衝立の陰に身を滑り込ませるようにして着替える。布が指先に触れた瞬間、ひんやりとした質感。目に入ったのは、深く静かな紫色――私の名前、桔梗の色だった。.桔梗はお母様の好きだった花だ。庭に咲く桔梗の花を見つめながら穏やかに笑っていた母の姿が、今でも鮮やかに思い出される。母はよくこの色の服を身にまとっていた。幼い頃の私はそれに憧れた。「私も着たい」と無邪気に言ったことがある。そのとき母は優しく首を振り、「まだ早いわ。大人になったらね」と微笑んだ。その意味を、私はずっと分からずにいた。今、この布を身にまとう瞬間になって、ようやく理解する。凛として気高く、静けさの奥に芯の強さを宿すこの紫は、確かに少女のものではない。無邪気さや軽やかさでは支えきれない重みがある。今の私はどうなのだろうか。まだ早い?もう大丈夫?袖を通しながら、鏡に映る自分の輪郭をぼんやりと見つめる。母の姿を思い浮かべれば思い浮かべるほど、まだ届いていない気がしてしまう。それでも、「まだ早い」と言われていてはいけない立場なのだ。もう少しで母親になるのだから。胸の下で切り替えられたエンパイアライン。妊娠中の体を優しく包み込むように仕立てられた服。締め付けはないのに自然と姿勢が整う。初めて着る形なのに、どこかしっくりと馴染む感覚があった。ほんの数分前までエプロン姿で台所に立っていた自分が、こうして別人のように装いを変えることに戸惑いもある。でも、それ以上に内側から何かが引き上げられるような感覚がある。桔梗色の深みが、私の動きや立ち姿に静かな輪郭を与える。ただ立っているだけなのに、所作までも整って見える気がした。これを見たら――ふと、ある人の顔が頭に浮かびかける。.「美香ちゃん、サイズはどうかしら?」米沢さんの声に、思考が弾かれるように途切れた。胸の奥で芽生えかけていた何かを慌てて押し込める。「あ、だ、大丈夫です」自分でも少し上ずった声だと思いながら、つい立ての陰から出る。米沢さんはぱっと表情を輝かせ、まるで自分のことのように嬉しそうに拍手をしてくれた。「あらあら、まあまあ。とても似合うわ。次はこっちね」手招きされ、促されるまま化粧台の前に座る。鏡の中の自分は、まだどこか戸惑いを残した表情をしていた。米沢さんの手が動き始める。無駄のない動
最後更新 : 2025-12-27 閱讀更多