All Chapters of 冷酷夫、離婚宣言で愛を暴走: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話

奈央はため息をついて言った。「お兄さんがね、最近ずっと優子にマスコミが張りついているから、このタイミングで両親に会わせるのは危ないって。それで、予定は来週に変わったの」「そうなんだ……」少しがっかりした。また一週間も延びるなんて。でもいい。遅れても構わない。いずれ兄と時生に、あの女の本性をはっきり見せてやれる。電話を切る前に、もう一度念を押した。「じゃあ日程が決まったら、必ず教えてね」奈央は笑いながら言った。「ほんとに小さいころから賑やかなことが好きなんだから。大丈夫、ちゃんと伝えるわよ」……家に戻ると、優子が心菜の世話をしている二人の使用人をきつい声で責めていた。聞けば、今日は時生の大事な娘がまたお漏らしをしてしまったらしい。しかも三回も。替えのズボンが全部だめになり、そのうえ他の子にからかわれたという。使用人たちは悔しそうに説明していた。「時生さん、優子さん、私たち本当に気をつけていたんです。でもお嬢さんはおむつが嫌いで、かゆいって言ってつけたがらなくて……」その光景を見ていたら、ふと自分の幼稚園時代を思い出した。私もよく失敗してズボンを濡らしていた。オムツは肌がかぶれてしまうから使えず、何度も着替えるしかなかったのだ。ようやく翌年になって少し落ち着いたくらいだった。優子はさらに声を荒げた。「まだ言い訳するの?あなたたちがちゃんと見ていないから、心菜は何度もお漏らしするのよ!もしこれが原因で心菜の心に傷が残ったら、あなたたち責任取れるの?」時生は手元の数珠を転がしながら冷ややかに言った。「春代に清算してもらって、明日からは来なくていい」胸の奥で思わず苦く笑った。あんなに冷静だった時生が、こんなふうに判断を誤るなんて。娘を、お姫様以上に甘やかしている。本当は関わりたくなかったが、部屋に戻るにはリビングを通るしかなかった。数歩歩いたところで、優子に呼び止められた。「昭乃さん、お願いがあるんです」そう言って近づいてきて、真剣な顔で続けた。「私のファンのことで頼みたいんです。昨日はひどいことをしましたけど、どうか許してあげてください。訴えるのは、やめにしてほしいんです」私は鼻で笑った。「傷つけられたのは私よ。どうしてあなたが代わりに許すの?じゃあ、あなたも髪をむしられて顔をひっかかれてみたら?それで
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第32話

週末、私はカウンセリングの予約があった。最近の不眠の頻度と、うつ病のチェックシートの結果を見て、先生が眉をひそめた。「昭乃さん、処方したお薬、ちゃんと飲んでますか?」「ええ、ちゃんと飲んでます……どうかしました?」不安になって、思わず聞いてしまった。「もしかして、私の病気…悪化してますか?隠さなくても大丈夫です。自分でもわかるんです。毎日、何をしてなくても、心も体もすごく疲れてしまうんです」医師は少し深刻な顔をした。「言いにくいことですが……あなたは前に、ご主人や結婚生活にはもう執着がないと話していましたね。でも今の反応を見ていると、実際はすごく気にしているように見えます」言い返そうとした瞬間、先生が言葉を続けた。「急いで否定しなくてもいいですよ。二十年の付き合い、四年の結婚生活です。人間である以上、どこかに未練やためらいが残って当たり前です」言葉が出なかった。結局、予定通り治療は進んだ。時生との過去を口にするたび、かつてはあんなに幸せだった日々が、鋭い刃に変わって私の心身を切り裂いていくようだった。二時間のカウンセリングを終えて診察室を出る。エレベーターは三台並んでいて、私はそのうちのひとつに乗り込んだ。すると、隣のエレベーターが開いた。そこから、時生と秘書が出てきた。彼はいつも通り視線を逸らさず、私に気づく様子もなかった。胸がざわつき、私はとっさにエレベーターを降り、少し距離を置いて後を追った。