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Todos os capítulos de 血と束縛と: Capítulo 411 - Capítulo 420

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第11話(21)

**** 座卓に頬杖をついた和彦は、ぼんやりと考え込む。ただ、考えることが多すぎて、思考は散漫だ。 結婚披露宴で和彦に話しかけてきた父親の同僚のことを考えると、必然的にその父親のことを――自分の家族のことにまで考えが及ぶ。和彦にとって家族とは、この世でもっとも関わりたくない存在なので、正直、戸惑っていた。 戸惑うといえば、もう一人の存在を忘れてはいけない。 意識しないまま顔が熱くなってきて、一人うろたえた和彦は慌ててグラスを取り上げ、残っているワインを飲み干す。その勢いで、肩にかけていた羽織が滑り落ちた。気だるい動きで羽織に腕を通そうとすると、ふいに声をかけられる。「――艶めいた顔だな。鷹津のことを考えているのか」 ドキリとした和彦は、自分のその反応を誤魔化すように、正面に座っている賢吾を睨みつけた。さきほどまで、携帯電話であちこちと連絡を取り合って仕事の話をしながら、手元の紙に何か書き留めていたはずだが、いつの間にか、しっかり和彦を観察していたようだ。賢吾の口元には、人の悪い笑みが浮かんでいた。「違うっ」「そんなにムキになって否定すると、認めているようなもんだぞ、先生」 今日、和彦と鷹津の間にあった出来事を、賢吾はすべて知っている。隠し通せると思っていない和彦が、報告のため本宅に立ち寄ったとき、自分から告白したのだ。ただ、父親の同僚と出くわし、捕えられそうになったことは告げていない。 今の生活を〈壊したくない〉と感じるのは、道徳的に間違っているだろう。それでも、異物となるものを持ち込みたくなかった。和彦にとって自分の家族は、まさに異物そのものだ。今の生活に入る、ずっと前から――。 どこかソワソワとして落ち着かない和彦を一人にしておけないと思ったらしく、今夜は本宅に泊まるよう賢吾に言われたのだが、マンションの広い部屋で一人で過ごしたくなかった和彦としては、その言葉はありがたかった。 賢吾がふっと目元を和らげ、手招きしてくる。わずかに逡巡してから、羽織を肩にかけ直した和彦は場所を移動し、賢吾の隣に座った。 すかさず肩を抱かれたので、和彦も賢吾にもたれかかる。
last updateÚltima atualização : 2026-01-03
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第11話(22)

 さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自然な流れとして、賢吾と再び、今度はしっとりと唇を重ねていた。柔らかく互いの唇を吸い合い、舌先を触れ合わせる。肩にかかった賢吾の手が油断なく動き、浴衣の合わせ目から入り込んだかと思うと、胸元を撫でられていた。 今日、鷹津にそうされたように、賢吾の指先に胸の突起を弄られ、抓るように引っ張られる。和彦が喉の奥から微かに声を洩らすと、目を細めた賢吾に片手を取られ、あぐらをかいた両足の間に導かれた。「――鷹津を悦ばせたように、俺も悦ばせてくれるだろ、先生?」 羞恥なのか、それ以外の感情からなのか、一気に和彦の顔は熱くなる。思わず顔を背けたが、首筋に賢吾の唇が押し当てられ、ゆっくりと歯が立てられると、背筋に疼きが駆け抜ける。それだけで賢吾に逆らえなくなった。 賢吾と深い口づけを交わしながら和彦は、賢吾が着ている浴衣の下に片手を差し込み、すでに熱くなりかけている欲望を外に引き出す。優しく握り込んで、上下に扱き始めた。一方の賢吾は、執拗に和彦の胸の突起を弄る。 手を動かすたびに賢吾のものはゆっくりと首をもたげていき、その反応に和彦は、身震いしたくなるような興奮を覚える。大蛇を潜ませた賢吾の目にも、ほのかな熱っぽさが宿り、思わず覗き込んでしまう。 誘い込まれるまま賢吾の口腔に舌を差し込み、まさぐる。濡れた音を立てて舌を吸われると、素直に気持ちよかった。 ゆっくりと互いの欲望を高め合っていると、座卓の上に置いた携帯電話が鳴る。和彦の唇を吸い上げて、賢吾は電話に出た。 寸前まで、熱く官能的な口づけを与えて
last updateÚltima atualização : 2026-01-04
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第11話(23)

