All Chapters of 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 磨きすぎたグラス

 一方、その頃。  活気あふれる別の教室では、一人の青年が満足げに腕を組んでいた。七瀬陽翔だ。彼のクラスの出し物は学園祭の王道「お化け屋敷」。その装飾準備の喧騒の中、彼は一人、完璧な計画にほくそ笑んでいた。  (フフフ……計画は完璧だ。執事喫茶で先輩が疲れた頃合いを見計らって、俺のお化け屋敷に誘い出す)  彼の脳内には、理想のシミュレーションが鮮やかに再生されている。  (暗闇の中、手作りのオバケで栞先輩を思いっきり驚かせて……怖がって俺に抱きついてきたところを、優しく抱きしめ返すんだ!)  それは、年下わんこ系男子が考えうる最高にして最強の計画。彼はまだ知らない。ライバルたちが、自分の想像を遥かに超える次元で暴走していることを。  秋桜祭の開幕まで、あと数日。それぞれの思惑が渦巻く中、運命の日は刻一刻と近づいていた。◇ 学園祭当日の空気は、独特の熱気に満ちていた。ざわめきと喧騒、あちこちから聞こえてくる楽しげな音楽、そしてソースの焼ける香ばしい匂い。そんな非日常の渦の中心で、私たちのクラスが運営する執事喫茶『Casket of Sweets』は、オープンと同時に凄まじい熱狂に包まれていた。 「お嬢様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」  キラキラと光を弾く明るい茶色の髪。完璧な角度で腰を折り、優雅に差し出される大きな手。天王寺先輩が、ただそれだけの仕草で微笑むたびに、入り口付近に群がっていた女子たちから絹を裂くような悲鳴が上がる。 「……っ」  そして、その隣。静寂を纏うように佇む氷室くん。彼は言葉少なげに、けれど流れるような動きで椅子を引き、無言のままお客様をエスコートする。そのミステリアスな雰囲気に、別の層の女子たちがうっとりと息を呑むのが分かった。  私はといえば、戦場と化したフロアの隅、キッチンカウンターの内側でひたすらグラスを磨きながら、目の前で繰り広げられる光景に打ち震えていた。  (ああ……尊い……!)  心の中で、私は滂沱の涙を流していた。太陽と月。光と影。完璧な対比を描く二人の美丈夫が、揃いの黒い執事服に身を包み、お客様をお迎えしている。私が書いた拙い脚本なんて霞んでしまうほど、彼らがそこに存在するだけで、世界は完成された絵画になっていた。  私がこの世に生を受けたのは、この光景を見るためだったのかもしれない
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第22話 休憩の取り合い

 空いたグラスを下げに来た天王寺先輩が、心配そうに私の顔を覗き込む。その整った顔が間近に迫り、ふわっと甘い香りがして、思わず心臓が跳ねた。 「だ、大丈夫です! プロデューサーとして、最後までこのステージを見届ける義務が……!」 「そういうところ、真面目すぎ。ほら、これでも食べて」  そう言って天王寺先輩が差し出してきたのは、店の看板メニューである『天使の涙パフェ』だった。キラキラしたゼリーとフルーツがたっぷり乗った、見るからに美味しそうな一品だ。 「え、でもこれ、お客様の……」 「いいから。俺からの差し入れ。頑張ってる君へのご褒美」  天王寺先輩はそう言ってスプーンを手に取ると、パフェの頂点に鎮座していた真っ赤な苺をすくい、私の口元へと運んできた。 「さ、あーん」 「えっ……!?」  にっこりと微笑む完璧な王子様。差し出される、赤い宝石のような苺。少女漫画で百億回は見たシチュエーション。しかし、私の脳はそれを正しく処理できなかった。  (こ、これは……! 私の口を借りて、氷室くんに『あーん』するための予行演習……!? なんて大胆な……!)  私が脳内変換に全神経を集中させていると、すっと横からもう一つの影が伸びてきた。 「……苺より、こっちの方が疲労回復にはいい」  いつの間に来たのか、氷室くんがパフェの中からマンゴーを小さなフォークで刺し、同じように私の口元に差し出していた。その灰色の瞳は、まっすぐに私だけを見つめている。 