時生は別の診察室に入っていった。この病院では、医師のランクによって診察料が違う。時生が向かったのは一番高額なところだった。私はますます首をかしげた。――どうして、時生が精神科に?まさか、この結婚で私を苦しめてきた彼自身が、心を病んでいる?そう思ったが、すぐに打ち消した。今、彼は優子とあれほど仲睦まじいのに。そんな人が心を病むなんてありえない。じゃあ心菜のため?そもそもこの子は幼稚園に通い出してからずっとお漏らしばかりで、ほかの子どもとも仲良くできない。……けれど今日は土曜日。心菜は家にいるはずだ。本当に娘の受診なら、連れて来ているはず。そんなことを考えていたら、急に声をかけられた。「こちらの方、どなたをお探しですか?」看護師の声に驚き、私は慌てて口を開いた。「実は、さっき入っていっ
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第33話

夜、私は紗奈を呼び出して、この件を打ち明けた。彼女も私と同じく、事情がさっぱり分からない様子だった。そしてすぐに言った。「そんなの簡単よ。私が探偵に調べさせてみよう。もし時生に本当に精神的な問題があるなら、離婚なんてもっと楽になるわよ。病気を隠して結婚なんて詐欺同然でしょ?」私は顔をしかめて返した。「忘れてない?今の私だって心の問題抱えてるし、ちゃんとカウンセリング受けてるんだから」「それは全然違うわよ。あんたは彼に追い詰められたんだから!とにかくこの件は私に任せて」紗奈は憎々しげに続けた。「時生のやつ、最近は娘のことを理由にうちの幼稚園にちょっかいばかり出してきて、私のお父さんにまで脅しかけて、毎年の黒澤グループからの出資を取りやめるなんて言い出したのよ。ちょうど彼の弱みを掴めずに困ってたところなの。今度こそ掴んだら、思い知らせてやるんだから!」紗奈と夕飯を食べて帰宅すると、時生はまだ戻っていなかった。リビングからは優子の声が聞こえてきた。電話の相手は時生らしい。「焦らないで。どんなに状況が悪くても、ご飯はちゃんと食べてね」電話口の相手が何か言ったのか、優子は甘い笑みを浮かべた。「うん。じゃあ私、心菜を寝かせるから。今日は待たないでおくね」私は意外に思った。確かに時生は昔から出張や外泊も多かった。しかし優子と心菜が住みついてから、一度も帰らなかった夜はなかったのだ。今日に限って戻らないのは、昼間のカウンセリングに関係しているのだろうか。部屋に入り、スマホを開いてようやく理由が分かった。黒澤グループの工事現場でトラブルが起きていた。下請けの親方が数千万円を持ち逃げし、半年もの間、現場の作業員に給料が支払われていなかったのだ。そして今日、給料がもらえず我慢の限界に達したある作業員が、建設中の建物の最上階から飛び降り命を落とした――この出来事が一気に表面化し、大きな社会問題となった。非難の矛先はすべて黒澤グループへ。だからさっき優子があんなふうに気を遣っていたわけだ。……たしかに、これはかなり深刻だ。半年ものあいだ、時生は現場の異常にまったく気づかなかった。きっと、彼の頭の中は優子との甘い時間でいっぱいだったのだろう。……翌日、出社するとすぐに、理沙に呼び出された。「今回の工事現場での自
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第34話

健介は私の取材を断れなかった。外には記者が押しかけていた。もし私と時生の関係、それに優子と時生のことを明かせば、黒澤グループは丸ごとひっくり返るだろう。結局、彼は観念したようにうなずいた。「わかりました。じゃあこちらへ」案内されたのは最上階の社長室。「奥さん、ここで少しお待ちください。僕が先に社長へ伝えてきます」待てるわけがない。時生が素直に取材に応じる?そんなはずない。「いいわ。どうせ悪いことをしてるわけじゃないんでしょ。直接行くから」そう言って足を速めた。健介は後ろから止めようとしたが、全く追いつけなかった。――そして、扉を開けた瞬間、私は凍りついた。