「すまない、びっくりさせてしまったようだね。わたしは、君のお父さんの後輩なんだ。君が高校生ぐらいの頃まで、仕事の関係でよく、佐伯家にお邪魔していたよ」「そう、でしたか……」「まあ、記憶になくても仕方ないかな。わたし一人じゃなく、何人もの人間が佐伯家に出入りさせてもらっていたから。しかも、『勉強会』なんて堅苦しい名前の集まりだったし。確か君は、お医者さんになられたんだよね。医大を受験したと、君のお父さんから聞かされたときは、びっくりしたよ。佐伯家といえば、代々――」 この場から立ち去るタイミングを探っていた和彦は、男の話を遮るように問いかけた。「これから披露宴にご出席ですか?」 男は面食らったように目を丸くしたあと、気を悪くした様子もなく笑って頷いた。和彦の顔が強張っていることに、気づいてはいないようだ。「ああ、わたしの部下の。とはいっても、今は、うちの〈省〉から民間企業に出向しているんだ。その出向先で、見事にきれいなお嬢さんを射止めたんだから、若い連中が羨ましがって大変だ」 男の話を聞いていると、昔の記憶が少し蘇ってくる。そういえば、実家をよく訪ねてくる父親の同僚の中に、一際大きな声で闊達と話す男がいた。ちょうど、今の男のように。「――実家にはよく戻っているのかい?」 にこやかな表情で男に問われ、今度は和彦が面食らう。無理やり話題を変えたつもりだが、男はしっかり和彦の意図を見抜いていたようだ。「いえ、あまり……。忙しいですから」「大学に入ってから、まったくと言っていいほど実家に帰ってこないと、お父さんが洩らしていたよ。連絡もあまり取らないらしいね」「そんなことは……」「意外な場所で君に会ったことを知らせたら、喜ぶだろうね。一番喜ぶのは、君自身が連絡を取って、実家に顔を見せに行くことだろうけど」 要領がいい人間なら、ここで頷いて、調子のいい返事をするのだろうが、和彦には無理だった。そうすることで無難にこの場を離れられるとわかってはいても、気持ちが、理屈を裏切る。 ようやく和彦の頑なさに気づいたのか、男は
最終更新日 : 2026-01-01 続きを読む