All Chapters of 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 集中できない理由

 天王寺先輩が、心配そうに私の顔を覗き込んできた。その完璧な王子様スマイルが、今はやけに眩しい。 「(ち、違います……!)」  心のなかで、私は全力で首を横に振る。 「(これは、恋のときめきなどという、生易しいものではなく!ただの!腐女子の!興奮です!あなたと氷室くんの尊すぎる絡みを、目の前で拝ませていただいたことによる、生理的な発熱です!)」  もちろん、そんな真実を口にできるはずもなく。 「きょ、教室が……あ、いえ、図書館が、ちょっと、暑いみたいで……!あは、あははは……」  私は、カニのように横歩きで二人から距離を取り、意味不明な言い訳を口走った。二人は、ますます困惑したような顔で顔を見合わせていたが、それ以上は追及してこなかった。  ああ、神様。私は、今日も、推しカプの幸せな未来を、この目で見届けることができました……。  そんな興奮(と、二人の奇妙な視線)に耐えながら、私たちはなんとか必要な資料を集め終え、その日の打ち合わせを終えた。  だが、私の戦いは、まだ始まったばかりだった。  その夜、自室の机で、私は白紙の原稿を前に青ざめていた。今週末の『Fallen Covenant』オンリーイベントに出す新刊が、まだ半分もできていない。課題の資料の下から、印刷所の締切を赤く囲んだ手帳が出てきた。見なかったことにしていた日付は、当然ながら一日も待ってくれなかった。◇ 二晩続けて、窓の外が白むまで机に向かった。三日目の講義では、黒板の文字が、消される前から霞んで見えた。  意識と現実の境界線が曖昧で、まるで水の中にいるみたいに、耳に届くすべての音がくぐもって聞こえた。  原因は、分かっている。睡眠不足だ。  グループ課題のレポート作成、カフェの新人教育(という名の陽翔くんの恋の応援)、そして、何よりも優先すべき、我が魂の結晶である同人誌原稿の締切。この三つが、私の貧弱なキャパシティの上で、無慈悲なデッドライン・ダンスを踊っていた。 「……ジーク……アーク……待ってて、今、最高の、シチュエーションを……うへへ……」  大学の講義中も、私は机に突っ伏し、意識の半分を『Fallen Covenant』の世界に飛ばしていた。時折、自分の口から漏れる不気味な笑い声で我に返るが、数分もすれば、また強烈な睡魔と妄想の波に飲み込まれていく。  
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第12話 差し入れの意味

 参考書の表紙を見た途端、天王寺先輩へのプレゼント選びに困っているのでは、という考えが浮かんだ。生真面目な氷室くんのことだ。自分ならこういう本を選ぶが、先輩はどうだろう、と相談したいのかもしれない。 「先輩へのお礼なら、氷室くんが選んだものなら何でも……」 「月詠。君の担当箇所に付箋を貼った」  開かれたページには、私が昨日つまずいた用語が並んでいた。付箋には関連するページ番号まで小さく書き込まれている。天王寺先輩のため、では説明がつかない準備だった。 「あ……私のために、探してくれたの?」  氷室くんは本を閉じて、私の手に持たせた。 「提出までに読めばいい。無理に今夜終わらせるな」  去っていく背中にお礼を言い、もう一度表紙を撫でた。恋の相談に乗るつもりが、課題の心配をされていたらしい。恥ずかしい。でも、鞄に入れた本の重さは、さっきまで抱えていた資料の束とは少し違って感じられた。  その日の夜。私は、カフェ『Caffe Felice』で、最後の力を振り絞って皿を洗っていた。もう、立っているのがやっとだ。カシャン、と危うく皿を割りそうになり、慌ててシンクに掴まる。 「――――栞先輩!」  私の限界を察したのか、バックヤードから、陽翔くんが慌てたように飛び出してきた。 「だ、大丈夫ですか!?顔、真っ白ですよ!もう、俺がやりますから、休んでください!」 「う、ううん、大丈夫……。まだ、やれる……」 「大丈夫じゃないです!」  