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第11話(30)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-01-05 17:00:02

 保管されていた郵便物は、大した量ではなかった。また、重要書類の類も皆無だ。和彦は丁寧に礼を述べて受け取る。

 本当は、郵便物などどうでもいい。すでに表の世界の事情から切り離されている和彦に、ダイレクトメールは意味がないし、郵便物で繋がっているような知人もいない。そもそも、処分してもらってもよかった。

 だが、あえてそう伝えておかなかったのには、理由がある。万が一、という事態を想定しておいたのだ。

 やや緊張しながら和彦は、さりげなく本題を切り出した。

「――わたしが引っ越してから、誰か訪ねてきませんでしたか? 突然の海外研修だったものですから、友人や知人にも、事情を説明する暇もなかったんです。あとで連絡はしたのですが、早とちりな誰かが、ここまで押しかけてきてご迷惑をかけたんじゃないかと思って」

 秦が、おやっ、という顔を一瞬したのは気づいていた。しかし和彦は、笑みを浮かべながら、管理人の返事を待つ。

 安堵すべきか、管理人から返ってきたのは、誰も和彦を訪ねて来なかったという言葉だった。

 再び礼を述べてマンシ
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  • 血と束縛と   第22話(25)

    **「――そういえば先生、もう聞いていますか? 総和会の護衛の件」 鶏すきの締めとしてうどんまで堪能したところで、唐突に中嶋が切り出してくる。和彦は首を傾げた。「なんのことだ……?」「俺もちらっと小耳に挟んだ程度で、まだ本決まりというわけではないみたいですが――」 中嶋が口にしたのは、思いがけないことだった。和彦の護衛に、総和会の人間をつけるという話が出ているというのだ。総和会が仲介となる仕事も増えてきたため、長嶺組だけに和彦の護衛という負担を押し付けるのは如何なものか、ということらしい。 長嶺組組長のオンナという立場があるにせよ、表向きは一介の医者でしない和彦を、総和会が気にかけるには相応の理由がある。和彦には、その理由は一つしか思いつかなかった。 もちろん、耳聡い組関係者も薄々とながら事情を察しているだろう。和彦の目の前にいる青年も例外ではない。 澄ました顔でウーロン茶を飲み干した中嶋は、これが本題だと言わんばかりに問いかけてきた。「先生は先日、うちの会長と旅行に出かけたんですよね?」「……成り行きで。総和会会長直々に誘われて、断る余地があるはずないだろう。……もっとも、それだけじゃないんだが」「何かあったんですか」 和彦は自嘲気味に唇を歪める。なんとなくこのとき、アルコールが欲しいなと思った。実は今晩、秦からの食事の誘いに乗ったのは、心に溜まる重苦しい気持ちを一時でも忘れたかったからだ。 総和会会長の〈オンナ〉になったという事実は、和彦の肩にズシリとのしかかり、その重圧に気持ちが押し潰されてしまいそうだ。 逃げられないなら、受け入れるしかない。その覚悟はしたつもりだが、長嶺守光という存在を間近に、そして体の内で感じてしまうと、和彦の覚悟など簡単に揺れる。 昨日、車内で受けた守光の愛撫が、まだ下肢に絡みついているようだ。我ながら忌々しいほど簡単に、和彦の体は反応した。守光に求められて疼いた欲望と高揚感を否定する気はない。和彦は、求められると弱い。特に、長嶺の男に。「

  • 血と束縛と   第22話(24)

