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第16話(34)

 湯気の向こうに姿を現したのは、禍々しくも艶かしい、大蛇の刺青を背負った男だ。「な、んで――」 思わず和彦が声を洩らすと、賢吾はニヤリと笑った。「仕事が終わって、寛ぐために一風呂浴びに来たんだ」 和彦は慌てて湯から上がろうとしたが、千尋にしっかりと抱きつかれ、肩まで湯に浸かってしまう。湯の中でもがいている間にも、賢吾は桶で汲み上げた湯を、悠々と体にかけている。「二人揃って、たっぷり雪遊びをしてきたようだな。雪だるまみたいになって戻ってきたと聞いたぞ」「……人を、子供みたいな言い方しないでくれ」「でも、先生があんなに声を上げて笑ってるところ、俺、初めて見たよ」 余計なことを言うなと、思わず千尋を睨みつけた和彦だが、すぐに淡く微笑む。「けっこう、楽しかったな。この歳で雪合戦をしていることも、その相手が、ヤクザの組長の息子というのも。ぼくが、そいつのオンナだというのも。全部含めて」 千尋の濡れた髪を掻き上げてやると、何かが刺激されたのか、したたかな獣のような目をして顔を寄せてくる。和彦は後ずさろうとしたが、浴槽に入ってきた賢吾にあっさり捕まり、湯の中できつく抱き締められた。「――先生」 賢吾に低い声で呼ばれ、有無を言わせず唇を塞がれる。口腔に差し込まれた熱い舌に粘膜を舐め回され、唾液を流し込まれる。一方で、両足の間には千尋の片手が入り込み、柔らかな膨らみをきつく揉みしだかれていた。「んっ、ふっ……、んんっ」 鼻にかかった甘い呻き声を洩らした和彦は、賢吾の腕の中で身悶え、強い刺激から逃れようとしたが、残酷で淫らな気質を持った父子を煽っただけのようだ。 唇が離されてすぐに、賢吾に背後から両足を抱え上げられ、左右に大きく開かれた。そこに、千尋が腰を割り込ませてくる。「あっ……」 湯の中で露になっている内奥の入り口を、千尋の欲望の先端がまさぐってくる。身じろぎ、腰を揺らしたときには、千尋が侵入を開始していた。「うっ、あっ、こんな、ところでっ――」「湯に浸かっているほう
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第16話(35)

 そんなことを言いながら、賢吾の唇が首筋に這わされる。和彦は喘ぎながら、内奥を押し広げるように挿入されてくる千尋のものを受け入れるしかない。一度引き抜かれ、すぐにまた挿入されたときは、湯の感触にも呻かされていた。 浮力で軽くなっているせいか、深く繋がって突き上げられたとき、いつも以上に腰が弾む。その様子がたまらなく淫らで、和彦は顔を背けたが、千尋にあごを掴まれて強引に唇を塞がれる。 貪るような口づけを交わしていると、千尋に抱き寄せられる。和彦も、素直に千尋の背に両腕を回した。賢吾の腕から解放され、向き合った千尋の腰を跨ぐ形となっていた。 二人は息を弾ませながら、負担の少ない形で繋がった腰を揺らし、肉の悦びを味わう。内奥深くを、千尋の若く逞しい欲望に掻き回されるたびに、ゾクゾクするような快感が和彦の背筋を駆け上がっていくのだ。 ビクビクと背をしならせると、賢吾の大きな手が慰撫するように体を撫で回してくれる。身を起こし、熱く硬くなっているものを握り締められたとき、風呂場に響き渡るような甲高い声を上げて、和彦は二人の男に快感を知らせていた。「……すげー、先生、感じまくってる。中、熱くて、トロトロで、溶けそう」 興奮したように掠れた声で囁いてきた千尋に唇の端を吸われ、そんなささやかな刺激にすら、感じてしまう。すると賢吾が耳に唇を押し当て、負けじと囁いてきた。「先生、俺も感じさせてくれ」 ふいに、千尋と繋がっていた腰を抱え上げられる。「うあっ……」 寸前まで締め付けていた千尋の欲望の代わりに与えられたのは、凶悪な大蛇の分身だった。激しくひくつく内奥は、力強く擦り上げられることで、信じられないような快感を生み出す。和彦は間欠的に声を上げながら、必死に千尋の肩にすがりつく。「あぁっ、あっ、あっ、んああっ――」 背後から腰を抱え込まれて、賢吾のものがぐうっと内奥深くまで押し入ってくる。「先生」 千尋に呼ばれて顔を上げると、唇に軽いキスが与えられる。唆され、震える舌を差し出して緩やかに絡め合っていたが、再び賢吾の両腕の中に捕らえられ、口腔も、賢吾の舌に犯され
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第16話(36)