「えええっ!?」  右からは、キラキラ笑顔の天王寺先輩が差し出す苺。  左からは、クールな表情の氷室くんが差し出すマンゴー。  私は完全に、二人のイケメンに挟まれて身動きが取れなくなっていた。周囲のお客様たちが、息を呑んでこちらを見守っているのが分かる。特に腐女子の方々のテーブルからは、「始まった……」「選べない……修羅場だ……」という幻聴まで聞こえてきそうだ。  (ど、どうしよう……! 天王寺先輩の苺を取れば、氷室くんのメンツが! 氷室くんのマンゴーを取れば、天王寺先輩のプライドが……! どちらか一方を選ぶなんて、私にはできない……! 二人の恋を応援するプロデューサーとして、そんな残酷な選択は……!)  私の脳内は完全にパニック状態に陥っていた。二人の真剣な眼差しが痛い。お客様の視線が突き刺さる。甘いフル
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第23話 脚本にない対決

 司会者の煽りに、氷室くんは何も答えなかった。ただ静かに、けれど燃えるような灰色の瞳で天王寺先輩を見据えながら、ゆっくりと歩み寄る。そして、寸分の躊躇もなく、ポッキーのもう片方の端を、そっと唇に挟んだ。 「……っ!」  会場のあちこちから、息を呑む音が聞こえる。私も、心臓を鷲掴みにされたような衝撃に、声も出せずに固まっていた。  (すごい……! 私が書いた脚本通り……いや、それ以上……!)  私の脚本では、ここで二人は一度、恥ずかしそうに視線を逸らすはずだった。初々しい戸惑いと、それでも抑えきれない恋心。そんな甘酸っぱい葛藤を描くはずだったのだ。  だが、目の前の二人はどうだ。視線は逸らされるどころか、火花が散りそうなほど激しく絡み合ったまま。天王寺先輩の口元には、獲物を前にした獅子のような不敵な笑み。対する氷室くんの瞳には、決して一歩も引かないという強い意志の光が宿っている。  甘酸っぱさなんて、どこにもない。そこにあるのは、圧倒的な緊張感。まるで、お互いのすべてを喰らい尽くそうとするかのような、剥き出しの闘争心だった。 「それでは皆様、カウントダウンをお願いします! 3、2、1……スタート!」  合図と共に、二人はゆっくりと、しかし着実にポッキーを食べ進め始めた。カリ、カリ、とチョコレートが砕ける小さな音が、マイクを通して会場全体に響き渡る。静まり返った客席は、固唾を飲んでその光景を見守っていた。  (あれ……? なんだか、おかしい……)  その時だった。私の脳内に、かすかな違和感が芽生え始めたのは。  私の脚本では、二人はお互いの熱に浮かされたように、少しずつ距離を縮めていくはずだった。触れるか触れないかの唇にドキドキしながら、最後はどちらともなく顔を離し、照れ笑いを浮かべて終わる。そんな、王道にして至高の「寸止め」芸を披露してくれるはずだったのだ。  けれど、ステージ上の二人は、脚本のト書きを完全に無視していた。彼らの間に流れているのは、恋愛の甘い空気ではない。これは、もっと……殺伐とした、真剣勝負の空気だ。  そう、まるでプライドを懸けた、決闘。◇ カリ、カリ、とポッキーが短くなっていく音だけが、やけにクリアに響く。二人の顔の距離が、一ミリ、また一ミリと縮まっていく。天王寺先輩のキラキラした瞳は、今は獰猛な光を宿して氷室くんを
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第24話 折れたポッキー

 パキン、と乾いた音が響いた。  ついに、最後の一口を残したところでポッキーが折れた。二人の唇は、触れ合う寸前で止まっている。その距離、わずか数センチ。けれど、そこにロマンティックな余韻は欠片もなかった。折れたポッキーの残骸がステージに落ちても、二人は微動だにせず、至近距離でお互いを睨みつけたままだ。  静寂が、空間を支配する。誰もが、次に何が起こるのかを固唾を飲んで見守っていた。  先に動いたのは、天王寺先輩だった。  彼はゆっくりと顔を離すと、氷室くんから視線を外し……まっすぐに、客席にいる私の方を見た。  スポットライトの光が眩しくて、一瞬、目が眩む。けれど、彼の真剣な眼差しが、確かに私を捉えているのが分かった。