     障子を開けると、中嶋が一人、手持ち無沙汰な様子でテーブルについていた。そんな中嶋を見て、和彦は即座に疑問を感じた。「……秦は?」 コートを脱ぎながら問いかけると、中嶋は軽く肩をすくめる。「急な出張です。しかも、海外」「それは本当に急だな。夕飯を一緒にどうかとメールを送ってきたのは、今日の午前中だったのに」 和彦はイスに腰掛け、傍らにコートを置く。すでに料理を注文しておいたのか、すぐに店員たちが、鍋や皿に盛った食材を運んできて、二人が見ている前で手早く調理を始めた。「今日は、鍋を食べないかと言って秦に誘われたんだ」「鶏すきですよ。これからどんどん暖かくなってきて、鍋料理を食べる機会も減ってきますから。――仲がいい者同士、鍋をつつき合うのに憧れていたみたいです、秦さんは」 このとき和彦は、自覚もないまま奇妙な表情をしたらしい。中嶋はヤクザらしくない、軽やかな笑い声を上げた。 和彦としては、中嶋と秦とどんな顔をして会おうかと、多少なりと緊張してここまで足を運んだのだ。なんといっても、大胆で淫靡な行為に及んだ〈仲がいい者同士〉だ。ただ、居心地が悪い――気恥ずかしい思いをするとわかっていながら、誘いに乗ったのには理由がある。「……憧れていた本人が、出張でこの場にいないというのも、ついてないな」「まあ、仕方ありません。重要な人から、重要な仕事を仰せつかったようなので」 意味ありげな中嶋の物言いで、すぐに和彦はピンときた。だからといって、ここで長嶺組組長の名を出すわけにもいかず、曖昧な返事をする。「へえ……。自分の店もあるのに、大変だな」「その店を順調に営めるのも、後ろ盾があってのことだから、と本人は笑ってましたよ。……とはいっても俺は、行き先も仕事の内容も、教えてもらってないんですけどね。なんといっても、所属する組織が違いますから」「拗ねているのか?」 中嶋が目を丸くしたところで、飲み物が運ばれてくる。車の運転がある中嶋に合わせて、二人揃ってウーロン茶だ。 鍋

  • 血と束縛と   第22話(23)

    「あんたは、貴重だ。長嶺の男たちと相性がよく、他の物騒な男たちも上手く手懐けて使っている。荒事が苦手な日和見主義のようでいて、肝が据わっている。だからといって、わしたちのような極道というわけではない。だが、すでに堅気でもない。あんたの存在は、この世界にいるからこそ妖しさが際立つ」 守光の手がさらに深く両足の間に差し込まれ、命じられたわけでもないのに和彦は足を開いていた。 まるで検分するように、スラックスの上から敏感なものを押さえつけられ、唇を引き結ぶ。羞恥はあったが、驚きはなかった。賢吾に強引にオンナされたばかりの頃、怒りと戸惑いを覚えている和彦に、賢吾は車中で何度も体に触れてきた。あれは、賢吾なりの和彦に対する教育だったのだ。 どんな状況であれ、どのように扱われても、受け入れなくてはならないと。それが、ヤクザのオンナになる――されたということだ。 和彦の目を覗き込み、守光は柔らかな笑みを浮かべた。見ていると怖くなるような笑みだが、和彦は目は逸らさなかった。逸らせば、多分食われる。「――忘れるな。あんたに特に価値を感じているのは、長嶺守光という男だ」 守光が囁き終えると同時に、唇が重なってくる。この瞬間、和彦が感じたのは恐怖でも嫌悪感でもなく、純粋な肉の疼きだった。我ながら度し難いと思うが、長嶺の男と相性がいいというのは、戯言では済まないところまできていた。その事実を和彦は、体で実感している。 唇を吸われているうちに、守光の舌が当然のように口腔に侵入してくる。おずおずと舌先を触れ合わせていると、守光の指に敏感なものをまさぐられる。 拒むこともできずうろたえる和彦に、守光が思いがけない問いかけをしてきた。「賢吾に、激しく求められたかね?」 咄嗟に質問の意味が理解できず、和彦は目を見開く。「えっ……」「わしと旅行に行ったことを、感情的に責めるとも思えん。だとしたら賢吾が、あんたに対して取る行動は限られると思ってな」 意味ありげな守光の指の動きでやっと、何を聞かれているのか理解する。数日前の、賢吾との濃厚な交わりが蘇り、和彦の体は熱くなる。そんな和彦を、なぜか守光は満足そうに見つめてい

  • 血と束縛と   第22話(22)