 賢吾に背後から抱き締められながら、腰を揺らされる。すると、目の前にやってきた千尋に両足を左右に押し広げられ、揺らめく湯の中、賢吾としっかり繋がっている部分を見つめられる。「……千尋っ」 羞恥に身を捩ろうとしたが、内奥に打ち込まれた賢吾のものをきつく締め付けただけで、快感を貪る部分を隠すことは叶わない。それどころか千尋に、熱くなって震えるものを掴まれ、ゆっくりと扱かれる。 全身が震えるほど、和彦は感じてしまう。賢吾と千尋に同時に攻められると、どうしようもなく羞恥心を煽られるが、それすら、快感になりつつある。 父子に交互に口づけを与えられ、体を撫で回される。肌にまとわりつく湯の感触も心地よく、和彦が奔放に乱れ始めた頃、内奥から賢吾のものが引き抜かれ、すかさずまた、千尋のものを内奥深くまで呑み込まされる。「あっ……ん」「先生のここ、すぐに狭くなるよね。もう、きつくなってる」 興奮のため、千尋の目がいつも以上に強い光を放っている。犬っころという可愛いものではなく、獲物を狩って肉を食らう、若く獰猛な獣の目だ。 和彦はのろのろと片手を伸ばし、千尋の頬を撫でてやる。千尋は、奮い立ったように大きく身震いした。 賢吾に抱き締められ、下肢はしっかりと千尋に抱え込まれ、和彦は突き上げられるたびに身をくねらせる。 ようやく繋がりが解かれても、それはわずかな間だ。和彦は浴槽の縁にすがりつき、腰を抱えられる。すっかり柔らかく綻んだ内奥の入り口をこじ開けられ、ふてぶてしい欲望を挿入されるが、それが賢吾と千尋、どちらのものなのか、わからなかった。律動の激しさに、振り返って確認する余裕すらない。 浴槽から湯が溢れ出し、和彦の体は律動に合わせて前後に揺さぶられる。そしてまた、内奥から欲望が引き抜かれ、賢吾と千尋、どちらかが入れ替わった気配がする。 腰に腕が回され、強引に引き立たされる。わけがわからないまま和彦は、浴槽の縁に両手をつき、腰を突き出した姿勢を取らされた。「あううっ」 背後から性急に内奥を貫かれ、奥深くを抉られる。和彦は何度となく嬌声を上げ、浴槽の縁を掴む手がブル
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第18話(37)

** 夕食のあとに知らされたが、長嶺父子と和彦のみが別荘の本館に宿泊し、護衛の組員たちは、渡り廊下で繋がった離れを使うらしい。 家族水入らずの旅行だから、というのが賢吾の言い分だ。 和彦としては、同じ建物内を組員が歩いていても、さほど気にしない。本宅で過ごしているときは常に組員がいるのだ。その生活に、年末年始の間で和彦はすっかり慣らされた。 むしろ、三人だけで過ごすことに戸惑ってしまう。 ガスストーブの近くに置いたクッションに、あぐらをかいて座った和彦は、大きなカップに口をつける。中身はワインで、ここに来る途中に寄ったスーパーで買ったものだ。値段が安く、味も値段相応だと思うのだが、雰囲気のある別荘のリビングで飲んでいるというだけで、不思議と美味しい。 和彦の右隣に座っている賢吾は、さきほどから缶ビールを呷っている。ストーブで暖かくした部屋で飲むビールは、普段以上に美味いと言っていたので、和彦だけが特別な感性をしているわけではないようだ。 一方の千尋は、さきほどから窓に張り付いて外を見ている。「――千尋」 和彦が呼びかけると、振り返った千尋がにんまりと笑いかけてきた。「先生、また雪降ってきたよ」「だったら寝る前に、少し散歩してみるか……」 別に誘ったつもりはないのだが、当然のように千尋が頷き、つい和彦は苦笑を洩らす。 賢吾が持ってきた缶ビールの一本を取り上げて、千尋は左隣に座る。「今年はさ――」 ビールを一口飲んだ千尋が、突然口火を切る。「うん?」「いい正月だったと思う。楽しかったんだ。毎年、ほとんど変わらない面子で年末年始を過ごして、それが退屈で、大学入ってからは、正月だろうが家には戻らなかった」 千尋の言葉に、すかさず賢吾が茶々を入れる。「親不孝息子だったからな」「うるせーな。あれやこれやと用事を押し付けられて、鬱陶しかったんだよ。少しもゆっくりできないし、家はうるさいし。だけど今年は……先生がずっといてくれた」 不貞腐れたように話す千
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第16話(38)