心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。  (やめて)  (そんな目で見ないで)  私の脳が、警鐘を鳴らす。これは、いつもの「私を触媒にした痴話喧嘩」とは何かが違う。  そして、天王寺先輩は、マイクを通さずに、けれど会場の隅々まで響き渡るような、凛とした声で言い放った。 「勝った方が、彼女をもらう」  その言葉は、まるで鋭い楔のように、私の脳天に突き刺さった。  ――彼女?  かのじょ、って、誰?  一瞬、思考が完全に凍りついた。私の脳内辞書から「彼女」という単語の意味が、綺麗にくり抜かれてしまったかのようだ。天王寺先輩の熱を帯びた視線は、確かに私だけを射抜いている。けれど、そんなはずはない。だって、私は月詠栞。物語の登場人物ですらない、ただの観測者。神の視点、のはず。  (ま、待って。落ち着くのよ、私。これはきっと、そういう脚本……そうよ、私が書いた脚本にはないけれど、二人がアドリブで追加した設定……! 客席にいるモブの女の子を『彼女』役に見立てて、恋敵を演じているのよ!)  そうだ、そうに違いない。あまりに真に迫った、瞳の奥にギラつく光を宿した演技だから、一瞬、本気なのかと勘違いしてしまっただけだ。私は必死に自分の脳内BLフィルターを再起動させようとした。しかし、フィルターはけたたましくエラーメッセージを吐き出すばかりで、うまく機能してくれない。  天王寺先輩の爆弾発言に、氷室くんは長いまつ毛を一度伏せただけだった。彼はただ、静かに天王寺先輩へと視線を戻すと、まるで「望むところだ」とでも言うように、フッと挑戦的な光を灰色の瞳
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第25話 私の名前ばかり

 (……分かりたくない)  校舎の壁に背をつけ、息を整えた。さっきまで舞台にいた二人も、客席から駆けてきた陽翔くんも、私の名前を呼んでいた。  私の勘違いだったら、笑われるだけだ。けれど、勘違いではなかったら。三人のうち誰かに返事をして、誰かを傷つけることになる。  物語なら何度でも読み返せる。選ばなかった方の結末だって、別のページにある。でも、ここにはそんなページはない。 「……私は、見てるだけでよかったのに」  ぶつぶつと呪文のように唱えていると、不意に頭上から影が差した。 「栞先輩。やっぱり、ここにいた」  聞き覚えのある、少し甘い声。恐る恐る顔を上げると、そこには心配そうな顔をした陽翔くんが立っていた。お化け屋敷の出し物で使ったのか、彼の頬にはまだ血糊のメイクがうっすらと残っている。 「陽翔、くん……」 「大丈夫ですか? すごい顔色悪いですよ。……ごめんなさい、俺のせいで、あんなことになって」 「え? あ、ううん! 違うの! 陽翔くんは悪くない、これはその、店長へのアピールの一環なんでしょう!? 私なら大丈夫だから!」  私が慌てて取り繕うと、陽翔くんは一瞬きょとんとした後、何かを諦めたように、でも、とても真剣な目で私を見つめてきた。 「……もう、いいです。そういうことにしとくのは、今日で終わりにします」 「え?」  陽翔くんが、何かを言おうと口を開きかけた、その時だった。 「――見つけた」  低く、静かな声が響く。振り返ると、校舎の角から姿を現したのは、執事服のままの氷室くんだった。彼の灰色の瞳は、まっすぐに私だけを捉えて離さない。  そして、まるで示し合わせたかのように、反対側からも声がした。 「月詠さん。そんなところに一人でいたら、危ないよ」  呆れるほど優雅な足取りで現れたのは、天王寺先輩だった。彼もまた、執事服姿のままだ。  いつの間にか、私は三人のイケメンに完全に包囲されていた。背後は冷たい校舎の壁。逃げ場は、どこにもない。遠くから、後夜祭のキャンプファイヤーが燃え盛る音と、楽しげな音楽が聞こえてくる。その喧騒が、この場の異様な静けさをより一層際立たせていた。  もう、いつものように「二人の邪魔をしちゃ悪いから」と逃げ出せる雰囲気ではなかった。だって、陽翔くんがいる。私の脳内カップリングとは無関係なはずの