    ****「――賢吾が、あんたのための着物をあつらえさせていると聞いた」 守光の言葉に、シートの上で和彦はわずかに身じろぐ。 寛ぐよう言われたが、総和会会長と並んで車の後部座席に座っていて、背筋を伸ばす以外の姿勢を取れるはずもない。やはりどうしても、緊張してしまうのだ。 そんな和彦を見て、守光は口元に淡い笑みを浮かべる。「旅行にも一緒に行ったのに、まだ、わしに慣れんかね?」「いえっ……、突然のことで、驚いているだけで……」 クリニックでの仕事を終え、いつものように護衛の組員が運転する車で帰宅していたのだが、途中、あるビルの地下駐車場に入ったかと思ったら、隣に停まっている車に移るよう言われた。そして、今のこの状況だ。 守光は、ビル内にある料亭で会食を終えたところで、これから別の店に向かうそうだ。そう、守光が決めたのなら、和彦は付き従うしかない。 濃いスモークフィルムが貼られたウィンドーから、外を流れる夕方の街並みはあまりよく見えない。この車は、総和会会長の身を守るための動く要塞だ。見た目からして威圧感に溢れており、その前後を護衛の車が守っている。 こういう状況に身を置いていると、自分は総和会会長のオンナになったのだと、不思議な感慨をもって実感できる。まだ現実味は乏しいのだが、紛れもない事実だ。 ただ、守光が相手だと、どう振る舞えばいいのかいまだにわからない。賢吾と知り合った当初もわけがわからないまま振り回されていたが、そうしているうちに、あの大蛇の化身のような男に慣れていった。 しかし守光は――。 一瞬見ただけでの、九尾の狐の刺青を思い出し、和彦は小さく身震いする。あれは触れてはならないものだと、本能が訴えていた。 身を固くしている和彦の膝の上に、あくまで自然に守光の手が置かれる。「そう、着物の話だ。せっかくだから、わしもあんたに着物を仕立てて贈ろうと思っている。この先、何枚あっても困らんものだ」 遠慮の言葉が咄嗟に口をついて出そうになったが、守光の強い眼差しを向け、そ

  • 血と束縛と   第22話(21)

    「三田村っ……」 思わず声を上げた和彦に対して、三田村がわずかに目元を和らげる。「届けものをしたら、朝メシを食わせてもらったうえに、先生の運転手を任された」 靴べらを差し出され、和彦は慌てて受け取って靴を履く。こうして三田村と会えたのは嬉しいが、頭の片隅では、賢吾なりの意図があるのだろうかと勘ぐってしまう。それは、和彦が抱える後ろめたさ故の感情ともいえた。 三田村に伴われて車の後部座席に乗り込むと、ほっと息を吐き出す。「久しぶりな気がする。こうしてあんたの運転する車に乗ったの。前は、毎日のように行動を共にしていたのに」 和彦が話しかけると、バックミラー越しに三田村がちらりとこちらを見た。「一月ぐらい前だったかな、こうして先生を車に乗せたのは」「……あんたに怒られたんだ。夜、一人でふらふらするなと言って」 あのときの和彦は、思いがけない里見からのメッセージに気持ちが掻き乱されていた。そんな和彦を支えてくれたのが、三田村だったのだ。 それから今日まで、和彦の置かれた状況はまた大きな変化を迎えていた。 自分と守光との関係をすでに知っているのだろうかと、和彦はじっと三田村の後ろ姿を見つめる。三田村は、和彦の何もかもを受け入れる。そうすることで、一時とはいえ和彦との時間を共有できると知っているからだ。 和彦がますます裏の世界から逃れられない立場になったと知って、この男は喜んでくれるのだろうか――。 そんなことを考えてしまうと、三田村に気軽に話しかけられなくなる。後ろ姿を見つめているだけで胸が詰まるのだ。 せっかくこうして二人きりになれたのだから、何か会話を、と思っていた和彦の視界に、ある光景が飛び込んできた。 本宅とマンションを行き来するときに通る並木道には、桜の木が植えられている。冬の間は気にかけることもないのだが、和彦が慌しい日々を過ごしている間にも、ここにも確実な変化が訪れていた。寒々しかった枝は鮮やかな緑の葉をつけ、花は開いてはいないものの蕾もついている。もう何日かするとぽつぽつと開花していくのだろう。「――&hell

  • 血と束縛と   第22話(20)