 賢吾と話していると、この先、どんなとんでもないことが起こるのかと不安になってくる。和彦の価値が高まることを賢吾は楽しみ、望んでいるようだが、和彦自身はそうではない。あくまで、利用されることを許容しているだけだ。できることなら、総和会というよくわからない組織にまで深く関わりたくなかった。 和彦のそんな胸の内を知ってか知らずか、千尋は楽しそうに目を輝かせてこう言った。「今の総和会は、じいちゃんが会長で、その総和会で一番力を持っているのが、長嶺組。オヤジが長嶺組の組長で、俺は跡継ぎ。先生は――何になるのかな」 和彦は、千尋の頬を軽く抓り上げてやる。「ぼくは、ぼくだ。長嶺の男たちみたいに、大層な存在にはならない」「そう思ってるの、先生だけだったりして」 カップを床に置いた和彦は、今度は千尋の両頬を抓る。もちろん本気ではないため、抓られているほうは声を上げて笑っている。 ふいに、すぐ側で獣が動くような気配がしたかと思うと、背後からしっかりと抱き締められた。「――長嶺の性質の悪い男たちを手懐けて、骨抜きにするんだから、先生は十分、大層な存在だぞ」 首筋にかかる賢吾の息が熱い。ゾクリと疼きを感じ、和彦は首をすくめる。「あんた、酔ってるだろ……」「ああ、先生の色気に酔いっぱなしだ」 賢吾の手がセーターの下に入り込み、脇腹を撫でられる。賢吾の腕の中から逃れようとした和彦だが、目の前には千尋がいる。 淫らに絡み合うのも、じゃれ合うのも大好きな男が、この状況で我慢できるはずもなく、缶ビールを近くのテーブルの上に置くと、獣のように和彦に這い寄ってきた。「……二頭のでかい動物の、餌やり係になった気分だ……」 身を擦りつけてきた千尋を胸に抱き締めてやりながら、思わず和彦はぼやく。すると耳元で賢吾が笑った。「こんなに懐いて可愛いだろ」「図々しい。自分で言うな」 千尋の頭を撫でてやり、背では賢吾の温もりを感じながら、和彦は窓に視線を向ける。穏やかな時間に、このまま眠りたくなっていた。
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第16話(39)

**** いつになく充実した正月休みを堪能した和彦は、少しばかりの体のだるさを持て余していた。 体調が悪いわけではなく、いわゆる、正月ぼけだ。 長嶺の本宅での緩急に富んだ生活は、一人でのマイペースな暮らしが染み付いた和彦にはなかなかハードだった。本宅から戻った翌日は、さすがに自宅マンションでぐったりとして過ごしたのだが、すぐに本調子というわけにはいかない。 パソコンのキーを打つ手を止め、ふと辺りを見回す。仕事始めだと気合いを入れてみたところで、まだ開業していないクリニックには、和彦一人しかいない。 午前中はスタッフに出勤してもらい、研修のようなものも行ったのだが、経験者揃いのため、必要なのは意見や手順のすり合わせだ。あとは、患者相手に経験を重ねるしかない。もっとも、この経験が必要なのは、和彦なのだが。 近くのレストランでスタッフたちと昼食を終えたあと、和彦だけがクリニックに戻り、こうして仕事をしていた。診察室のデスクだと、妙に事務仕事がはかどる。 静かだなと思いながら、和彦はほっと息を吐き出す。胸の内には、人恋しいとか、寂しいという感傷もあるのだが、正月ぼけが治る頃には、消えてしまうだろう。そして、今の和彦にとっての日常が戻ってくるはずだ。 ただしその日常は、穏やかさとは無縁だ。そう考えて苦笑を洩らそうとしたとき、デスクの上に置いた携帯電話が鳴った。外で待機している組員からだとわかり、すぐに電話に出る。『先生、仕事が入りました』 和彦は、今度こそ苦笑を洩らす。「わかった。それで、どこからの仕事だ」『――総和会からです』 そう告げられて和彦の脳裏を過ったのは、年明け早々に顔を合わせた総和会会長の顔だ。 凶悪な力の権化とも言える存在が、紳士然とした人の姿をしているのだ。和彦は、長嶺守光と会話を交わした光景を思い返すたびに、いまだに緊張感に襲われ、握手した冷たく硬い手は、本当に人の手だったのだろうかと考えてしまうぐらいだ。それほど、総和会会長との対面は強烈だった。 ぼんやりしている暇はなく、電話を耳に当てたまま和彦は立ち上がる。
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第16話(40)