陽翔くんは、私の手から強引にスポンジを奪うと、私を無理やりバックヤードの椅子に座らせた。その大きな垂れ目が、本気で心配そうに潤んでいる。 「……もう。本当に、無理しすぎですよ」  彼は、そう言って、自分のバイト用のロッカーから、小さな紙袋を取り出した。中から現れたのは、可愛らしいウサギの形をした、手作りのクッキーだった。 「これ、よかったら。昨日、ちょっと、作りすぎちゃって」  照れたようにはにかみながら、彼はクッキーの袋を私に差し出す。  その瞬間。疲労で停止しかけていた私の脳内BLフィルターが、最後の力を振り絞って、ゴゴゴと作動した。  手作り。クッキー。  これは、まさしく……! 「(――――試作品……!)」  そうよ!彼は、愛する店長に、手作りのプレゼントを渡すために、練習をしているんだわ!そし
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第13話 彼氏さんたち

「――だから! 俺が付き添うって言ってるだろ!」 「……どうして君である必要がある。最も長く彼女の側にいたのは僕だ」 「はぁ!? 一番心配してるのは俺なんですけど! 先輩たちは黙っててください!」  誰かの声がする。  低く、苛立ちを隠そうともしない声。  静かだが、有無を言わせない強い意志を感じさせる声。  少し高く、焦りと必死さが滲んでいる声。  頭に響くその声が、ひどく不快だ。まるで質の悪いスピーカーで三つの曲を同時に流されているみたいだ。今はただ、この身体を包む柔らかいシーツの感触と、消毒液の微かな匂いだけに意識を委ねていたかった。  私が廊下で倒れたらしいという事実を、まだ夢うつつの中でしか認識できていない。  乃亜からの連絡を受けた天王寺先輩が講義を抜け出して駆けつけ、ほぼ同時に、図書館で私を探していたらしい氷室くんも異変を察知して現れた。そして、たまたま大学に来ていた七瀬くんが、騒ぎを聞きつけて飛んできたのだという。  ――そんな都合のいいこと、ある?  まるで、出来の悪い乙女ゲームの強制イベントみたいだ。もちろん、そんなことになっているとは、意識の途切れた私には知る由もなかったけれど。  三人が医務室に殺到したのは、ほぼ同時だったらしい。白いカーテンで仕切られた簡素なベッドで眠る私の姿を認めた瞬間、彼らの間に走った緊張感は、火花が散るようだったと、後から乃亜が呆れ顔で教えてくれた。 「俺が最初に駆けつけたんだ。だから、俺が彼女の側にいるのが筋だろ」  天王寺先輩の、普段の爽やかな笑顔からは想像もつかないほど、低く威圧的な声。その声に含まれた苛立ちに、私は無意識に眉をひそめる。 「……駆けつけた順番など関係ない。重要なのは、誰が彼女にとって最善かということだ。君のように感情的な人間では、かえって彼女を疲れさせる」  氷室くんの、いつも通りの静かなトーン。だけど言葉の端々には、鋭いナイフのような棘が隠されている。まるで天王寺先輩の言葉を一つ一つ切り刻んでいくようだ。 「二人とも何言ってるんですか! 栞先輩が一番安心できるのは、年下で可愛い俺に決まってるじゃないですか! こういう時は癒やしが大事なんです!」  七瀬くんの必死な声。わんこみたいな可愛らしさは鳴りを潜め、自分の正当性を主張しようとする焦りだけが空回りしている
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第14話 王子様のお粥

 熱で朦朧とする頭で、私はぼんやりと思う。  乙女ゲームなら、ここはスチルが発生する重要イベントのはずだ。ヒロインが熱に倒れ、誰か一人のヒーローが献身的に看病し、二人の距離がぐっと縮まる……。  なのに、どうして私の現実は、三人の男たちの無言の圧力が渦巻く、息苦しい空間になっているんだろう。◇ アパートに着くと、鍵を開けた乃亜が呆れたように言った。 「はい、あんたたち、さっさと必要なもの買っておいで。栞の看病に必要なもの。誰が一番役に立つか、ここで決めなさいよ」  その言葉は、まるで闘牛士が赤い布を振ったかのようだった。三人は一瞬顔を見合わせ、火花を散らすと三者三様の方向へと駆け出していった。  