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第26話 昔も今も

 (……嘘だ。そんなはず、ない。だって、私は……) 「俺のために、奏との仲を取り持とうとしてくれたこと、全部知ってるよ。おかしな子だって思ったけど、その一生懸命な姿が、どうしようもなく可愛くて……。もう、ごまかすのはやめる。俺が欲しいのは、奏じゃない。君なんだ」  天王寺先輩の言葉が、巨大なハンマーのように、私の脳内BLフィルターに叩きつけられた。ピシ、と硬質なガラスに亀裂が入る音が、確かに聞こえた気がした。◇ 天王寺先輩の言葉の衝撃で、私の思考は完全に麻痺していた。世界から音が消え、目の前に立つ彼の姿だけが、やけにゆっくりと、スローモーションのように見えた。 「それは、聞き捨てならないな」  凛とした、静かな声が鼓膜を揺らした。ハッと我に返ってそちらを見ると、今まで黙って成り行きを見守っていた氷室くんが、一歩前に出た。彼の灰色の瞳には、キャンプファイヤーの赤い炎が揺らめいて、まるで静かな怒りを宿しているかのようだった。  (そうだ、氷室くん……! 天王寺先輩の暴走を止めて! あなたが想っているのは、彼でしょう!? 私なんかじゃなくて!)  私の最後の希望。私の信じる物語の、もう一人の主人公。彼が天王寺先輩の言葉を否定してくれれば、まだ、私の世界は元通りになるかもしれない。  しかし、氷室くんの視線は天王寺先輩には向かなかった。彼は、凍り付いている私の目をまっすぐに見つめて、静かに、けれどはっきりと告げた。 「君は、覚えていないかもしれないが」  その声の響きに、心臓が嫌な音を立てる。 「中学の時、俺と君は同じクラスだった」 「……え?」  中学……? 氷室くんと? 記憶の引き出しを必死にかき回すけれど、靄がかかったように思い出せない。教室の隅で、誰にも気づかれず、ただひたすらに気配を消していた私。そんな私の記憶の中に、こんなにも美しい少年がいただろうか。 「転校したばかりで、誰とも話せなかった。……周りの声も、視線も、全部壁みたいに感じて、息ができなかった」  彼の言葉が、私の忘れていた過去の風景を、少しずつ色づかせていく。そうだ、中学二年の時、クラスに無口な転校生がやってきた。けれど、内気だった私は、彼に声をかけることなんてできなくて……。 「そんな時、君が、俺が落としたペンを拾ってくれた。ただ、それだけだ。君にとっては、何でも
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第27話 最後の勘違い

 さっき呼ばれた名前が、今度は告白の言葉と一緒に届いた。その響きは、天王寺先輩の甘いそれとは違う、不器用で、けれど長年の想いの重さが込められた、切ない響きだった。  私の脳内における絶対的真理、「天王寺輝×氷室奏」というカップリングが、当の本人たち二人によって、今、木っ端微塵に破壊された。  もう、立っているのがやっとだった。  二つの、あまりにも重い告白。私の信じていた世界が、足元からガラガラと崩れ落ちていく。目の前がぐらぐらと揺れて、気持ちが悪い。  そんな私の視界の隅で、今まで黙って成り行きを見守っていた陽翔くんが、ぐっと拳を握りしめるのが見えた。  (あ……そうだ、陽翔くん……)  私の脳に、最後の希望の光が灯る。そうだ、彼だけは違う。彼の恋の相手は、バイト先のイケメン店長のはずだ。この二人の暴走に、彼を巻き込んではいけない。私が、私がしっかりしないと。 「陽翔くん……! あの、大丈夫だから! この二人はちょっとおかしくなっちゃってるだけだから、陽翔くんは気にしないで、店長のところに……!」  私がほとんど懇願するように言うと、陽翔くんは悲しそうに眉を寄せ、そして、今まで見せたことのないような、強い意志を宿した瞳で私を見返した。 「……先輩、いい加減にしてください」 「え……?」 「店長? そんな人、最初から俺の頭の中にはいませんよ」  彼のきっぱりとした否定の言葉が、私の耳に突き刺さる。 「俺が『好きだ』って言ったのは、練習なんかじゃない。全部、本気で、あんたに言ったんだ」  (嘘だ) 「初日にカップを割った時、先輩、笑わなくていいって言ったでしょ。