が凍りついた。密が驚いて言葉を詰まらせる。「か、賀来社長……?」詩織が振り返ると、海外風のアーチの下に柊也が佇んでいた。頭上の街灯が彼の長身を照らし出し、伸びた影が詩織を覆い隠す。その暗い瞳は、自分とは無関係な他人の痴話喧嘩を、ただ冷ややかに見下ろしているようだった。彼女は反射的に眉をひそめる。その声は、夜の空気よりも冷たい。「あなたと話すことなんて、何ひとつないはずよ」智也は咄嗟に詩織の前へ立ちはだかり、柊也を牽制した。だが柊也は微動だにしない。その深淵のような瞳は、智也の存在など意に介さず、詩織の顔だけを射抜いている。まるで彼女の顔に穴が開くほど、視線は鋭い。「時間は取らせない」詩織はこれ以上関わり合いになるのを嫌い、拒絶の言葉を口にしかけた。それを遮るように、柊也が告げた。「父のことだ」その言葉に、詩織の動きが止まる。彼女は一呼吸置いてから、智也に向き直った。「先に乗ってて。五分だけ待ってくれる?」たった五分。それ以上、あの男に時間を割くつもりはなかった。智也は去り際に「何かあったら呼んでくれ」と言い残す。詩織が頷くのを確認して初めて、彼は渋々その背を向けた。智也が少し離れると、柊也が詩織の目の前へと歩み寄ってきた。その表情は凪いだ湖面のように静かで、かつての親密さを微塵も感じさせない。風上に立った彼は、無言のうちに彼女を凍てつく夜風から遮っていた。詩織は頬にかかる乱れ髪を指先で払い、隠しきれない苛立ちを滲ませて言った。「それで?おじ様がどうしたの」柊也はすぐには答えなかった。ただ、彼女の冷ややかで、何の感情も映さない瞳をじっと見つめている。あまりにも美しく、そしてあまりにも遠い、拒絶の瞳。詩織が踵を返そうとする直前、彼はようやく口を開いた。「ここ数日、父の体調が思わしくないんだ。もし可能なら、これから顔を見せてやってほしい」おじ様が病気に?それは初耳だった。このところ、AI『ココロ』や『光復』の上場準備で殺人的な忙しさだったため、海雲の見舞いにはとんとご無沙汰していたのだ。近況を知る由もなかった。「わかったわ」詩織は短く応じ、用件はそれだけだろうと再び立ち去ろうとする。しかし、背中越しに声がかかった。「それと、おめでとう」
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