数分後。私の狭いワンルームに、三人の騎士がそれぞれの武器を手に帰還した。  天王寺先輩が手にしていたのは、有名高級料理店が監修したという、見るからに高そうなレトルトのお粥。 「まずは、栄養をつけないとね。月詠さんの口に合うか分からないけど、一番いいものを選んできたんだ」  七瀬くんが抱えてきたのは、色とりどりのフルーツが詰め込まれたバスケット。 「やっぱり、病気の時はビタミンですよ! これで元気出してください!」  そして、氷室くんが静かに差し出したのはコンビニの袋。中には、解熱剤と冷却シート、そして経口補水液。あまりに的確で、隙のない選択だった。 「……まずは、熱を下げるのが先決だ」  三つの、全く異なるアプローチ。三つの、私に向けられた気遣い。  ベッドの上からその光景を眺めながら、私の意識は現実と妄想の境界線をゆっくりと踏み越えていく。  ――ピシャーン! 天啓、来たれり!  ここは魔王である私の城。そして彼らは、私という試練に挑む、三人の勇者……!  そう、これは試練だ。魔王たる私の心を射止めるための、三勇士に与えられた試練。  最初の勇者、輝が動いた。彼は、いかにも手際よく、持参した高級粥を小鍋に移して温め始める。キッチンに立つその後ろ姿は、普段のキラキラした王子様とは違う、頼もしい男のそれだ。 「月詠さん、少し食べられそうかい? 無理しなくていいから、一口だけでも」  優しい声。その声色は、まるで強力な回復魔法のようだ。ふわりと漂ってくる出汁のいい香りが、食欲を優しく刺激する。これが勇者・輝の戦法
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第15話 夢の中の名前

 瞼の裏が、じりじりと熱い。燃える城と黒い翼が、眠りかけた頭の中で明滅していた。BLゲーム『Fallen Covenant』の、何度見ても早送りできない場面だ。傷ついた天使が、帰ってこない主君を待っている。  いつもなら、画面のこちら側でクッションを抱きしめているだけだった。けれど今は、目を閉じても悲しそうな顔が消えてくれない。  重い瞼を開くと、自室の天井が揺れていた。喉が渇いて、声を出そうとしても息ばかりが漏れる。そのすぐそばに、誰かが屈み込んでいた。  艶のある黒髪と、静かな灰色の瞳。額へ伸びてきた手に、思わず指を絡める。ひやりとした感触だけが、熱にぼやけた輪郭の中ではっきりしていた。  氷室くんだ。そう分かっているはずなのに、彼が眉を寄せた途端、目の前の顔がアークに重なってしまう。誰にも頼れず、主君が帰る場所を守ろうとしている、私の最推しに。 「アーク……」  声にすると、目の前の人が動きを止めた。いつもはコントローラーを握るだけの手が、今は彼の手を掴んでいる。そのことに、胸の奥からどうしようもない安堵が込み上げてきた。 「そんな悲しい顔をしないで……」  ゲームの中では、何度願っても届かなかった。どの選択肢を選んでも、彼が独りで耐えなければならない夜があった。今なら言えると思ったのだ。そこにいても、ちゃんと迎えが来るから、と。 「ジークは……必ず、君を助けに来るから……だから……」  枕に涙が染みていく。拭おうとしたのか、握っていた手がわずかに動いたので、私は慌てて引き留めた。灰色の瞳が見開かれ、私を見つめている。  画面の中の彼なら、こんな時にどう返すか知っていた。けれど目の前の人は何も言わない。その沈黙が怖くて、私は指先に力を込めた。  背後で椅子が鳴った。天王寺先輩の声がして、陽翔くんが何かを尋ねる。どちらもひどく遠くに聞こえるのに、握った手の感触だけは消えなかった。  誰の手だっただろう。考えようとすると城の炎がまた浮かび、私はそれを追い払うように目を閉じる。悲しい顔をさせたくなかった。ただそれだけなのに、違う名前を呼んでしまった気がした。  廊下を誰かが歩く音がして、部屋の窓が小さく鳴った。城にはなかった音だ。握っている相手を間違えている。そのことだけが、眠りに沈む寸前の頭に残った。私を心配して覗き込んでくれた人に、ま
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第16話 代わりに呼ばれた人