『脇腹を刺されたということです。刺された本人が、自分で車を運転して事務所に戻ってきたということなんですが……』 事情を聞く前に刺された本人は気を失い、傷口もひどい有り様だということで、和彦を呼ぶことになったらしい。 患者の様子を聞きながら和彦は、治療に必要なものを組員に告げる。 自分のクリニックだからといって、納入された薬や医療用品を自由に持ち出せるわけではない。むしろ、すべての在庫を管理して、常に詳細な数を把握しておく必要がある。表向きは健全なクリニックとしては、これは当然の処理だ。一方で、組関係の仕事のために、帳簿に載らない仕入先も押さえてある。こちらの管理は組で行ってもらい、和彦の求めに応じて運び出される手順になっていた。「人目につきたくないという気持ちはわかるが、無茶をする……。血管が裂けていたら、運転の途中で大量出血だってありうるのに」『大事になって、自分の組の名前が表に出るのを嫌がったんでしょう。揉め事の相手によっては、上の者が乗り出す事態にもなりかねませんから』 自分の命より、所属する組織の事情を重んじるのかと、思わず洩れそうになったため息を、なんとか呑み込む。それがヤクザという人種なのだ。そして、そんな連中の治療をするのが、和彦の仕事だ。「すぐに降りる。それと、手術に必要なものも、いつものように直接持ってきてくれ」 手術着をアタッシェケースに詰め込んだ和彦は、クリニックの防犯システムを作動させてから施錠を終え、慌しく一階に降りる。 何事もない顔をしてビルを出ると、そのまま数分ほど歩道を歩く。すると、背後からゆっくりと車が近づいてきた。和彦は周囲を見回してから脇道に入ると、さほど待つことなく、車がぴったりと横につく。素早く後部座席に乗り込むと同時に、車は急発進した。** 総和会が用意した車に乗り換え、和彦が連れて行かれたのは、古いビルの五階だった。 廊下には、もっともらしい会社のプレートが貼られているが、出迎えの男たちの面相からして、どう見ても堅気ではない。 こういう状況に慣れたとはいっても、肌をピリピリと刺激する
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第16話(41)

 デスクを並べてシーツを敷いただけの簡易ベッドの上に、腹から血を流した男が横たえられていた。顔は青ざめ、呼吸は速いものの、意識は取り戻している。 和彦は指示を出しながら手術着を着込み、洗面器に手を突っ込んで消毒する。その間に、頼んでおいた医療用品などが運び込まれてきた。 生理食塩水で血を洗い落とし、傷口をよく検分する。「ひどいな……」 顔をしかめた和彦は、思わず洩らす。「――大怪我なんですか?」 部屋に残っている組員に声をかけられ、顔を上げる。思わず洩らした一言で不安を煽ってしまったらしい。 和彦は作業を再開しながら説明した。「……傷口が、ズタズタです。刃物で刺されたものじゃない。ガラス瓶を割ったものを、突き立てられたんだと思います」 和彦の言葉に、横になっている組員が浅く頷く。「ガラスの破片が残っている。ただ、内臓はやられていないから、破片を取り除いたら、すぐに縫合できます」「つまり?」「大丈夫。命に別状はないし、何かひどい後遺症が残る心配も、今のところはありません。ただ、目視だと限界があるので、動けるようになったら、一度クリニックのほうにレントゲンを撮りに来てください。そこでガラスの破片を取り残していないか確認しますから」 イスを引き寄せて腰掛けた和彦は、患者に部分麻酔を打つと、慎重に傷口を洗いながら、ガラスの破片を探して、ピンセットで一つ一つ取り除いていく。 ムッとするような血の匂いが室内に充満して、和彦が血を洗い流すたびに、足元が真っ赤に染まっていく。普通の神経をしていれば、こんな部屋にいたくないだろう。命に別状がないと知って気が抜けたのか、単に気分が悪くなったのか、さきほど和彦に質問をしてきた組員の姿はなくなり、違う組員が、口元を押さえてドアのところに立っていた。 傷と出血の派手さのわりに、処置そのものは順調に済み、縫合を終えた和彦は、組員に手伝ってもらいながら傷口にガーゼを当て、しっかりと包帯を巻く。 患者をソファに移して点滴を始めると、抗生物質と痛み止め、ガーゼの取り替え方などを細かく記した用紙を組員に
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第16話(42)