大きな窓の前で、優子が時生の腰に腕を回し、頬を彼の背中に寄せて、ひときわ甘く絡みついていた。私の冷たい笑い声に、二人は驚いて慌てて離れた。時生の黒い瞳が、真っ直ぐに私をにらんでくる。……私はまだ、時生の図太さを甘く見ていた。てっきり手が回らないと思っていたのに、この状況でも優子と戯れていられるなんて。「申し訳ありません、社長。奥さんを止められませんでした」健介が慌てて謝った。「出て行け」その声は、私と健介、両方に向けられていた。でも私は動かない。健介も私を動かせない。時生が黙認したように見えたので、健介は先に出て行った。部屋には、私と時生、優子の三人だけ。私は機材をセットし、無駄な言葉を挟まず切り込んだ。「時生社長、今お時間いただけますか?最初の質問は――」「昭乃」時生が私の言葉を遮った。冷たい声にわずかな失望が混じっていた。「こんな時まで、君は俺を踏みつけに来るのか」「私は記者としてやるべきことをやってるだけ」胸元から記者証を出して、感情を抑えて言った。「協力して欲しい」時生が答える前に、優子が慌てて口を挟んだ。「昭乃さん、どうしてそんなことをするんですか?時生は今とても辛いんです。お願い、放っておいてあげてください」「辛い?」私は鼻で笑い、鋭い目を向けた。「辛い人間が女と遊ぶ余裕なんてある?本当に苦しんでるのは、半年も働いたのに一円ももらえてない作業員たちよ」優子は唇を噛んで、小さな声で言った。「違うんです、私はただ……時生を慰めてあげてただけなんです」「あれをどうやって慰めっていうの?わざわざオフィ
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第35話

私はようやく本題を思い出し、慌てて機材を取り出した。その時、時生が口を開いた。「黒澤グループの施工チームで、こんな不始末が起きた責任は俺にある。ただ、昨日の事故が起きた直後から、すぐに未払い給料の解決を指示した。それと、被害者のご家族については、会社が責任を持って補償と生活の手当をする。絶対に逃げたりはしない」その言葉は、工事現場の作業員たちに聞かせるようなものだった。みんな耳にすると、「社長はやっぱり腹が据わってる」「判断が早い」と口々に褒めた。あとで作業員のひとりから聞いたのだが、こんなに早く事態が収まったのは、半年分の給料がまとめて支払われただけでなく、さらに一倍の補償が上乗せされたかららしい。安堵の表情を浮かべ、笑顔を見せる人たちを見ていると、私は昨夜、屋上から身を投げた作業員の顔がどうしても頭に浮かんでしまった。数千万、数億なんて時生にとって大した金額じゃない。けれど、そのお金はもう取り返せない命の代わりなのだ。地面に残る血の跡はまだ消えず、乾いた赤が目に刺さる……そんなとき、優子がまた自分の出番を作りはじめた。まるでレッドカーペットでも歩くように車から降りてくると、すぐに作業員たちに囲まれた。まさか大スターの彼女がこんな場所に来るなんて、と驚きの声が上がった。優子はにっこり笑って挨拶した。「みなさん、こんにちは。津賀優子です。今日は時生社長と一緒に来ました。ちょっとした差し入れに、ミルクティーとお菓子を持ってきたので、よかったらどうぞ」言うが早いか、付き添いのスタッフがミルクティーを配り始めた。私は小さくため息をついた。このお嬢様、ほんとに「気配りができる」と言うべきか。こんなところでミルクティー?むしろ、みんなにちゃんとした晩ご飯を用意してあげたほうがよっぽど実用的だ。案の定、甘ったるい飲み物を口にした作業員たちは、慣れない味に顔をしかめ、一口で脇に置いてしまう者も多い。けれどサインをねだる人は後を絶たなかった。「優子さん、うちの子が大ファンなんです。サインもらえますか?」「うちの子も!唯一の憧れなんです」「……」たちまち人だかりができ、みんなが優子にサインを求める。優子は嫌な顔ひとつせず、サインだけでなく、一緒に写真を撮ることにも応じている。私はまるで空気のよ
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第36話

