「記憶を消す?」湊の声は微かに震えている。「ええ、神崎様」医師は眼鏡を押し上げ、落ち着いた口調で説明を続けた。「朝霧様の現在の苦痛の根源は、浅野様が銃で撃たれ、海へ転落したというあの記憶にあります。もしその出来事を忘れさせることができれば、彼女の感情は徐々に安定を取り戻すでしょう。しかし同時に、浅野様に関する記憶の一部も失うことになります」「謙を忘れる……?」「完全に忘れるとは限りませんが、記憶はひどく曖昧になり、多くの詳細が抜け落ちるでしょう。さらに副作用として……朝霧様自身の記憶力、例えば物忘れが激しくなったり、集中力が低下したりといった影響が出る可能性もあります。この治療を行うかどうかは、ご家族の慎重な判断が必要です」湊は病院の廊下で、長い時間座り込んでいた。目を閉じると、日に日にやせ細っていく静奈の姿や、生気を失った虚ろな瞳が脳裏に繰り返し浮かんだ。そして……窓台に座り、虚空に向かって謙の名前を呼んでいたあの痛ましい姿も。彼女がこのまま絶望に飲み込まれていくのを、黙って見ていることなどできなかった。どれくらいの時間が経っただろうか。彼はゆっくりと目を開け、病室へと戻った。静奈はベッドの背もたれに寄りかかり、窓の外をぼんやりと見つめていた。夕暮れの光が彼女の顔を照らし出し、その輪郭は今にも消え入りそうなほど儚げだった。「静奈」湊はベッドのそばに座り、彼女の冷たい手をそっと握った。「君の苦しみを和らげる治療法があるんだ」静奈はゆっくりと首を向け、彼を見た。その瞳はまだ赤く腫れていたが、もう流す涙すら枯れ果てていた。「どんな治療……?」かすれた小さな声には、何の感情もこもっていなかった。「……いくつかのことを忘れるのだ」湊は彼女の視線を避け、喉仏を上下させてから、絞り出すように言った。「謙が海に落ちたこと、君を苦しめているあの光景を忘れられる。同時に……謙と一緒に過ごした他の思い出まで、忘れてしまうかもしれない」静奈は沈黙した。病室は息が詰まるような静寂に包まれた。彼女はもう答えないのではないか、と湊が思い始めた頃、ようやく彼女は口を開いた。「謙を、忘れたくない」弱々しい声だったが、その響きには異常なほどの決意がこもっていた。謙は自分のために
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