 握り返された手に、ほっとして力を抜いた。夢の中の人に触れているつもりだったのに、掌に伝わる重さは、あまりにも確かだった。  氷室くん。今度こそそう呼びたかった。けれど喉がひりついて声にならず、私はそのまま眠りに引き戻された。◇ 意識は、深い海の底を漂っているようだった。時折、ふっと水面に押し上げられるように微かな光や音が届いてくる。誰かの話し声。衣擦れの音。ため息。それらは水に滲んで輪郭を失い、またすぐに遠ざかっていく。  でも、私の手を握るその冷たい感触だけは、ずっと消えなかった。まるで私が深い海の底から離れていってしまわないように繋ぎとめてくれる、唯一の錨のようだった。  その感触が夢の中の出来事ではないことを、ぼんやりとした意識のどこかで理解していた。  やがて、私の周りを囲んでいたはずの気配が、一つ、また一つと遠ざかっていくのを感じた。部屋のドアが静かに開閉される音。乃亜の、ひそめた声。 「……あんたたち、今日はもう帰りなさい。栞も、この方がゆっくり眠れるでしょ」  親友の冷静で、有無を言わせない声が聞こえる。それに答える、不満そうな、けれど逆らえない男の子たちの声も。  そうだよ。帰って。こんなジャージとパーカーしか置いていない殺風景な部屋に、キラキラした王子様や可愛いわんこ系後輩がいるなんて、現実感もなければ私の心臓にも悪い。  ……あれ? でも、まだ一人残ってる。  私の手を握るその冷たい感触は、まだすぐ側にあった。  水面がほんの少しだけ近くなる。瞼の裏に淡い光を感じた。  静かで低い声が、夢の中に滑り込んできた。いつもより小さく、そばにいる私にさえ聞かせるつもりがなさそうだった。 「アーク……か」  その声が誰のものかなんて、考えなくてもわかった。氷室奏くんの声だ。  私の好きなキャラクターの名前を、彼は静かに反芻する。その響きには、私が知らない感情が複雑に絡み合っているようだった。 「……俺は、君の特別にはなれないのか」  ぽつり、と零れ落ちた呟き。  それは問いかけのようで、諦めのようで、そして、どうしようもないほどの切なさが滲んでいた。  彼の言葉に含まれた痛みが、握られた手を通してじわりと私の心にまで伝わってくるような気がした。  やがて、私の手を包んでいた彼の手が、名残惜しむようにゆっくりと離れ
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第17話 文化祭の相談

「――君が言っていたアークとは、誰のことなんだ?」  氷室くんの、静かだが逃げ道を一切許さないような声が、私の鼓膜を直接震わせた。それは問いというより、尋問に近い響きを持っていた。  彼の真剣な灰色の瞳から逃れるように、私は必死に視線を彷徨わせる。どうする、私。ここで正直に「私が愛してやまないBLゲームの、儚く美しい受けキャラクターです」なんて言えるはずがない。言ったが最後、社会的に死ぬ。それだけは絶対に避けなければならない。 「え、えーっと、それは、その……」  錆びついたゼンマイ仕掛けの人形のように、私の脳がぎしぎしと音を立てて言い訳を探す。そうだ、確か中学の時に飼っていた雑種の猫の名前がそんな感じじゃなかったっけ? いや、タマだった。だめだ、ごまかせない。私の貧弱な記憶のデータベースは、この絶体絶命の危機において、あまりにも無力だった。  私の挙動不審な態度に、氷室くんはさらに眉を寄せた。彼の整いすぎた顔が、じり、と音もなく一歩近づいてくる。ひんやりとしたオーラが私のパーソナルスペースを侵食し、まるで体感温度が五度くらい下がったような錯覚に陥った。 「月詠さん」 「は、はいぃ!」  裏返った、自分でも聞いたことのないような情けない声が出た。もうだめだ。詰んだ。観念して、墓穴を掘る覚悟ですべてを話そうと口を開きかけた、その時だった。 「――見つけた。二人で何してるんだ?」  救いの神か、あるいは新たな悪魔か。聞き慣れた、蜂蜜を溶かしたような爽やかな声と共に、天王寺先輩が私たちの間にぬっと姿を現した。