洵は笑った。「何、あいつに少し苦労を味合わせてやりたいだけだ」そうすれば、専業主婦の幸福さを思い知るだろう。後半の言葉は口にしなかったが、千雪は察していた。「そうね、澪さんも新しい部署に来たばかりで慣れないだけかも。数日もすれば大丈夫になるわ」「ああ」洵が同意したのを見て、千雪は密かに安堵した。自分は何としても、澪を洵の秘書に戻すわけにはいかなかった。洵がどうしても澪を解雇するつもりがないのなら、他の部署に行かせるよりも、自分の手元に置いて監視する方が都合がいい。それから一週間、澪は毎日残業だった。不可解なことに、洵も毎日残業していた。洵が残業すれば、千雪もそれに付き合う。おかげで澪の精神的な不公平感は和らいだ。少なくとも苦労しているのは自分一人ではない。ある夕方、オフィスには澪と千雪以外誰もいなくなっていた。澪がいつものようにデザイン案の修正をしていると、千雪が薬の入った椀を持ってミニキッチンから出てきた。洵の胃薬だ。篠原グループの福利厚生は手厚く、社内にはミニキッチンがいくつか設置されている。千雪は毎日そこで、会社のIHヒーターを使って洵のために漢方薬を煎じていた。「煮出す時間が足りてないし、火加減もダメ……」それでは薬効が出ない。澪はずっとそう言いたかったが、口出し無用だと飲み込んできた。だが、そのことは喉に刺さった小骨のように気になっていた。今夜、彼女はようやく口に出した。しかし、言ったそばから後悔した。千雪は椀を持って澪のデスクに近づいてきた。澪の予想とは異なり、その顔には笑みが浮かんでいた。「薬を煎じるのは、確かに私より澪さんの方が上手ね。じゃあこうしましょう。これからは洵の薬は澪さんが煎じて」「えっ……」「拒否権はないわよ。私があなたの上司だってこと、忘れないでね」こうして、澪のただでさえ忙しい日常業務に、洵の薬煎じという仕事が加わった。IHヒーターの前で漢方薬の匂いを嗅ぎながら、澪は心の中で自分を罵った。余計なこと言うから!お節介焼くから!千雪と違い、澪は薬作りを適当に済ませたりはしなかった。医師の指示通り、少なくとも二時間は煮出さなければならない。時間が短かったり火力が足りなかったりすれば、治療効果に影響が出る。澪はふと思
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