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第18話(2)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-03-03 11:00:29

「雑炊用のご飯も用意してあるから、たくさん食べてくれ」

「それは夜食で食べたい」

「――先生の望み通りに」

 久しぶりに聞いた三田村のその言葉に、胸が詰まった。長嶺組と関わり、裏の世界に引きずり込まれた頃から、三田村はずっと和彦の側にいて、和彦の望みを叶えてくれた。そして今は、さらに身近にいてくれる。

 鍋を囲んで他愛ない話をしていると、会話の自然な流れで、次はいつ、こうしてゆっくりできるだろうかという話題になる。

「二月半ばぐらいに、二日続けて休みが取れるとありがたいが……」

 和彦の椀に、お手製のポン酢を注ぎ足しながら、ぽつりと三田村が洩らす。

「二月の半ばって、何かあるのか?」

 和彦の問いかけに、軽く目を見開いたあと、三田村は照れたような笑みをこぼした。

「……先生は、見かけによらず世俗的なイベントには淡白だな。そんなイベントを意識しているヤクザというのも、恥ずかしい話なんだが」

 三田村の口ぶりでやっと、二月の半ばに
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    「先生に、こんなみっともない言い分をぶつけるつもりはなかったんだ。……こういうとき、どう自分を取り繕えばいいか、この歳になるまで学習してこなかった。そうする必要を感じてこなかったからな」「みっともないなんて、言うな。ぼくの〈オトコ〉は……みっともなくなんてない。みっともないというなら、この世界で、誰かに守ってもらわないと生きていけないぼくのほうだ」 優しい男は、和彦の言葉を無視できなかったのだろう。数秒の間を置いて三田村は振り返った。「先生は――」「三田村、疲れたか? いろんな男に守られて……寝ている、ぼくとの関係に」 驚いたように三田村は目を見開き、再び和彦と向き合ったかと思うと、強い力で肩を掴んできた。「そんなことはないっ。組長や千尋さんのオンナになった先生に、手を出したときから、俺は覚悟していた。この世界で生きている限り、先生は絶対に俺だけのものにはならないことを。それに、この世界から抜け出した先生は、俺には見向きもしないことも。……先生に一瞥すらされないぐらいなら、俺はこの世界に先生を繋ぎとめ続ける。長嶺の人たちのオンナでい続けてくれと、願い続ける」 三田村の覚悟は、健気である反面、非情ともいえた。もし、三田村以外の男が言ったなら、勝手なことをと怒ったかもしれない。もっとも、三田村以外の男が、こんなことを言うはずがないのだが。「……鷹津は別なんだ。あの男は、ヤクザのようではあるが、こちら側の世界の人間じゃない。なのに、先生の番犬として側にいる。それが俺を嫌な気持ちにさせる……」 ハスキーな声を際立たせるように、低く抑えた口調で三田村が言う。表情には出ていないが、その声にはさまざまな感情が入り混じっており、三田村自身の内面を物語っているようだ。 肩を掴む三田村の左手の上に、自分の手を重ねた和彦は、手の甲の抉れたような傷跡を撫でる。「ぼくは、あんたに甘えているんだ。なんでも受け入れてくれて、優しくしてくれるから、ぼくが何をしようが、あんたは平気なのかと思っていた

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     和彦は少し考えてから、再び窓の外に視線を向ける。建物の中でじっとしているのがもったいなくなるような天気のよさと、風景の美しさだ。何より風が心地いい。「外の空気を吸いたい。つき合ってくれないか?」「……ああ」 今日の三田村はやはりどこかおかしい。和彦は、三田村と一緒に一階に下りながら、さきほどから感じていた違和感が、自分の気のせいではないと確信していた。 いつもの三田村であれば、和彦の望みに応じるとき、こう答えてくれるはずなのだ。『先生の望み通りに』と。 だが、今は――。 一階に降りると、まずキッチンを覗く。買ってきたものを冷蔵庫に入れている中嶋に、遠慮しつつ声をかけた。「庭にいるから、何かあったら呼んでくれ」 ごゆっくり、という言葉に送られて外に出ると、まず和彦は思い切り背伸びをする。あまりに勢いをつけすぎたせいで足元がふらついたが、背後に立っていた三田村にすかさず支えられた。振り返った和彦が礼を言うと、何事もなかったように三田村が離れた。 一体どうしたのかと問いかけようとした和彦だが、さすがに建物の前で話すことではないと思い、庭へと移動する。 庭には、和彦の名の知らない花たちが植えられており、穏やかな風に揺れている。まさか、こんなにきれいな――少女趣味すら感じる手入れされた庭を、巨大な暴力団組織が管理しているとは、誰も考えもしないだろう。ある意味、カムフラージュとしては完璧すぎる働きをしているともいえる。「――三田村、ここに咲いている花の種類、わかるか?」 腰を屈めて花を覗き込んでいた和彦は、傍らに立つ三田村を見上げて問いかける。三田村は、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような無表情だった。初夏の陽射しが降り注いでいるというのに、三田村が立っている場所だけ、温度が違っているようだ。もちろん、低いほうに。「先生がわからないのに、俺みたいな奴にわかるはずがない」 ここで会話が途切れ、二人の間に沈黙が流れる。姿勢を戻した和彦は、花ではなく、三田村の顔を覗き込んだ。「なんだか、あんたらしくない話し方だ。……何か、あった

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