前の私と今の私は同じだけど、私の感覚的には別の人。前の私は例えるなら本の中の登場人物。前の私に起きたことは理解しているけれど、そのときに感じたことが書かれていないので出来事が羅列されているだけ。自分のことなのに他人事で、国語の問題のようにそのときの私の気持ちを推測している。恋なんて、感情的なものはまるっと抜けている。前の私が蓮司さんを好きだったのでは……でも、その先は?なにがどうなって誠司を授かったのか、前の私の恋物語は白紙の状態。その答えを持つ蓮司さんは目の前にいるのだから聞ける環境にあるのだけど、その質問は私への感情を問い質すことに等しい。いまの蓮司さんの雰囲気から、好意は持たれていると思う。でも恋情はどうだろう。答えを知りたいけれど、知るのが怖い。私を好き、なんて聞ける人は猛者だ。 * 「冷蔵庫を覗いて、どうしたのです?」「ずっと話の相手をしていたら飯を食いっぱぐれた。何かないか探していたんだが……ないな」冷蔵庫の中にはいくつもタッパーが入っているが、どれにも家族の名前が書いてあり、蓮司さんの言う通り『蓮』に丸印がない。 桐谷家は食い意地が……いえ、食に対してとても情熱的だ。どの食べ物もきっちり公平に分ける。食べ切れないときはタッパーに入れて日付と名前をつけて保管する。そんな冷蔵庫の中を知らない人が見たら桐谷家の実態に幻滅したのちにドン引きするに違いなく、家族会議により冷蔵庫をもう1台購入して外見はお義父様が趣味のDIYで棚に偽装した。だからいま蓮司さんがゴソゴソ漁っているのは偽装された新しい冷蔵庫のほう。 「朋美のやつ、きっちり食っているな」くそっと蓮司さんが毒づく。タッパーに書かれた日付は解禁日。生ものはその日のうち、生もの以外は翌日までが名前を書いた人の所
Dernière mise à jour : 2026-01-06 Read More