天王寺先輩が、心配そうに私の顔を覗き込んできた。その完璧な王子様スマイルが、今はやけに眩しい。 「(ち、違います……!)」 心のなかで、私は全力で首を横に振る。 「(これは、恋のときめきなどという、生易しいものではなく!ただの!腐女子の!興奮です!あなたと氷室くんの尊すぎる絡みを、目の前で拝ませていただいたことによる、生理的な発熱です!)」 もちろん、そんな真実を口にできるはずもなく。 「きょ、教室が……あ、いえ、図書館が、ちょっと、暑いみたいで……!あは、あははは……」 私は、カニのように横歩きで二人から距離を取り、意味不明な言い訳を口走った。二人は、ますます困惑したような顔で顔を見合わせていたが、それ以上は追及してこなかった。 ああ、神様。私は、今日も、推しカプの幸せな未来を、この目で見届けることができました……。 そんな興奮(と、二人の奇妙な視線)に耐えながら、私たちはなんとか必要な資料を集め終え、その日の打ち合わせを終えた。 だが、私の戦いは、まだ始まったばかりだった。 その夜、自室の机で、私は白紙の原稿を前に青ざめていた。今週末の『Fallen Covenant』オンリーイベントに出す新刊が、まだ半分もできていない。課題の資料の下から、印刷所の締切を赤く囲んだ手帳が出てきた。見なかったことにしていた日付は、当然ながら一日も待ってくれなかった。◇ 二晩続けて、窓の外が白むまで机に向かった。三日目の講義では、黒板の文字が、消される前から霞んで見えた。 意識と現実の境界線が曖昧で、まるで水の中にいるみたいに、耳に届くすべての音がくぐもって聞こえた。 原因は、分かっている。睡眠不足だ。 グループ課題のレポート作成、カフェの新人教育(という名の陽翔くんの恋の応援)、そして、何よりも優先すべき、我が魂の結晶である同人誌原稿の締切。この三つが、私の貧弱なキャパシティの上で、無慈悲なデッドライン・ダンスを踊っていた。 「……ジーク……アーク……待ってて、今、最高の、シチュエーションを……うへへ……」 大学の講義中も、私は机に突っ伏し、意識の半分を『Fallen Covenant』の世界に飛ばしていた。時折、自分の口から漏れる不気味な笑い声で我に返るが、数分もすれば、また強烈な睡魔と妄想の波に飲み込まれていく。
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