私は呆然とその場に立っていた。数十キロもある大きな石が、ほんの1センチも離れない距離で落ちて、地面に激しくぶつかる。つま先に走る鋭い痛みに、息もつけないほどの衝撃が全身を貫いた。耳元で、優子の泣き声が聞こえた。「時生……胸が痛い……心筋炎がまた出ちゃったみたい……」「さっきのことで驚いたせいか?今すぐ病院に連れて行く」時生の視線は、血で濡れた私の靴にまったく向かわなかった。彼は優子を抱き上げ、そのまま車へ歩き出す。私はしばらくしてやっと我に返り、振り返った。時生の足取りはどんどん速くなり、黒いコートの裾が風に揺れる。そして、車はあっという間に視界から消えた。つま先の激しい痛みによろめきながら地面に座り込み、心臓がバクバクと胸を打ち、全身に冷や汗がびっしょりとにじんだ。もしあの石が少しでもずれていたら――今の私は、この世にいなかったかもしれない。それなのに、最初から最後まで、時生は私のことに気づかなかった。そのとき、空から雨がしとしとと降り出した。工事は中断され、作業員たちは建物の中へ逃げ込み、広々とした現場には人影ひとつ残らなかった。私は雨に打たれながら、スマホを取り出し救急車を呼ぼうとした。よりによって、こんな時に限ってスマホの電池が切れていた。まるで神様までもが私を困らせようとするかのようだった。雨はどんどん強くなり、歯がガチガチと震える。私は自分を抱きしめ、冷えきった体を必死に守った。つま先の血が雨に流され、靴底から伝って地面に滴る。私はもともと貧血で、もう目がくらんで意識が飛びそうだった。絶望の中、雨の向こうからまぶしい車のライトが差し込んできた。黒いベントレーが私のそばに停まった。車から若い男性が降り、傘を差して近づいてきた。「お嬢さん、助けが必要ですか?」私は一瞬呆然としたが、まるで命綱を見つけたかのように答えた。「助けてください!病院に連れて行ってくれますか?」男性は片手で傘を支え、もう片方で私を支えた。「自分で立てますか?」試してみたが、まったく歩けず、嗚咽交じりに言った。「すみません……足を怪我してしまって……」「少し待ってください」そう言うと、男性は車のドアを開け直し、中の人に丁寧に話しかけた。「高司さん、このお嬢さん、足を怪我していて、傘を差しても僕
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第37話

助手が少し驚いた顔で言った。「もうすぐ契約を結ぶところなのに、今止めたら、相手は説明を求めるでしょうね」「昨日、作業員が亡くなったばかりで、今度は現場のクレーンまで故障してるのに、説明を求める顔なんてあるか?」言葉の端に、押し付けがましい力強さが混じる。「俺の言う通りにしろ」病院に着く頃には、雨も止んでいた。降りるとき、私は男に言った。「今日は本当にありがとうございました。よろしければ名刺をいただけますか?後でちゃんとお礼を言いたくて」「いいよ。ちょっとしたことだから」彼は上品に頷き、助手に私を病院まで送らせた。その瞬間、自分の言い方が少し唐突だったことに気づいた。この人、見た目からして身分が高そうなのに、名刺を欲しがるなんて……きっと今後、絡まれるかもしれないと思われただろう。私は気配りしながら彼に別れを告げ、彼の助手に支えられて車を降りた。幸い病院には車椅子の貸し出しがあり、彼は車椅子を借りて私を座らせてくれた。車の中のあの男性は彼だったが、ずっと手際よく世話をしてくれたのはこの助手の方だった。私は尋ねた。「あの方が名前を教えてくれないなら、あなたの名前なら教えてもらえますか?」「僕ですか?坂口亮介って言います。まあ、気にしなくて大丈夫ですよ。あの方が最初に雨の中であなたを見かけて、ちょっと見てこいって僕に言っただけですから。感謝するならあの方にしてください。僕はただの雑用係ですから」坂口亮介(さかぐち りょうすけ)は車椅子を押しながら話した。私は少し気まずくて言った。「でも、あの方はあまり情報を教えたくなさそうで、感謝したくてもできなくて……」亮介は笑った。