怪我してないか、手を見せろって。俺、大丈夫な顔してれば、迷惑かけずに済むと思ってたんです」  陽翔くんは一度、手のひらを見下ろした。 「先輩にも、可愛いとか弟みたいとか言われました。でも、あの時は怖がってるの、気づいてくれた。……また、ちゃんと俺を見てほしかった」  (違う) 「告白を応援された時は、どうしようかと思った。でも、俺、もっと本気になった。あんたの隣にいる、あの二人なんかに、絶対に負けたくないって思った。……俺は、あんたがいい。栞先輩じゃなきゃ、嫌だ」  (やめて)  陽翔くんの真っ直ぐな言葉が、慈悲もなく、私のボロボロになったフィルターの残骸を、さらに粉々
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第28話 乃亜、助けて

 頭の中は、その言葉でいっぱいだった。砕け散ったフィルターの向こう側から、ありのままの現実が、濁流のように押し寄せてくる。  天王寺先輩の、私だけを見ていた優しい眼差し。  氷室くんの、長年の想いを告げた、切ない声。  陽翔くんの、まっすぐで、不器用な恋心。  全部、本物だった。全部、私に向けられたものだった。その事実が、今更ながら、ずしりと重くのしかかってくる。  同時に、フィルター越しに見ていた自分の奇行の数々が、鮮明に脳裏に蘇ってきた。  (うわああああああ……!)  声にならない悲鳴を上げ、私はベンチの上でうずくまった。天王寺先輩と氷室くんのために良かれと思ってやった、数々の奇妙なアシスト。陽翔くんの告白を「練習」だと断じて施した、頓珍漢な恋愛コーチング。思い出すだけで、全身の血が沸騰しそうになる。羞恥で死ぬ、という言葉の意味を、私は今、身をもって理解していた。 「……はぁ、……うっ……ひっく……」  熱いものが、次から次へと込み上げてきて、視界が滲む。それは、ただ恥ずかしいからというだけではなかった。  あんなに真剣な想いを、私はなんて、なんて愚かな形で踏みにじってしまったんだろう。彼らの優しさを、自分勝手な妄想のために利用して、きっと、たくさん傷つけてしまった。その罪悪感が、冷たい鉄のように私の胸を締め付ける。 「……やっぱり、ここにいた」  不意に、頭上から呆れ果てたような、けれどどこか安心したような声が降ってきた。びくりと顔を上げると、そこには腕を組み、仁王立ちする親友、神崎乃亜の姿があった。 「の、のあ……」 「あんたねぇ……。まあ、予想はしてたけど」  乃亜は大きなため息を一つ吐くと、私の隣にどかりと腰を下ろした。その、いつもと変わらないクールな横顔を見た瞬間、私の涙腺は完全に決壊した。 「のあああああ! どうしよう私、とんでもないことをしちゃったあああ!」 「今ごろ気づいたの、この大バカ!」  私は乃亜の肩に突っ伏し、子供のようにわんわんと泣きじゃくった。今までの自分の奇行、壮大な勘違い、そして、三人の真剣な想いを踏みにじってしまった後悔を、支離滅裂に叫びながら。◇ 乃亜は何も言わず、ただゴツゴツと私の背中を叩いてくれた。その不器用な優しさが、余計に涙を誘う。 「私、最低だよ……! 天王寺先輩も、氷室く
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第29話 机に残った優しさ

 捨てそびれたままの、高級そうな栄養ドリンクの空き瓶。  課題の参考に、と渡された、真新しい専門書。  そして、手作りクッキーが入っていた、うさぎの絵の小さな袋。  どれも、私の部屋にある。当然だ。私がもらったものなのだから。それなのに、渡してくれた人の顔をまともに思い出したのは、今が初めてだった。  瓶を持ち上げる。ラベルの角が少し浮いていた。あの日、徹夜明けでふらふらの私に、先輩はこれを押しつけるように渡してくれた。私はその心配まで、氷室くんへの差し入れの練習だと決めつけていたのだ。 「……練習って、何よ」  誰もそんなことは言っていない。  そのままベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつけた。今すぐ穴を掘りたい。できれば地球の裏側まで繋がっていて、二度と帰ってこなくて済むやつ。  