 和彦はピクリと肩を震わせる。胸元を撫でた賢吾の手が、今度は後頭部にかかったからだ。思わず視線を上げると、賢吾がニヤリと意味ありげに笑う。そして、和彦の頭を軽く押さえつけた。意図を察した和彦は目を丸くしたあと、賢吾を睨みつけたが、拒めなかった。 促されるまま賢吾の両足の間に顔を伏せ、差し出した舌で熱い欲望を舐める。いい子だ、と言いたげに賢吾の指にうなじをくすぐられた。 頭上で賢吾が、物騒な仕事の話をしているのを聞きながら、本格的な愛撫を始める。 賢吾のものを深く口腔に呑み込み、熱く湿った粘膜で包み、吸引する。賢吾のものが逞しさを増していくのを待ってから、ゆっくりと頭を上下させ、舌を絡める。括れに丹念に舌先を這わせると、頭にかかった賢吾の手にわずかに力が加わり、もう一度口腔深くまで呑み込む。 賢吾のものが力強く脈打っていた。影響力のある組の組長として恐れられている男の欲望を、自分がコントロールしていると実感できる瞬間だ。それはひどく官能的で、甘美な時間でもある。 先端を舐めてから、そっと吸い上げて括れまでを含む。根元から指の輪で扱き上げると、賢吾の指に髪を掻き乱された。そのくせ、話す口調も声音も、一切変化しない。 この、ふてぶてしく図々しい男が動揺する様を見てみたいと思った和彦は、口腔に含んだ熱い欲望を、甘やかすことにした。** ローションでたっぷり潤った内奥を、逞しい欲望がじっくりと擦り上げていく。さきほどから淫らに蹂躙され続けている襞と粘膜は、これ以上なく敏感になっており、賢吾が動くたびに、ヒクヒクと震えながら快感を迸らせているようだ。「あっ……、うっ、うぅ――」 和彦は身悶えながら、賢吾にすがりつく。緩やかな律動が繰り返されるたびに、溶けたローションが敷布団のシーツを濡らしていく。それに、すでに放った和彦と賢吾の精も混じっているだろう。 今夜の賢吾の攻めは丹念で、激しさとは無縁だ。だからこそ和彦は、時間をかけて与えられる快感に煩悶し、乱れさせられる。「……鷹津にイかされたあとの先生は、独特の色気を放つな」
last updateÚltima atualização : 2026-01-04
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第11話(24)

 内奥深くを小刻みに突き上げながら、ふいに賢吾がそんなことを言う。和彦は賢吾の逞しい腰に両足を絡ませながら、頭上の枕を握り締めて嬌声を堪える。大きく呼吸を繰り返してやっと、言葉を紡ぐことができた。「どういう、意味だ……」「心底嫌いな男に感じさせられて、悔しい反面、ひどく興奮しているんじゃないのか。脅されて言うことを聞かされたはずなのに、体はしっかり、その嫌な男から与えられた快感で悦ぶ。淫奔な体と、下手なヤクザより肝が据わって、したたかな性質を持った先生らしい色気だ」 賢吾には当然、レストルームの個室で鷹津に何をされたのかすら、報告してある。正確には、組み敷かれながら報告させられたのだ。 和彦と鷹津の間にセクシャルな行為が行われることを、賢吾は楽しんでいるようだった。それだけでなく、興奮もしている。 大蛇が熱い。賢吾の汗で濡れた背を何度もてのひらで撫でながら、和彦は心の中で呟く。賢吾の興奮が移ったのか、鷹津との口づけを思い出し、和彦の体に強烈な疼きが駆け抜けていた。 そんな和彦を見下ろし、賢吾は笑った。枕元に置かれたライトの明かりが二人を照らし出しているのだが、濃い陰影のせいか、賢吾の顔がさらに凄みを帯びて見える。しかし、怖くはない。大蛇に体の内から食われているような状況で、恐れる感覚すら溶かされた。「鷹津は、どうだ?」 そっと唇を吸ってきた賢吾に問われ、小さく喘ぎながら和彦は答える。「……嫌な、男だ……。強引で、乱暴で。会うたびに、脅されている気がする……」「他には?」 ぐうっと内奥深くを抉るように突かれ、和彦は数秒の間、恍惚として息を止める。ローションで滑る襞と粘膜が必死になって賢吾のものに絡みつき、内奥全体が収縮を繰り返す。この状態で、誤魔化すことはできなかった。「――……キスが、上手い」「サソリのキスで感じたか、先生?」 和彦は、吐息を洩らすように答えた。「ああ」 薄く笑んだ賢吾が腰を揺らし、淫靡な湿った音が室内に響く。和彦は仰
last updateÚltima atualização : 2026-01-04
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第11話(25)