「あの方はそういう人ですから、気にしないでください。彼に関わろうとする人が多すぎて、面倒を避けたいだけなんです」つまり、私が感謝の口実で近づくのを恐れているのか。私はもう亮介のボスの話題は持ち出さない。誤解されたくないからだ。亮介はずっと私を救急科まで送ってくれた。私は医師に、怪我の経緯を説明した。医師は眉をひそめて言った。「この足の指は骨折しています。すぐに手術が必要です。家族の方、早くお支払いを!このまま遅れると指が壊死して、切断することになります」亮介はすぐに答えた。「じゃあ、僕が支払いに行きます。どうか先生、彼女のこ
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第38話

工事現場にいたとき、たとえ彼が私を一目見たとしても、あんな質問をするはずがないのに!そのとき、優子が後ろの青いカーテンから出てきた。「時生、先生は来た?心臓がズキズキして、なんだか落ち着かないの……」時生は彼女を見て、そして私を見つめた。「まずは医師に優子を診せろ。心臓のことだから、命に関わるかもしれない」その医師はとても頑固で信念を貫くタイプだった。院長から電話がかかってきても、あっさり切ってしまった。そして時生に向かって言った。「医師として保証します。優子さんに問題はありません。心筋炎は子どもの頃に患ったもので、すでに完治しています。再発の可能性はありません。もし動悸がするようなら、ちゃんと慰めてあげればいいでしょう」そして私を見て続けた。「むしろ、この車椅子の方は、すぐに手術を受けなければ、足の指を切断することになり、将来は障害者になります!」医師がそう言い終わると、時生は何も言わず、看護師が慌ただしく私を手術室に押すのを見ていた。途中で、私は紗奈に電話した。人生で初めての手術で、やはり不安だった。それから職場に休暇の連絡も入れた。手術室に押し込まれたとき、驚いたことに時生もついてきた。私は冷たく言った。「紗奈にはもう電話したから、あなたはいらない。優子のそばにいて」時生は淡々と言った。「医師が家族の署名を求めている。あなたの同僚はもう帰った」――つまり、今、署名できるのは彼だけだということ。そして、私を助けてくれた親切な亮介が、彼の目には私の「同僚」として映っている。そのとき、看護師が手術同意書を持って私たちの前に来た。時生が署名しようとしたが、私はすぐにペンを取って、看護師に言った。「彼は私の家族ではありません」そして、自分の名前を手術同意書に書いた。時生は傍らで看護師に言った。「さっきの医師の技術はどうだ?最高の専門医を呼べ、後遺症を残すな」私は言った。「私はあの医師にやってもらいます!」あの医師がしっかり自分の信念を貫いてくれて助かった。もし他のおどおどした医師だったら、本当に私の足が危なかったかもしれない。だから、私はあの医師を信頼し、身を任せることにした。時生は私の車椅子を掴み、低い声で言った。「今は意地を張るときじゃない。専門医の手配は俺がする」すると、先ほど
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第39話

紗奈は、もうごまかせないと悟ったのか、悔しそうに言った。「昼に電話くれたあと、すぐ駆けつけたのよ。ちょうど時生もいたの。最初は今日の彼、ちょっと人間らしいと思ったのに……その後、あの優子って女がやってきて、時生を自分の方に引き込もうとした。私は我慢できなくて……思わず一発、優子の頬を叩いちゃった」私は胸がぎゅっと痛むのを感じ、思わず尋ねた。「それで、どうしてあなたが怪我したの?」紗奈は冷く鼻を鳴らした。「あんなガリガリの女が、どうやって私に勝てるのよ?押したのは時生よ。私の頭がちょうど隣の椅子の背もたれにぶつかって……最後にはあの女に連れて行かれたんだから、もう腹立たしくて!」「時生が、あなたに手を出したの?」私は怒りで血が沸きそうだった。彼が私に手を出すならまだしも、親友にまで手を出すなんて。