その笑顔はいつも通り王子様みたいに完璧に磨き上げられていたけれど、目が、全く笑っていない。特に、氷室くんに向けられた視線は、触れたら凍傷になりそうな絶対零度の冷たさを帯びていた。 「別に。君には関係ない」 「関係なくないだろ。俺の月詠さんに、何か用だったのかって聞いてるんだ」 「君のではない」  バチバチ、と、まただ。またこの二人の間に、目には見えない、しかし肌を刺すほどに激しい火花が散っている。私を、その中心に挟んで。  結局、その場は天王寺先輩が私を半ば強引に、しかしその実、誘拐でもするかのように連れ去る形でうやむやになった。氷室くんは最後まで何か言いたげにこちらを見ていたけれど、その静かながらも執拗な視線から逃げるように、私は先輩の
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第18話 試着室が開いたら

 私の突然の立候補に、教室は水を打ったように、いや、まるで真空状態にでもなったかのようにしんと静まり返った。それまでざわめきで満たされていた空気が、ぴんと張り詰める。クラスメイトたちの視線が、好奇と困惑の入り混じった無数の鋭い針となって、一斉に私に突き刺さった。え、なに、私、今、何か宇宙の真理に反するようなことでも言った? 「えっと……月詠さん、だよね? プロデューサーって、具体的に何するの?」  実行委員の一人が、腫れ物に触るかのように恐る恐る尋ねてきた。その問いに、私の内側で眠っていた情熱の火山が、ごう、と音を立てて覚醒する。私はすっくと立ち上がり、胸を張って答えた。それはもはや、ただの説明ではなかった。私の信念を表明する、魂の演説だった。 「もちろん、衣装の選定から当日の接客指導、そして何より、この二人……天王寺輝と氷室奏という神が気まぐれに創りたもうた奇跡のカップリングの魅力を、最大限に、いえ、宇宙の果てまで届くほどに引き出すための演出、そのすべてです!」  私の熱弁に、クラス中がぽかーんと口を開けている。唯一、乃亜だけが額に手を当てて深く、深ーく天を仰ぎ、「あー……やっちゃった……スイッチ入っちゃったよ、あいつ……」と絶望的な声で呟いていたが、今の私の耳には届かない。私の脳内は、これから始まる夢のような祭典への期待と、推しカプを公式の舞台でプロデュースできるという、禁断の喜びではちきれんばかりだった。  そして数日後。私たちは、衣装合わせのためにレンタルショップの一室に集まっていた。  ずらりと並んだ燕尾服やフロックコートを前に、私はプロデューサーとして(自称)腕を組み、神妙な面持ちで唸っていた。これはただの衣装選びではない。神の御体に触れる聖衣を選ぶ、神聖な儀式なのだ。 「うーん、やはり王道は黒の燕尾服……。しかし天王寺先輩の太陽のような輝かしさを思えば、純白も捨てがたい。いや、待てよ? 氷室くんの硝子細工のような儚さとミステリアスな雰囲気を際立たせるなら、いっそ禁欲的なまでのストイシズムを感じさせるロングコートという選択肢も……」  ブツブツと聖典を読み解く神官のように呟きながらカタログをめくる私の横で、乃亜が魂の抜け殻のような深いため息をついた。 「……あんた、本当に心底楽しそうね」 「当たり前だよ! これは、私の、私たちの、未来
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第19話 台詞に込めたもの

 その言葉に、天王寺先輩は面白くてたまらないというように、氷室くんは微かに、しかし確かな期待を込めて、美しい笑みを浮かべた。  ただ一人、私の隣にいた乃亜だけが、これから起こるであろう大惨事を予見して、絶望的な顔で「……嫌な予感しか、しない。本気で」と呟いていたのを、今の私の耳は都合よくシャットアウトしていた。  宣言したからには、やる。  私は腐女子としての全人生を懸けて、この一大プロジェクトに身を投じることを誓った。あの日以来、私の大学生活は「最高のシナリオ執筆」を中心に回っていたと言っても過言ではない。講義中はノートの端にプロットを練り、バイトの休憩中にはスマホにセリフを打ち込み、夜はパソコンの前でうんうんと唸りながら来る日も来る日もキーボードを叩き続けた。 