 両足を抱え上げられ、内奥から賢吾の欲望が引き抜かれる。熱くなって喘ぐ場所に、賢吾はたっぷりローションを垂らし、再び押し入ってきた。和彦は声を洩らし、はしたなく腰を揺らして逞しいものを奥まで呑み込む。精を放つのとはまた異質の、深い快感を味わっていた。「あっ、あっ、賢吾さんっ……」「ああ、最高だ、先生」 両腕を伸ばして賢吾にしがみつくと、手荒く頭を撫でられる。喘ぐ和彦の唇をそっと吸い上げてから、悪戯を持ちかけるように楽しげな口調で賢吾が囁いてきた。「――先生、そんなに鷹津とのキスが気に入ったんなら、あの男を堕としてみるか?」 和彦は目を見開き、賢吾を凝視する。「堕と、す……」「鷹津は、刑事としてはとっくに〈堕ちた〉男だから、〈オトす〉というべきだな。篭絡するんだ、先生が。地べたを這いずり回るサソリを」 賢吾の言葉の真意を探るため、大蛇が潜んだ目を覗き込む。常にある怜悧さは今はなく、肉欲と好奇心によって熱っぽさを湛えていた。「あの男が目の前に現れたときから、企んでいたんだな」「いや。鷹津が、先生に興味を持っていると知ったときからだ」 ここは怒るべきなのだろうかと思い、和彦は顔を背ける。すると賢吾が熱い舌で、汗で濡れた首筋をベロリと舐め上げてきた。抗いきれず、唇を吸い合い、舌を絡める。応えるように賢吾の欲望が動き始め、内奥は嬉々として淫らに締め付けていた。「先生が、鷹津を毛嫌いしたままなら、それはそれで仕方ない。あの男がうちの組の障害になるときは、何かしら手を打って、前線から弾き出すだけだ。だが、憎たらしいことに、鷹津は有能な刑事だ。下衆ではあってもな。しかも執念深い」 賢吾に突き上げられるたびに、痺れるような快感が生み出され、和彦を酔わす。緩く頭を左右に振り、何も考えられないと訴えるが、賢吾は会話も律動もやめなかった。「今の鷹津に女をあてがったところで、指一本触れやしないだろう。昔とは違う。あいつが今欲しがっているのは、先生――、俺の、大事で可愛いオンナだ」 自分のオンナを他人に触れさせるのは不快ではないのかと、賢吾に問いかけるだけ
last updateÚltima atualização : 2026-01-04
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第11話(26)

 賢吾は、目的のためなら手段を選ばない。「……あの男は、あんたに対する嫌がらせのつもりで、ぼくにあんなことをしたのかもしれない、とは考えないのか?」「俺と鷹津は悪党同士、少し似ている。だからこそ、わかる部分もあるんだ」「ぼくを、鷹津にあてがう根拠としては、弱いな……」 賢吾の頬を撫でて頭を抱き締めると、和彦の求めがわかったように、熱い舌が胸の突起をくすぐり、きつく吸い上げてくれる。胸元に愛撫の跡を散らしながら賢吾が言った。「あてがう? 違うな。鷹津を先生の番犬にしたら、おもしろいと思ったんだ。俺としても、あいつが俺や組のために何かするなんて、期待しちゃいない。ただ、おとなしくしてもらいたいだけだ。……よく吠える犬は、好かねーんだ、俺は」 番犬、と和彦は口中で呟く。犬と言いながら、鷹津の本性は毒を持つサソリだ。鋭い針で刺されると、さぞかし痛いだろう。大蛇の巨体に締め上げられると苦しいように。「――……ぼくに、拒否する権利はあるんだろうな」 律動を止めた賢吾が上目遣いでこちらを見て、ニヤリと笑う。「当然だ。ただ先生も、組の名前入りの首輪をつけた忠実で優しい犬だけじゃなく、手荒に扱える凶暴な犬を一匹ぐらい、飼ってみたらどうだ。何かのとき、役に立つかもしれない」「何かって……」「何か、としか言いようがない。先生はヤクザに囲まれて生活しているが、先生自身はヤクザじゃない。万が一にも、ヤクザ以外の番犬が必要になるかもしれないだろ」 もしかして賢吾は、今日和彦の身に起こったもう一つの出来事を、把握しているのではないか――。 そんなことが和彦の脳裏を過るが、単なる杞憂だと思いたかった。 あの場には長嶺組の人間はいなかったし、たまたま同じ日、同じ会場で結婚披露宴をしている人間について、調べるはずもない。そのうえ、招待客についてまで。 しかし、和彦の身元調査をした賢吾は、実家のことまで調べ上げている。父親の〈職場〉が、どういった会社と繋がりがあるかなど、知ろうと思え
last updateÚltima atualização : 2026-01-04
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第11話(27)