私たち、何か悪いことでもしたの?どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないの?紗奈は、私が手術直後で感情が乱れるのを恐れてか、すぐに慰めてくれた。「大丈夫、大丈夫。あと半月でお母さんの命を救う装置が発売されるから。そのときは、離婚協議書を彼の顔に叩きつけて、余計なことは一言も言わなくていいの!」実際、彼女の性格は私より我慢できないタイプだ。それなのに今は、あれだけひどい目にあったのに、まだ私を励ましてくれる。鼻の奥がつんとし、声を震わせながら言った。「紗奈、ごめん……あなたまで巻き込んでしまって」「バカ、そんなこと言わないで」紗奈は私の髪を撫で、話題を変えた。「そうだ、あの日、時生が精神科に行ったって話、探偵に調べてもらったのよ。判明したのは、その医師は国際的に有名で、普段はその病院にはいないこと。土曜だけ来るのね。患者の情報は徹底的に秘匿されていて、本人以外誰も知らないの」私はため息をついた。「それ、時生らしいやり方だね。細かいことまで気配りが届くもの。隠すと決めたら、絶対に痕跡を残さない」紗奈はますます興味を示して訊いた。「あなた、時生とは幼なじみでしょ?よく知ってるはず。いつから精神的な問題があったと思う?」私は首を振った。「私には、彼が心の病を抱えているようにはとても見えない」紗奈は言った。「考えつかないなら、もう考えなくていいわ。どうせ、離婚にはあまり関係ないことだし。前に弁護士に用意しろって言われた証拠
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第40話

紗奈は、まるで敵に立ち向かうかのように私の前に立ちはだかり、言った。「どうして来たの?」時生の目に、一瞬の不快が走った。冷たく言い放った。「俺は彼女の夫だ。ここに来るのは、普通なことじゃない?」紗奈は憎しみに満ちて叫んだ。「夫ぶっていられるのも、もう長くないんじゃない?」その言葉が、時生のどの神経を逆なでしたのかは分からない。彼の冷厳な顔つきに鋭さが滲み、すぐさまボディガードを呼び寄せた。「紗奈さんを外へ」「時生!よくも!」紗奈は叫んだが、ボディガードに引きずられて外へ連れ出されていった。私は怒りで頭が真っ白になり、無意識にベッドから飛び降り、追いかけようとした。だが、自分が手術を終えたばかりの右足を床に着けた瞬間、体が前に倒れそうになる。――もうすぐ床に落ちそうだと思ったそのとき、時生が腰に手を回して支えた。次の瞬間、私を抱き上げ、横抱きにした。手術後で弱っている私は、もがいてみても逃れることはできなかった。やっとベッドに下ろされると、私は息を荒げて問い詰めた。「どうして紗奈にあんなことを?」時生は私に毛布を掛けながら答えた。「彼女は夫婦関係をかき乱そうとしている。俺がこうしたのは、まだ礼儀正しい対応だ」「かき乱す?」真面目な顔で言うその言葉が滑稽で、つい反論してしまった。「私たちの関係に、誰かが挑発する必要なんてあるの?時生、自分が何をしたか、分かってる?優子はうちに遊びに来ただけじゃないでしょ?」時生は冷たい瞳で私を見つめ、静かに言った。「昭乃、黒澤家の奥様として、もう少し度量を見せなきゃだめだ。優子ばかり見つめるのはやめてくれ」私は沈黙した。もうこれ以上、彼と一言も話したくなかった。本当に疲れ果てたのだ。そのとき、時生の携帯が鳴った。電話に出ると、かすかに健介の声が聞こえた。そして、時生の声が厳しくなった。「どういうことだ?金曜に契約するはずじゃなかったか?」向こうが何か言ったのか、時生の声は低く沈んだ。「調べろ!あいつらの背後にいるボスは誰だ?黒澤グループを舐めるとは、ずいぶん生意気なやつだな」時生の言葉を聞きながら、私は今日、病院まで送ってくれたあの方を思い出した。彼は一体、何者なのだろう。時生ですら、気に留めていないように見える。だが、黒澤グループは潮見
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