図書館で手を伸ばしてくれた時、先輩の顔が近くて息が止まりそうになった。彼の隣に座ると、普段なら絶対に間違えない教科書のページを間違えた。  それを全部、推しカプが尊いせいにしてきた。  なんて便利なフィルターだろう。私の都合の悪いところだけ、綺麗に隠してくれる。  けれど、あの時に見た先輩の顔は隠してくれなかった。 『月詠さんが楽しいなら、それが一番だよ』  食事の席でそう言って笑っていた人が、今日、私の返事を待っていた。彼の言葉を冗談にすり替えて、また笑わせようとしたのは私だ。 「うう……」  枕から顔を上げると、机の専門書に貼られた付箋が見えた。  氷室くんは、私が探していた箇所をちゃんと覚えていてくれた。体調を崩した時、私が別の名前を呼んだことも。 『アークとは、誰のことなんだ?』  あの声を思い出すと、今度は恥ずかしさだけでは済まなかった。ゲームのキャラクターだと、きちんと説明すればよかった。私のためにそこにいてくれた人を、別の誰かの代わりにしてしまったのだから。  うさぎの袋を、瓶の隣に置く。  陽翔くんの告白には、点数までつけた。三十五点だの百二十点だの。思い出した瞬間、もう一度枕に突っ伏したくなる。恋愛経験ゼロの分際で、何様だったんですか、月詠栞さん。  あんなに真剣な顔をしていたのに。  謝ろう。それは、ちゃんとしなくてはいけない。  ただ、謝ることと、その人を好きになることは同じではなかった。三人とも優しかったから、三人に同じ
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第30話 電話したい相手

 指に力を入れすぎて、ラベルがくしゃりと鳴った。  先輩が誰と付き合おうと、私が口を出すことじゃない。今までだったら、むしろ喜んで仲を取り持ったはずだ。相手が氷室くんなら大歓迎、とまで言っていた。  それなのに、さっき想像した女の子の顔だけは、どうしても上手く描けなかった。  先輩に隣へ座るよう呼ばれて、嬉しそうに笑う女の子。コーヒーを淹れてあげたら、美味しいと言ってもらえる女の子。  ……嫌だ。  自分の中から出てきたその言葉に、私が一番驚いた。応援どころか、椅子を引いて座らせてもらうその役を、誰にも渡したくないと思っている。  私は栄養ドリンクを机に戻し、スマホを取った。  乃亜とのトークを開く。『帰った。ありがとう』とだけ送ると、思いがけずすぐに返事が来た。 『ちゃんと顔洗いなよ』  思わず頬に触れる。涙が乾いて、少し突っ張っていた。  私は言われた通り洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗った。鏡の中には、目を赤くした、いつもよりひどい顔の自分がいる。乙女ゲームのヒロインには程遠い。泣いたら可愛くなる仕様は搭載されていなかったらしい。  けれど、先輩が好きだと言ったのは、この顔をした私だった。  タオルを頬に押し当てたまま、しばらく動けなかった。  部屋へ戻り、連絡先を開く。天王寺輝。その名前を見ただけで、指先が冷たくなる。  謝るだけなら、メッセージでもいいのかもしれない。『勘違いしてごめんなさい』。打ってみると、ひどくよそよそしい文章になった。  その先に何を書けばいいのだろう。  許してほしい。嫌いにならないでほしい。今までみたいに、私を見つけて笑ってほしい。  欲張りな言葉がいくつも浮かぶのに、画面には一文字も増えなかった。あれだけ人の恋愛について語ってきた口も、肝心な時には役に立たない。  結局、打った文章を消した。  会って話そう。文字だけなら、彼がどんな顔で読んでいるか分からない。自分の方からそんなことを望む日が来るなんて、昨日の私に教えたら鼻で笑われるに違いない。  時計を見ると、思ったより遅かった。  今かけてもいいのだろうか。寝ていたら迷惑だし、友達といるかもしれない。理由はいくらでも浮かぶ。明日にすれば少しは落ち着くかもしれない、という、実に都合のいい理由まで。  スマホを伏せ、布団を頭まで引き上げた
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