 凝った首筋を揉みながら、総和会の組員とともにエレベーターを待つ。上の階から降りてきたエレベーターの扉が開くと、すでに一人の男が乗っていた。その男の顔を見て、和彦は大きく目を見開く。「お疲れ様です」 和彦と一緒にいた組員が頭を下げた。すると、エレベーターに乗っている男が鷹揚に頷く。「おう。怪我人が運び込まれたって、えらい大騒ぎになってたが……、そうか、長嶺組の先生の世話になったんだな」 そんなことを言いながら、男がこちらを見る。反射的に会釈をした和彦は、その男の姓を心の中で洩らした。南郷、と。 元日に長嶺の本宅で見かけた男だ。総和会の第二遊撃隊を率いており、元はある組の組長代行を務めていた――と賢吾から教えられた。第二遊撃隊には中嶋が所属しており、和彦とまったく無関係な存在というわけではない。南郷のほうも和彦の存在を把握している口ぶりだ。医者という立場はもちろん、男の身で、長嶺父子の〈オンナ〉であることも。 その証拠のように、露骨にじろじろと見つめられる。侮蔑も嘲笑もない、ただ、和彦の価値を知ろうとしている目だ。 多少の居心地の悪さを感じつつ、促されるままエレベーターに乗り込む。仕返しというわけではないが、和彦も控えめに、隣に立つ南郷を観察する。 派手な色合いのスーツを少し崩して着た南郷は、短く刈り上げた髪や、剣呑とした鋭い目つき、全身から漂う粗暴そうな雰囲気のため、ヤクザらしいヤクザに見えた。ただし、暴力を振るうことだけに長けた男というわけではないだろう。そうでなければ、総和会会長の〈お気に入り〉と評されるわけがない。 こんな男の下で、中身は切れ者のヤクザでありながら、外見は普通の青年のような中嶋が働いているのだ。 和彦は足元に視線を落とす。そろそろジム通いを再開するのだが、そこで中嶋に会えるだろうかと思っていた。いつもなら、絶妙のタイミングで中嶋のほうから連絡をくれ、飲みに出かけたりしていたのだが、年が明けてから、その気配は一切ない。気にはなるが、和彦から行動を起こすには、長嶺の本宅で中嶋から向けられた眼差しが強烈すぎた。 それに、秦のことで後ろめたさもある――。 意識しないままため息を
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第16話(43)

 ハッとして顔を上げると、大きく分厚い手が眼前に迫っていた。何が起こっているのか理解できず、ただ本能的に危険を感じて体が硬直する。それをいいことに、南郷が和彦の髪を撫でてきた。 和彦の運転手を兼ねている総和会の組員は、扉の前に立ってこちらに背を向けているため、何が起こっているか気づいていないようだ。仮に何か感じていても、南郷のような男が背後に立っていては気をつかい、振り返るのをためらうだろう。 たった一声上げればいいはずなのに、和彦は唇を動かすことすらできなかった。南郷の手つきが無造作で、次の瞬間には髪を鷲掴まれ、引き抜かれそうで怖かったのだ。このときになって和彦は、自分がひどく痛みに弱い人間であることを思い出していた。痛みを予期しただけで、体が動かなくなる。 長い時間のように思われたが、実際はあっという間に、エレベーターが二階に到着する。何事もなかったように南郷の手が髪から離れた。 素早くエレベーターから降りた組員が、扉を押さえる。悠然とした足取りで南郷が続こうとして、ふと何かを思い出したように和彦を振り返った。そして、獣が牙を向くような笑みを浮かべて言った。「――俺の大好きな匂いがしてるな、先生。いまどきヤクザでも、そんなに血の匂いをさせてないぜ」 そんな言葉を残し、南郷は歩いて行ってしまい、再びエレベーターに乗り込んだ組員がボタンを押す。和彦は足元から崩れ込みそうになり、エレベーターの壁にもたれかかっていた。** 少し早めの夕食を外で済ませた和彦は、部屋に戻る頃には疲労と眠気でふらふらになっていた。正月ぼけに浸っていたところに、午前中だけとはいえクリニックでスタッフたちと研修を行ったあと、総和会からの仕事をこなしたのだ。 それに、ヤクザに絡まれた――。 シャワーを浴びたあと、髪も乾かさないままベッドに潜り込み、ぽつりと心の中で呟く。 長嶺組の専属医であり、長嶺組長の〈オンナ〉という和彦の立場を知っていながら、南郷は揶揄してきた。和彦に嫌悪や好奇の目を向けてくる人間は、裏を返せば、長嶺組を恐れてもいるのだが、南郷にはそれがなかった。
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