「……できた」  数日後。目の下のクマを勲章のようにぶら下げた私は、達成感に満ちた顔でプリントアウトされたばかりの原稿を手に取った。その表紙にはこう記されている。 『シナリオ:秋桜祭執事喫茶 ~二人の騎士と選ばれし姫君(※ただし姫君は概念であり、二人の騎士の絆を深めるための触媒とする)~』  我ながら、完璧な出来栄えだった。  その内容はこうだ。喫茶店に、ごく平凡なモブの客(=お嬢様)が来店する。彼女の心を射止めるべく二人の執事――太陽のように眩しい輝(あきら)と、月のように静謐な奏(かなで)が、甘い言葉とサービスで火花を散らす。しかしその戦いはやがて、お嬢様そっちのけで「どちらがより相手を理解しているか」「どちらがより相手の心を揺さぶれるか」という、二人の間だけのプライドを懸けたものへと変貌していく……という、あまりにも腐女子の願望を詰め込みすぎたストーリーだった。 「どう、乃亜! 天才じゃない!?」  翌日の放課後。教室で開かれた第一回読み合わせで、私は親友にシナリオを突きつけ同意を求めた。乃亜は、パラパラと数ページめくっただけでこめかみを押さえて深々と、それはもう深々と天を仰いだ。 「……あんた、本気でこれをあいつらにやらせる気?」 「もちろんだよ! 私の脳内では、すでにお二人の熱演がミリオン再生されてる!」  私の熱弁も虚しく、クラスメイトたちの反応は微妙だった。「なんか……少女漫画っていうか……」「男同士の友情、熱すぎない?」と、誰もが首を傾げている。  しかし、この
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第20話 僕だけを見て

「君は、僕だけを見ていればいい」  ――ピシャーン! AGAIN!  出た! 嫉妬! 氷室くんの天王寺先輩への独占欲からくる嫉妬! 私の腕を「天王寺先輩に触れられたお嬢様」に見立てて、その穢れを払おうとしているのね! 純愛!  脳内BLフィルターがフルスロットルで稼働する私の周りで、クラスメイトたちは「え、なにこの展開……」「台本と全然違くない?」「でも、なんか、すごくない……?」と、別の意味で盛り上がっている。  練習は完全にストップし、ただただ二人が私を奪い合う、謎の時間が流れていく。 「これは、練習にならないわね……」  乃亜が心底呆れた声で呟いた。その通りだった。これは練習ではない。ただの、公開痴話喧嘩だ。  ――もっとやれ。  そう思ったのは、言うまでもない。  その日の練習は、もはや練習と呼べる代物ではなかった。  私が「お嬢様」という名の玉座に鎮座するやいなや、二人の騎士による台本を完全に無視した熾烈なアピール合戦が繰り広げられたのだ。 「お嬢様、紅茶をお持ちしました。あなたのためだけに私が特別にブレンドしたものです」 「……こちらの焼き菓子のほうが、君の口に合うはずだ。君の好きなものを、僕は知っているから」 「ははっ、甘いものばかりじゃ飽きるだろう? 食後には、俺と一緒に庭園を散歩しないかい?」 「人混みは疲れる。僕の部屋で、二人きりで静かに音楽でも聴く方がいい」  次から次へと繰り出される、甘い誘い文句の応酬。そのすべてが私というフィルターを通して、隣に立つライバルへと向けられた熱烈な口説き文句に変換されていく。私の脳内は、供給過多で幸せな悲鳴を上げ続けていた。  ――ああ、もう! 痴話喧嘩が、尊すぎて、しんどい……!  私が内心でのたうち回っていると、痺れを切らした天王寺先輩がついに最終奥義を繰り出した。彼は私の目の前にすっと跪くと、その力強い瞳で私(の奥にいる氷室くん)を真っ直ぐに見つめた。 「お嬢様。……いや、もういい。回りくどいのはやめだ」  その場の空気がぴんと張り詰める。クラスメイトたちも、固唾を呑んで二人を見守っていた。 「私の愛を、受け取っていただけますか?」  低く、真剣で熱を帯びた声。それは、紛れもなく本気の告白だった。私の心臓がどくん、と大きく跳ねる。違う、私にじゃない、私にじゃないけ
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