 すかさず賢吾が応じる。「俺も嫌いだ。だが一応、あの男の悪党っぷりを、俺なりに評価もしている」 よく考えればいいと囁いて、賢吾が再び律動を刻み始める。悔しいが、和彦は乱れずにはいられない。 内奥深くに逞しいものを突き込まれるたびに、身を捩り、声を震わせる。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾がひっそりと呟いた。「鷹津は、オトすどころか、オトされたがっているかもな、先生に――」 大きなてのひらに頬を撫でられて、和彦は自ら頬をすり寄せ、大蛇に媚びた。**** 長嶺の本宅で一泊した和彦は、気だるい体を引きずるようにして、なんとか昼前には身支度を整える。 本来はもっと早くに目が覚める性質なのだが、夜更けまで賢吾が解放してくれなかったのだから、仕方ない。当の賢吾は、朝早くに出かけてから、和彦が眠っている間にまた戻ってきて、数人の客と会っていたらしい。 組員からそのことを聞かされた和彦は、賢吾のスタミナに、素直に呆れた。昨夜さんざん和彦を貪り、嬲っておきながら、午前中にそれだけ動けるのだ。ヤクザの組長すべてがこうなのか、賢吾が特別なのか、あえて知りたくはない。 昼食の誘いを断り、和彦が玄関に向かうと、ちょうど靴べらを手にした秦と出くわした。 細身のグレーのスーツを身につけており、スカイブルーのワイシャツがよく映え、芝居がかった爽やかさは、ヤクザの組長の本宅には似つかわしくない存在感を放っている。あくまで、一見して、の話だが。 艶やかな笑みを浮かべて秦が頭を下げてくる。差し出された靴べらを受け取り、和彦も靴を履きながら話しかける。「すっかり、この家の馴染み客になったようだな」「まさか。呼ばれるたびに、心臓が悲鳴を上げてますよ。今日こそは無事に帰れないかもしれない、と思って」 ふうん、と声を洩らした和彦は、さりげなく、しかし鋭い問いかけをしてみた。「――組長と、何を企んでいるんだ」 ドキリとするような流し目を寄越してきた秦が、澄ました顔で応じた。「レクチャーですよ。長嶺組が、わたしの経営手腕を買ってくださっている
last updateÚltima atualização : 2026-01-05
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第11話(28)

 あからさまに疑わしいが、組と怪しい男が絡む事情など、ロクなことではない。深入りしたところで、和彦が清々しい気持ちになることはないだろう。それでなくても今は、自分自身が心配事を抱えているのだ。「先生?」 何も聞かなかったことにして、黙々と靴を履く和彦を、秦が気遣うようにうかがってくる。「……ぼくに教える必要があると考えれば、組長から何か言ってくるだろ。わざわざ、君から聞かなくてもいい」「素っ気ないですね。一応、組長公認の、先生の遊び相手なんですから」 顔をしかめた和彦は、組員に靴べらを手渡してから玄関を出る。あとに秦も続いたが、すでに門扉の前には和彦を送るための車が待機していた。『遊び相手』と仲良く過ごす時間はないようだ。 本宅近くの駐車場に車を停めているという秦と、門扉の前で別れるつもりだったが、車のドアを開けて待つ護衛の組員と、立ち去る秦の後ろ姿を交互に見た和彦は、気が変わる。反射的に秦を呼び止めていた。「――頼みたいことがあるんだ」 引き返してきた秦に、和彦はこう切り出した。** ハンドルを握る秦は、上機嫌といった面持ちだった。和彦は少々複雑な心境で、秦の横顔をちらりと一瞥する。「嬉しいですね。先生が、わたしに頼みごとをしてくださるなんて」「他に、適任者がいないんだ。今のところ、ぼくの周囲にいるのは、ヤクザ者ばかりだからな。頼みごとができて、普通の勤め人に見える人間となると、君しかいない。……悲しいことに」 和彦の言葉に、気を悪くした様子もなく秦は短く噴き出す。とても笑う気にはなれない和彦は、そっと背後を振り返る。秦の車の後ろから、本来なら和彦を乗せるはずの護衛の車がぴったりとついてきていた。 一般人の秦を伴っているという設定のため、いかつい護衛の車に乗るわけにはいかないのだ。「――しかし、先生から頼みごとをされるのも意外ですが、頼みごとの内容も、意外なものですね」「そっちはそっちで事情を抱えているように、ぼくも、ささやかに事情を抱えているんだ」 秦は前を見据えたまま、淡い微
last updateÚltima atualização : 2026-01-05
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第11話(29)