     賢吾の話を聞きながら、全身の血の気が引いていくようだった。心臓の鼓動も速くなり、背を通してそれが賢吾に伝わりそうで、和彦はそっと体を離す。「……ああ、美味しかった。ちょうど焼きたてが並んでいたから、なおさらそう感じたんだろうな」 そうか、と答えた賢吾に手首を掴まれ、本能的な怯えを感じた和彦は体を強張らせる。有無を言わせず再び布団の上に押し倒され、片足を抱え上げられる。熱をもって蕩けている内奥の入り口に、賢吾の欲望が擦りつけられた。「うっ……」 小さく呻いた和彦は顔を背ける。賢吾が怖いくせに、やはり熱いものが欲しかった。「先生が気に入ったんなら、明日の朝、同じ店で買ってこさせよう。俺は、朝は和食なんだが、少し味見させてもらおうか。それと、美味そうにパンを食う先生の顔も堪能したいな」 焦らすようにゆっくりと内奥を押し広げられ、和彦は身悶えながら賢吾の肩にすがりつく。あとはもう、悦びの声を上げることしかできなかった。**** 翌朝、告げられていた通り、賢吾と朝食をともにした和彦だが、正直、焼きたてのパンの味などわからなかった。パンを千切りながらも、賢吾の反応が気になって仕方なかったからだ。 一体何を言われるかとずっと身構えていたが、和彦が食べていたパンを一欠片食べてから、賢吾は頷いただけで、感想らしいことは言わなかった。パンそのものは確かに美味しいのだが、果たして、和彦があえて遠回りをしてまで買い求める価値があったと、納得したのかどうか――。 昨夜の行為の余韻も引きずっている中、賢吾の言動一つ一つに神経を尖らせていると、朝からぐったりしてしまう。 腕時計で時間を確認してから、和彦は急いでコーヒーを飲み干す。クリニックに出勤するにはまだ早いが、一度マンションに戻り、着替えを済ませておきたかった。そのため少し急いでいる。「じゃあ、ぼくはもう行くから」 イスから立ち上がった和彦が声をかけると、新聞を開いていた賢吾が顔を上げる。ニヤリと笑いかけてきた。「働き者だな。体はまだつらいだろ。せめて午後か

  • 血と束縛と   第14話(39)

    「呆れた。そんなことまで調べたのか」「大事なオンナのことは、なんでも知りたい性質なんだ」 そう言いながら賢吾の手が柔らかな膨らみにかかり、残酷なほど優しい手つきで揉みしだかれる。たまらず甲高い嬌声を上げた和彦は、両足を開いたまま仰け反る。腰が震えるほどの強烈な快感だった。「捜さないでくれと先生が言い張ったら、佐伯家は引き下がると思うか?」「あの家の人間は……、ぼくの意見になんて耳を貸さない。ぼくを、好きに扱える人形ぐらいに、思っている……」「憎まれ口を叩くくせに、いやらしく

    last updateLast Updated : 2026-03-30
  • 血と束縛と   第14話(36)

     聞きようによっては甘い賢吾の言葉に対して、和彦はどんな顔をすればいいのかわからない。困惑して、うかがうように見つめると、獰猛な笑みを向けられた。「――この俺に気をつかわせるなんざ、大したオンナだ」 賢吾のその言葉と、貪るような激しい口づけに、和彦は陥落する。体だけでなく心まで、賢吾の〈オンナ〉として求められることを望んでいた。「いい顔だ、先生。俺が欲しくなっただろ?」 傲慢な物言いにすら、官能を刺激される。唇を軽く吸い上げられた和彦は、小さく頷いた。次の瞬間、手荒な動作で腕を掴まれ、ソファに連れて行かれる。ただし、座ったのは賢吾だけだった

    last updateLast Updated : 2026-03-30
  • 血と束縛と   第14話(19)

     どうかな、と呟いた和彦は、緩く首を左右に振る。優しく穏やかな秦の愛撫は、確かに心地いい。しかし、容易に身を任せられない。 自分が抱えている事情の他に、和彦の脳裏をちらつくのは、中嶋の顔だった。 普通の青年の顔をしていながら実は物騒な筋者で、なのに秦が絡むときだけ――厄介で健気な〈女〉を感じさせる彼を裏切っているようで、胸が痛むというより、切ない気分になる。 秦ほどの男が、中嶋が向ける気持ちに気づいていないとも思えない。どういうつもりなのだろうかと、和彦がじっと見上げると、秦が微笑を浮かべて唇を啄ばんできた。「何か、言いたそうですね、先生」

    last updateLast Updated : 2026-03-30
  • 血と束縛と   第14話(5)

     先生は、と問い返してこないのは、三田村の誠実さの表れだ。かつて和彦は三田村に、自分の家のことについて尋ねるなと言ったことがある。三田村は律儀に守ってくれているのだ。 和彦は三田村の左手を取り、肉が抉れたような傷跡がある手の甲を撫でてから、自分の胸に押し当てさせる。和彦の求めがわかったのか、三田村はてのひらで捏ねるように胸の突起を転がしたかと思うと、凝ったそれを指先で抓って刺激してくる。「んっ、んあっ」 快感の源でもある三点を同時に責められ、和彦は三田村が見ている前で悩ましく腰を揺らす。内奥で蠢くものを、さらに奥に誘い込むように締め上げた。

    last updateLast Updated : 2026-03-30
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