世界が、ぼんやりと霞んで見える。 意識と現実の境界線が曖昧で、まるで水の中にいるみたいに、耳に届くすべての音がくぐもって聞こえた。 原因は、分かっている。睡眠不足だ。 グループ課題のレポート作成、カフェの新人教育(という名の陽翔くんの恋の応援)、そして、何よりも優先すべき、我が魂の結晶である同人誌原稿の締切。この三つが、私の貧弱なキャパシティの上で、無慈悲なデッドライン・ダンスを踊っていた。「……ジーク……アーク……待ってて、今、最高の、シチュエーションを……うへへ……」 大学の講義中も、私は机に突っ伏し、意識の半分を『Fallen Covenant』の世界に飛ばしていた。時折、自分の口から漏れる不気味な笑い声で我に返るが、数分もすれば、また強烈な睡魔と妄想の波に飲み込まれていく。 周りの学生が、私を「いよいよヤバい奴」という目で見ているのは知っていた。だが、どうでもいい。私には、成し遂げなければならない使命があるのだから。 そんな、ゾンビのようにキャンパスを徘徊していたある日の放課後。グループ課題の簡単な打ち合わせを終え、よろよろと席を立とうとした私を、天王寺先輩が呼び止めた。「月詠さん。ちょっと、いいかな」「ひゃい!?あ、あの、なんでしょうか、先輩!」 突然の王子様の声に、私の脳が無理やり再起動する。ぼやけた視界に、相変わらずキラキラとした、完璧な笑顔が映った。彼は、少しだけ困ったように眉を下げると、すっと一本の小さな瓶を差し出してきた。 金色の、高級そうなラベルが貼られた、栄養ドリンクだった。「……これ。最近、すごく顔色悪いみたいだから。無理、してない?」 心配そうに、私の顔を覗き込む、甘い声。 私の心臓が、きゅっと奇妙な音を立てた。いかん、いかん。これは、私への優しさではない。 私の脳内BLフィルターが、ガコン、と音を立てて作動する。
Last Updated : 2025-10-24 Read more