 ヤクザの実態も謎が多いが、この男もまた、謎が多い。気にはなるが、うっかり踏み込むつもりはなかった。「その道を左に曲がってくれ」 和彦の指示通りに車が左に曲がり、すぐに、懐かしい建物が視界に飛び込んでくる。「ここですか?」「ああ。来客用のスペースが空いているから、そこに車を停めたらいい」 駐車場に車が入り、エンジンが切られる。秦はすぐに車を降りようとしたが、シートベルトを外した和彦は、すぐには動けなかった。「先生、大丈夫ですか。顔色が少し悪いですよ」 シートに座り直した秦が身を乗り出し、顔を覗き込んでくる。和彦はゆっくりと息を吐き出して頷くと、途中で買った手土産を持って車を降りた。「ここがどういった場所なのか、聞いてもいいですか?」 駐車場を歩きながら秦に問われ、和彦は小さく声を洩らす。秦に『頼みごと』をしたものの、ある場所に一緒に来てくれとしか言わなかったのだ。「……ここは、ぼくが半年ぐらい前まで住んでいたマンションだ。気に入っていたんだが、長嶺組と関わったせいで、今の部屋に引っ越すことになった」「それが、今になってどうして?」「引っ越しは急でバタバタしていたし、事情が事情なんで、郵便物の転送手続きをするわけにもいかないから、マンションの管理人に、何か届いたら預かってくれるよう頼んであるんだ」 現在は、私書箱に郵便物などが届くように手配してあるが、それまでに発送されたものは、このマンションに届いているだろう。「頼むとき、管理人への言い訳に困ったんじゃありませんか? 急な引っ越しに、転送手続きもできないなんて、不審に思われかねないでしょう」「海外研修に派遣されることになったと言った。こういうとき、医者という肩書きはけっこう便利だ。適当な理由でも、もっともらしく聞こえる」「ならわたしは、せいぜい先生の同僚らしく見えるよう、努力しましょう」 マンションのエントランスに向かいながら和彦は、少し離れた道路脇に停められた護衛の車に気づく。不審がられないよう、気をつかってくれているのだ。 朝から夕方にかけて管理人が駐在している事務所
last updateÚltima atualização : 2026-01-05
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第11話(30)

 保管されていた郵便物は、大した量ではなかった。また、重要書類の類も皆無だ。和彦は丁寧に礼を述べて受け取る。 本当は、郵便物などどうでもいい。すでに表の世界の事情から切り離されている和彦に、ダイレクトメールは意味がないし、郵便物で繋がっているような知人もいない。そもそも、処分してもらってもよかった。 だが、あえてそう伝えておかなかったのには、理由がある。万が一、という事態を想定しておいたのだ。 やや緊張しながら和彦は、さりげなく本題を切り出した。「――わたしが引っ越してから、誰か訪ねてきませんでしたか? 突然の海外研修だったものですから、友人や知人にも、事情を説明する暇もなかったんです。あとで連絡はしたのですが、早とちりな誰かが、ここまで押しかけてきてご迷惑をかけたんじゃないかと思って」 秦が、おやっ、という顔を一瞬したのは気づいていた。しかし和彦は、笑みを浮かべながら、管理人の返事を待つ。 安堵すべきか、管理人から返ってきたのは、誰も和彦を訪ねて来なかったという言葉だった。 再び礼を述べてマンションを出ると、ほとんど出番のなかった秦が口を開いた。「わたしは必要なかったんじゃないかと感じていましたが、先生が管理人に最後にした質問で、なんとなくわかりました。わたしは、ボディーガードだったというわけですね」 歩きながら、手にした郵便物を一通ずつ確認していた和彦は、淡々とした口調で応じる。「何かあっても、ぼくの護衛が飛び出してくる事態だけは避けたかったんだ。その点君は、少なくともぼくより要領がいい」「評価してもらえて、嬉しいですよ。――それで、何か、というのは?」「可能性は低いが、誰かに待ち伏せされているかもしれないと思ったんだ。その連中に、ぼくとヤクザが繋がっていると悟られると、いろいろと面倒だ。だけど――」 こちらが危惧するまでもなく、相手は和彦になど関心はなかったらしい。それは歓迎すべきことであり、決して落胆することではない。「少し心配しすぎたみたいだ」「それはよかった。できることなら次は、先生を楽しませることで協力させてもらいたいですね」 助手席のドアを開けて、秦が艶や
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